書籍、CD、DVD、映画など

2019年11月15日 (金)

チェコ・デザイン 100年の旅

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今年のGWにプラハに行ってきたのだが、2020年は日本とチェコの交流100周年、なので、チェコ関係のイベントが多い。
そのなかのひとつ、9月に行ってきた、世田谷美術館で開催されていた「チェコ・デザイン 100年の旅」の図録。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-9146f8.html
行く前は、ミュシャとチャペックしか頭になかったのだが、20世紀からのchこ・デザインの歴史を辿る、なかなか興味深い展覧会だった。

チェコ・デザイン 100年の旅
帰るべき場所「チェコ・デザイン 100年の旅」展開催にあたって
第1章 1900年:アール・ヌーヴォー 生命力と自然のかたち
第2章 1910年‐1914年:チェコ・キュビスム 幾何学的形態からキュビスムへ
第3章 1920年代:アール・デコの時代
第4章 1930年代:シンプルなかたちと機能性
第5章 1940年代:有機的フォルムと天然素材
第6章 1950‐60年代:日常生活と応用美術の解放
第7章 1970‐80年代:生活水準の見直しからポストモダンへ
第8章 1990年代から現代まで:自由化と機能の再発見
第9章  テーマ展示1:チェコのおもちゃと子どものためのアート
第10章 テーマ展示2:チェコ・アニメーション
チェコとキュビズム
作家略歴
チェコ・デザイン関連年譜
参考文献
作品リスト

チェコ国立プラハ工芸美術館
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/shop/item.php?id=shp00031

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2019年11月13日 (水)

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD 6

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第6巻は、「第3章 エデンの東へ」のvol.15~vol.18と、「赦し(インドゥルト)のvol.1~vol.5。
エリア・カザンについては、本書で表現されたカザン像は、作者のもつカザン像とは異なることに注意が必要だろう。
「赤狩り」はアメリカの過去の話ということだけでなく、日本の、この国での、「アート」に対する有形無形の圧力・攻撃と重なる。

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD
1:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.1~vol.8
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/the-red-rat-in-.html
2:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.9~vol.17
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/the-red-rat-in-.html
3:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.18~vol.21、2章 ハリウッド・テン vol.1~vol.6
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/the-red-rat-in-.html
4:第2章 ハリウッド・テン vol.7~vol.10、第3章 エデンの東へ vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-1ac041.html
5:第3章 エデンの東へ vol.6~vol.14
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0525aa.html

山本 おさむ
小学館
https://comics.shogakukan.co.jp/book?isbn=9784098604531

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2019年11月11日 (月)

ぶどう畑で見る夢は

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今日11月11日はMartinstag、聖マルティンの日、ガチョウを食べる日であり、オーストリアではワイン解禁の日。
個人的には、ボジョレー・ヌーヴォーよりも、こっちだ。
https://www.austria.info/jp/%E6%97%85%E3%81%AE%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%9E%EF%BC%86%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%93%E3%83%86%E3%82%A3/%E9%A3%9F%E3%81%AE%E6%84%89%E3%81%97%E3%81%BF/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%B2
というわけで、ワインの本であるが、サブタイトルは「こころみ学園の子どもたち」。
実家の街にココ・ファームの特約店があるので、立ち寄った際にボトルを見つけるとお持ち帰りすることが多いのだが、現地に行ってみたい行ってみたいと思いつつもなかなか行くことのできない、こころみ学園、そしてココ・ファーム。
http://www.cocoromi.or.jp/
https://cocowine.com/

以前、「あんずの木の下で」を読んだことから、本書も読んでみることにした。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97bc1e.html
ぶどうの熟成を待っていたのではないが、本棚に寝かしておいたままにしておいたら、台風19号で被害があったというニュースである。
これが流れたときは心配したが、今年も収穫祭は行われるようだ。
https://cocowine.com/home_info/harvest-festival/

こころみ学園の開所は1969年、ココ・ファーム・ワイナリー設立が1980年、最初のワイン販売が1984年。
自分が障害者に関係する業務についたのは1985年だったはずで、しばらくして関東の同じ県域で同じ仕事をしている人たちと徒党を組んで施設見学をしようとする動きをやり始め、いきなり遠くだと予算はつかないから、近場から次第に遠方に毎年毎年実施していこうとしたのだが、そのとき目標にしたのは、近江学園だった。
西へ西へだったので、近場の北へという発想は、なかったな。

こころみ学園でつくられたスパークリング・ワインが、沖縄サミットや洞爺湖サミットで使われたことは、当時ニュースとなったのだが、それ以外にもさまざまな機会に使用されている。
けれどそのことは、本書では年表に掲載されているものの、本文には登場しない。
登場させる必要はない、ということだろう。
https://cocowine.com/vineyard_winery/kokoromi/kokoromi_history/

自分の商売柄気になるのは、こころみ学園の栽培したぶどうをワイナリーが購入し、ワイナリーでの作業をこころみ学園に業務委託といったなかで、各利用者にどのくらいの工賃が支払われるのだろうか、というところ。
いや、無粋な話だ。

小手鞠るい/著
原書房
http://www.harashobo.co.jp/book/b369319.html

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七十五羽の烏

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表題作は昔読んだことがあるが、本書は古本市で見つけたので持ち帰ってきた。
単行本だったから、1970年代の頃だろう。
「近ごろ再評価がさかんな歌川国芳」(P.42)とある。
これはやはり、70年の辻惟雄氏の「奇想の系譜」が元だろうし、今でこそ国芳の展覧会には自分自身も行きたくなるが、昔読んだときには国芳についてはスルーしていたようだ。
「グラマンF14」(P.231~232)は、トムキャット、これが「地球防衛軍機」が似ていたというのも、時代である。
時代といえば、退職刑事ものの「四十分間の女」で、病室で話をしているときに「膝にのせたアルミニウムの灰皿で、短くなったタバコをもみ消しながら」という記述(P.423)、「この作品は昭和五十年九月の「問題小説」に発表した」と「私の推理小説作法」に書いている(P.527)とあって、病室での喫煙OKな時代である。
ということでは、本編のような「本格」は、平成から令和のこの時代ではどのように読まれるのだろうか。

都筑さんの「死体を無事に消すまで」「黄色い部屋はいかに改装されたか?」も、よく読んだものだ。
他の作品も「都筑道夫コレクション」としてシリーズになっているので、もう一度都築を、いや、続きを読んでみようかな。

本書は「コレクション」なので、表題作以外にキリオン・スレイもの(溶けたナイフ、空腹幽霊)、退職刑事もの(写真うつりのよい女、四十分間の女)、なめくじ長屋もの(百物語、二百年の仇討)も収録されているので、都筑ワールドに浸ることができる。
エッセーとして「「七十五羽の烏」が出来るまで」「推理小説と犯罪小説」「私の推理小説作法」「「なめくじ長屋捕物さわぎ」について1」「「なめくじ長屋捕物さわぎ」について2」、そして巻末には、山田正紀氏の「都筑先生」と新保博久氏の「<本格推理篇>改題」が収録されている。

都筑道夫/著
光文社

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2019年11月 8日 (金)

「馬車よ、ゆっくり走れ」と「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」

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馬車よ、ゆっくり走れ
「馬車よ、ゆっくり走れ」は、東山魁夷さんがかつて留学したドイツ・オーストリアを、30数年後の1969年になって奥様とともにめぐった紀行エッセイである。
装丁も東山魁夷さん。
冒頭のカラーの「ローテンブルクの泉」と、各章の扉頁に描かれたスケッチ以外に、絵は登場しない。
その絵のない文章読んでいて、東山魁夷さん、ドイツが本当に好きなんだなと思う。
たしかに、ドイツの街、あまり大都会でない街、大都会でも大通りではない路地などを歩いていると、初めて来たところでも、妙に懐かしい思いがするのは何故なのだろう?
いくつかの街は歩いたことがあるので、出てくる場所(通りや川、お店など)を見て、ああ、あのあたりだと思い出しながら読むのだが、半世紀近く前の雰囲気はいまとは大きく違っているのだろう。

旅で飲むのは葡萄酒、レストランでは給仕、ホテルではメイドが世話をしてくれる。
それにしても、東山魁夷さんご夫妻の、アルツブルク音楽祭で終わる約5ヶ月に渡るドイツ・オーストリア旅行は、本書を読むと大使館からお迎えがあったり街の案内があったり、たぶん、このたびをプロデュースし支えた人の力があったのだろう。
そして、すべてのスケジュールがあらかじめ組まれていたのではなく、大まかな行程があって、旅しながら細部を決めて行ったのではないだろうか。

ザンクト・ヴォルフガングの記述で、「ザルツカムマーグートと呼ばれるこの地方は、ザルツブルクの西方の山地に」(P.412)とあるが、「ザルツブルクの東方の山地」である。

この旅で「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」が生まれた。
「馬車よ、ゆっくり走れ」訪れたところが「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」のどこに出てくるかを、左に「馬車よ、ゆっくり走れ」で出てきた街とページを、右に「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」の作品名とページを記しておく。

リューベック 9 窓明り 14
リューベック 9 霧の町 18
リューベック 9 石畳の道 20
リューベック 9 ホルシュテン門の窓 106
メルン 33 水辺の町 30
リューネブルガー・ハイデ 49 燎原 32
ツェレ 55 ツェレの家 34
リューデスハイム 130 リューデスハイムにて 130
リンブルク 139 朝の聖堂 24
リンブルク 139 夕べの聖堂 26
ハイデルベルク 148 緑のハイデルベルク 50
ヴィムプヘン 163 静かな町 44
ヴィムプヘン 163 古都遠望 46
フライブルク 168 晩鐘 40
フライブルク 168 フライブルクにて 115
ニュールンベルク 182 ニュルンベルクの窓 36
ニュールンベルク 182 デューラーの家より 42
バンベルク 192 バンベルクのドーム 14
バンベルク 192 バンベルクにて 118
ローテンベルク 204 ローテンベルクの門 16
ローテンベルク 204 赤い屋根 17
ローテンベルク 204 窓明り 18
ローテンベルク 204 19
ローテンベルク 204 丘の上のローテンベルク 20
ローテンベルク 204 ローテンブルクの泉 56
ディンケルスビュール 225 ホテル・ドイチェス・ハウス 50
ネルトリンゲン 247 石の窓 10
ネルトリンゲン 247 ホテル・太陽 109
ネルトリンゲン 247 ネルトリンゲンの町 120
ケーニヒスゼー 290 明けゆく山湖 66
オーバーゼー 294 緑深き湖 68
オーバーゼー 294 みづうみ 70
クレームス 354 坂道の家 88
クレームス 354 ホテル・ポスト 138
メルク 359 青きドナウ 86
フェルンパス 380 水澄む 92
エッツ 396 丘の教会 94
エッツ 396 マリアの壁 96
ザンクト・ヴォルフガング 412 湖畔の村 84
ザンクト・ヴォルフガング 412 白馬亭 134
ザルツブルク 422 ホーエン・ザルツブルク城 76
ザルツブルク 422 雪の城 80
ザルツブルク 422 緑苑の花 140

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ドイツ
1 リューベック
2 ラウエンブルクの春
3 ホルシュタイニシェ・シュヴァイツ
4 リューネブルガー・ハイデ
5 ゴスラー
6 ベルリン
7 ハンブルグ
8 ラインに沿って
9 フランクフルト・アム・マイン
10 ヴォルムス
11 アルト・ハイデルベルク
12 ネッカー河に沿って
13 フライブルク
14 ニュールンブルク
15 バンベルク
17 アウグスブルク
17 ローテンブルク
18 ディンケルスピュール
19 ネルトリンゲン
20 ミュンヘン
21 南バイエルンの山で
22 山の湖
23 ベルヒテスガーデン
オーストリア
1 ウィーン
2 ブルゲンラント
3 ドナウ河に沿って
4 インスブルック
5 フェルン峠
6 ザンクト・アントン
7 エッツ谷
8 ツェル・アム・ゼー
9 ザンクト・ヴォルフガング
10 ザルツブルク

東山魁夷/著
新潮社

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ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集
「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」は、「馬車よ、ゆっくり走れ」の旅から生まれた作品である。
大都市を描いた作品は、ない。
いくつかの作品は、1年前の「生誕110年 東山魁夷展」で観ることができた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/110-d0d4.html

「馬車よ、ゆっくり走れ」で訪れたところが「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」に掲載された作品が「馬車よ、ゆっくり走れ」のどこに出てくるかを、左に「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」の作品名とページ、右に「馬車よ、ゆっくり走れ」で出てきた街とページを記しておく。

1 窓明り 14 リューベック ドイツ 9
2 霧の町 18 リューベック ドイツ 9
3 石畳の道 20 リューベック ドイツ 9
4 朝の聖堂 24 リンブルク ドイツ 139
5 夕べの聖堂 26 リンブルク ドイツ 139
6 水辺の町 30 メルン ドイツ 33
7 燎原 32 リューネブルガー・ハイデ ドイツ 49
8 ツェレの家 34 ツェレ ドイツ 55
9 ニュルンベルクの窓 36 ニュールンベルク ドイツ 182
10 石の窓 38 ネルトリンゲン ドイツ 247
11 晩鐘 40 フライブルク ドイツ 168
12 静かな町 44 ヴィムプヘン ドイツ 163
13 古都遠望 46 ヴィムプヘン ドイツ 163
14 バンベルクのドーム 48 バンベルク ドイツ 192
15 緑のハイデルベルク 50 ハイデルベルク ドイツ 148
16 ローテンベルクの門 52 ローテンベルク ドイツ 204
17 赤い屋根 56 ローテンベルク ドイツ 204
18 窓明り 58 ローテンベルク ドイツ 204
19 60 ローテンベルク ドイツ 204
20 丘の上のローテンベルク 62 ローテンベルク ドイツ 204
21 明けゆく山湖 66 ケーニヒスゼー ドイツ 290
22 緑深き湖 68 オーバーゼー ドイツ 294
23 みづうみ 70 オーバーゼー ドイツ 294
24 ホーエン・ザルツブルク城 76 ザルツブルク オーストリア 422
25 雪の城 80 ザルツブルク オーストリア 422
26 湖畔の村 84 ザンクト・ヴォルフガング オーストリア 412
27 青きドナウ 86 メルク オーストリア 359
28 坂道の家 88 クレームス オーストリア 354
29 水澄む 92 フェルンパス オーストリア 380
30 丘の教会 94 エッツ オーストリア 396
31 マリアの壁 96 エッツ オーストリア 396
32 森の幻想 98 - ドイツ -
33 ステンド・グラス 104 - ドイツ -
34 古道具屋の窓 105 - ドイツ -
35 ホルシュテン門の窓 106 リューベック ドイツ 9
36 揺れる窓 107 - ドイツ -
37 町角 108 - ドイツ -
38 ホテル・太陽 109 ネルトリンゲン ドイツ 247
39 古いガラス絵 110 - ドイツ -
40 花のある窓 111 - ドイツ -
41 青い窓 112 - ドイツ -
42 デューラーの家より 113 ニュールンベルク ドイツ 182
43 祭りの日 114 - ドイツ -
44 フライブルクにて 115 フライブルク ドイツ 168
45 鐘のある窓 116 - ドイツ -
46 内庭 117 - ドイツ -
47 バンベルクにて 118 バンベルク ドイツ 192
48 穀倉 119 - ドイツ -
49 ネルトリンゲンの町 120 ネルトリンゲン ドイツ 247
50 ホテル・ドイチェス・ハウス 121 ディンケルスビュール ドイツ 225
51 聖堂の中 122 - ドイツ -
52 夕かげ 123 - ドイツ -
53 家並 124 - ドイツ -
54 人形芝居の小屋 125 - ドイツ -
55 塔の影 126 - ドイツ -
56 ローテンブルクの泉 127 ローテンブルク ドイツ 204
57 絵のある窓 128 - ドイツ -
58 野の花 129 - ドイツ -
59 リューデスハイムにて 130 リューデスハイムにて ドイツ 130
60 ティロルの窓 131 - オーストリア -
61 描かれた窓 132 - オーストリア -
62 酒場の看板 133 - オーストリア -
63 白馬亭 134 ザンクト・ヴォルフガング オーストリア 412
64 骨董屋 135 - オーストリア -
65 鐘楼の窓 136 - オーストリア -
66 裏窓 137 - オーストリア -
67 ホテル・ポスト 138 クレームス オーストリア 354
68 ザルツブルクの看板 139 ザルツブルク オーストリア 422
69 緑苑の花 140 ザルツブルク オーストリア 422
70 ミラベル宮殿 141 ザルツブルク オーストリア 422
71 居酒屋 142 - オーストリア -

はじめに・憧憬と郷愁
ドイツ
オーストリア
スケッチ・ドイツ
スケッチ・オーストリア
あとがき・ドイツ、オーストリアを旅して
文庫版あとがき
図版目録

東山魁夷/著
新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/123204/

 

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2019年11月 5日 (火)

漂う提督

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ディテクション・クラブの13人による連作。
ドロシイ・L・セイヤーズが「序」を書き、以下、G・K・チェスタートン→C・V・L・ホワイトチャーチ→G・D・H&M・コール→ヘンリイ・ウェイド→アガサ・クリスティ→ジョン・ロード→ミルワード・ケネディ→ドロシイ・L・セイヤーズ→ロナルド・A・ノックス→F・W・クロフツ→エドガー・ジェプスン→ケレミンス・デーン→アントニイ・バークリイと続く。

推理小説作家がどのように推理小説を書いているのか、あらかじめ犯人、犯行の動機、方法などを想定して描き進めるのか、それとも事件を前提として筆をすすめながら犯人、犯行の動機、方法などを考えていくのか、何れにしても作者自身の頭の中で整理していくはずだ。
ところが連作となると、他者の考えた事件とそれまでの動きを引き継ぎ、自身の解釈を加えて話をすすめ、答えは出さずに次の作者に引き継いでいくのだから、その結果はある部分を担当した作家にとって想定された結果になるのか想定外の結果になるのか、最後になるまでわからないのだろう。
ということでは、バークリイは、まとめるのに苦労したのだろうな、章のタイトル「混乱収拾篇」がそれを物語っている(原文ではどうなっているかは知らないが)。
「予想解決篇」で、作家それぞれの考えが披露されるのだが、これは最後のお楽しみ、ということで。

2016年には「沈む提督」が発表されたらしい。

中村保男/訳
早川書房
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/47301.html

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2019年10月29日 (火)

秋の奈良京都 2ー2 御殿

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まず、御殿へ。
さすがに勅使門からは入れないので、本坊表門から入る。

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白書院。
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宸殿には、見事な部屋が並んでいる。

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隣の部屋との間は、見事な欄間である。

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襖絵は全て原在泉の作。

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一番奥の部屋は、折り上げ格天井である。

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宸殿は1887年に消失し、現在の宸殿は1914年に竣工した。
23日、24日には、宸殿が第32期竜王戦七番勝負第2局の会場となった。

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奥の黒書院まで来ると、霊明殿が見えてくる。

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廊下の屋根は檜皮葺きで、一部周囲と色が異なっているのは、葺き替えられたのだろう。

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霊明殿は1911年に建立され、「薬師如来坐像」が安置されている。

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霊明殿から北庭が見えている。

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霊明殿のまわりも、季節ごとに表情を変えるお庭のようだ。

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黒書院に戻ってくる。

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黒書院から白書院に戻る途中の、小さな庭。
御殿では、尾中康宏現代アート展「1000枚の千手観音」も、開催されていた。
http://www.ninnaji.jp/news/onaka-yasuhiro-modern-art-exhibition/

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白書院から南庭を挟んで、勅使門が見える。

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南庭の北側の宸殿は、現在檜皮葺き替え工事が行われていて、周囲は足場が組まれている。
雨でなければ、板の上を歩いて白書院を振り返ることができた。

「秋の奈良京都」に戻る

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2019年10月25日 (金)

この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代

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3年前の事件に関してさまざまな文章が出たが、それぞれの論調に頷けるものがあったり、これは自分の思いとは違うというものがあったりさまざまだが、3年経って本書にぶつかった。
死傷した被害者たちやその家族のなかの何人かは知っている人たちで、施設に入る前の在宅のときには、さまざまな福祉制度(いまと比べようもないほど資源は少なかったが)の利用を考えたり、あるいはキャンプに行ったりクリスマス会をやったりしたことがある。
一方で、加害者は直接には知らない人であるが、彼の入院に至ったシステムは、その少し前に従事していたしごとのなかで関わっていた。
被害者やその家族たちを取り巻くさまざまなことがらだけでなく、加害者を取り巻くことがらについても仕事を通じてある程度見ることができることなので、それだけにこの事件を自分の中で整理するのは難しい。

本書は、事件そのものに向かうというよりも、事件以後の世の中のありようを問い、事件との関係を考えようという内容になっている。
「出る杭は打たれる」「長いものには巻かれろ」という諺がいつの頃から使われてきたのかは調べてみないとわからないけれど、日本には目立たないことを良しとする雰囲気が続いてきたのだろうとは思う。
けれどこの謂いは、自己を中心として実感できる範囲との関係の取り方の謂いであって、見ず知らずの他者に対するバッシングにつながる謂いではないのではなかろうか。
そのような、排除する、バッシングするような見ず知らずの他者との関係が生まれたのは、とくに力のあるもの支配するものに対してではなく、力のないもの支配されるものに対する攻撃となったのは、いつごろのことなのだろうか。
関東大震災における朝鮮人虐殺、あるいは、中世ヨーロッパの魔女狩りなど、かなり昔からあったのかもしれない。
ただ、その一方で、中世から近代、そして現代への歴史は、人が人を貶めるようなことはしてはいけないというルールが次第にできあがって、とくにナチスの蛮行以後は、少なくとも表立っては言ってはならぬ行動してはならぬというルールができてきたのだと思う。
この事件の衝撃性は、そのルールが破られた、タブー破りが行われたということにあるのだろう。
東日本大震災のときには「絆」が盛んに言われてきたのではあるが。

序章のほか、あちこちで世代間の格差とその受け止め、雨宮氏が「ロスジェネ以降の世代に鬱積する『剥奪感』」が話題となるが、いつだったか、相対する人とトラブルとなったことがあるのだが、激昂したその相手から「こんな風な世の中になったのは、お前たちの世代のせいだ」のようなことを言われたことがある。
その人は、見た目は4~50代、身なりもきちんとしていて、とても非正規な人とは見えなかったのだが、なぜそのように激昂した物言いをしなければならなかったのか、表に見せない何を抱えているのかと、不思議だった。

神戸氏との対話で「タブー破り」(P.54~)がテーマとなるが、当たり前だとされてきたこと、思っていたこと、前提としていたことが、「破られる」ということは、ある意味では、当たり前だとされてきたこと、思っていたこと、前提としていたことが「封印されてきた」、ということなのだろう。
そして、なぜ、「タブー破り」によって自己を確認できるのだろうか。
もしかしたら、できたつもりになっているだけなのかもしれないが、そうした考えに対して、どう向き合っていくのか。

熊谷氏との対話の中の「リハビリ批判(P.79~)、障害児保育に関わっていたのは1980年代の中期から後期だが、この頃は障害児の「早期発見早期療育」のシステムをどう作っていくかなんてことをやっていた。
本書で書かれているような「徹底したリハビリをさせて、できる限り健常者に近づけようという風潮」は、確かにあったわけで、このような資料もある。
https://www8.cao.go.jp/shougai/asianpacific/ootsureport/2-2.html
ただ、障害の進行をできるだけ防ぐ、二次障害を防ぐためのリハビリテーションは、あるだろう。
そこで、「Re」をつけるのはなぜ?、という問いも出てくるが。
それと、生活習慣病と依存症との関係(P.113)、財政の逼迫は本当か、デフレならば足りないのは供給ではなく需要だという論点(P.114)は、もっと掘り下げて考えたいところだ。

岩永氏の「ファクト」、どこからどうやって「ファクト」をつかむか。
あいトレや表現の不自由展をめぐる動きの中で、知事へのバッシングが目立ったのだが、知事をバッシングしている人たちの前提としての「ファクト」は、バッシングする材料としてバッシングする人たちの要求の方向に編集されたことばが一人歩きしているように思えた。
「天皇の御真影を燃やした」については何を燃やしたのかを確認せず、あの映像を見ていないから言える「ファクト」だと思う。
もっともこれはバッシングする人たちの誤りを正したり批判したりする側にも言えることで、「ファクト」の確認、それを捉える視点、評価基軸などについて、「それでいいの?」と問い反省することが絶えずなされていなければならないことだろう。

杉田氏との対話では、「マイノリティではない」ことがただちに「マジョリティである」ことではないことを考えた。
「マジョリティではない」、とはいえ「マイノリティでもない」、なぜならマイノリティは「反日」「サヨク」「韓国人朝鮮人」「LGBT」「高齢者」「障害者」に占領されていて、そうした奴らを排除しなければ俺たちの場はない、ということなのかしら。

森川氏は、フィンランドの路面電車に改札がないことを紹介している(P.220~).
そして「無賃乗車をすることについて倫理的な評価をあまり重視しない」とおっしゃるのだが、検札で無賃乗車が見つかったときは有無を言わさず問答無用で「罰金払え」、検札で見つかってからチケットを購入することはできず、外国人で知らなかったは通用しないのだが、そのことは話に出てこない。
罰金があるということは、多少なりとも倫理的な評価をしていると思うのだが。
この信用乗車制度、ドイツやオーストリア、オランダではそうだった。
イギリスやスウェーデンは、改札があったな。

向谷地氏との対話に、ベルリンのホロコーストを記憶するモニュメントの話が出てくる(P.241)。
半年前に行ったプラハ、ウィーンでも、そうした記憶を辿った。
プラハの道に埋められた、名前の刻まれたプレート。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-309487.html
これは”STOLPERSTEIN”、「つまづきの石」。
http://www.stolpersteine.eu/
負の遺産にまつわるウィーンの碑めぐり、ゲシュタポ犠牲者のための記念碑、ホローコースト記念碑、ナチ時代の澳人の脱走兵や兵役拒否者祈念の碑
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-d261b3.html
戦争とファシズムに反対する記念碑
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-7fdafb.html
7年前、ウィーン西駅で見た「FÜR DAS KIND - WIEN」像。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/wien-und-hal-11.html

さすがに、被告の側に立った対談相手はいないか。
それができれば、何が問われているのかがもっと鮮明になるのだろうけれど。
そして、大月書店からこの方の本が出ることに、いささか驚いた。

序章 私自身の「内なる植松」との対話(雨宮処凛)
第1章 植松被告は私に「いつまで息子を生かしておくのですか」と尋ねた 神戸金史×雨宮処凛
第2章 「生産性」よりも「必要性」を胸を張って語ろう 熊谷晋一郎×雨宮処凛
第3章 命を語るときこそ、ファクト重視で冷静な議論を 岩永直子×雨宮処凛
第4章 ロスジェネ世代に強いられた「生存のための闘争」の物語 杉田俊介×雨宮処凛
第5章 みんなで我慢するのをやめて、ただ対話すればいい 森川すいめい×雨宮処凛
第6章 植松被告がもしも「べてるの家」につながっていたら 向谷地生良×雨宮処凛
あとがき

雨宮処凛/編著
大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b471597.html

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2019年10月24日 (木)

林の中の家 仁木兄妹の事件簿

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刊行されたのは、1959年9月のこと。
出だしに「テレビに気を取られているからだ」とあるが、JOAK-TV(NHK)の放送開始が1953年2月1日、JOAX-TV(日本テレビ)が同年8月28日。
1959年までには、JOKR-TV(ラジオ東京、TBSテレビ)、JOEX-TV(日本教育テレビ、テレビ朝日)、JOCX-TV(フジテレビ)が開局している。
この年の、当時の皇太子明仁親王の結婚のパレードを、隣の家にあったテレビの前に近所の人が集まってみた記憶は、ある。

事件は小田急線沿線の「T町一七二番地」(P.13)。
「近くの私鉄の線路をオルゴール電車が、走っている音を聞いた」「新宿、湯本間ノン・ストップで、オルゴールを鳴らしてつっ走るやつ」(P.69)。
「T町」とは、どの辺りなのだろう。
太子堂、弦巻町、玉川~、あたりは思いつくが、ポダ休戦からはちと離れている。
邸の近くに林があったりするので、経堂より西の方だろうとは思うのだが。
そしてオルゴール電車は、むろん、1957年登場の3000形SEである。

仁木悦子/著
ポプラ社
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8111091.html

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2019年10月22日 (火)

愛しのプラハへ 新しいチェコ・古いチェコ

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読む人が著者の好みとどこかで繋がることがあれば、本書にはくすぐられるだろう。
そうでない場合は、面白くないかもしれない。
網羅的なガイドブックではないし、例えば歴史を知りたい向きには参考にはならない。
要は、読む人が、なんで「チェコ」を選んだのか、どうして「チェコ」に行こうと考えたのか、その人なりに求めるものが何なのかを整理して本書を役立てればいいのだろうと思う。
これは、チェコに限らず、どこかの地域で「オススメは?」と聞かれても答えられないのと一緒だ。
そうしたことを聞かれたら、「あなたは、なんで、ここを選んだの?」と、問い返すことにしている。

プラハには今年行ったばかりだが、再びチェコに行くことは、あるだろうか。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/20190506.html

著者のチェコ雑貨のサイト「bábovka」。
http://www.babovka.com/

はじめに
プラハMAP
チェコの基本情報&チェコMAP
プラハを歩く、楽しむ
 マラー・ストラナへ下る散歩道
 プラハ城内を歩く
 オレンジの屋根にいちばん近い場所
 数百年の時を想う建築物めぐり
 本当のプラハに出会える教会へ
 絶景が楽しめる7つの場所
 観光客の知らないプラハ7区
 本場で楽しむコンサート
 チェコ人作家の作品に触れる
 素敵な裏路地散歩
 プラハっ子に人気のイジーホ・ス・ポデェブラド
 動物園と植物園でのんびり過ごす
プラハで買う
 メイド・イン・チェコを探して
 チェコ絵本の世界
 本がつなぐアートとの出会い
 郊外のフリーマーケットへ
 触れてわかるチェコ切手の美しさ
 新しい感覚のデザイナーたち
 黄金の手が生み出す美しい工芸品
 活気あふれるクリスマス・マーケット
 彩り豊かなヴィンテージワールド
 プラハの迷宮、古本の世界へ
プラハで食べる
 人が集い文化が生まれるカフェ
 クラシックなパン&スイーツ
 チェコビールがいちばん!
 国産ワインを楽しむ
 チェコ料理のこと
 グラーシュのおいしいお店は?
 プラハの最新レストラン
 常備薬がわりのハーブティー
 チェコ・オープンサンド
チェコカルチャーに触れる
 国営企業のレトロアイテム
 キノコ好きが止まらない!
 チェコ語について
 おとぎの国のマリオネット
 ハタで過ごす豊かな週末
 色があふれるモラヴィア民族衣装
 人気の前衛シアター
プラハを離れて
 Český Krumlov チェスキー クルムロフ―眠れる森の美女が住んでいた街
 Litomyšl リトミシュル―チャーミングなボヘミアの城下町
 Kutná Hora クトナー・ホラ―銀山の古都でゆったりとした時間を
チェコ旅のヒント
おわりに

横山佳美/著
イカロス出版
https://www.ikaros.jp/sales/list.php?srhm=1&tidx=0&Page=1&ID=3405

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