障害・障碍・障がい・福祉

2019年11月11日 (月)

ぶどう畑で見る夢は

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今日11月11日はMartinstag、聖マルティンの日、ガチョウを食べる日であり、オーストリアではワイン解禁の日。
個人的には、ボジョレー・ヌーヴォーよりも、こっちだ。
https://www.austria.info/jp/%E6%97%85%E3%81%AE%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%9E%EF%BC%86%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%93%E3%83%86%E3%82%A3/%E9%A3%9F%E3%81%AE%E6%84%89%E3%81%97%E3%81%BF/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%B2
というわけで、ワインの本であるが、サブタイトルは「こころみ学園の子どもたち」。
実家の街にココ・ファームの特約店があるので、立ち寄った際にボトルを見つけるとお持ち帰りすることが多いのだが、現地に行ってみたい行ってみたいと思いつつもなかなか行くことのできない、こころみ学園、そしてココ・ファーム。
http://www.cocoromi.or.jp/
https://cocowine.com/

以前、「あんずの木の下で」を読んだことから、本書も読んでみることにした。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97bc1e.html
ぶどうの熟成を待っていたのではないが、本棚に寝かしておいたままにしておいたら、台風19号で被害があったというニュースである。
これが流れたときは心配したが、今年も収穫祭は行われるようだ。
https://cocowine.com/home_info/harvest-festival/

こころみ学園の開所は1969年、ココ・ファーム・ワイナリー設立が1980年、最初のワイン販売が1984年。
自分が障害者に関係する業務についたのは1985年だったはずで、しばらくして関東の同じ県域で同じ仕事をしている人たちと徒党を組んで施設見学をしようとする動きをやり始め、いきなり遠くだと予算はつかないから、近場から次第に遠方に毎年毎年実施していこうとしたのだが、そのとき目標にしたのは、近江学園だった。
西へ西へだったので、近場の北へという発想は、なかったな。

こころみ学園でつくられたスパークリング・ワインが、沖縄サミットや洞爺湖サミットで使われたことは、当時ニュースとなったのだが、それ以外にもさまざまな機会に使用されている。
けれどそのことは、本書では年表に掲載されているものの、本文には登場しない。
登場させる必要はない、ということだろう。
https://cocowine.com/vineyard_winery/kokoromi/kokoromi_history/

自分の商売柄気になるのは、こころみ学園の栽培したぶどうをワイナリーが購入し、ワイナリーでの作業をこころみ学園に業務委託といったなかで、各利用者にどのくらいの工賃が支払われるのだろうか、というところ。
いや、無粋な話だ。

小手鞠るい/著
原書房
http://www.harashobo.co.jp/book/b369319.html

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2019年10月25日 (金)

この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代

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3年前の事件に関してさまざまな文章が出たが、それぞれの論調に頷けるものがあったり、これは自分の思いとは違うというものがあったりさまざまだが、3年経って本書にぶつかった。
死傷した被害者たちやその家族のなかの何人かは知っている人たちで、施設に入る前の在宅のときには、さまざまな福祉制度(いまと比べようもないほど資源は少なかったが)の利用を考えたり、あるいはキャンプに行ったりクリスマス会をやったりしたことがある。
一方で、加害者は直接には知らない人であるが、彼の入院に至ったシステムは、その少し前に従事していたしごとのなかで関わっていた。
被害者やその家族たちを取り巻くさまざまなことがらだけでなく、加害者を取り巻くことがらについても仕事を通じてある程度見ることができることなので、それだけにこの事件を自分の中で整理するのは難しい。

本書は、事件そのものに向かうというよりも、事件以後の世の中のありようを問い、事件との関係を考えようという内容になっている。
「出る杭は打たれる」「長いものには巻かれろ」という諺がいつの頃から使われてきたのかは調べてみないとわからないけれど、日本には目立たないことを良しとする雰囲気が続いてきたのだろうとは思う。
けれどこの謂いは、自己を中心として実感できる範囲との関係の取り方の謂いであって、見ず知らずの他者に対するバッシングにつながる謂いではないのではなかろうか。
そのような、排除する、バッシングするような見ず知らずの他者との関係が生まれたのは、とくに力のあるもの支配するものに対してではなく、力のないもの支配されるものに対する攻撃となったのは、いつごろのことなのだろうか。
関東大震災における朝鮮人虐殺、あるいは、中世ヨーロッパの魔女狩りなど、かなり昔からあったのかもしれない。
ただ、その一方で、中世から近代、そして現代への歴史は、人が人を貶めるようなことはしてはいけないというルールが次第にできあがって、とくにナチスの蛮行以後は、少なくとも表立っては言ってはならぬ行動してはならぬというルールができてきたのだと思う。
この事件の衝撃性は、そのルールが破られた、タブー破りが行われたということにあるのだろう。
東日本大震災のときには「絆」が盛んに言われてきたのではあるが。

序章のほか、あちこちで世代間の格差とその受け止め、雨宮氏が「ロスジェネ以降の世代に鬱積する『剥奪感』」が話題となるが、いつだったか、相対する人とトラブルとなったことがあるのだが、激昂したその相手から「こんな風な世の中になったのは、お前たちの世代のせいだ」のようなことを言われたことがある。
その人は、見た目は4~50代、身なりもきちんとしていて、とても非正規な人とは見えなかったのだが、なぜそのように激昂した物言いをしなければならなかったのか、表に見せない何を抱えているのかと、不思議だった。

神戸氏との対話で「タブー破り」(P.54~)がテーマとなるが、当たり前だとされてきたこと、思っていたこと、前提としていたことが、「破られる」ということは、ある意味では、当たり前だとされてきたこと、思っていたこと、前提としていたことが「封印されてきた」、ということなのだろう。
そして、なぜ、「タブー破り」によって自己を確認できるのだろうか。
もしかしたら、できたつもりになっているだけなのかもしれないが、そうした考えに対して、どう向き合っていくのか。

熊谷氏との対話の中の「リハビリ批判(P.79~)、障害児保育に関わっていたのは1980年代の中期から後期だが、この頃は障害児の「早期発見早期療育」のシステムをどう作っていくかなんてことをやっていた。
本書で書かれているような「徹底したリハビリをさせて、できる限り健常者に近づけようという風潮」は、確かにあったわけで、このような資料もある。
https://www8.cao.go.jp/shougai/asianpacific/ootsureport/2-2.html
ただ、障害の進行をできるだけ防ぐ、二次障害を防ぐためのリハビリテーションは、あるだろう。
そこで、「Re」をつけるのはなぜ?、という問いも出てくるが。
それと、生活習慣病と依存症との関係(P.113)、財政の逼迫は本当か、デフレならば足りないのは供給ではなく需要だという論点(P.114)は、もっと掘り下げて考えたいところだ。

岩永氏の「ファクト」、どこからどうやって「ファクト」をつかむか。
あいトレや表現の不自由展をめぐる動きの中で、知事へのバッシングが目立ったのだが、知事をバッシングしている人たちの前提としての「ファクト」は、バッシングする材料としてバッシングする人たちの要求の方向に編集されたことばが一人歩きしているように思えた。
「天皇の御真影を燃やした」については何を燃やしたのかを確認せず、あの映像を見ていないから言える「ファクト」だと思う。
もっともこれはバッシングする人たちの誤りを正したり批判したりする側にも言えることで、「ファクト」の確認、それを捉える視点、評価基軸などについて、「それでいいの?」と問い反省することが絶えずなされていなければならないことだろう。

杉田氏との対話では、「マイノリティではない」ことがただちに「マジョリティである」ことではないことを考えた。
「マジョリティではない」、とはいえ「マイノリティでもない」、なぜならマイノリティは「反日」「サヨク」「韓国人朝鮮人」「LGBT」「高齢者」「障害者」に占領されていて、そうした奴らを排除しなければ俺たちの場はない、ということなのかしら。

森川氏は、フィンランドの路面電車に改札がないことを紹介している(P.220~).
そして「無賃乗車をすることについて倫理的な評価をあまり重視しない」とおっしゃるのだが、検札で無賃乗車が見つかったときは有無を言わさず問答無用で「罰金払え」、検札で見つかってからチケットを購入することはできず、外国人で知らなかったは通用しないのだが、そのことは話に出てこない。
罰金があるということは、多少なりとも倫理的な評価をしていると思うのだが。
この信用乗車制度、ドイツやオーストリア、オランダではそうだった。
イギリスやスウェーデンは、改札があったな。

向谷地氏との対話に、ベルリンのホロコーストを記憶するモニュメントの話が出てくる(P.241)。
半年前に行ったプラハ、ウィーンでも、そうした記憶を辿った。
プラハの道に埋められた、名前の刻まれたプレート。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-309487.html
これは”STOLPERSTEIN”、「つまづきの石」。
http://www.stolpersteine.eu/
負の遺産にまつわるウィーンの碑めぐり、ゲシュタポ犠牲者のための記念碑、ホローコースト記念碑、ナチ時代の澳人の脱走兵や兵役拒否者祈念の碑
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-d261b3.html
戦争とファシズムに反対する記念碑
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-7fdafb.html
7年前、ウィーン西駅で見た「FÜR DAS KIND - WIEN」像。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/wien-und-hal-11.html

さすがに、被告の側に立った対談相手はいないか。
それができれば、何が問われているのかがもっと鮮明になるのだろうけれど。
そして、大月書店からこの方の本が出ることに、いささか驚いた。

序章 私自身の「内なる植松」との対話(雨宮処凛)
第1章 植松被告は私に「いつまで息子を生かしておくのですか」と尋ねた 神戸金史×雨宮処凛
第2章 「生産性」よりも「必要性」を胸を張って語ろう 熊谷晋一郎×雨宮処凛
第3章 命を語るときこそ、ファクト重視で冷静な議論を 岩永直子×雨宮処凛
第4章 ロスジェネ世代に強いられた「生存のための闘争」の物語 杉田俊介×雨宮処凛
第5章 みんなで我慢するのをやめて、ただ対話すればいい 森川すいめい×雨宮処凛
第6章 植松被告がもしも「べてるの家」につながっていたら 向谷地生良×雨宮処凛
あとがき

雨宮処凛/編著
大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b471597.html

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2019年9月10日 (火)

わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想

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日本障害者協議会代表などをなさっている藤井克徳さんが、障害者差別や優生思想について、歴史や現状、そしてこれからのことを簡潔にまとめている。
「ノーマライゼーション」が日本でも言われて久しいが、この国で使われている「ノーマライゼーション」は、ちと違うのではないかと思ってしまう。
既存の社会の枠組みに「障害者(そして外国人その他)を迎えてあげよう」的な「ノーマライゼーション」なのである。
そして、「既存社会のありようは変えない」という但し書きが付いている。
鳴り物入りで登場した「障害者自立支援法」も、そうだ。
枠組みありき制約ありきの中での「自己決定」。
どうも、「reasonable accommodation」が「特権」であるかのような理解がなされているようにも見える。
「Nothing about us without us!」が置き去りにされている、ということだ。

「障害者の権利に関する条約」にしても、この条約に込められた理念は、障害者「だけ」に適用されるというものではない。
国会議員や自治体首長・議員らによる差別的発言(対象は障害者に限らず外国人などマイノリティ、あるいは女性)は、こうした人たちが障害者権利条約を知らない、理解していないことを如実に示している。

Convention on the Rights of Persons with Disabilities
https://www.un.org/development/desa/disabilities/convention-on-the-rights-of-persons-with-disabilities.html

障害者の権利に関する条約(和文)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html

きょうされんの本書紹介記事。
http://www.kyosaren.or.jp/book/6690/

第1章 オットー・ヴァイトとの出会い
第2章 殺された障害者は20万人あまり
第3章 優生思想は多くの国々で、 そして日本でもはびこった
第4章 優生思想に対峙する 障害者権利条約
第5章 やまゆり園事件と障害のある人の今
第6章 私たちにできること

藤井克徳/著
合同出版株式会社
http://www.godo-shuppan.co.jp/book/b474135.html

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2019年8月30日 (金)

健康で文化的な裁定限度の生活 8

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結果オーライなのだが、そろそろそうではない事例が出てきてもいいのではなかろうか。

妊娠については、経験した中でも幾つかの事例がある。
知的障害者が妊娠した事例では、ラーメン一杯おごられてのことだったというケースがある。
不妊手術まで至った経験はないが、本人や保健所と相談しながら避妊の工夫をしたことは、ある。
つい最近も、職場の男性との関係で、ショックで声が出なくなってしまったという女の子がカウンターに来た。

柏木ハルコ/著
小学館
https://www.shogakukan.co.jp/books/09860320

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2019年8月27日 (火)

パラリンピック開催まで1年を切った

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読売新聞で、8月25日から『[スポーツの力]ちがいを超えて』という連載が始まった。
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20190825-OYT1T50067/
パラリンピックに焦点を当てた記事であるが1回目には次のような文章がある。

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「障害」を、老いや、病や、抗(あらが)えない何かがもたらす困難と読み解けば、それは一人ひとりが人生で、いつかは直面するものとなる。あなたは、どう向き合いますか。25日で開幕まで1年となる東京パラリンピックには、ちがいを超えて光を求める選手が集います。スポーツを通じ、私たちの生き方への示唆となる、メッセージが見つかるかもしれません。

この後に及んで障害を個人モデル的視点でしか捉えておらず社会モデル的視点が全く欠如していることにも呆れるが、「ちがい」とは何なのか。
パッと見たときには、パラリンピックに集まる選手たちそれぞれの障害のちがいなのかとも思ったが、その先に「超えて光を求める」という文言もある。
超えなければならない「ちがい」、超えた先に光がある「ちがい」って、いったい何なのだろう。
どんなこととどんなことが「ちがう」のだろう。
「ちがい」を超えたときに見える「光」とは、どんな「光」なのだろうか。
「光」が見えたとき、「ちがい」は、なくなるのだろうか。
それとも、「ちがい」は残ったまま、超えた者が高みから見下ろすことになるのだろうか。

そして、26日から27日にNHKが報じた「東京パラリンピックに期待できない」という障害者の声は、障がい者総合研究所によるアンケート結果である。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190827/k10012051151000.html

障害者たちがパラリンピックに期待を示していない、むしろマイナス評価が増えているという結果は、テレビなどで流されるオリンピック・パラリンピックの圧倒的な情報量の中で、いったい何なんだと考えざるを得ない。
今回のアンケート結果は障がい者総合研究所サイトにはまだ掲載されていないが、前回の結果は掲載されている。
http://www.gp-sri.jp/report/detail032.html

NHK記事にある「理解を示しているように見せることに酔っていて実は偏見は消えていない」が、読売の「ちがいを超えて」も含めて、パラリンピックのありようを端的に示しているのだろう。

障害・障害者に向き合うときの「偏見」「差別」「誤解」といった個人個人の意識や理解については、むろん打開していかなければならないし、これはじつは制度や物理的な障害・障壁に対応するよりもはるかに困難なことであるが、「心のバリアフリー」というようなオブラートに包まれた言い方、つまり、障害・障壁は障害者の周囲にいる人の心の問題というような、ある意味での個人モデル的視点だけでは、パラリンピックが終わったあと、残るものはないのだろうなと危惧する。
車いす利用者を乗車拒否すたUDタクシーの二の舞にならないことを祈らざるをえない。

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2019年8月 6日 (火)

あんずの木の下で

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学童疎開は、子供たちの命を守ることが目的ではなく、将来の「兵力」を確保するため。
したがって、「兵力」となりえない「障害児」は、疎開の対象外とされた歴史があったことを、忘れちゃならない。
戦争と障害者をめぐる書籍は「もうひとつの太平洋戦争」のほか、3年前の事件も契機となって出版されてはいるが、昨今の世相を見ると、戦争における障害者のありようについて「過去のできごと」としてではなく、今の、これからの課題であるように思えてならない。
さらに、読み継がれていってほしい。

はじめに―東京から届いた一通のメール
第1章 運命を乗せた列車
第2章 学童疎開と光明学校
第3章 ふたつの疎開
第4章 悲しい別れ
第5章 あんずの木の下で
第6章 鳴りひびく空襲警報
第7章 終わらなかった疎開生活
おわりに―なぜ、戦争はなくならないのか。

小手毬るい
原書房
http://www.harashobo.co.jp/book/b369074.html

 

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2019年7月27日 (土)

Out of the Blue~その選択、そしてその責任~

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会場の近くのカレー屋さんでお昼。
正午少し前に入ったが、正午ともなるとガテン系のお客さんで埋まる。

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築数十年であろう建物にある「絵空箱」が、この日の会場である。
キャラメルボックスがこけたので、活動していた方たちはどうなるんかいなと思っていたが、それぞれ新たな場を確保しているのだろうか。

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定員60名の小さな空間で、整理番号順に入場の自由席で、一番前のセンター席を確保、ワインを頂いて開演を待つ。
ステージ(といっても高くなっているわけではない)には椅子がふたつ向かい合っておかれているだけで、天井から白いテープが4本垂れていて、結界のように見える。
あの事件から三年が経ち、そして参議院が対応を迫られる事態となっているこの日にテーマは「障害」、聴覚障害だけではなく視覚障害も、そして、家族。
途中でダンスが入る(忍足さんも!!)のは、いかにもキャラメル。

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出演者サイン入りのプログラムを購入。
終演後、忍足さんとお話できた。
手話はすっかり忘れてしまっていたので、通じ合えたかどうかはわからないが。

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忍足亜希子
大滝真実
大内厚雄
作・演出・振付:大内厚雄
https://atsuwo.amebaownd.com/pages/3015450/outoftheblue

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2018年12月30日 (日)

「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」と「ミュシャ展」

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話
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サブタイトルに「愛しき実話」とあるが、ストーリー自体はシカノをベースにしてはいるが「実話」ではない。
後半でシカノが丸くなったというセリフがあったが、いやいや最初っから丸いシカノで、原作本(ノベライズ本ではなく渡辺一史著の原作本)で描かれたボラをこき使ういやらしさは、スクリーンには出ていなかった。

ちなみに、原作本の第1章は、『ワガママなのも私の生き方 この家は、確かに「戦場」だった』である。
映像での在宅生活、部屋はずいぶん片付いているなあ、ゴミがそこらに置いてないなあ、本人の肌がとても綺麗だなあと思いながら見ていた。
それに、自分で体が動かせない人にとっての食事、入浴、性、移動などは、ちょっぴり描かれていたが、排泄に関しては出かけた先での失敗したエピソードだけで、アパートでどうしていたかは描かれていなかったが、まあ、ドキュメンタリーじゃないのだからね。
綾戸智恵さんが、シカノの母親役だったのには、びっくり。

以前、養護学校高等部(当時は「特別支援学校」ではなく「養護学校」あであった)の卒業を控えている筋ジスの障害者を担当していたことがあった。<
卒業後の進路をあれこれ相談するために学校で会ったり自宅に行ったりしていたのだが、ある日、母親から電話がかかってきて、亡くなったと告げられた。
ずいぶん急な話で、体調を崩したということも聞いていなかったのだが、本人は家にいて母親が買い物に出かけ、帰ってきたときには本人は亡くなっていたということだった。
彼も、シカノと同じように心臓が弱かった。
シカノがなくなる10年以上前のことだった。

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http://bananakayo.jp/

ミュシャ展
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小田急新宿店にて。

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第1章 パリ時代の魅力的なポスター
第2章 くらしを彩る装飾パネル
第3章 装飾資料集 装飾人物集

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第4章 挿絵の魅力
第5章 くらしの中で愛されるミュシャ
第6章 ミュシャとアメリカ

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第7章 わが祖国チェコ

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会場内の撮影はOKであった。

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ポスターなどは画集に任せて、商品パッケージなどを撮っておくことにした。

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この展覧会は尾形寿行氏蔵のコレクションの一部が展示される展覧会で、青山アートスクエアで開催された展覧会と重なる。
青山アートスクエア「FEEL THE Mucha HEART~民衆のための芸術(デザイン)とチェコへの愛~」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/feel-the-mucha-.html

来春のチェコ行きで、どれだけミュシャ(ムハ)作品を見てくることができるだろうか。

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http://www.odakyu-dept.co.jp/shinjuku/special/mucha/index.html

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2018年12月 5日 (水)

「ここから3」→「扇の国、日本」

国立新美術館に向かいます。

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南公園の木々は秋に色づいていました。
新国立地下のカフェテリア「カレ」で、ピエール・ボナール展特別メニュー「フランス産豚肩肉のトマト煮込みバターライス添え」をいただきます。

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向かったのは「ここから3―障害・年齢・共生を考える5日間」。

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障害者の作品があったり、マンガに直接触れる「触図」があったり、丸木位里のご母堂丸木スマさんの作品があったり、センサーで対象物との距離を認識して振動で伝える器具の体験ができたり。

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12月9日(日)まで。
http://www.nact.jp/exhibition_special/2018/kokokara3/

サントリー美術館に移動。

扇の国、日本
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「扇の国、日本」が始まっています。
「扇」が日本由来のものであったことが、中国の文献から明らかであることが新鮮な発見でした。
源氏物語や源平合戦を描いた扇をちりばめて物語を追った屏風は、ある意味コマを連ねたマンガであると思いました。

序章 ここは扇の国
第1章 扇の呪力
第2章 流れゆく扇
第3章 扇の流通
第4章 扇と文芸
第5章 花ひらく扇
終章 ひろがる扇
https://www.suntory.com/sma/exhibition/visual/2018_5/ogi_list_JA.pdf
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扇の国、日本
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2018_5/
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ミッドタウンは、クリスマス。
ふだん使っているワイン屋が店を出していたので立ち寄ると、担当の営業さんはいませんでしたが同じ営業所のお兄さんがいたので、クリスマスとお正月だからと、墺国葡萄酒を購入するハメになってしまいました。
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12種類ののサンタクロース。
飛ぶサンタもいました。

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2018年11月28日 (水)

健康で文化的な最低限度の生活 7

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今回は、栗橋か。
2年目のCW、いろいろ経験してくだされ。
>今回の事例は、虐待としての対応の必要がある事例じゃなかろうか。

支援する側が、対象者自身のニーズや周囲の状況など、さまざまな条件から支援の計画を立てても、その計画がそのまま受け入れられ実施できるわけではない。
自分にも、障害者に対する支援について、本人は了解したのに家族が受け入れず実現できなかった、という経験は何度もある。

柏木ハルコ/著
小学館
https://www.shogakukan.co.jp/books/09860064

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