書籍、CD、DVD、映画など

2020年7月 7日 (火)

オーストリアの風景

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2015年の刊行だが、文章や写真は2005年に亡くなった浮田典良氏の文章や写真、そのほかの執筆者の文章や写真で、20世紀最後の頃から刊行まで十数年にわたっている。
個人の旅行記、今で言えば旅ブログを読んでいるような印象であり、文章の対象の情報は、アクセス方法や所在地など、何もない。
写真にしても、その対象を説明するようなキャプションではなく、筆者の印象を写し取って載せたような雰囲気なのだが、それは、執筆者自身が「見聞をもとにまとめてみた」(P.5)と書いていることで頷けるものはある。
何度か行っている人なら、本書が伝えたいこと、ガイドブックに載っていないような「風景」(執筆者によれば、「われわれが精一杯「視覚」を働かしてキャッチできるもののうち、キャッチする側が何らかの意味をもつものとして捉えることのできるもの」、P.4)のイメージは伝わるだろうが、オーストリアが初めてだと、本書から「ここに行きたい」と思い至るのは、少し難しいかもしれない。
そして、写真が小さいのが難点だが、大きくすると本書のサイズでは収まりきらないだろう。
各編とも2ページの仕様。

P.18はヴォルツァイレのハイナーさん、5年前(もうそんなになるか)に行った。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-50c8.html
ケルントナーにもあるのに、ヴォルツァイレとは。

P.34のCafé Westend‎、何度か入った。
この名称、お店がマリアフィルファー通り(Mariahilfer Str.)とギュルテル(Gürtel)の角にあるので、マリアフィルファー通りの西端だからだろうと想像していたのだが、現代のマリアフィルファー通りはギュルテルを超えてさらに西、シェーンブルン宮殿正門から北に伸びるシュロスアレー(Schloßallee)まで続いている。
ギュルテルは、もとはウィーンの外縁部を取り巻く市壁「リーニエンヴァル」(Linienwall)だったところで、1894年から取り壊されて環状道路ギュルテルが造られたのだが、それまでのマリアフィルファー通りはリーニエンヴァルでおわったのだろう。
お店のサイトには創業1895年らしいので、この当時はマリアフィルファー通りの西端にあった、ということだろう。
http://cafe-westend.at/
ウィーン西駅の始まりは、まだリーニエンヴァルのあった、皇后エリザベート鉄道(Kaiserin Elisabeth-Bahn、KEB)のウィーン西駅(1858年12月15日にウィーン西駅からリンツまで開通、1860年8月1日にザルツブルグまで開通)なので、リーニエンヴァル取り壊しのあとは駅前の一等地のお店となったとも言える。
https://de.wikipedia.org/wiki/Kaiserin_Elisabeth-Bahn
古い時代の地図と現代の地図を重ね合わせた地図を、ここから閲覧できる。
「Historische Stadtpläne」にチェックを入れて、閲覧したい年代を選択できる。
https://www.wien.gv.at/kulturportal/public/
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左が1887年、右が1904年。いずれも赤丸がCafé Westend‎の場所。

P.47で、執筆者浮田典良氏の定宿が「クルーガー通りにある」と書かれているが、Hotel Zur Wiener Staatsoper、寅さんが泊まったホテルだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/krntner-str-778.html

フランツ・ヨーゼフがウィーンからバート・イシェルまで行くのにどのくらいの時間がかかったか、ウィーンからリンツまで船、リンツからグムンデンまで馬車鉄道、トラウン湖を船で行き、エーベンゼーからバート・イシェルまで馬車、都合50時間(うち馬車鉄道が6時間)だったそうな。(P.101)

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本書でとりあげたところを、「歩き方」のマップに落としてみた。
200418_003

目次では、執筆者(敬称略)もメモしておく。
浮田典良→(浮田)
加賀美雅弘→(加賀美)
藤塚吉浩→(藤塚)
呉羽正昭→(呉羽)
また、下線は行ったことのある場所。

まえがき(浮田)
浮田典良先生の思い出
オーストリアとはどんな国(加賀美)
 キーワードで示してみる(浮田)
 アルプスと丘陵・平原(浮田)
 ドナウ川とオーストリア(浮田)
 ハプスブルクの遺産(加賀美)
 オーストリアの気候(浮田)
 畜産に重点を置いた農業(浮田)
 オーストリアの観光(1)(浮田)
 オーストリアの観光(2)(浮田)
 オーストリアの地域中心都市(藤塚)
 オーストリアの鉄道(加賀美)
 オーストリアのホテルと民宿(加賀美)
 オーストリアのカフェ(加賀美)
 オーストリアの料理(加賀美)
 オーストリアのビールとワイン(加賀美)
オーストリア九つの州
 ウィーン州
  1.ウィーン特別市(藤塚)/2.ウィーンの概観(浮田)/3.ウィーンの旧市街(浮田)/4.ウィーンの市電(浮田)/5.音楽を楽しむ町(浮田)/6.クリスマスの風情(浮田)/7.ウィーンの生活に触れる(浮田)/8.ユダヤ人が残した風景(加賀美)/9.外国人が暮らすブルネン小路(加賀美)/10.ウィーンの森(加賀美)/11.ラクセンブルク(加賀美)
 ブルゲンラント州
  12.ブルゲンラント州(浮田)/13.アイゼンシュタット(浮田)/14.ノイジードラー湖(浮田)/15.ルスト(浮田)/16.バート・タッツマンスドルフ(浮田)
 ニーダーエスターライヒ州
  17.ニーダーエスターライヒ州(浮田)/18.バーデンとシュネーベルク(浮田)/19.レッツ(浮田)/20.サンクト・ペルテン(浮田)/21.メルクヴァッハウ渓谷(浮田)/22.デュルンシュタインクレムス(浮田)
 オーバーエスターライヒ州
  23.オーバーエスターライヒ州(浮田)/24.リンツ(浮田)/25.ドナウ川下り(浮田)/26.ケルシュバウム(浮田)/27.シュタイヤー(浮田)/28.シュタイヤーのクリスマス(浮田)/29.ヴェルス(浮田)/30.鉄道馬車の名残り(浮田)/31.バート・ハル(浮田)/32.バート・シャラーバッハ(浮田)/33.グムンデン(浮田)
 ザルツブルク州
  34.ザルツブルク州(加賀美)/35.ザルツブルク(加賀美)/36.ザルツブルク音楽祭(加賀美)/37.ツェル・アム・ゼー(加賀美)/38.グロースグロックナー・ホッホアルペン道路(加賀美)
 ザルツカンマーグート
  39.ザルツカンマーグート(加賀美)/40.サンクト・ヴォルフガング湖(加賀美)/41.バート・イシェル(加賀美)/42.ハルシュタット(加賀美)
 シュタイアマルク州
  43.シュタイアマルク州(浮田)/44.センメリンク(浮田)/45.グラーツ(浮田)/46.リーガースブルク(加賀美)/47.シュトゥービンク(加賀美)/48.南シュタイアマルク・ワイン街道(加賀美)
 ケルンテン州
  49.ケルンテン州(浮田)/50.クラーゲンフルト(浮田)/51.ミニムンドゥス(浮田)/52.ヴェルター湖(浮田)/53.マリア・ヴェルト(浮田)/54.トレポラッハ村(浮田)/55.マリア・ザールとフリーザッハ(浮田)/56.バート・クラインキルヒハイム(浮田)
 チロル州
  57.チロル州(浮田)/58.インスブルック(呉羽)/59.ノルトケッテ(呉羽)/60.ブレンナー峠(呉羽)/61.イエンバッハ(呉羽)/62.キッツビューエル(呉羽)/63.サンクト・アントン(呉羽)/64.伝統的なスキーリゾート(呉羽)/65.エッツ谷(呉羽)/66.ゼルデン(呉羽)/67.東チロル(呉羽)
 フォアアールベルク州
  68.フォアアールベルク州(呉羽)/69.ブレゲンツ(呉羽)/70.ブレゲンツァーヴァルト(呉羽)/71.モンタフォン(呉羽)
参考文献
あとがき

浮田典良/著
加賀美雅弘/著
藤塚吉浩/著
呉羽正昭/著
ナカニシヤ
http://www.nakanishiya.co.jp/book/b200202.html

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2020年7月 5日 (日)

コメコンデザインシリーズ(13) カールマルクスシュタットとライプツィヒ・ハレ 社会主義建造物を追って vol.2

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社会主義建造物の第2回。
2年前のドイツ行きでは、プラン段階ではカールマルクスシュタット(現ケムニッツ)も候補にしていたが、日数的に断念した。

ライプツィヒも1泊だけだったので、社会主義建造物の探索はできていない。
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社会主義関連・東独関連では、ゲヴァントハウス(上左、Gewandhaus)、メードラー・パッサージュの並びの現代史博物館(上右、Zeitgeschichtliches Forum Leipzig)で「ALLES NACH PLAN? Formgestaltung in der DDR」(計画によるのがすべて? 東独のデザイン)展を見たのと、旧国家保安省記念館(下、Gedenkstätte Museum in der „Runden Ecke“)を見ただけ。
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ゲヴァントハウス
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/7_6-il-62-gewan.html
現代史博物館
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_1-altes-ratha.html
旧国家保安省記念館
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_3-gedenksttte.html

ハレは、ヴェルニゲローデからライプツィヒに向かう途中で、乗り換えをしただけだが、しばらくすると空港駅もあった。
サイトを見てみると、ドレスデン空港と使い分けをしているようだ。
ウィーンからだとドレスデンは飛んでおらず、ライプツィヒに飛んでいる。
https://www.mdf-ag.com/

付録の、著者の3月の渡欧がちょうど国境閉鎖の時期と重なり、ハラハラドキドキ。
出国→フランクフルト(独)泊→クラクフ(波)泊→ドレスデン(独)3泊→ベルリン(独)泊→帰国、現地6泊機中2泊計8泊のあいだに4回の国境越え。

イスクラ
https://iskra.ocnk.net/product/19527

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2020年7月 4日 (土)

謎解き 鳥獣戯画 芸術新潮 2020年7月号

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2020年7月14日からトーハクで開幕予定だった特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」は2021年に延期されてしまったが、芸術新潮が特集してくれた。
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https://chojugiga2020.exhibit.jp/
近所の書店に発売日の翌日行ったら、入荷はしたが売り切れたと。
さすが大人気の鳥獣戯画であるが、日本美術の勉強をしている同僚に言わせれば、もっと高山寺に注目すべきなんだそうな。
ともあれ、来年の展覧会のために、予習しておくことにする。

「鳥獣戯画」は、6年前に京都で見た。
甲乙丙丁の全巻を見ることができたが、展示されていたのはそれぞれの巻物の前半で、後半が見たければ後期展示の時期に行かなければならなかった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-82a1.html

一度は、高山寺に行ってこなければならんな。

小説 鳥獣戯画縁起 彼女たちのやりたいこと会議 藤野可織
折込み 《鳥獣戯画》を隅から隅まで見てみよう
まずは押さえておきたい 《鳥獣戯画》の基礎の基礎
第一章 ここまでわかった鳥獣戯画 解説 土屋貴裕
 [甲巻]細部に注意!で見えてくる絵師2人の競演
 [乙巻]描いたのは宮廷絵師、それとも絵仏師?
 [丙巻]修理で浮かんだ新事実
 [丁巻]名人のくずし描き!?
 知ってる遊び、知らない遊び
 中世のまちかどから
 結びに―《鳥獣戯画》はどこから来たのか
第二章 高山寺夢紀行 明恵上人と鳥獣戯画のみてら
 明恵上人が遺した気になる寺宝 文 宮田珠己
 『夢記ゆめのき』ヴィジュアルガイド 絵 伊野孝行
第三章 その後のカエルとサルとウサギたち
 三大動物×ベスト5 選+文 金子信久
 ニッポン動物絵画略史 文 金子信久
展覧会案内

新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/geishin/backnumber/20200625/

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2020年7月 3日 (金)

オーストリア・スイス 現代史

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今から35年前の1985年、東欧革命より前の刊行なので、冷戦を背景とした歴史的な文献と言えるのかもしれない。
したがって、クルト・ヴァルトハイムは国際連合事務総長(1972年1月~1981年12月)として登場するが、1986年7月8日から1992年7月8日までの大統領であったことや戦前に突撃隊に所属していたことは、出てこない。
いまの大統領が緑の党出身であることなどは、当時は想像もできなかっただろう。

P.50の写真のキャプションは「暗殺直前のオーストリア皇太子夫妻」、そしてP.51に「一九一四年六月オーストリア皇太子夫妻がサライェボでボスニアの一青年に暗殺された・・・」とあるが、暗殺されたフランツ・フェルディナントはオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者(Thronfolger)と呼ばれるが、皇太子(Kronprinz)とは呼ばれないはず。

「国家喪失期のオーストリア」中、P.140からアンシュルス下のオーストリアの抵抗に触れているが、先日読んだ「Österreicher im zweiten Weltkrieg」でも、「ÖSTERREICHER IM WIDERSTAND / 抵抗するオーストリア人」と抵抗運動がとりあげられ、社会民主主義者、共産主義者、個人、カトリックなどの運動が紹介されていた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-dca8ed.html

そして、アンシュルスのもとで、SPÖもÖVPともに収容所に囚われたり抵抗運動を行なっていたことが相互理解をすすめ、。戦後の「大連立」時代を形作ったが、その経験は、21世紀には伝えられているのだろうか。

スイスとなると、政治的な歴史はほとんど知らないことがわかる。
婦人参政権が1971年と遅かったことは有名だが、それ以外の政治状況となると、1847年に内戦があったこと(P.279)、その後紆余曲折を経て1874年憲法が制定され、本書刊行当時もベースであったこと(現在は1999年憲法)、政治的にはかなり保守的であること(反動的と言ってもいいかもしれない)、は知らなかったし、ウィリアム・テル伝説や「永世中立」が一人歩きしてしまっているようだ。
「一国」としてのスイスは、かなり綱渡りの歴史だったようだ。
2002年9月10日に国民投票の結果を受けて国連に加盟したが、本書では当然触れられていない。

オーストリアとスイス
オーストリア
 ハプスブルク帝国期のオーストリア
 第1共和国の成立
 第1共和国の没落と合邦
 国家喪失期のオーストリア
 占領下のオーストリア
 独立と第二共和制の発展
スイス
 スイス連邦の成立まで
 スイス連邦の発展
 大戦間のスイス
 現代のスイス

矢田俊隆/著
田口晃/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/42250

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2020年6月29日 (月)

井上ひさし 鎌倉の日々

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先週土曜日の27日に行った、鎌倉文学館で開催されている「特別展  没後10年 井上ひさし 鎌倉の日々」の図録。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-f3e95c.html
ちょうど27日のアド街は「鎌倉 御成町」で、ここでも、遅筆堂が関心を持った御成小学校の改築、遅筆堂が通ったブンブン紅茶店などが取り上げられていた。
https://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/backnumber/20200627/
遅筆堂と喫茶店といえば小町通りの「門」なのだが、「門」は2013年に閉店してしまったのであった。
何度か行ったことはあるが、あまりにも当たり前な存在だったので、写真は撮っていなかったようだ。
遅筆堂邸は佐助にあり、近所に米原万里さんのペレストロイカ御殿がある。

井上ひさしの「鎌倉」時代 成田龍一
1934—1988
第一部 井上ひさし、生活者として
第一章 1989—1993
第二章 1984—1999
第三章 2000—2010
第二部 井上ひさし、創作活者として
第一章 1989—1997
第二章 1988—2000
第三章 2001—2010
井上ひさし、鎌倉の日々 略年譜
主な展示資料

http://www.kamakura-arts.or.jp/event/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E3%81%B2%E3%81%95%E3%81%97%E3%80%80%E9%8E%8C%E5%80%89%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%80%85/

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2020年6月26日 (金)

ニーベルンゲンの歌 前編 後編

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成立は13世紀初頭とされているが、もともとは5、6世紀のブリュンヒルト伝説とブルグント伝説が語り継がれてきたもののようだ。
しかし16世紀には忘れさられてしまい、現在では1755年にオーストリア西部フォアアールベルクのホーエン・エムス伯爵の図書館発見された写本A(13世紀末)、1768年にザンクト・ガレンにある修道院図書館から発見された写本B(13世紀半ば)、は19世紀半ばに発見された「ホーエン・エムス・ラスベルク本」と呼ばれる写本C(13世紀前半)で、写本Cは写本Bの改作とされているようだ。
本書は、写本Cの新訳である。
おおざっぱに歴史を見てみると、5、6世紀から13世紀といえば、日本では聖徳太子の摂政の時代が6世紀の末から7世紀、大化の改新が7世紀中頃、平城京遷都が8世紀はじめ、8世紀末に平安京遷都、藤原氏の全盛期が9世紀から10世紀、鎌倉幕府成立が12世紀末である。
ヨーロッパでは4世紀からゲルマン諸民族が西に向かい、フランク王国や西ゴート帝国の成立、西ローマ帝国の滅亡を経て、9世紀にフランク王国が三つに分割され、10世紀に神聖ローマ帝国が成立、モンゴルの西征が13世紀という時代である。

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地図をチェックしておきたい。
ヴォルムス:ブルグント族の本拠地
ベッヒェラルン:辺境伯リューディガーの街
エッツェルンブルク:エッツェル王の都

ドイツやオーストリアで行われている騎士まつりに行きたくなってくる。
騎士まつりの時代設定は、ニーベルンゲンの歌の時代とは異なっているが。
そして、ワグナーは、この叙事詩からどんなプロセスで「ニーベルングの指環」をつくりあげたのだろうか。

石川栄作/訳
筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480428165/
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480428172/
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2020年6月17日 (水)

夜・夜明け・昼

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アメリカでの差別と抵抗のみならず、この国での「差別」や「排除」を思いながら、読む。

ナチス・ドイツの時代、イスラエル建国直前の時代、建国後の朝鮮戦争後の時代。
それぞれの登場人物は別人(ただし名前は、「夜」のエリエゼル、「夜明け」のエリシャ、そして「昼」でふたたびエリエゼル)だが、共通するような経験を持っているようだ。
けれども、リアルな経験は次第に「死」と隣り合わせの幻想化された経験となっていく。

抑圧からの解放の歴史は、その後のさまざまな国々でも繰り返されてきた。
その歴史のなかに生きた人の苦難の体験も、本書の登場人物の経験と重なるのだろうか。

序文は、フランソワ・モーリアック。
現在は「夜」の新版が出ている。
https://www.msz.co.jp/book/detail/07524.html

エリ・ヴィーゼルは、1986年にノーベル平和賞を受賞した。
ただし、ヴィーゼルに対しては、パレスチナのハマスを批判しイスラエルを擁護したことへの批判があった。

エリ・ヴィーゼル/著
村上光彦/訳
みすず書房

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2020年6月14日 (日)

世界史を変えた13の病

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元のタイトルは「Get Well Soon: History’s Worst Plagues and the Heroes Who Fought Them」、病と闘った「英雄」に焦点を当てている。
「病」としてとりあげられているのは12、残りひとつは「治療法」。
読んでいて、「なんでここでジョークを入れるんだ?」と、新型インフルやSARSであたふたした経験がある身からすると、腹がたってくる。
ハードカバーなのだから、もうちょっとちゃんとした日本語(定義は難しいが、訳者あとがきのような)にしてほしい。
原文は、どんな文体だったのだろうか。

高齢者福祉のしごとをしていたとき(措置時代)、老人ホーム入所のためには診断書の添付が必要となるのだが、診断書に記載する項目のなかに感染症の有無の項目があり、「赤痢」「結核」のほかに「梅毒」があった。

はじめに
アントニヌスの疫病――医師が病気について書いた最初の歴史的記録
腺ペスト――恐怖に煽動されて
ダンシングマニア――死の舞踏
天然痘――文明社会を即座に荒廃させたアウトブレイク
梅毒――感染者の文化史
結核――美化される病気
コレラ――悪臭が病気を引き起こすと考えられた
ハンセン病――神父の勇敢な行動が世界を動かした
腸チフス――病原菌の保菌者の権利
スペインかぜ――第一次世界大戦のエピデミック
嗜眠性脳炎――忘れ去られている治療法のない病気
ロボトミー――人間の愚かさが生んだ「流行病」
ポリオ――人々は一丸となって病気を撲滅した
エピローグ
訳者あとがき
原注

ジェニファー・ライト/著
鈴木涼子/訳
原書房
http://www.harashobo.co.jp/book/b375576.html

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2020年6月13日 (土)

DDR Volksmarine Kampfschiffe 1949-1990

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2010年刊行の、東独海軍の装備カタログである。
東ドイツにとっての海はバルト海だけだから、基本的には沿岸警備ということになるのだろう。
そして、逃亡者監視が人民海軍の任務でもあった。

それにしても、揚陸船があったことにびっくり。
旧東ドイツが面していた海はバルト海だけで、どこの海岸に上陸作戦を行おうと考えていたのかしら。
ワルシャワ条約機構軍の一員としてバルト海より西側の海に出ようにも、デンマークとスウェーデンの間を抜けていくことは、相当困難だろうに。
巻末に年表があるのが興味深い。

目次を日本語にしてみたが、不正確かもしれない。

はじめに
用語集/略語
フリーゲート
沿岸警備 50型(リガ級)
沿岸警備艇 1159型(コニ級)
コルベット駆潜艇
 潜水艦防衛船 133.1型(パルチン級)
駆潜艇
 駆潜艇 201M型(SO-1級)
 駆潜艇 12.4M型(ハイ級)
ミサイル高速艇
 ミサイル高速艇 205型(オサ-I級)
 小型ミサイル船 1241RÄ型(タランタル-I級)
 ミサイル高速艇 151型(バルコム-10級)
高速魚雷艇
 高速魚雷艇 183型(P-6級)
 高速魚雷艇 206型(シェルシェン級)
 軽高速魚雷艇 63/イルティス型(イルティス-A級)
 軽高速魚雷艇 68/ヒドラ型(イルティス-B級)
 小型高速魚雷艇 131型(リベレ級)
揚陸船
 上陸用舟艇 46型(ラボ−100級)
 中型揚陸船 47型(ロッベ級)
 中型揚陸船 108型(フロッシュ-I級)
 戦闘供給船 109型(フロッシュ-II級)
機雷敷設船/掃海艇
 掃海艇 R218型(511級)
 掃海艇 8型(シュヴァルベ級)
 機雷敷設船と掃海船 1型(ハビフト級)
 機雷敷設船と掃海船 15型(クラーケ級)
 掃海艦 89.1型(コンドル-I級)
 掃海艦 89.2型(コンドル-II級)
監視船
 沿岸警備艇 沿岸警備艇I/II(シュペルバー級)
 港湾警備船 デルフィン型(デルフィン級)
 沿岸警備艇 ティムラー型I/II(ティムラー級)
訓練船
 訓練艇 フュルステンベルクとプレンツラウ 2型
 訓練艇 WB26 5型(FLB-V級)
 訓練艇 エルンスト・テールマン 3型
 訓練船 ヴィルヘルム・ピーク 888型(ウォドニック級)
偵察船
 観測船 水理学(オケアン級)
 小型偵察船 115型(コンドル級)
 偵察船 ヤスムント 602.137型(ダース級)
海上航空隊
 多目的ヘリコプター Mi-4A(ホウンド)
 UAW-ヘリコプター Mi-4M(ホウンドB)
 輸送ヘリコプター Mi-8T(ヒップ)
 戦闘ヘリコプター Mi-8TB(ヒップE)
 UAW-ヘリコプター Mi-14PL(ハゼA)
 MAW-ヘリコプター Mi-14BT(ハゼB)
 戦闘爆弾機 Su-22M4(フィッターK)
 訓練戦闘機 Su-22UM3K(フィッターG)
年表
海軍組織

Knut Schäfer/著
Motorbuch Verlag
https://www.motorbuch-versand.de/product_info.php/info/p4435_DDR-Volksmarine.html

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2020年6月 9日 (火)

アメリカの61の風景

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アメリカのできごと、どう収束していくのかいかないのかわからないなかで、読む。

「かもさんおとおり」(P.26)、ボストンだったのか。

「ベーグルの穴の謎」(P.68)、ここでは「ベーグルを食べたら、その穴はどうなる?」」「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」を思い出した。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-2456.html
ここでは「ロールパン・チームの作戦」として紹介されていて、長田さんはさすがに『チームの名は、ブナイベーグル。ヘブライ語で「ベーグルの息子たち」という意味』と書いている。
「ロールパン・チームの作戦」は松永ふみ子訳の1989年の岩波少年文庫で、2006年の新装版では「ベーグル・チームの作戦」となっている。
カニグズバーグ作品の訳をめぐっては、小島希里さんの訳をめぐる論争があったっけ。
小島希里さんって、木島始さんの娘なのだが。

「八月や六日九日十五日」(P.88)は、多くの人が読んでいるようだが、広島県尾道市の医師、諫見勝則氏が1992年に詠んだのがもっとも早いらしい。

リンカーンの政治の原則(P.128)
政治は、一部の人を全部の時に、あるいは全部の人を一部の時に、ごまかすことはできるでしょう。しかし、全部の人を全部の時にわたってごまかすことはできません。
You can fool some of the people all of the time, and all of the people some of the time, but you can not fool all of the people all of the time.
1858年9月2日のイリノイ州クリントでの演説らしい。

さて、アメリカは「合衆国」なのか「合州国」なのか。
「United States」だから「合州国」でいいような気がするが、なぜ「合衆国」と表記するのだろう。
本多勝一氏は「合州国」であるが、『「合衆」の「国」』のようが有力のようだ。

連れ無しのひとりの車旅、いつの旅なのかは明示されていないが、長年車旅から生まれた文章だろう。
そこにいつ行ったかは、あまり意味がないのだと思う。
人もほとんど登場しないのだが、あちこちに出てくる本屋さんにだけは人がいる。
それ以上に、本屋さんには猫がいる。
いい本屋さんにはいい猫がいるらしい。
大都会はほとんど出てこない。
やはり、安野さんの絵をみながら読みたい。

01 ミシシッピ源流
02 アパラチアの森の木
03 ピース・ツリーの下で
04 激しい雨をぬけて
05 メインの森の道
06 ボストンの街の絵本
07 ヴァーモントのメイプル・シロップ
08 日々を称えた人
09 フクロウとヘラルド・トリビューン
10 ある日ウォールデン・ポンドで
11 ゴールデン・ルール
12 まもるに値する99のもの
13 クーニーの三冊の絵本
14 ニューヨークの本屋の猫
15 イーヨーズという本屋があった
16 ベーグルの穴の謎
17 パレス劇場のローレン・バコール
18 ストレート、リヴィングネス
19 早春のレクイエム
20 メトロポリタンのレンブラント
21 アズベリー・パークという町
22 デルマーヴァ半島
23 アウターバンクスの夏
24 ルイジアナの孤独な木
25 ハバナまで何マイル?
26 キーウェストのモーツァルト
27 ボールパークへゆこう
28 ハックスリーという名の猫
29 「戦争」という名の町
30 ブラック・マウンテンの宿
31 殺された男の物語
32 ゲイルズバーグの人
33 トム・ソーヤーの塀
34 「ひとが悲劇とよぶものは」
35 パトリシアのこと
36 マディソン郡の橋と男と林檎
37 緑の野、オハイオの雨
38 オハイオのユートピア
39 メリー・メリー・ゴー・ラウンド
40 カントリー・ハムをどうぞ
41 テネシー、テネシー、テネシー
42 右は困難、左は挫折
43 フラナリー・オコナーと朱い湖
44 門の向こう側
45 あの向こうのほう
46 グレイト・プレインズ序章
47 カンザス詩篇
48 世界でいちばん大きな(手掘り)井戸
49 いつかノー・マンズ・ランドで
50 ロングホーン・カフェのために
51 スウィート・ミュージック・マンの死
52 O・ヘンリーとローンスター
53 ブエナス・タルデス
54 わずか一千マイルの人生
55 ナヴァホの心の秤
56 詩すなわち肖像
57 ステファニーの事件
58 ホワイト・サンズの夕闇
59 「路上」の国へ
60 ホイットマンのワルツ
61 希望はどこにあるか
参照書目
あとがき

長田弘/著
みすず書房
https://www.msz.co.jp/book/detail/07100.html

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