障害・障碍・障がい・福祉

2020年1月20日 (月)

障害者割引きっぷの手引き vol.1 JR(旅客鉄道会社)編

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なぜか、活版TOKYOに出店していて、見つけてしまったのであった。
ぜんぜん活版じゃないのだが。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-631f2a.html

内容としては、運賃割引の歴史、障害者手帳の法規、運賃等の割引の法規、実際の例などを、かなり細かく調べてある。
精神障害者に対する割引制度がないことにも、言及している。
ただし、一般障害者手帳ユーザーが割引で交通機関を利用する際の手引きになるかといったら、ちと違うかもしれない。

第1種障害者と利用することが多いが、ほとんど長距離でしか利用していない。
家から近所の一駅二駅、あるいは、東京や横浜などのとき、どこかに出かけても近距離では、全く使うことはない。
最近はIC乗車券しか使わないが、出る時に有人の窓口で手帳を提示すれば割引扱いになることは知っているものの、めんどくささが先に立つ。
ところで、IC乗車券で割引を受けるとき、手帳所持者のIC乗車券で本人半額、介護者のIC乗車券で介護者半額とするのか、いずれかのIC乗車券でまとめて半額するのか、どうするのだろう。
ちなみに、羽田空港のリムジンバスでは、介護者のIC乗車券で、本人介護者のバス運賃を半額にしてもらって支払っている。

また、昔の「割引証」はなくなり手帳提示で割引を受けられるのだが、手帳の出し入れでボロボロになる、手帳を紛失しやすくなるなど、「割引証」の方がいいという声も聞く。
知的障害者への「バス割引証」は、自治体によっては希望者に出している。

精神障害者に対する運賃割引の導入に向けては、国会でも質問主意書が出ているが、回答は木で鼻をくくったような内容である。
第196回国会(常会) 質問主意書
質問第一一〇号
精神障害者に対する交通運賃割引制度の実施状況に関する質問主意書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/196/syuh/s196110.htm
第196回国会(常会) 答弁書
答弁書第一一〇号
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/196/touh/t196110.htm

「vol.1」とあるからには、以後も出るのか。

第1章 障害者に対する運賃・料金割引制度の歴史
第2章 障害と障害者の解説
第3章 身体障害者手帳と運賃・料金割引制度の解説
第4章 障害者割引乗車券の解説
第5章 特殊な対応

西村博章/著
佐野豊/著
交通法規研究会
https://www.trrc.gr.jp/syougaisyawaribiki-vol1/

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2020年1月 6日 (月)

アフガニスタンの診療所から

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原著は1993年刊、文庫化は2005年、まだ医療活動中心だった頃の中村哲氏による報告で、ある意味では原点と言うことになる。
今になって読むのでは何もならんとは思うのだが、それでも読んでおこう。
以前、MSFで活動している方とお話をする機会があったのだが、中村哲氏がMSFをどう見ていたのか、本書でも批判の対象とされている、アフガニスタンに群がったNGOの一つとして見られていたのだろうか。

本書では、中村哲氏は「ハンセン病」ではなく「らい」を使っている。
その理由も書かれている(P.41)。
NIIDは、「従来本疾患は「らい」、「癩」などと呼称されてきたが、これらの呼称は現在は偏見・差別を助長するものとして使用せず、「ハンセン病」が正式病名である。」としている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/468-leprosy-info.html

中村哲氏の考え方は、「障害」が「障がい」や「障碍」と表されることとも通底する。
例えば。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/176340/
「障がい」や「障碍」ではなく、「障害」としているのだが、「ハンセン病」・「らい」に関しては、個人としては「らい」は使いたくないと考えるけれども、この違いは、身近に存在していることの差かもしれない。

本書では触れていないが、中村哲氏の9条観は、記憶しておきたい。
https://web.archive.org/web/20190524095313/http://www.magazine9.jp/interv/tetsu/tetsu.php

ペシャワール会
http://www.peshawar-pms.com/

帰郷―カイバル峠にて
縁―アフガニスタンとのかかわり
アフガニスタン―闘争の歴史と風土
人びととともに―らい病棟の改善と患者たちとのふれあい
戦乱の中で―「アフガニスタン計画」の発足
希望を求めて―アフガニスタン国内活動へ
平和を力へ―ダラエ・ヌール診療所
支援の輪の静かな拡大―協力者たちの苦闘
そして日本は…
あとがき
文庫版あとがき
解説 安倍謹也

中村哲/著
筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480041708/

 

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2019年12月28日 (土)

暮れは、映画豪華二本立て、「男はつらいよ 50 お帰り寅さん」と「THE UPSIDE 最強のふたり」

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まずは、「男はつらいよ 50 お帰り寅さん」。

かつてのマドンナたちが、綺麗に映像処理されて次々に出てくるのは、懐かしさがこみ上げてくる。
けれど、かなりのマドンナたちは、いまはもういない。
23年ぶりの映画となるゴクミは、89年の「ぼくの伯父さん」、90年の「寅次郎の休日」、91年の「」寅次郎の告白」、92年の「寅次郎の青春」、そして95年の「寅次郎紅の花」(これが最後の映画だった)に続く6作目となる。
泉がUNHCRで働いている設定は、山田監督の気持ちが込められているのだと思ったのだが、やはりそうだった。
https://www.unhcr.org/jp/24233-ws-191227.html
そして気になるのは、94年の「拝啓車寅次郎様」での菜穂(牧瀬里穂)は、いま何しているのだろうか。

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映画ではあまり買わないパンフレットを買ってしまった。

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https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/movie50/

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お昼は、「Cherry blossom」。

ふたつめは「THE UPSIDE 最強のふたり」。
以前映画館で2度、そしてテレビでも見た「最強のふたり」のリメイクである。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-2d45.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-681a.html

ハリウッドがどう料理するのかと思って見たのだが、このハリウッド版は、フィリップの養女は出てこないし、ドリスの家庭の描き方も前作仏版とは異なっている。

前作仏版のほうは、ハリウッド版のシリアスな描き方ではなくもっとコメディ的であったが、ハリウッド版に比べて丁寧に作られているように感じた。
アメリカでは、「このチョコレートは健常者用だ」は、差別として糾弾されてしまうのかしら。

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http://upside-movie.jp/

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2019年12月 8日 (日)

「アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界」→「ブダペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年」→「ここから4―障害・表現・共生を考える5日間」

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日比谷公園の銀杏、綺麗に色づいている。

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松本楼は長蛇の列だったので、今日は断念。

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日比谷図書館文化館で、「アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界」、「鹿島茂コレクション」と銘打っているだけあって、コアである。

印刷された活字を見る限り、二十世紀のはじめのアール・デコでは、すでにアール・ヌーヴォー装飾の文字は使用されなくなったということか。

1. アール・デコの挿絵本を紐解く
2. グラフィック・アート黄金時代を築いた4人
2-1. ジョルジュ・バルビエ
2-2. アンドレ=エドゥアール・マルティ
2-3. シャルル・マルタン
2-4. ジョルジュ・ルパップ
3. 四天王の饗宴 ファッション・プレート

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23日(月)まで。
https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/hibiya/museum/exhibition/artdeco.html

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国立新美術館に向かう。
始まったばかりの、「ブダペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年」である。
構成ごとに作品が展示されている壁面の色が異なっている。

Ⅰ ルネサンスから18世紀まで
 1.ドイツとネーデルランドの絵画(グレー)
 2.イタリア絵画(紅)
  聖母子
  聖書の主題
  ヴェネツィア共和国の絵画
 3.黄金時代のオランダ絵画(ベージュ)
 4.スペイン絵画—黄金時代から小屋まで(紅)
 5.ネーデルランドとイタリアの静物画(ベージュ)
 6. 17-18世紀のヨーロッパの都市と風景(青)
 7. 17-18世紀のハンガリー王室の絵画芸術(緑)
 8.彫刻(群青)
II 19世紀・20世紀初頭
 1.ビーダーマイアー(薄緑)
 2.レアリスム—風俗画と肖像画
 3.戸外制作の絵画(薄青)
 4.自然主義(薄グレー)
 5.世紀末—神話、寓意、象徴主義(紫)
 6.ポスト印象派(暗青)
 7.20世紀初頭の美術—表現主義、構成主義、アール・デコ(白)

歴史に沿って満遍なく展示してみました、ということで、ちとインパクトに欠けるかもしれぬ。
ブダペストには行きたい感は、育ててくれたけれど。

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3月16日(月)まで。
https://budapest.exhn.jp/

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展示室を移動して、「ここから4―障害・表現・共生を考える5日間」へ。

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ちょうど、手話通訳付きのギャラリートークをやっていた。
<いきる-共に>

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<ふれる-世界と>
<つながる-記憶と>

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<あつまる-みんなが>
<ひろげる-可能性を>
関連企画「アイヌ文化にふれる」

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本日終了。
https://www.kokokara-ten.jp/

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新国立の周囲も、紅葉であった。

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騒音が聞こえたので音のする方を見ると、六本木ヘリポートにヘリが駐機していた。
脇に消防車も待機していたが、訓練だったのか?
ヘリはまもなく飛び立っていった。

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ブダペスト展からのお持ち帰りのトカイワインとパテで、ばんごはん。

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2019年12月 1日 (日)

太平洋戦争下の全国の障害児学校 被害と翼賛

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「障害」とか「差別」などの一環で読んでみようと手に取った本のひとつ。
とても詳細に、障害児と学校、学校と社会について論考している。
研究論文の集大成なので、当たり前だが、とっつきにくさはある。
これをもとに、テーマを絞りもっと平易な記述にすれば、さらに知る人が増えるのではないだろうか。

「空爆」あるいは「空襲」のいずれの用語を使うかについては、著者は「米軍飛行機などによる焼夷弾(しょういだん)をはじめとする爆弾投下や射撃などを空襲という用語で表現したのは、空襲よりもその攻撃の性格・実態をより的確に言い表せると考えたから」(P.13)としている。
そして、「東京大空襲」などは、そのまま使うとしている。
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「空爆」そのものは昔から使われていたようだが、このような展示(Militärhistorisches Museum der Bundeswehr、連邦軍軍事博物館、ドレスデン)を見ると、爆弾などを落とされる側からだと「空襲」のほうが実感的なような気がする。
もっとも、空襲を実際に体験したわけではないけれど。

日本教育新聞の書評
https://www.kyoiku-press.com/post-199252/

毎日新聞の書評
https://mainichi.jp/articles/20190310/ddm/015/070/009000c

はしがき
第1章 空爆による被害
 第1節 空爆による被害を受けた障害児学校の統計的概要
 第2節 空爆による被害を受けた障害児学校
 第3節 障害児学校の空爆被害の特徴
第2章 学校集団疎開
 第1節 〈子どもの戦闘配置〉としての学童集団疎開と障害児学校の集団疎開の統計的概括
 第2節 視覚障害児・聴覚障害児学校の集団疎開
 第3節 知的障害児・肢体不自由児学校の集団疎開
第3章 勤労奉仕・勤労動員
 第1節 障害児学校の奉仕作業の統計的概要と勤労奉仕・勤労動員政策
 第2節 盲学校における勤労奉仕・勤労動員
 第3節 聾唖学校における勤労奉仕・勤労動員と聾者の徴用
 第4節 盲聾唖学校における勤労奉仕・勤労動員
 第5節 空爆により視力障害となった勤労動員女学校生と
第4章 学校運営と教育活動
 第1節 「盲学校及聾唖学校令」と「国民学校令」の意義と問題点
 第2節 学則と教育方針
 第3節 教員と生徒
 第4節 教育の内容と方法
 第5節 学校行事
 第6節 軍事教練
 第7節 寄宿舎
 第8節 盲聾唖学校の〈混合教育〉の問題状況と教師と生徒との人間的共感関係
 第9節 ヘレン・ケラーの来日と障害児学校訪問・公演活動
第5章 敗戦後の窮乏と復興へのとりくみ
 第1節 配線と占領下の改革のなかで
 第2節 戦後も続く食糧難
 第3節 敗戦直後の障害児学校の状況
 第4節 障害児学校の復興をめざして
補章 旧植民地台湾・朝鮮の障害児学校
 序 節 台湾・韓国を訪れて
 第1節 台湾における盲聾唖学校
 第2節 朝鮮における盲聾唖学校
あとがき
参考文献
資料1 第2次アンケート調査用紙——第2次大戦下の全国の障害児学校の戦争被害に関する調査
資料2 概括表——全国108の障害児学校の被害・状況・沿革など

清水寛/著
新日本出版社
https://www.shinnihon-net.co.jp/general/detail/code/978-4-406-06284-8/

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2019年11月11日 (月)

ぶどう畑で見る夢は

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今日11月11日はMartinstag、聖マルティンの日、ガチョウを食べる日であり、オーストリアではワイン解禁の日。
個人的には、ボジョレー・ヌーヴォーよりも、こっちだ。
https://www.austria.info/jp/%E6%97%85%E3%81%AE%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%9E%EF%BC%86%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%93%E3%83%86%E3%82%A3/%E9%A3%9F%E3%81%AE%E6%84%89%E3%81%97%E3%81%BF/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%B2
というわけで、ワインの本であるが、サブタイトルは「こころみ学園の子どもたち」。
実家の街にココ・ファームの特約店があるので、立ち寄った際にボトルを見つけるとお持ち帰りすることが多いのだが、現地に行ってみたい行ってみたいと思いつつもなかなか行くことのできない、こころみ学園、そしてココ・ファーム。
http://www.cocoromi.or.jp/
https://cocowine.com/

以前、「あんずの木の下で」を読んだことから、本書も読んでみることにした。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97bc1e.html
ぶどうの熟成を待っていたのではないが、本棚に寝かしておいたままにしておいたら、台風19号で被害があったというニュースである。
これが流れたときは心配したが、今年も収穫祭は行われるようだ。
https://cocowine.com/home_info/harvest-festival/

こころみ学園の開所は1969年、ココ・ファーム・ワイナリー設立が1980年、最初のワイン販売が1984年。
自分が障害者に関係する業務についたのは1985年だったはずで、しばらくして関東の同じ県域で同じ仕事をしている人たちと徒党を組んで施設見学をしようとする動きをやり始め、いきなり遠くだと予算はつかないから、近場から次第に遠方に毎年毎年実施していこうとしたのだが、そのとき目標にしたのは、近江学園だった。
西へ西へだったので、近場の北へという発想は、なかったな。

こころみ学園でつくられたスパークリング・ワインが、沖縄サミットや洞爺湖サミットで使われたことは、当時ニュースとなったのだが、それ以外にもさまざまな機会に使用されている。
けれどそのことは、本書では年表に掲載されているものの、本文には登場しない。
登場させる必要はない、ということだろう。
https://cocowine.com/vineyard_winery/kokoromi/kokoromi_history/

自分の商売柄気になるのは、こころみ学園の栽培したぶどうをワイナリーが購入し、ワイナリーでの作業をこころみ学園に業務委託といったなかで、各利用者にどのくらいの工賃が支払われるのだろうか、というところ。
いや、無粋な話だ。

小手鞠るい/著
原書房
http://www.harashobo.co.jp/book/b369319.html

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2019年10月25日 (金)

この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代

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3年前の事件に関してさまざまな文章が出たが、それぞれの論調に頷けるものがあったり、これは自分の思いとは違うというものがあったりさまざまだが、3年経って本書にぶつかった。
死傷した被害者たちやその家族のなかの何人かは知っている人たちで、施設に入る前の在宅のときには、さまざまな福祉制度(いまと比べようもないほど資源は少なかったが)の利用を考えたり、あるいはキャンプに行ったりクリスマス会をやったりしたことがある。
一方で、加害者は直接には知らない人であるが、彼の入院に至ったシステムは、その少し前に従事していたしごとのなかで関わっていた。
被害者やその家族たちを取り巻くさまざまなことがらだけでなく、加害者を取り巻くことがらについても仕事を通じてある程度見ることができることなので、それだけにこの事件を自分の中で整理するのは難しい。

本書は、事件そのものに向かうというよりも、事件以後の世の中のありようを問い、事件との関係を考えようという内容になっている。
「出る杭は打たれる」「長いものには巻かれろ」という諺がいつの頃から使われてきたのかは調べてみないとわからないけれど、日本には目立たないことを良しとする雰囲気が続いてきたのだろうとは思う。
けれどこの謂いは、自己を中心として実感できる範囲との関係の取り方の謂いであって、見ず知らずの他者に対するバッシングにつながる謂いではないのではなかろうか。
そのような、排除する、バッシングするような見ず知らずの他者との関係が生まれたのは、とくに力のあるもの支配するものに対してではなく、力のないもの支配されるものに対する攻撃となったのは、いつごろのことなのだろうか。
関東大震災における朝鮮人虐殺、あるいは、中世ヨーロッパの魔女狩りなど、かなり昔からあったのかもしれない。
ただ、その一方で、中世から近代、そして現代への歴史は、人が人を貶めるようなことはしてはいけないというルールが次第にできあがって、とくにナチスの蛮行以後は、少なくとも表立っては言ってはならぬ行動してはならぬというルールができてきたのだと思う。
この事件の衝撃性は、そのルールが破られた、タブー破りが行われたということにあるのだろう。
東日本大震災のときには「絆」が盛んに言われてきたのではあるが。

序章のほか、あちこちで世代間の格差とその受け止め、雨宮氏が「ロスジェネ以降の世代に鬱積する『剥奪感』」が話題となるが、いつだったか、相対する人とトラブルとなったことがあるのだが、激昂したその相手から「こんな風な世の中になったのは、お前たちの世代のせいだ」のようなことを言われたことがある。
その人は、見た目は4~50代、身なりもきちんとしていて、とても非正規な人とは見えなかったのだが、なぜそのように激昂した物言いをしなければならなかったのか、表に見せない何を抱えているのかと、不思議だった。

神戸氏との対話で「タブー破り」(P.54~)がテーマとなるが、当たり前だとされてきたこと、思っていたこと、前提としていたことが、「破られる」ということは、ある意味では、当たり前だとされてきたこと、思っていたこと、前提としていたことが「封印されてきた」、ということなのだろう。
そして、なぜ、「タブー破り」によって自己を確認できるのだろうか。
もしかしたら、できたつもりになっているだけなのかもしれないが、そうした考えに対して、どう向き合っていくのか。

熊谷氏との対話の中の「リハビリ批判(P.79~)、障害児保育に関わっていたのは1980年代の中期から後期だが、この頃は障害児の「早期発見早期療育」のシステムをどう作っていくかなんてことをやっていた。
本書で書かれているような「徹底したリハビリをさせて、できる限り健常者に近づけようという風潮」は、確かにあったわけで、このような資料もある。
https://www8.cao.go.jp/shougai/asianpacific/ootsureport/2-2.html
ただ、障害の進行をできるだけ防ぐ、二次障害を防ぐためのリハビリテーションは、あるだろう。
そこで、「Re」をつけるのはなぜ?、という問いも出てくるが。
それと、生活習慣病と依存症との関係(P.113)、財政の逼迫は本当か、デフレならば足りないのは供給ではなく需要だという論点(P.114)は、もっと掘り下げて考えたいところだ。

岩永氏の「ファクト」、どこからどうやって「ファクト」をつかむか。
あいトレや表現の不自由展をめぐる動きの中で、知事へのバッシングが目立ったのだが、知事をバッシングしている人たちの前提としての「ファクト」は、バッシングする材料としてバッシングする人たちの要求の方向に編集されたことばが一人歩きしているように思えた。
「天皇の御真影を燃やした」については何を燃やしたのかを確認せず、あの映像を見ていないから言える「ファクト」だと思う。
もっともこれはバッシングする人たちの誤りを正したり批判したりする側にも言えることで、「ファクト」の確認、それを捉える視点、評価基軸などについて、「それでいいの?」と問い反省することが絶えずなされていなければならないことだろう。

杉田氏との対話では、「マイノリティではない」ことがただちに「マジョリティである」ことではないことを考えた。
「マジョリティではない」、とはいえ「マイノリティでもない」、なぜならマイノリティは「反日」「サヨク」「韓国人朝鮮人」「LGBT」「高齢者」「障害者」に占領されていて、そうした奴らを排除しなければ俺たちの場はない、ということなのかしら。

森川氏は、フィンランドの路面電車に改札がないことを紹介している(P.220~).
そして「無賃乗車をすることについて倫理的な評価をあまり重視しない」とおっしゃるのだが、検札で無賃乗車が見つかったときは有無を言わさず問答無用で「罰金払え」、検札で見つかってからチケットを購入することはできず、外国人で知らなかったは通用しないのだが、そのことは話に出てこない。
罰金があるということは、多少なりとも倫理的な評価をしていると思うのだが。
この信用乗車制度、ドイツやオーストリア、オランダではそうだった。
イギリスやスウェーデンは、改札があったな。

向谷地氏との対話に、ベルリンのホロコーストを記憶するモニュメントの話が出てくる(P.241)。
半年前に行ったプラハ、ウィーンでも、そうした記憶を辿った。
プラハの道に埋められた、名前の刻まれたプレート。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-309487.html
これは”STOLPERSTEIN”、「つまづきの石」。
http://www.stolpersteine.eu/
負の遺産にまつわるウィーンの碑めぐり、ゲシュタポ犠牲者のための記念碑、ホローコースト記念碑、ナチ時代の澳人の脱走兵や兵役拒否者祈念の碑
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-d261b3.html
戦争とファシズムに反対する記念碑
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-7fdafb.html
7年前、ウィーン西駅で見た「FÜR DAS KIND - WIEN」像。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/wien-und-hal-11.html

さすがに、被告の側に立った対談相手はいないか。
それができれば、何が問われているのかがもっと鮮明になるのだろうけれど。
そして、大月書店からこの方の本が出ることに、いささか驚いた。

序章 私自身の「内なる植松」との対話(雨宮処凛)
第1章 植松被告は私に「いつまで息子を生かしておくのですか」と尋ねた 神戸金史×雨宮処凛
第2章 「生産性」よりも「必要性」を胸を張って語ろう 熊谷晋一郎×雨宮処凛
第3章 命を語るときこそ、ファクト重視で冷静な議論を 岩永直子×雨宮処凛
第4章 ロスジェネ世代に強いられた「生存のための闘争」の物語 杉田俊介×雨宮処凛
第5章 みんなで我慢するのをやめて、ただ対話すればいい 森川すいめい×雨宮処凛
第6章 植松被告がもしも「べてるの家」につながっていたら 向谷地生良×雨宮処凛
あとがき

雨宮処凛/編著
大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b471597.html

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2019年9月10日 (火)

わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想

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日本障害者協議会代表などをなさっている藤井克徳さんが、障害者差別や優生思想について、歴史や現状、そしてこれからのことを簡潔にまとめている。
「ノーマライゼーション」が日本でも言われて久しいが、この国で使われている「ノーマライゼーション」は、ちと違うのではないかと思ってしまう。
既存の社会の枠組みに「障害者(そして外国人その他)を迎えてあげよう」的な「ノーマライゼーション」なのである。
そして、「既存社会のありようは変えない」という但し書きが付いている。
鳴り物入りで登場した「障害者自立支援法」も、そうだ。
枠組みありき制約ありきの中での「自己決定」。
どうも、「reasonable accommodation」が「特権」であるかのような理解がなされているようにも見える。
「Nothing about us without us!」が置き去りにされている、ということだ。

「障害者の権利に関する条約」にしても、この条約に込められた理念は、障害者「だけ」に適用されるというものではない。
国会議員や自治体首長・議員らによる差別的発言(対象は障害者に限らず外国人などマイノリティ、あるいは女性)は、こうした人たちが障害者権利条約を知らない、理解していないことを如実に示している。

Convention on the Rights of Persons with Disabilities
https://www.un.org/development/desa/disabilities/convention-on-the-rights-of-persons-with-disabilities.html

障害者の権利に関する条約(和文)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html

きょうされんの本書紹介記事。
http://www.kyosaren.or.jp/book/6690/

第1章 オットー・ヴァイトとの出会い
第2章 殺された障害者は20万人あまり
第3章 優生思想は多くの国々で、 そして日本でもはびこった
第4章 優生思想に対峙する 障害者権利条約
第5章 やまゆり園事件と障害のある人の今
第6章 私たちにできること

藤井克徳/著
合同出版株式会社
http://www.godo-shuppan.co.jp/book/b474135.html

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2019年8月30日 (金)

健康で文化的な裁定限度の生活 8

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結果オーライなのだが、そろそろそうではない事例が出てきてもいいのではなかろうか。

妊娠については、経験した中でも幾つかの事例がある。
知的障害者が妊娠した事例では、ラーメン一杯おごられてのことだったというケースがある。
不妊手術まで至った経験はないが、本人や保健所と相談しながら避妊の工夫をしたことは、ある。
つい最近も、職場の男性との関係で、ショックで声が出なくなってしまったという女の子がカウンターに来た。

柏木ハルコ/著
小学館
https://www.shogakukan.co.jp/books/09860320

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2019年8月27日 (火)

パラリンピック開催まで1年を切った

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読売新聞で、8月25日から『[スポーツの力]ちがいを超えて』という連載が始まった。
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20190825-OYT1T50067/
パラリンピックに焦点を当てた記事であるが1回目には次のような文章がある。

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「障害」を、老いや、病や、抗(あらが)えない何かがもたらす困難と読み解けば、それは一人ひとりが人生で、いつかは直面するものとなる。あなたは、どう向き合いますか。25日で開幕まで1年となる東京パラリンピックには、ちがいを超えて光を求める選手が集います。スポーツを通じ、私たちの生き方への示唆となる、メッセージが見つかるかもしれません。

この後に及んで障害を個人モデル的視点でしか捉えておらず社会モデル的視点が全く欠如していることにも呆れるが、「ちがい」とは何なのか。
パッと見たときには、パラリンピックに集まる選手たちそれぞれの障害のちがいなのかとも思ったが、その先に「超えて光を求める」という文言もある。
超えなければならない「ちがい」、超えた先に光がある「ちがい」って、いったい何なのだろう。
どんなこととどんなことが「ちがう」のだろう。
「ちがい」を超えたときに見える「光」とは、どんな「光」なのだろうか。
「光」が見えたとき、「ちがい」は、なくなるのだろうか。
それとも、「ちがい」は残ったまま、超えた者が高みから見下ろすことになるのだろうか。

そして、26日から27日にNHKが報じた「東京パラリンピックに期待できない」という障害者の声は、障がい者総合研究所によるアンケート結果である。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190827/k10012051151000.html

障害者たちがパラリンピックに期待を示していない、むしろマイナス評価が増えているという結果は、テレビなどで流されるオリンピック・パラリンピックの圧倒的な情報量の中で、いったい何なんだと考えざるを得ない。
今回のアンケート結果は障がい者総合研究所サイトにはまだ掲載されていないが、前回の結果は掲載されている。
http://www.gp-sri.jp/report/detail032.html

NHK記事にある「理解を示しているように見せることに酔っていて実は偏見は消えていない」が、読売の「ちがいを超えて」も含めて、パラリンピックのありようを端的に示しているのだろう。

障害・障害者に向き合うときの「偏見」「差別」「誤解」といった個人個人の意識や理解については、むろん打開していかなければならないし、これはじつは制度や物理的な障害・障壁に対応するよりもはるかに困難なことであるが、「心のバリアフリー」というようなオブラートに包まれた言い方、つまり、障害・障壁は障害者の周囲にいる人の心の問題というような、ある意味での個人モデル的視点だけでは、パラリンピックが終わったあと、残るものはないのだろうなと危惧する。
車いす利用者を乗車拒否すたUDタクシーの二の舞にならないことを祈らざるをえない。

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