障害・障碍・障がい・福祉

2020年11月16日 (月)

障害とは何か 戦力ならざる者の戦争と福祉

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現在の身体障害者手帳の障害種別と等級を表にした「身体障害者障害程度等級表」(身体障害者福祉法施行規則別表第五号)の変遷をさぐると、身体障害者福祉法は傷痍軍人に対する援助がルーツであるという見方は誤りではないとしても、兵役法と朝鮮人、戦争と戦時下の労災補償などを考察すると、さらに奥が深いことがよくわかる。
国策としての戦争に役に立たなければ非国民という考えかただけではなく、そもそも「戦争にとって人的資源確保たりえる存在にはできるだけその保全・培養のため社会政策を活用するが、はじめから人的資源としてふさわしくないとした人間には、出生そのものの抑制を目指し、国家が直接その出征にかいにゅうする仕組みを導入していったプロセス」(P.65)があって、そのプロセスの結果として国民体力法と国民優生法があることを、あらためて確認できる。
本書を簡単にまとめることは難しいが、徴兵制と障害の排除、恩給と障害保障、「産業戦士」と障害保障など、政策目的によってさまざまな対応が行われてきて、戦後の身体障害者福祉法に至り、そのなかにそれまでの「障害者」像が盛り込まれているということになろうか。
そして、戦力にあらざれば人として認められないという考え方があったことを知ると、「生産性」を価値基軸とする考え方を、国会議員の地位にある者が公然と主張し続けていることに、暗然たる思いがする。

もともとが博士論文であったことから、記述はいわゆる論文形式であり、決して読みやすいとはいえない。

身体障害者障害程度等級表
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1027-11d.pdf

京都新聞で紹介。
https://www.hanazono.ac.jp/news/education/psychology/000596.html

はしがき
初出一覧
第1章 軍事政策における障害
 はじめに
 1 徴兵制と障害
 2 徴兵制の確立と障害
 3 兵役法下における障害
 4 除役と障害
 5 軍人恩給と障害
 おわりに
第2章 戦時政策における障害
 はじめに
 1 国民体力の低下
 2 農村の疲弊
 3 結核と障害
 4 人口政策と保健国策
 5 虚弱児問題と国民体力法
 6 国民体力法と国民優生法
 おわりに
第3章 社会政策における障害
 はじめに
 1 医療保険と障害
 2 年金保険制度成立への助走
 3 労働者年金保険法の制定
 4 年金保険制度における障害
 5 障害年金がつくられたねらいとは
 おわりに
第4章 障害者福祉における障害
 はじめに
 1 戦後の社会福祉改革
 2 傷痍者保護対策
 3 身体障害者福祉法の成立
 4 身体障害者福祉法は元傷痍軍人対策か
 5 身体障害者福祉法における障害とは
 おわりに
第5章 障害概念はどこから来たか
 はじめに
 1 身体障害者福祉法の障害概念
 2 等級表の登場
 3 等級表はどこから来たか
 4 等級表の比較検証
 5 等級表の特徴とは
 6 等級表のその後
 おわりに
第6章 戦争と障害
 はじめに
 1 排除対象としての障害
 2 保障対象としての障害
 3 社会政策的障害観
 4 障害原因による差別化
 5 生存権にとっての障害
 6 戦争と障害者観
 おわりに
あとがき
巻末資料1 陸軍身体検査における体格等位基準
巻末資料2  身体障害者福祉法等級表案と厚生年金保険法労働者災害補償保険法恩給法の等級表との比較
巻末資料3 関係法による対象規定の比較分析

藤井渉/著
法律文化社
https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03845-6

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2020年10月 7日 (水)

やまゆり園事件

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かつて一緒にキャンプに行ったり、取っ組み合いのぶつかり合いをした人が、死ななければならなかったのは、なぜだ?
事件以後、そのことが頭を離れたことはない。
これまで、事件をめぐって、直接事件にかかわるものだけではなく、さまざまな立場の人が障害者にかかわって著したものを、事件当初、裁判、判決などのフェーズごとに何冊も読んだ。
主人公は、死刑囚ではないのだから、「なぜ、あの死刑囚が殺したのか傷つけたのか」ではなく、「なぜ、殺されたのか傷つけられたのか」という視点が欲しいのだが、なかなか見当たらないでいる。
そうした思いから手にした、報道機関的視点によるさまざまな面からの、やまゆり事件の記録と考察である。
「なぜ?」を問うプロセスは、本書では「第5章 共に生きる」の「〝成就〟した反対運動」以降だろうが、本書での内容やそれに対する考えや感想などについては、ここには書かない。
ただ、「なぜ」をとりまく事象は、たとえば外国人の生活保護受給に対する攻撃とも通底するのだろうとも思った。
『生活保護は外国人に適用しないことは「法第1条に書かれている」』というような言い方はは、国際人権条約や難民条約の要請にもかかわらず、国内法の整備を怠ってきたことを自ら語っているだけであり、それは「特別支援学校」のように「特別」という冠をつけることも同様だろう。

これまで読んだ書籍類(再読もある)は、次のとおり。
障害福祉の父 糸賀一雄の思想と生涯(京極高宣/ミネルヴァ書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-22d2.html
生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-581f.html
現代思想10月号 相模原障害者殺傷事件(青土社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-58f2.html
相模原事件とヘイトクライム(保坂展人/岩波書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-8414.html
涙より美しいもの (稲沢潤子/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-7237.html
相模原障害者殺傷事件―優生思想とヘイトクライム―(立岩真也、杉田俊介/青土社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-29ec.html
福祉の思想 (糸賀一雄/日本放送出版協会)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-cca7.html
あんずの木の下で (小手毬るい/原書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97bc1e.html
わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想(藤井克徳/合同出版株式会社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-36e1af.html
この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代(雨宮処凛/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-6f8525.html
ぶどう畑で見る夢は(小手鞠るい/原書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-153ab3.html
太平洋戦争下の全国の障害児学校 被害と翼賛(清水寛/新日本出版社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-c38bfb.html
私たちはふつうに老いることができない 高齢化する障害者家族(児玉真美/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-3c9417.html
いのちを選ばないで やまゆり園事件が問う優生思想と人権(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-b3ede2.html
相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ(雨宮処凛/太田出版)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-8a6f11.html
なぜ人と人は支え合うのか 「障害」から考える(渡辺一史/筑摩書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-bb474a.html

これまでの論調のなかでは、一番ストンと落ちたのは、事件当時の藤井克徳さんの「差別の反対は無関心、これが一番の曲者で怪物」という記事だった。
https://www.huffingtonpost.jp/nobuto-hosaka/sagamihara_b_11863594.html
それと、ストント落ちたというより考える糧となっているのは、『最首悟さんの手紙 「序列をこえた社会に向けて」』。
https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-184588.html

事件で、気になっていることがある。
それは、死傷した被害者たちの医療費がどうなっているか、ということで、病院でなされた医療について、明白な第三者行為なので本来は医療保険は適用されないことになるのだろうが、状況から考えれば、保険者は医療保険を適用させて、のちに保険者が加害者に請求することにしたのだと考えているのだが、実際のところはどうなったのだろうか。
そして、判決確定後、損害賠償についての民事訴訟が動きはじめているはずだ。
刑事訴訟だけではなく、民事訴訟を通じても「なぜ殺されたのか傷つけられたのか」を問う場面が期待されるのであれば、報道機関は、それを追ってほしい。
また、「かながわ共同会」「措置入院制度」「生活保護」「総合支援法(措置時代も含めて)「意思決定支援」などは本書では詳細には扱われていないが、「なぜ、殺されたのか傷つけられたのか」の背景にあるものとしては押さえて欲しい。
また、個人的には医療観察法案件かも知れんと思ったが、検察は責任能力ありということで医療観察法の適用はなかったのだが、検察内部ではどうだったのだろうか、議論があったのだろうか。
そして、相模原市はこの事件に関わる文書を「歴史的公文書」として永久保存することにしたが、時が来れば公開されていくのだろうか。
https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-303340.html
神奈川県も同様に、事件に関わる文書を「歴史的公文書」とした。

そして、報道機関として、被害者家族たちが「匿名」を選択しなければならなかったのはなぜなのかは、問い続けて行って欲しい。
もう四半世紀以上前のことになるが、障害や難病の人たちとの「オフ会」を企画したことがあった。
準備をすすめていくうちに、ある報道機関の人が個人として参加したいという希望が寄せられた。
私自身は、より多くの人に知ってもらえるかもしれないと、参加を了解したのだが、他の参加者から、報道で傷つけられたことがあると、異論が出た。
結果的には、オフ会運営の工夫をすることで、異論ありの人も報道機関の人も参加してもらったのだが、その当時、ダイアナ妃の死亡事故とパパラッチの関係もあったし、「報道機関に傷つけられた」ということが他人事ではないなと思ったものだった。

P.169に「同じ社会を生きる仲間として」というタイトルがある。
いや、「仲間」としなくてもいい。
「同じ社会を生きる人として」でいい。

P.344以降の「怒り」と「憎悪」、P.358の「施設以外の具体的な選択肢をいかに示していけるか」「親元以外での別の生活の選択肢を示すことができるかどうか」、考えなきゃいけないことは、たくさんある。

最後にひとこと。
カバー、本体表紙に、彼の写真を載せるのはやめてほしい。
職場でお昼を食べにいくところは、障害者たちが働いている。
そこに持っていけないじゃないか。
この装丁では、彼の傾倒したイルミナティカードと同じだし、判決を受けての藤井克徳氏の『残るのは被告の「重度障害者は安楽死させるべき」という発言と彼の名前だけ』がそのまま現実のものとなってしまった。
これは執筆陣の責に帰するものではないだろうが、このデザインでOKする機会があったとしたら、それも腑に落ちない。
腑に落ちないといえば、なぜこの出版社からなのかな・・・。

執筆陣による座談会
僕たちが4年間問い続けてきたこと
https://www.gentosha.jp/article/16092/
自分も「生きるに値しない命がある」と思ってはいないだろうか?
https://www.gentosha.jp/article/16113/
「共生社会」を美辞麗句で終わらせないために
https://www.gentosha.jp/article/16113/

第1章 2016年7月26日(執筆:石川泰大、デスク:高田俊吾)
未明の襲撃/伏せられた実名と19人の人柄/拘置所から届いた手記とイラスト
第2章 植松聖という人間(執筆:石川泰大、デスク:高田俊吾)
植松死刑囚の生い立ち/アクリル板越しに見た素顔/遺族がぶつけた思い/「被告を死刑とする」
第3章 匿名裁判(執筆:川島秀宜、デスク:田中大樹)
記号になった被害者/実名の意味/19人の生きた証し
第4章 優生思想(執筆:川島秀宜、デスク:田中大樹)
「生きるに値しない命」という思想/強制不妊とやまゆり園事件/能力主義の陰で/死刑と植松の命
第5章 共に生きる(執筆:成田洋樹、石川泰大、山本昭子、佐藤奇平、デスク:田中大樹、高田俊吾)
被害者はいま/ある施設長の告白/揺れるやまゆり園/訪問の家の実践/〝成就〟した反対運動/分けない教育/学校は変われるか/共生の学び舎/呼吸器の子「地域で学びたい」/言葉で意思疎通できなくても/横田弘とやまゆり園事件
終章 「分ける社会」を変える(執筆:成田洋樹、デスク:田中大樹)

神奈川新聞取材班/著
幻冬舎
https://www.gentosha.co.jp/book/b13177.html

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2020年9月18日 (金)

なぜ人と人は支え合うのか 「障害」から考える

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著者は、ずっと以前に読んだ、2003年に刊行されたバナナを書いた渡辺さん。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167838706

本書は裁判の前に書かれたていて、事件を探るという内容ではない。
けれど、障害のある人やあれこれ思索する人の「障害者」「障害」「やまゆり」ではなく、障害者と衝撃的な関係をもった経験を持つ「健常」な人による「障害者」「障害」「やまゆり」が、新鮮に落ちてきて、「障害者」「障害」「やまゆり」のことを考える手がかりになっている。
それは、このシリーズがターゲットにしている読者層を想定しながら書かれているからだろう。
そのことが、タイトルに現れている。
ただし、「解」はない。
そして、あらためてCILの歴史をふりかえることができた。

本書を手にしようと思ったのはもうひとつ理由があって、それはコロナ禍である。
この冬からずっとコロナ禍で、最近はゆるゆるになってきたものの、外に出ることが控えられ、劇場の公演や美術館での展覧会が中止となってしまっていた。
美術館が再開されても、多くが日時指定の予約をしなければならず、「あ、絵を見たい気分」と思い立ったが吉日でふらっと美術館に行ってみるという楽しみは、今はまだない。
「計画」「予定」に縛られている。
そのことが、さまざまなサービスを組み合わせて「自立」の暮らしをつくっても、それは「計画」「予定」を前提としているのであれば、そうしたサービスを利用せずとも暮らしていける人の気ままさには遠く及ばないのだろうなとも考えてしまったのであった。

振り返れば、相当長い間「障害者」「障害」とかかわる仕事をしてきた。
じっさいに仕事をしていた時期は、すでに国障年を過ぎて、資金が潤沢にあった頃だが、それでも親たちが作業所を作っていったり、『「青芝」のメンバーが引っ越してくるんだってよ』と、職場が身構えていたこともあった。
提供できるものがほとんどないなかでの「措置」の時代から、「運動」の時代を経て、紆余曲折を経て成立した「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(障害者総合支援法)による「支援」が行われる時代となってはいるが、疑問を持つことは、多々ある。
例えば、利用者とサービスを提供する事業者は対等な関係とされ、障害者が自らサービスを選択して、契約を交わした後にサービスを利用するというプロセスをふむが、その契約内容は事業者が示した契約内容であって、利用者が契約内容を示して事業者が応じるものではない。
これで、「対等」と言えるのかしら?

障害者総合支援法の基本理念を規定した第一条の二の条文を、段落を加えて書いておこう。
障害者及び障害児が日常生活又は社会生活を営むための支援は、
・全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、
・全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、
・全ての障害者及び障害児が可能な限りその身近な場所において必要な日常生活又は社会生活を営むための支援を受けられることにより社会参加の機会が確保されること及び
・どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと
・並びに障害者及び障害児にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資することを旨として、
総合的かつ計画的に行わなければならない。

職場に某大学の福祉実習生が来ているのだが、「こんな夜更けにバナナかよ」は知らなかった。
「映画はどうでもいいけど、本は読んでおけ」と、命じておいた。

はじめに
第1章 障害者は本当にいなくなったほうがいいか
第2章 支え合うことのリアリティ
第3章 「障害者が生きやすい社会」は誰のトクか?
第4章 「障害」と「障がい」—表記問題の本質
第5章 なぜ人と人は支え合うのか
あとがき

渡辺一史/著
筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480683434/

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2020年9月 4日 (金)

久しぶりに上野で展覧会「あるがままのアート」と「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」

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この前上野駅に降りてから半年以上過ぎた金曜日、貴重な夏休み(2日しかなく、すでに1日は使った)を使って上野へ着くと、あらら、上野駅の公園口がふさがれている。
これまでの公園口が閉鎖されて新しい公園口になっていたのは、知らなかった。

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3月20日から変わっていたのね。
https://www.jreast.co.jp/press/2019/tokyo/20200220_to01.pdf

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東京藝術大学大学美術館へ。
入館には日時指定の予約チケットが必要で、印刷したらでかかった。

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今月6日まで開催されている「あるがままのアート -人知れず表現し続ける者たち-」を観る。

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エントランスを飾っている糸の塊(?)のは、小森谷章さんの「無題」。
出品している作家の名前も並んでいる。

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五百羅漢かと思ったのは、山際正巳さんの「正己地蔵」。

旧満州国に生まれた林田嶺ーさんの作品は、幼い頃からの記憶が描かれる。

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とある玩具店のショーウインドウケース(兵器工場「キャラクター」)、土壁に影坊主

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北四川路アイシスシアター前広告板、上海郊外スコットロード街の、とある喫茶店の窓から見た樫村兵曹長の片翼で帰還する陸軍機の機影と店内風景

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被爆地広島、津軽海峡

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澤田真一さんの、謎の生き物。
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地図は、松本寛庸さん。
「世界地図」と、「加藤清正と徳川家康の陣取り合戦」。

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熊本と加藤清正に包囲された江戸

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戸來貴規さんの「にっき」。
この独特特の文字は、以前見た松田春輝君のカレンダーを思い出す。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-57e4.html

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どこか王蟲を思わせる、ボタンがいっぱいつけられた「ボール」を創ったのは、井上ももかさん。
そして「見つけられたもの」というタイトルも謎な物体。

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金崎将司さんがこしらえた大理石を思わせる作品は、縦型のコラージュである。

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切り紙の動物たちが並ぶ。
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アカギツネ、キリン、ロバ、マンドリル、サイ、フラミンゴ
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ほかにもテナガザルとゾウ がいたが、光って撮れなかった。

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そして、圧巻は、「折り葉の動物たち」。
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切り紙を切り、落ち葉をおったのは、渡邊義紘さん。
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紙を細く細く切る。
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切り落とさない。
切るのは、藤岡祐機さん。

作品リスト
https://www.nhk.or.jp/event/art2020/assets/media/art2020_works_list.pdf

公式サイト
https://www.nhk.or.jp/event/art2020/

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カフェでお昼にする。
いまどき珍しい、瓶ビールである。
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いただいたのは、ボンボンボンゴレ。

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奏楽堂が公開されていたので、覗いてきた。
数年前に修復されたのは知っていたが、中は入ったことはなかった。

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廊下には赤い絨毯が敷かれている。
階段をあがる。

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そこは、カマボコ天井のホールである。
舞台にはチェンバロが置かれ、奥にはパイプオルガン、天井高は低い。

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横に張り渡されている梁は、以前からあったのだろうか。

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客席では、お歴々がソーシャルディスタンスを保っている。

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ガイドブックをいただいた
クラシカルな照明が復元されている。

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ホワイエなどのカーテンの緑は、漱石が「野分」で奏楽堂の窓に緑のカーテンがかかっていたという記述によるもの。
ガラス板は、波打っている。

旧東京音楽学校奏楽堂
http://www.taitocity.net/zaidan/sougakudou/

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国立西洋美術館に移り、「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」を見る。

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ゴッホの「ひまわり」は、6作品が現存していて、今回来た「ひまわり」は、ロンドンでナショナル・ギャラリーに行った時に見た。
ベネルクスに行ったときには、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館でも見ている。
そして、今秋SOMPO美術館でも見ることができるはず。

さすがに、錚々たる名前の画家たちの作品が並んでいる。

日時指定入場券であるが、会場内は、ソーシャル・ディスタンスが保たれているとは言い難かった。

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出品リスト
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2020london_list.pdf

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公式サイト
https://artexhibition.jp/london2020/

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「特製桃パフェ」の予定だったのだが、使用する桃が不作のため販売中止になっていた。
ざんねん。
なので、ふつうの桃パフェ、山形県産のかたい桃「幸茜」が使われている。

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2020年8月13日 (木)

相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ

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読もうと思っていたのだが、7月23日に、京都のALS患者女性に対する嘱託殺人の疑いで医師が逮捕されたとの報道(事件は昨年11月)があり、しばらくは手に取れなかった。
内容は裁判記録ではなく、あくまでも一個人が裁判を傍聴し、法廷の傍聴席などで見聞きしたこと、その印象や考察などがつづられている。
本書から浮かび上がってくるのは、新聞報道などでも感じたことだが、ある意味、植松死刑囚が演じた「劇」であったということだ。
決して明かされることはないだろうが、担当した弁護士と植松死刑囚との間は、どのような関係をとることができ、どのようなやりとりがあったのだろうか。

本書に載っている植松死刑囚の発言は、じっさいに法廷でこのように話したのだろうか。
「主語」がないこと、「理由」を語らないことが、印象的だ。
やりとりを重ねて論議が深まるというふうでは、全くない。
裁判でのやりとりだから、質問されてことを答えるだけなので、それは当たり前なのかも知れないが、植松死刑囚の一面的なものの見方だけが残ってしまっている。
裁判を通じて植松死刑囚の「闇」が解明されることを期待もし、雨宮さんの膨張を通じて明らかになることを待ったのだが、それはないままに結審してしまった。
弁護士の控訴も本人の取り下げにより死刑は確定、今後植松死刑囚が他者とやりとりする機会は、ほぼ絶たれた。

藤井克徳さんの「判決が確定すれば、被告の思想だけが残る」(2020年03月23日・神奈川新聞)のことばが、この裁判の不全感を語っている。
https://www.kanaloco.jp/article/entry-306243.html

P.25に、「その場で辞職願を描いて提出し、荷物をまとめると待機していた警察官に保護され、そのまま措置入院となる」と、措置入院のことが書かれている。
警察官が待機、誰かが臨場を要請したはずだが、誰だろう。
もしかしたらどこかで報じられているかも知れないが、衆院議長公邸から地元警察ややまゆり園、あるいは地元警察に、何らかの連絡がいったのだろうか。
そして、措置入院のプロセスは、この書き方は誤解を招く。
警察官、あるいは警察署が措置入院を決めるわけではない。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
第二十三条 警察官は、職務を執行するに当たり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに、その旨を、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない。
*ここで「都道府県知事」とあるのは、大都市特例により指定都市も含まれる。
第二十七条 都道府県知事は、第二十二条から前条までの規定による申請、通報又は届出のあつた者について調査の上必要があると認めるときは、その指定する指定医をして診察をさせなければならない。
第二十九条 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。
2 前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには、その指定する二人以上の指定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて、各指定医の診察の結果が一致した場合でなければならない。
(以下略)
つまり、警察官→保健所→都道府県・指定都市→必要と判断したら診察→2人以上の医師の診察結果が入院必要と診断→措置入院決定というプロセスである。

プロセスといえば、植松死刑囚が生活保護を受けるに至ったいきさつで、植松死刑囚自らが生活保護担当部署に赴いたのか、誰かに相談した結果生活保護需給に至ったのか、どうだったのだろう。

いずれにしても、植松死刑囚をしてあのよう形で行為せしめたものが何だったのか、植松死刑囚が決して突飛な存在ではなかったおすれば、その何かは誰しもが持っている可能性があるだろう。
それは、「優生思想」として形作られている必要はなく、もっともやもやした、自身でも説明しきれないものかもしれない。
加えて、そうしたもやもやした何かに「否」と言えないことも、考えなきゃならない。
「生産性」や「効率性」でものごとを判断する価値観がその背景にあるであろうことは、本書のなかでも、植松死刑囚がそうした風潮のなかで「下」でありながらさらに「下」を探し出し抹殺しようと考え実行したと考えられている(言葉は違うが)ことで明らかなのだが、そのうえで、そのような評論家的解説にとどまるのではなく、そのような風潮に対して「わたし」は、「あなた」は、「わたしたち」は、どう向き合い対していけばいいのだろうか。

判決以後の、日本障害者協議会(JD)の声明を載せておこう。
津久井やまゆり園裁判員裁判の終結にあたって 2020年3月31日
http://www.jdnet.gr.jp/opinion/2019/200331.html
2016年7月26日 津久井やまゆり園事件から4年 2020年7月22日
http://www.jdnet.gr.jp/opinion/2020/200722.html

まえがき
1月8日 第1回公判 思ったよりも妄想がひどい?
 検察による冒頭陳述/弁護士による冒頭陳述/翌朝、横浜拘置所にて指を噛みちぎる
1月10日 第2回公判 夜勤職員の調書
1月15日 第3回公判 遺族の供述調書読み上げ
 美帆さんの母の手記
1月16日 第4回公判 遺族の供述調書読み上げ・続き
1月17日 第5回公判 証人尋問に元カノ登場
1月20日 第6回公判 植松被告、30歳の誕生日 「戦争をなくすため、障害者を殺す」
 高校時代の彼女の供述調書/友人たちの供述調書/教育実習では高評価/衆院議長公邸前で土下座
1月21日 第7回公判 後輩女性の供述調書読み上げ
1月24日 第8回公判 初めての被告人質問で語った「幸せになるための七つの秩序」
 新日本秩序/午後の法廷でも暴走/イルミナティカード/トランプ大統領を絶賛/「ベストを尽くしました」
1月27日 第9回公判 やまゆり園で虐待はあったのか? 「2、3年やればわかるよ」
1月30日 植松被告と面会。 「雨宮さんに聞きたいんですけど、処女じゃないですよね?」
2月5日 第10回公判 遺族、被害者家族からの被告人質問
 甲Eさん弟から植松被告への質問/尾野剛志さんから植松被告への質問/法廷が『やれたかも委員会』に/裁判員からの質問
2月6日 第11回公判 これまでのストーリーが覆る。 「障害者はいらない」という作文
 親との関係/「心失者」の定義/「障害者はいらない」/「テロ」とは言われたくない
2月7日 第12回公判 精神鑑定をした大沢医師が出廷 
2月10日 第13回公判 精神鑑定をした工藤医師が出廷
2月12日 第14回公判 「大事な一人息子に私は死刑をお願いしました」
2月17日 第15回公判 美帆さんの母親の意見陳述
 美帆さんの母親、意見陳述/検察から、死刑求刑
2月19日 第16回公判 結審の日
 最後の言葉/裁判員のうち2人が辞任/3月15日、神奈川新聞に「障害者はいらない」という作文についての記事掲載
3月16日 判決言い渡し 「被告人を、死刑に処する」
 判決文、要旨/判決後の記者会見 尾野剛志さん/やまゆり園・入倉かおる園長の会見/SOSだった?/31日、植松被告の死刑が確定
対談 渡辺一史×雨宮処凛 裁判では触れられなかった「植松動画」と入所者の「その後」。
あとがき

雨宮処凛/著
太田出版
http://www.ohtabooks.com/publish/2020/07/17203807.html

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2020年8月 4日 (火)

いのちを選ばないで やまゆり園事件が問う優生思想と人権

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2016年12月刊行の「生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの」の3年後、2019年12月の刊行で、公判前であり、「生きたかった」の続編と位置づけることができる。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-581f.html

さまざまな立場の人がさまざまな考えを明らかにしていて、国の方向に沿ったとしか思えないと感じるものもあったが、一番思ったのは、ここに至っても「当事者」の言葉がないことだ。
障害を持っている人の執筆は、ある。
しかし、知的障害があり、施設利用経験がある人の言葉は、ない。
P.201で藤井さんは「専門家だけではなく障害当事者の代表なども加えた、本当の意味での検証体制を構築する必要があります」とおっしゃっているにもかかわらず。
前の「生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの」には、コラムではあるが、「当事者・家族・支援者の声」があったのだが。

そして、現在の制度的枠組みを前提としているような考え方と受け止められる内容も多い。
むろん現状の単純な肯定ではなく、現状批判も込められているのだが、たとえば、「家族に依存せず、社会から孤立せず、障がいのある人が自ら希望する場で生活するには、複数の選択肢が用意される必要がある」(P.120。「障がいのある人と家族の人権保障の現状と課題」(矢嶋里絵))のは当然なのだが、自分の生活を創造していくときに、用意された選択肢から選択するだけではなく、「こうした生活をしたい」という目標のために、どのようなものが用意されたらいいだろうかというプロセス、選択するものをつくりだすプロセスもあっていいのではないかと思ってしまう。
そこに、「総合」支援法への違和感が重なる。
「サービス等利用計画」が「障害者の心身の状況、その置かれている環境、当該障害者等又は障害児の保護者の障害福祉サービス又は地域相談支援の利用に関する意向その他の事情を勘案し、利用する障害福祉サービス又は地域相談支援の種類及び内容その他の厚生労働省令で定める事項を定めた計画」とされているけれど、既存の用意されたサービスのメニューから、使えるサービスを組み合わて提示することで終わっているのではないか。
その人の状況に着目して、利用するサービスそのものを創造するという「計画」は、ないだろう。
また、総合支援法では「障害支援区分」の認定が必要で、それは「障害の程度(重さ)」ではなく、「障害者等の障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合を総合的に示すもの」とされているのだが、その結果、利用可能なサービス(この「サービス」という言葉も嫌いだ)に違いが出てくるわけで、客観的に見えながら生きかた暮らしかたの幅の抑制になっているのではなかろうかと思ってしまう。

冒頭で書いたように、本書の刊行は公判前である。
なので、裁判に求めるものが、いくつか書かれている。
・「心失者」という呼称に示された障害者観の解明(P.145、「障害者政策の歴史と現状からみたやまゆり園事件──事件の特異性と普遍性」(藤井克徳))
・背景要因(この社会と植松被告人との関係(P.145、同)の徹底した究明(P.146、同)
・植松氏がなぜこのように育ち、一線を超えてしまったのかを解明するための生育歴(P.164、、人権をかかげよう──人間として生きる(井上英夫))
・被告人の言動の背景(P.193、〈座談会〉やまゆり園事件を生んだ現代社会と、めざすべき社会)
これらの点が裁判でどう扱われたのかは、裁判後の文献をあたってみようと思うが、「生きたかった」、本書「いのちを選ばないで」に続く書籍が出るのだろうか。

憲法との関係で、第97条と第12条にふれている(P.204、205、〈座談会〉やまゆり園事件を生んだ現代社会と、めざすべき社会)。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
気になるので、政権党の改正案も書いておこう。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
第九十七条 全文削除

本書でも紹介されているフォン・ガーレン司教の言葉(P.163、人権をかかげよう──人間として生きる(井上英夫))を書いておきたい。
私たちは,他者から生産的であると認められたときだけ,生きる権利があるというのか.非生産的な市民を殺してもいいという原則ができ実行されるならば,いま弱者として標的にされている精神病者だけでなく貧しい人、非生産的な人,病人,傷病兵,仕事で体が不自由になった人すべて,老いて弱ったときの私たちすべて,を殺すことが許されるだろう
NHKの「ETV特集 アンコール ホロコーストのリハーサル~障害者虐殺70年目の真実」
1941年8月3日の説教は、これらしい。
https://www.uibk.ac.at/theol/leseraum/texte/599.html
ただし、フォン・ガーレン司教に対しては、反民主主義的態度、時には権威主義的な政治的態度、反ボルシェビズムへの批判は、ある。

序文 やまゆり園事件再検証の深い意味(柳田邦男)
序章 津久井やまゆり園事件──その本質と背景(池上洋通)
第1章 私たちのやまゆり園事件──考え、語り続けること
 1 事件の振り返り、そして未来へ(尾野剛志)
 2 家族から見た津久井やまゆり園での暮らし(平野泰史)
 3 社会福祉・公務労働者、住民として見た事件(太田顕)
 4 私たちの津久井やまゆり園2019──現場からのレポート「再生と共生」(入倉かおる)
 5 行政の受けとめ方とその後──長くて短い3年(井上従子)
 6 神奈川県検証委員会による検証とその後――事件が問いかけるもの(石渡和実)
 7 障害の重い人の暮らしのありかたと支援の本質(佐久間修)
 8 やまゆり園事件とメディア──ジャーナリストの立場から(宮城良平)
 9 「魂の嘔吐感」とどう向き合うか──植松聖被告と面会して(福島智)
第2章 事件の背景と要因──日本の社会保障・社会福祉と人権保障の貧困
 1 優生思想の現代──相模原事件と強制不妊・出生前診断(利光恵子)
 2 精神科医よ、診察室の外にも目を向けよ(香山リカ)
 3 社会福祉施設における労働・生活権保障の現状と課題(鈴木靜)
 4 障がいのある人と家族の人権保障の現状と課題(矢嶋里絵)
 5 国と地方自治体は障害のある人のいのちと暮らしを守れるか(石川満)
 6 人権主体性と津久井やまゆり園事件──憲法の視点から(井口秀作)
第3章 事件を受けとめ、どのような社会をめざすのか
 1 障害者政策の歴史と現状からみたやまゆり園事件──事件の特異性と普遍性(藤井克徳)
 〈コラム〉不妊手術を強いられた障害者の家族として(佐藤路子)
      “不良な国民”と“優良な国民”の狭間で(藤木和子)
 2 人権をかかげよう──人間として生きる(井上英夫)
 〈コラム〉胸を張るとき、差別が逃げてゆく(林力)
      いのちの選別を許すな(德田靖之)
第4章 〈座談会〉やまゆり園事件を生んだ現代社会と、めざすべき社会

藤井克徳/編
池上洋通/編
石川満/編
井上英夫/編

大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b487308.html

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2020年6月 3日 (水)

私たちはふつうに老いることができない 高齢化する障害者家族

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理論的・技術的な内容・記述ではない。
親たちによる、思い切った本音の吐露の「モザイク」(P.8ほか)である。
「本音」なので、『「障害のある子どもの親」であることを引き受け』(P.19)てもらう、「覚悟を決め」(P.19)てもらうことを仕事としていた頃があった者としては、重たい。
それは昭和50年代の後半の頃、当時「早期発見早期療育」や「地域療育」が言われていた頃で、本書でいう「叱咤する」「評価する」側にいたのだった。
仕事の内容としては、障害のある子どもたちへの直接対応ではなく、もっぱら地域療育の仕組みをつくっていくことが中心だったのだが、それでも施設や幼稚園保育園に行ったり、保護者たちと話をしたり子どもたちにかかわったりすることも仕事のなかでは必要だった。
「早期発見早期療育」や「地域療育」をすすめ、子どもたちや保護者たちをその路線あるいはプラットフォームに載せていくことで、「その子の将来を見通す」なんてことも言っていたのだが、当時の子どもたちは大人になっていて、現在の仕事のなかでその名前を見ることもある。
その「見通し」は、いま、どうなっているのだろうか。
たとえば、在宅時代の当時にかかわった青年のひとりは、やまゆりのあの事件で亡くなってもいる。
そんな「見通し」など、誰も想像し得なかった。

本書を読むと、そうした経験を否応なしに思い出してしまうのだが、その仕事のなかで、著者と同じように仕事をしていた人に、仕事を辞めていただいたことがある。
生まれてきたお子さんが肢体不自由児で、その子の療育のため通園施設を利用したほうがいいのではないかと、ある意味「引導を渡す」役目になってしまったのだった。
その人とは、その後もずっと細々とおつきあいが続いている。
その人は、本書を手に取っただろうか、こんど、聞いてみよう。

P.41あたりにボイタ法とボバース法のことが書かれている。
本書には登場しないが、当時、「親こそ最良の医師」のドーマン博士だとか、「TEACCHプログラム」のショプラー教授だとかの名前も、よく聞いた。
いつ頃だったか、たぶん80年代の中頃だったかと思うが、TEACCHプログラムのショプラー教授が来日したときに、地元で開催する講演会のお手伝いをやったことがあったっけ。

さて、本書に書かれたさまざまな思いを、「叱咤する」側「評価する」側としてどう受け止めるか。
当事者、家族、事業所、行政など、それぞれの立場でそれぞれの思いはあるのだろう。
それぞれにとって、ここは受け入れることができる、これは直していかなければならないなど、課題やテーマごとにさまざまかもしれない。
そして、お互いに本音のところまでは伝えきれていないということが、現実なのではなかろうか。
さらに、事業所や行政は、そこで仕事をしている人たちは、自身の暮らしとは直接の関連のないところで当事者や家族と接しているというところに立っている意味では、当事者や家族が「伝えきる」こと、それを受け止めきることは、もしかしたら不可能なのかも知れない、とも思う。
逆に、そうした立場で、「叱咤する」側「評価する」側の、プロとしての返しは必要であろう。
ただし、「叱咤する」側「評価する」側としては、当事者や家族の伝わってきた言葉をそのままの形で受け止めるのではなく、その言葉をアセスメントして整理することが求められるのだが、そのプロセスで、「叱咤する」側「評価する」側が伝えられたことばを返せるような形に変換してしまっている(意識的にせよ無意識的にせよ)ということも、あるかもしれない。

「親亡きあと」、まだそんな言葉が続いているのかとも思ってしまうのだが「措置から契約へ」、介護保険、支援費制度、自立支援法、総合支援法の流れは、「措置から契約へ」で謳われた理念が現実のものになってきただろうか。
関わる人たちは、現実のものにしてきただろうか。
自分自身には「民」の部分は経験がないから何とも言えないが、自分の措置時代からの個人的な経験や今の仕事での若い職員たちの姿からは、「公」が「公」としての当事者能力を失っていった歴史だったのではないかと見えてしまう。
職場の若い職員たちに、読ませたい。
あした出勤したら、すすめておこう。

本書のベースとなったシンポジウム「障害者家族のノーマライゼーションを考える」は、著者がここに記している。
https://cmj.publishers.fm/article/20030/

まえがき
第1部 これまでのこと
 第1章 障害のある子どもの親になる
 第2章 重い障害のある子どもを育てる
 第3章 専門職・世間・家族
 第4章 「助けて」を封印する/させられる
 第5章 支えられ助けられて進む
第2部 今のこと
 第1章 母・父・本人それぞれに老いる
 第2章 多重介護を担う
 第3章 地域の資源不足にあえぐ
第3部 これからのこと
 第1章 我が子との別れを見つめる
 第2章 見通せない先にまどう
 第3章 親の言葉を持っていく場所がない
 第4章 この社会で「母親である」ということ
あとがき
関連書籍

児玉真美/著
大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b507817.html

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2020年3月16日 (月)

死刑判決に思う

相模原事件の初公判は2020年1月8日、16回の審理が行われ2月19日に結審、そして今日3月16日に死刑判決が下された。

事件を通じてさまざまな論議が起き、多くの課題が見えたと思うが、「裁判」は、審理が1か月強、判決言い渡しまでが約2か月、この長かったのか短かったのかわからない期間での過程で、議論や課題に向き合い探ることはできなかったということかもしれない。
裁判そのものは、そうした議論や課題を解きほぐす場ではないので当然といえば当然なのだが、被告は起訴事実を認めており、裁判の争点としては責任能力の有無という点に、ある意味矮小化されてしまったのだろう。
結果として、「なぜ」には触れることがなかった審理であり判決だった。
そうした裁判の過程では、被告が己に向き合うことはなかったのではないだろうか。
「あなたは重度障害者と接していて意思疎通しようと努力したことはありましたか」と問われるなど、被告の「心失者」に関わる問いがいくつかなされていたが、言い澱む場面はあったようだが、どこまで被告の内側に届いたのだろうか。
結審の日の被告の発言を見る限り、届いていない、届いたかもしれないが振り切ったとしか思えない。

Essveauwaaktve
雨宮処凛さんがサンデー毎日に書いた記事『「相模原事件」面会記』の最後の、『急に世間と隔絶された生活になり、「忘れられた」と感じた時、彼は初めて事件と向き合うのかもしれない」のを、待つしかないのか。
https://twitter.com/tsunday3/status/1238001187267338241

そして「死刑」、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授の「死刑判決はその被告の命に線を引くもので私にとっては複雑で、葛藤を伴う判決」も、重い。
https://news.goo.ne.jp/article/nhknews/nation/nhknews-10012333681_20200316.html

JDの藤井克徳さんが、今日開かれた会見でまとめていらっしゃる。
https://www.buzzfeed.com/jp/sumirekotomita/yamayuri-decision-presscon

事件以後読んだ障害にかかわる本

障害福祉の父 糸賀一雄の思想と生涯(京極高宣/ミネルヴァ書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-22d2.html

生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-581f.html

現代思想10月号 相模原障害者殺傷事件(青土社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-58f2.html

相模原事件とヘイトクライム (保坂展人/岩波書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-8414.html

涙より美しいもの (稲沢潤子/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-7237.html

相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム―(立岩真也、杉田俊介/青土社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-29ec.html

福祉の思想 (糸賀一雄/日本放送出版協会)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-cca7.html

おでかけは最高のリハビリ! 要介護5の母とウィーンを旅する(たかはたゆきこ/雷鳥社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/5-c6d0.html

あんずの木の下で (小手毬るい/原書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97bc1e.html

わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想(藤井克徳/合同出版株式会社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-36e1af.html

この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代(雨宮処凛/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-6f8525.html

ぶどう畑で見る夢は (小手鞠るい/原書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-153ab3.html

太平洋戦争下の全国の障害児学校 被害と翼賛(清水寛/新日本出版社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-c38bfb.html

健康で文化的な最低限度の生活 (1〜8、柏木ハルコ/小学館)
https://bigcomicbros.net/comic/kenkohdebunkatekina/

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2020年1月20日 (月)

障害者割引きっぷの手引き vol.1 JR(旅客鉄道会社)編

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なぜか、活版TOKYOに出店していて、見つけてしまったのであった。
ぜんぜん活版じゃないのだが。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-631f2a.html

内容としては、運賃割引の歴史、障害者手帳の法規、運賃等の割引の法規、実際の例などを、かなり細かく調べてある。
精神障害者に対する割引制度がないことにも、言及している。
ただし、一般障害者手帳ユーザーが割引で交通機関を利用する際の手引きになるかといったら、ちと違うかもしれない。

第1種障害者と利用することが多いが、ほとんど長距離でしか利用していない。
家から近所の一駅二駅、あるいは、東京や横浜などのとき、どこかに出かけても近距離では、全く使うことはない。
最近はIC乗車券しか使わないが、出る時に有人の窓口で手帳を提示すれば割引扱いになることは知っているものの、めんどくささが先に立つ。
ところで、IC乗車券で割引を受けるとき、手帳所持者のIC乗車券で本人半額、介護者のIC乗車券で介護者半額とするのか、いずれかのIC乗車券でまとめて半額するのか、どうするのだろう。
ちなみに、羽田空港のリムジンバスでは、介護者のIC乗車券で、本人介護者のバス運賃を半額にしてもらって支払っている。

また、昔の「割引証」はなくなり手帳提示で割引を受けられるのだが、手帳の出し入れでボロボロになる、手帳を紛失しやすくなるなど、「割引証」の方がいいという声も聞く。
知的障害者への「バス割引証」は、自治体によっては希望者に出している。

さて、この割引、JRに限らず鉄道バス飛行機などでの割引については、国や自治体が補填をしていると思われているようだが、国や自治体は割引に対する補填は行っておらず、事業者に課せられている。
タクシーなどでは自治体が「タクシー利用券」を発行していることはあるが、これは、割引制度とは異なる。
あえて書くと、
「事業者が障害者支援の方策をとるとき(割引もその一つ)、その費用の一部(または全部)を、事業者だけでなく利用するみんなで負担する」
という考え方・仕組みについて、利用者はどう考えるか、ということでもあるだろう。
2020/2/7追記

精神障害者に対する運賃割引の導入に向けては、国会でも質問主意書が出ているが、回答は木で鼻をくくったような内容である。
第196回国会(常会) 質問主意書
質問第一一〇号
精神障害者に対する交通運賃割引制度の実施状況に関する質問主意書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/196/syuh/s196110.htm
第196回国会(常会) 答弁書
答弁書第一一〇号
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/196/touh/t196110.htm

「vol.1」とあるからには、以後も出るのか。

第1章 障害者に対する運賃・料金割引制度の歴史
第2章 障害と障害者の解説
第3章 身体障害者手帳と運賃・料金割引制度の解説
第4章 障害者割引乗車券の解説
第5章 特殊な対応

西村博章/著
佐野豊/著
交通法規研究会
https://www.trrc.gr.jp/syougaisyawaribiki-vol1/

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2020年1月 6日 (月)

アフガニスタンの診療所から

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原著は1993年刊、文庫化は2005年、まだ医療活動中心だった頃の中村哲氏による報告で、ある意味では原点と言うことになる。
今になって読むのでは何もならんとは思うのだが、それでも読んでおこう。
以前、MSFで活動している方とお話をする機会があったのだが、中村哲氏がMSFをどう見ていたのか、本書でも批判の対象とされている、アフガニスタンに群がったNGOの一つとして見られていたのだろうか。

本書では、中村哲氏は「ハンセン病」ではなく「らい」を使っている。
その理由も書かれている(P.41)。
NIIDは、「従来本疾患は「らい」、「癩」などと呼称されてきたが、これらの呼称は現在は偏見・差別を助長するものとして使用せず、「ハンセン病」が正式病名である。」としている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/468-leprosy-info.html

中村哲氏の考え方は、「障害」が「障がい」や「障碍」と表されることとも通底する。
例えば。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/176340/
「障がい」や「障碍」ではなく、「障害」としているのだが、「ハンセン病」・「らい」に関しては、個人としては「らい」は使いたくないと考えるけれども、この違いは、身近に存在していることの差かもしれない。

本書では触れていないが、中村哲氏の9条観は、記憶しておきたい。
https://web.archive.org/web/20190524095313/http://www.magazine9.jp/interv/tetsu/tetsu.php

ペシャワール会
http://www.peshawar-pms.com/

帰郷―カイバル峠にて
縁―アフガニスタンとのかかわり
アフガニスタン―闘争の歴史と風土
人びととともに―らい病棟の改善と患者たちとのふれあい
戦乱の中で―「アフガニスタン計画」の発足
希望を求めて―アフガニスタン国内活動へ
平和を力へ―ダラエ・ヌール診療所
支援の輪の静かな拡大―協力者たちの苦闘
そして日本は…
あとがき
文庫版あとがき
解説 安倍謹也

中村哲/著
筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480041708/

 

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