憲法・民主主義関連

2020年8月27日 (木)

ソ連現代史 I ヨーロッパ地域(世界現代史 (29))

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本書は1980年の刊行で、ソ連ではブレジネフの停滞時代真っ盛りの時期である。
このころまでのソ連の戦後の歴史をざっくり見ると、
1947年9月 コミンフォルム結成
1953年3月 スターリン死去
1956年2月 ソ連共産党第20回大会、フルシチョフが「スターリン批判」
1964年10月 ブレジネフ体制
1968年8月 チェコスロバキア侵略
1979年12月 アフガニスタン侵略
という出来事があった。

この時代に書かれたソ連の歴史なので、ある意味では本書自体が「歴史的」である。
著者は2004年に亡くなっており、本書執筆後のソ連・ロシアの動きも見ていたはずなので、本書以後の、ペレストロイカの頃やソ連崩壊後を経てのソ連史の見方、著者自身の見方や著者以外の評価などと比べてみると面白いだろう。
たとえば、マルクスとナロードニキとの関係、ロシアの農村共同体、1906年から14年のロシアの状況、ロシアでの特殊な諸条件に制約されていたはずのロシア革命やソ連を普遍的なものであるとした認識など。

ナロードニキとの関係を巡って、本書では「共産党宣言」ロシア語版への序言の最後の文章が「ロシアの共同体は、たとえ太古の土地共有制の著しく崩壊した形態であるとしても、より高度の共産主義的な土地所有形態に直接移行しうるものなのか?・・・・・・もしもロシア革命が西ヨーロッパのプロレタリア革命に対する合図となるなら、そして両者が互いに補いあうならば、現在のロシアの土地共有制は共産主義的発展の出発点となりうる」(P.86~87)。
この文章がどこから引用されてたのかは、明示されていない。
服部文男訳版(新日本出版社刊)の同じところを見てみよう。
ロシアのオープシチナ(農民共同体)は、たしかに原始的な集団的土地所有のすでにいちじるしく崩壊した形態ではあるが、いっそう高度の、共産主義的な土地所有の形態へ直接移行することが可能であろうか?(中略)もしもロシア革命が西ヨーロッパの老フォウ者革命の合図となり、それゆえにこの両者がたがいに補いあうならば、現代のロシアの土地所有は共産主義的発展の出発点となりうるであろう。(P.12)
https://www.shinnihon-net.co.jp/general/detail/code/978-4-406-02618-5/

農奴制から解放、ロシア革命、戦時共産主義、新経済政策、コルホーズやソホーズとたどったロシアの農村は、いま、どんな経営が行われているのだろうか。

本書では、文化的側面にはほとんど言及していない。
ロシア・アバンギャルドは、おそらく「さまざまの傾向の芸術活動もまだ許容されていた」(P.281)の一文のなかに含まれているのだろう。

ヨーロッパ=ロシア—自然と民族
I モスクワ=ロシアと西欧化
II 農奴解放とロシアの近代化
III 反体制の思想と運動
IV ロマノフ朝の崩壊
V 十月革命
VI ロシア革命の理想と現実
VII ボリシェビキの一党国家体制
VIII スターリンの独裁
IX 第二次世界大戦とソ連
X 戦後のソ連
エピローグ
付録

倉持俊一/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/42290

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2020年8月23日 (日)

ゲッペルスと私 ナチ宣伝相秘書の独白

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映画を見る機会はあったのだが、積極的な気持ちが湧いてこなかったので、見ていない。
映画を知ったのは、岩波ホールに別の映画を観に行ったときで、ポスターに書かれていた「なにも知らなかった 私に罪はない」というフレーズに、またか、と思って、見ようという気持ちにはならなかった。
https://www.iwanami-hall.com/movie/%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%A8%E7%A7%81

ポムゼルが語ったこと、ナチス体制に組み込まれなければ暮らしていくことが難しかったことは、当時のドイツの多くの人が程度の差はあれ、経験したことに違いない。
事前に映画や本について何も知らずに読むと、「へえ、大変な経験をしたのね」と、多くの「知らなかった」経験談を見聞きしたときと同じように、通り一遍の感想で終わってしまいそうだ。
その経験を語ってくれと言われて、知らなかった、仕方がなかったとすることも、自身の経験・記憶はおそらく、意識的にか、あるいは無意識的にかは問わず、ナチス体制が崩れたあとになって幾多の年月が過ぎる間に、本人のなかで「合理化」されていったと考えざるを得ない。
そうした「合理化」も、1930年代から戦後の時代を生き延びた多くのドイツ人には、大なり小なり共通していたのではないだろうか。
近所の人々がいなくなったこと、ヒトラーについて些細なことを言ったことで逮捕されてしまうことがあったこと、同僚が帰ってこないことなどを見聞きしたとしても、そこで「自分を守る」動きをしてしまうのも、ふつうのことだろう。
そして過去にとどまらず、「テレビをつければ、シリアで恐ろしい出来事が起きているのはわかる。たくさんの人々が海で溺れているのが報道される。でも、そのあとテレビではバラエティ・ショーが放映される。シリアのニュースを見たからといって、人々は生活を変えない」と現代を見ているポムゼルの話には、ふむふむと納得してしまうのである。
けれど、こうした態度が、ポムゼルがいた体制の、そしていま日本や世界を覆っている政治や情勢の思うツボなのだろうなと、本書を脇に置いたときに思い直す。

自分にとって受け入れることができない事象に対して「否」と声をあげることとは、何だろうか。
ナチス体制にどう向き合うかといった大きなことではなくても、たとえば、自分の仕事のなかで、他者から自分の仕事に対するクレームを受けたとき、しかもそのクレームになるほどねと思うような内容が含まれていたとき、仕事人としてクレームに向き合うか、市民としてクレームを聞くかという場面があるだろう。
先日の、「黒い雨」訴訟での、控訴しない意向であった広島県と広島市が、国とともに控訴することにしたことも、似ているかもしれない。
県か市かはさておいて、法制にかかわる部署にいる職員は、どんな思いで仕事をしているのだろうか。

「昨今の政治情勢という枠組みの中で個々人がいかなる責任を負うか」、「ものごとから目をそらすな」(P.14)は、本書後半のトーレ・D.・ハンゼンの「ゲッペルスの秘書の語りは現代の私たちに何を教えるか」で示す警告として繰り返される。
この警告が問うのは、「無知、受動性、無関心、御都合主義」でいる「私」、あるいは知りつつ黙している「私」に対してだ、ということだが、「私」は、どこまで「無知、受動性、無関心、御都合主義」でおらずにいることができるだろうか。
白バラを語ったところで「私自身は抵抗運動に参加することなどできなかった。臆病者だから、そんなことはとてもできなかった」、『「ノー」というのは、命がけのことだった』(P.81)とある。
少なくともこの日本では、「ノー」というのは、「命がけ」にはならない。
冒頭に書いた「またか、と思って、見ようという気持ちにはならなかった」もまた、「無知、受動性、無関心、御都合主義」の陥穽だったも言える。

ここの考察が、興味深い。
https://young-germany.jp/2018/07/goebbels/

まえがき(トーレ・D.・ハンゼン)
「私たちは政治に無関心だった」―一九三〇年代ベルリンでの青春時代
「ヒトラーはともかく、新しかった」―国営放送局へ
「少しだけエリートな世界」―国民啓蒙宣伝省に入る
「破滅まで、忠誠を」―宣伝省最後の日々
「私たちは何も知らなかった」―抑留と、新たな出発
「私たちに罪はない」―一〇三歳の総括
ゲッペルスの秘書の語りは現代の私たちに何を教えるか(トーレ・D.・ハンゼン)
謝辞
『ゲッペルスと私』刊行に寄せて(石田勇治)
原注
索引

ブルンヒルデ・ポムゼル/著
トーレ・D.・ハンゼン/著
石田勇治/監修
森内薫/訳
赤坂桃子/訳
紀伊國屋書店
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011600

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2020年8月 6日 (木)

Der Weg zur Republik__Die Presse Geschichte Magazin

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今日は、広島の日。
「共和国への道」、1918年の第一次世界大戦の敗北による帝国の終焉と共和国の誕生、そして1938年のアンシュルス(合邦)による共和国の消滅までの20年の歴史を描く。
以下の目次を見れば、どのような内容が書かれているのか、ある程度わかる。

この王朝
 オーストリア・ハンガリーは運命の帝国だったのか?
 1918:オーストリア・ハンガリー二重帝国の崩壊
最後の救助の試み
 皇帝カールのハプスブルク帝国の連邦化の申し出が届いた。
 1918年10月16日:皇帝宣言「我が忠実なオーストリア国民へ!」
崩壊と始まり
 ハプスブルク家の君主制が終了で、共和国が形成された。
 1918年10月30日:ドイツ・オーストリア国会は政府の設立を発表した。
苦い終焉まで
 1918年は、皇后に関する噂や噂話が飛び交う中傷キャンペーンの年だ。
 1918年11月11日:「私は国事には一切の利害関係を放棄する」(皇帝カール1世)
シェーンブルンその後
 宮殿は国有地となり、戦争孤児が住む。
 1918年11月12日:皇帝カール一家がシェーンブルン宮殿を出て行く
カフカと革命
 フランツ・カフカは、プラハに新国家が誕生したとき、ベッドの上で重病に倒れていた。
 1918年10月28日:プラハのヴァーツラフ広場でチェコスロバキア共和国が宣言される。
「彼らはお互いを憎む」
 スロベニア、クロアチア人、セルビア人、そしてユーゴスラビア主義の夢。
 1918年12月1日:セルビア、クロアチア、スロベニアの王国が設立された。
軍は解散する
 オーストリア-ハンガリーの兵士たちは4年間戦っていた。
 1918年11月3日:オーストリアとイタリアの間の停戦協定が署名された。
共和国宣言
 新国家の正式な建国にはまだ儀式的な行為が必要だ。
 1918年11月12日:国会前でドイツ・オーストリア共和国を宣言。
革命?
 オーストリアは古典的な意味での革命を経験していない。
 1918年10月/11月:無血の移行が助け合う。
国の領土のために戦う
 この新しい国の境界線はどこにあるのだろうか?
 1920年10月1日:ブルゲンラントの統合。
 1920年10月10日:ケルンテンで国民投票。
合邦理念
 ドイツへの併合という考えは、小国オーストリアの万能薬になる。
 1918年19年:小さな国は、経済的には生き残れないと考えている。
革命の妖怪
 赤衛兵が恐れられ、ブルジョアジーは死後硬直状態が続いている。
 1918年11月:ロシアではボリシェビキが支配している。オーストリアではもうすぐ?
復帰を残念に思う
 囚われの身と兵士たちのトラウマ。
 1918年19年:ロシアからの帰国者は歓迎されているとは思えない。
創設者の死
 ビクトール・アドラーは共和国の宣言を見るまで生きていない。
 1918年12月11日:社会民主労働党のビクター・アドラー委員長が死去。
妥協のない批評家
 君主制の終わりとともに、カールク・ラウスは彼の根本的な批判が確認されたのを見た。
 1918年19年:「人類の最後の日。5五幕の悲劇」は、「トーチ」の4版に現れる。
パンデミック
 エゴン・シーレは、他の何百万人と同様に、スペイン風邪で死亡した。
 1918年10月31日:エゴン・シーレは28歳でウィーンで死んだ。
借りた解放
 戦争中女性は制度を維持した。
 1914年-1918年:武器産業の女性、ひとり親としての女性。
女性参政権
 それに反対する好奇心旺盛な議論と、それに反対する抗議が増えている-女性参政権。
 1919年2月19日:オーストリアで初めて女性に選挙権が与えられた。
軽蔑される少数派
 ユダヤ人は1918年の共和国を不安視している。
 1918年:ユダヤ人難民がウィーンに群がる。ジークムント・フロイトは共和国を歓迎する。
短命
 新しい民主主義の良い局面は短期間だけ続き、その後に危機が訪れる。
 1918年-1938年:共和国が民主的なのは16年だけで、1938年には消滅している。

Die Presse Verlags-Gesellschaft m.b.H. Co KG
https://shop.diepresse.com/die-presse-shop/geschichte-magazin-der-weg-zur-republik-1

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2020年8月 4日 (火)

いのちを選ばないで やまゆり園事件が問う優生思想と人権

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2016年12月刊行の「生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの」の3年後、2019年12月の刊行で、公判前であり、「生きたかった」の続編と位置づけることができる。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-581f.html

さまざまな立場の人がさまざまな考えを明らかにしていて、国の方向に沿ったとしか思えないと感じるものもあったが、一番思ったのは、ここに至っても「当事者」の言葉がないことだ。
障害を持っている人の執筆は、ある。
しかし、知的障害があり、施設利用経験がある人の言葉は、ない。
P.201で藤井さんは「専門家だけではなく障害当事者の代表なども加えた、本当の意味での検証体制を構築する必要があります」とおっしゃっているにもかかわらず。
前の「生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの」には、コラムではあるが、「当事者・家族・支援者の声」があったのだが。

そして、現在の制度的枠組みを前提としているような考え方と受け止められる内容も多い。
むろん現状の単純な肯定ではなく、現状批判も込められているのだが、たとえば、「家族に依存せず、社会から孤立せず、障がいのある人が自ら希望する場で生活するには、複数の選択肢が用意される必要がある」(P.120。「障がいのある人と家族の人権保障の現状と課題」(矢嶋里絵))のは当然なのだが、自分の生活を創造していくときに、用意された選択肢から選択するだけではなく、「こうした生活をしたい」という目標のために、どのようなものが用意されたらいいだろうかというプロセス、選択するものをつくりだすプロセスもあっていいのではないかと思ってしまう。
そこに、「総合」支援法への違和感が重なる。
「サービス等利用計画」が「障害者の心身の状況、その置かれている環境、当該障害者等又は障害児の保護者の障害福祉サービス又は地域相談支援の利用に関する意向その他の事情を勘案し、利用する障害福祉サービス又は地域相談支援の種類及び内容その他の厚生労働省令で定める事項を定めた計画」とされているけれど、既存の用意されたサービスのメニューから、使えるサービスを組み合わて提示することで終わっているのではないか。
その人の状況に着目して、利用するサービスそのものを創造するという「計画」は、ないだろう。
また、総合支援法では「障害支援区分」の認定が必要で、それは「障害の程度(重さ)」ではなく、「障害者等の障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合を総合的に示すもの」とされているのだが、その結果、利用可能なサービス(この「サービス」という言葉も嫌いだ)に違いが出てくるわけで、客観的に見えながら生きかた暮らしかたの幅の抑制になっているのではなかろうかと思ってしまう。

冒頭で書いたように、本書の刊行は公判前である。
なので、裁判に求めるものが、いくつか書かれている。
・「心失者」という呼称に示された障害者観の解明(P.145、「障害者政策の歴史と現状からみたやまゆり園事件──事件の特異性と普遍性」(藤井克徳))
・背景要因(この社会と植松被告人との関係(P.145、同)の徹底した究明(P.146、同)
・植松氏がなぜこのように育ち、一線を超えてしまったのかを解明するための生育歴(P.164、、人権をかかげよう──人間として生きる(井上英夫))
・被告人の言動の背景(P.193、〈座談会〉やまゆり園事件を生んだ現代社会と、めざすべき社会)
これらの点が裁判でどう扱われたのかは、裁判後の文献をあたってみようと思うが、「生きたかった」、本書「いのちを選ばないで」に続く書籍が出るのだろうか。

憲法との関係で、第97条と第12条にふれている(P.204、205、〈座談会〉やまゆり園事件を生んだ現代社会と、めざすべき社会)。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
気になるので、政権党の改正案も書いておこう。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
第九十七条 全文削除

本書でも紹介されているフォン・ガーレン司教の言葉(P.163、人権をかかげよう──人間として生きる(井上英夫))を書いておきたい。
私たちは,他者から生産的であると認められたときだけ,生きる権利があるというのか.非生産的な市民を殺してもいいという原則ができ実行されるならば,いま弱者として標的にされている精神病者だけでなく貧しい人、非生産的な人,病人,傷病兵,仕事で体が不自由になった人すべて,老いて弱ったときの私たちすべて,を殺すことが許されるだろう
NHKの「ETV特集 アンコール ホロコーストのリハーサル~障害者虐殺70年目の真実」
1941年8月3日の説教は、これらしい。
https://www.uibk.ac.at/theol/leseraum/texte/599.html
ただし、フォン・ガーレン司教に対しては、反民主主義的態度、時には権威主義的な政治的態度、反ボルシェビズムへの批判は、ある。

序文 やまゆり園事件再検証の深い意味(柳田邦男)
序章 津久井やまゆり園事件──その本質と背景(池上洋通)
第1章 私たちのやまゆり園事件──考え、語り続けること
 1 事件の振り返り、そして未来へ(尾野剛志)
 2 家族から見た津久井やまゆり園での暮らし(平野泰史)
 3 社会福祉・公務労働者、住民として見た事件(太田顕)
 4 私たちの津久井やまゆり園2019──現場からのレポート「再生と共生」(入倉かおる)
 5 行政の受けとめ方とその後──長くて短い3年(井上従子)
 6 神奈川県検証委員会による検証とその後――事件が問いかけるもの(石渡和実)
 7 障害の重い人の暮らしのありかたと支援の本質(佐久間修)
 8 やまゆり園事件とメディア──ジャーナリストの立場から(宮城良平)
 9 「魂の嘔吐感」とどう向き合うか──植松聖被告と面会して(福島智)
第2章 事件の背景と要因──日本の社会保障・社会福祉と人権保障の貧困
 1 優生思想の現代──相模原事件と強制不妊・出生前診断(利光恵子)
 2 精神科医よ、診察室の外にも目を向けよ(香山リカ)
 3 社会福祉施設における労働・生活権保障の現状と課題(鈴木靜)
 4 障がいのある人と家族の人権保障の現状と課題(矢嶋里絵)
 5 国と地方自治体は障害のある人のいのちと暮らしを守れるか(石川満)
 6 人権主体性と津久井やまゆり園事件──憲法の視点から(井口秀作)
第3章 事件を受けとめ、どのような社会をめざすのか
 1 障害者政策の歴史と現状からみたやまゆり園事件──事件の特異性と普遍性(藤井克徳)
 〈コラム〉不妊手術を強いられた障害者の家族として(佐藤路子)
      “不良な国民”と“優良な国民”の狭間で(藤木和子)
 2 人権をかかげよう──人間として生きる(井上英夫)
 〈コラム〉胸を張るとき、差別が逃げてゆく(林力)
      いのちの選別を許すな(德田靖之)
第4章 〈座談会〉やまゆり園事件を生んだ現代社会と、めざすべき社会

藤井克徳/編
池上洋通/編
石川満/編
井上英夫/編

大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b487308.html

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2020年8月 2日 (日)

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD 7

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「第4章 赦し(インドゥルト)vol.6~vol.14」、「スパルタクス」の完成までが描かれる。
「スパルタクス」は、テレビで見たな。
今年2月に亡くなったカーク・ダグラスの映画は、「海底二万里」や「OK牧場の決斗」「パリは燃えているか」などが記憶にあるが、映画館ではなくテレビで見たようだ。

赤狩りの時代であるが、いまのアメリカのようにも思える。
そして、日本のようでもある。

ちょっと古いが、第4巻が出たときの書評があった。
https://diamond.jp/articles/-/200903

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD
1:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.1~vol.8
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/the-red-rat-in-.html
2:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.9~vol.17
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/the-red-rat-in-.html
3:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.18~vol.21
  第2章 ハリウッド・テン vol.1~vol.6
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/the-red-rat-in-.html
4:第2章 ハリウッド・テン vol.7~vol.10
  第3章 エデンの東へ vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-1ac041.html
5:第3章 エデンの東へ vol.6~vol.14
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0525aa.html
6:第3章 エデンの東へ vol.15~vol. 18
  第4章 赦し(インドゥルト)vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-e404d4.html

山本 おさむ/著
小学館
https://comics.shogakukan.co.jp/book?isbn=9784098605712

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2020年7月22日 (水)

ドイツ史3 1890年~現在

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山川の「世界歴史大系」の「ドイツ史」全3巻のうちの第3巻で、ドイツの近現代史である。
ちなみに、第1巻は先史~1648年、第2巻は1648年~1890年までである。
1997年の刊行なので、記述もその頃までであるが、あらためてじっくり読んだ。
ドイツ近現代史の基礎的な事項は網羅されているので、ドイツ関連の書籍文献を読んでいて時代背景などを知りたいときに参考書として使える。

P.277に、ゲオルク・エルザーが、1939年11月8日に、ミュンヘンの「ビュルガーブロイケラー」でヒトラーを暗殺しようとしたが失敗した記述がある。
ミュンヘンには、彼を記念した広場があり、そこに行ってきたことがある。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-16dc.html
ビュルガーブロイケラーは、現在はガスタイク文化センターになっている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-72f2.html

第一章 ヴィルヘルム時代
第二章 第一次世界大戦下のドイツ
第三章 ヴァイマル共和国
第四章 第三帝国の編成
第五章 第三帝国と第二次世界大戦
第六章 ドイツ連邦共和国
第七章 ドイツ民主共和国
第八章 統一ドイツ
補説

木村靖二/著
望田幸男/著
芝健介/著
高橋進/著
平島健司/著
斉藤晢/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/46140

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2020年7月 3日 (金)

オーストリア・スイス 現代史

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今から35年前の1985年、東欧革命より前の刊行なので、冷戦を背景とした歴史的な文献と言えるのかもしれない。
したがって、クルト・ヴァルトハイムは国際連合事務総長(1972年1月~1981年12月)として登場するが、1986年7月8日から1992年7月8日までの大統領であったことや戦前に突撃隊に所属していたことは、出てこない。
いまの大統領が緑の党出身であることなどは、当時は想像もできなかっただろう。

P.50の写真のキャプションは「暗殺直前のオーストリア皇太子夫妻」、そしてP.51に「一九一四年六月オーストリア皇太子夫妻がサライェボでボスニアの一青年に暗殺された・・・」とあるが、暗殺されたフランツ・フェルディナントはオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者(Thronfolger)と呼ばれるが、皇太子(Kronprinz)とは呼ばれないはず。

「国家喪失期のオーストリア」中、P.140からアンシュルス下のオーストリアの抵抗に触れているが、先日読んだ「Österreicher im zweiten Weltkrieg」でも、「ÖSTERREICHER IM WIDERSTAND / 抵抗するオーストリア人」と抵抗運動がとりあげられ、社会民主主義者、共産主義者、個人、カトリックなどの運動が紹介されていた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-dca8ed.html

そして、アンシュルスのもとで、SPÖもÖVPともに収容所に囚われたり抵抗運動を行なっていたことが相互理解をすすめ、。戦後の「大連立」時代を形作ったが、その経験は、21世紀には伝えられているのだろうか。

スイスとなると、政治的な歴史はほとんど知らないことがわかる。
婦人参政権が1971年と遅かったことは有名だが、それ以外の政治状況となると、1847年に内戦があったこと(P.279)、その後紆余曲折を経て1874年憲法が制定され、本書刊行当時もベースであったこと(現在は1999年憲法)、政治的にはかなり保守的であること(反動的と言ってもいいかもしれない)、は知らなかったし、ウィリアム・テル伝説や「永世中立」が一人歩きしてしまっているようだ。
「一国」としてのスイスは、かなり綱渡りの歴史だったようだ。
2002年9月10日に国民投票の結果を受けて国連に加盟したが、本書では当然触れられていない。

オーストリアとスイス
オーストリア
 ハプスブルク帝国期のオーストリア
 第1共和国の成立
 第1共和国の没落と合邦
 国家喪失期のオーストリア
 占領下のオーストリア
 独立と第二共和制の発展
スイス
 スイス連邦の成立まで
 スイス連邦の発展
 大戦間のスイス
 現代のスイス

矢田俊隆/著
田口晃/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/42250

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2020年5月27日 (水)

武器としての「資本論」

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『「資本論」を人々がこの世の中を生きのびるたの武器と塩て配りたい」願いがあると記されている。(P.4)。
折しも先日「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」を読了したばかりだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-73281b.html
「生き延びよ」は、2004年に遅筆堂が発した言葉で、「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」は2010年に出たのだが、さらに10年15年経過しても、なお「生きのびる」を言わなければならないとは。

現代の世の中を「資本論」的に見ることで、「資本論」を一字一句分析する解説とは違った解説となっているのだが、「資本論」での記述が現代の世の中の状況を説明している例証が多々である。
逆に、「資本論」では記述されていない現代の世の中の状況、「資本論」では逆の意味に記述されている現代の世の中の状況などもあるはずだと思うが、そちらからの分析は本書ではなされていない。
まあ、本書の目的がそこにはないのだからだろうが。
著者の、「物質代謝の大半を商品の生産・流通(交換)・消費を通じて行う社会」「商品による商品の生産が行われる社会(=価値の生産が目的となる社会)という著者の「資本制社会」の定義(P.31)は、押さえておこう。

人口が減りつつある日本では、総労働時間も減っていくなかでは、絶対的剰余価値の生産は、ますます縮小していくのだろう。
だとすれば、相対的剰余価値の生産に邁進せざるを得ないことになるのだが、昨今のAI技術が生産過程から人間労働を排除していくとすれば、AI技術で生産された商品の使用価値・交換価値は、どのように記述することになるのだろうか。
寅さんを題材にして新自由主義での「包摂」をとらえて論じているのだが、今の若い人たちは寅さんが理解できない存在になっているのか。
この「包摂」については、「物象化」との関係も考察して欲しかった。

さて、「武器」たるには、「資本論」を手に取るべきなのか、何度目になる?
「資本論」に限らず「共産党宣言」もだが、桃尻語訳だとかお国ことば訳だとかしていただけると、もっととっつきやすいと思うのだが。
桃尻語訳 枕草子 上・中・下
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309405315/
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309405322/
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309405339/
日本国憲法前文 お国ことば訳
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-ebfb.html

例えば、である。
独語版資本論の出出し
Der Reichtum der Gesellschaften, in welchen kapitalistische Produktionsweise herrscht, erscheint als eine "ungeheure Warensammlung", die einzelne Ware als seine Elementarform. Unsere Untersuchung beginnt daher mit der Analyse der Ware.
世の中の「富」は、資本主義的なものづくりや品物のやりとりが行われているところでは、たくさんの品物の山として現れていて、個々の商品が品物の山の素材なんだ。なので私たちは、この商品がどんなものかを調べることから考えることを始めなければならないのさ。
英語版共産党宣言の出出し
A spectre is haunting Europe – the spectre of communism. All the powers of old Europe have entered into a holy alliance to exorcise this spectre: Pope and Tsar, Metternich and Guizot, French Radicals and German police-spies.
妖怪がヨーロッパじゅうを悩ませているんだって、その名は「共産主義」という妖怪なんだとさ。古いヨーロッパのえらいさんたちは、この妖怪を追い払うために高貴な手を結ぶことにした。えらいさんたちとは、法王さま、皇帝、メッテルニヒさん、ギゾーさん、フランスの急進的な人、ドイツのスパイだって。

内田樹氏の書評。
https://toyokeizai.net/articles/-/345707

いとうせいこう氏の書評。
https://book.asahi.com/article/13395328

佐藤優氏の書評。
https://mainichi.jp/articles/20200418/ddm/015/070/010000c

200515_023
カバーを取ると、赤と黒である。

はじめに 生き延びるための「武器」としての『資本論』
第1講 本書はどのような「資本論」入門なのか
第2講 資本主義社会とは? ――万物の「商品化」
第3講 後腐れのない共同体外の原理「無縁」 ――商品の起源
第4講 新自由主義が変えた人間の「魂・感性・センス」 ――「包摂」とは何か 
第5講 失われた「後ろめたさ」「誇り」「階級意識」――魂の「包摂」 
第6講「人生がつまらない」のはなぜか ――商品化の果ての「消費者」化 
第7講 すべては資本の増殖のために ――「剰余価値」
第8講 イノベーションはなぜ人を幸せにしないのか ―― 二種類の「剰余価値」 
第9講 現代資本主義はどう変化してきたのか ――ポスト・フォーディズムという悪夢 
第10講 資本主義はどのようにして始まったのか ――「本源的蓄積」 
第11講 引きはがされる私たち ――歴史上の「本源的蓄積」 
第12講 「みんなで豊かに」はなれない時代 ――階級闘争の理論と現実
第13講 はじまったものは必ず終わる ――マルクスの階級闘争の理論 
第14講 「こんなものが食えるか!」と言えますか? ――階級闘争のアリーナ
おわりに
付属ブックガイド

白井聡/著
東洋経済
https://str.toyokeizai.net/books/9784492212417/


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2020年5月22日 (金)

記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ 小森陽一対談集

200422_021  200422_022
コロナ禍のさなか、「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」のフレーズが賑わった。
ということで、このタイトルの本書を読む。
2本書でも出てくる(P.19)のだが、2004年に著者が遅筆堂と対談したときに、遅筆堂からこの「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」が出てきたのだが、これは遅筆堂のオリジナルではなく、エドワード・トムソンの「抗議せよ、そして、生き延びよ」に遅筆堂が「記憶せよ」を加えたのだそうな。

本書で著者は、映画を切り口に八人の人たちと対談している。
語りの題材としての映画を知っているか対談相手を知っているときは、対談の進んでいく様子が理解できるのだが、知らない人や知らない映画だと、対談を読んでいても落ちてこない、当たり前だが。

気になったところのメモ(引用ではない)、括弧内は「対談相手/当該文言の発言者」。
自己責任論を打ち出した人たちにあるはずの罪悪感、罪悪感にフタをして自分たちは正しいと自己正当化するときに、「お前らが悪かったのだというふうに被害者である人たちに責任を擦り付けていく」(P.24、井上ひさし/小森)
大江健三郎の、「憲法九条と教育基本法の前文には「希求」という耳慣れない言葉がある」(P.56、黒木和雄/小森)
日本國憲法と教育基本法前文を書いておく。
・第九條 日本國民は、正義と秩序を基調とする國際平和を誠實に希求し、國權の發動たる戰爭と、武力による威嚇又は武力の行使は、國際紛爭を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(第2項は省略)
・(前略)我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。(後略)
自民党は、防衛庁・自衛隊を認めるために九条を変えようという改憲政党として誕生、総裁が総理大臣、でも総理大臣になると憲法九九条によって憲法を守らなければなたない、だから自民党に入り国会議員になると必ずウソ付きになる。(P.87~88、渡辺えり/小森)
まだ何も決まっていない高校生たちは、かなり真剣に考えている。(P.108、渡辺えり/小森)
この対談は2004年、その後「高校生」たちはどうしたか。
安全保障関連法の論議があった2015年のSEALDsのメンバーたちは、対談のときの「高校生」たちよりもあとの世代だろう。
飲み屋のおっちゃんの論議(P.165、井筒和幸)や配管工のおっちゃんの話。(P.166、井筒和幸/小森)
高校生のときの、文化祭の展示で「国連」をテーマにしたことがあったっけ。
ニューミュージックが個人的な世界に入っていく、私小説。(P.177、井筒和幸/井筒と小森)
きわめつけは、さだまさしだろう。
特にLP「随想録」で、そう思った。

間違いさがし。
「AIPEC」(P.107)とあるが、注で「APEC」とあるとおり。(Asia Pacific Economic Cooperation)。
「ダグラス・スミス」(P.133の写真キャプション)は、注で「ダグラス・ラミス」とあるとおり。

井上ひさし
黒木和雄
渡辺えり
ジャン・ユンカーマン
井筒和幸
高畑勲
班忠義
山田洋次
あとがき

シネ・フロント社

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2020年3月 9日 (月)

独裁者のブーツ イラストは抵抗する

191013_51  191013_52
本書は2019年9月の刊行なので、2019年4月のプラハ訪問の参考に使うことはできなかったのが、至極残念である。
「チャペック兄弟のプラハ」に、チャペック兄弟にまつわる場所がいくつか紹介されていて、チャペック兄弟が1925年から住んだ家には行ったのだが、その他のところには行っていない。
チェコは他にも行きたいところはあるので、次に機会があったら、チャペックも追ってみよう。
そのためにも、わかる範囲で地図に落としておこう。

191013_53
(1) Říční 11:1907年から父母、祖母、兄弟で住んだところ
(2) Národní 18:「リドヴェー・ノヴィニ(LIDOVÉ NOVINY、人民新聞)」編集部
(3) Národní 22:兄弟が通った「カフェ・ルーブル(Café Louvre)」
(4) Národní 2:「R・U・R」が上演された国民劇場(Národní divadlo)
191013_54
(5) Národní 9:「独裁者のブーツ」を出版した出版社「Fr.ボロヴィー」
この建物にあったようだ。(画像は、Googleさんから)
このあたりは市電に乗って通っているのだが、建物の記憶は残念ながら、ない。
(6) ヴィノフラディ劇場(Národní dům na Vinohradech):カレルが1921年から1923年まで舞台監督を務めた
(7) 平和広場(Náměstí Míru):チャペック兄弟の記念碑が立つ
(8) チャペック兄弟の記念碑(Pomník bratří Čapků)
191013_171  191013_173
(9) Bratří Čapků 28 30:兄弟が1925年から住んだ家
ここには、行った。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-d18ea4.html
191013_55
(10) 国民墓地:ヨゼフとカレルの墓がある

イラストに付けられたキャプション、いくつかは現代を思い起こさせるものがある。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Josef_%C4%8Capek_-_Dikt%C3%A1torsk%C3%A9_boty_09.jpg
「もっと光らせろ!」〔左から、学者、広告屋、ジャーナリスト、裁判官〕(P.26)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Josef_%C4%8Capek_-_Dikt%C3%A1torsk%C3%A9_boty_11.jpg
軍靴のサイズが大きければ大きいほど、国民は小さくなる。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Josef_%C4%8Capek_-_Dikt%C3%A1torsk%C3%A9_boty_14.jpg
言葉を作る。〔軍歌の言葉。向かって左側(右足)左から「自分で決めろ」「伝達事項」「§§§命令」「私が統率する 私が撤回する!」。
右側(左足)左から「われわれが指令する われわれが定める」「了解! 禁止! 指示」「われわれが決める」〕(P.29)

その他、Wikiにある。
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Dikt%C3%A1torsk%C3%A9_boty

気になったところ。
P.124~125に「これまでは面積六八万平方メートル(中略)という大国であるオーストリア=ハンガリー帝国(中略)が、面積一四万平方メートル(中略)までにスケールダウンした」との記述があるが、いずれも「平方メートル」ではなく、「平方キロメートル」であろう。
P.139の、ヨゼフが1939年9月9日から26日まで収容されたダッハウ強制収容所、ここにも行っているが、このときは、ヨゼフ・チャペックがここに入れられていたことは知らなかった。。
ダッハウへ
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-7c7c.html
ダッハウ収容所
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-190b.html
食堂棟と囚人棟、ムゼウム
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-e03f.html
二度と繰り返すな
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-72f2.html

「チェコ共和国 オフィシャルブログ 見る、知る、チェコ」にも掲載されている。
https://czechrepublic.jp/czech-culturehistory/tsudoimasuda/

I 独裁者のブーツ
 序―ヨゼフ・ホラ
 独裁者のブーツ(Diktátorské boty)
II 平和? 戦争? それとも恥?—反ファシズムのためのイラスト集
III ヨゼフ・チャペックの人と仕事
 新聞記者としてのヨゼフ・チャペック
 引きこもりオタクのつよさ――イージー・オペリーク
 チャペック兄弟とその時代
 日常を生きたヨゼフ――パヴラ・ペチンコヴァー
 強制収容所のヨゼフ・チャペック
 チャペック兄弟のプラハ
ヨゼフ・チャペックと世界の動き
編訳者あとがき

ヨゼフ・チャペック(Josef Čapek)/著
増田幸弘/訳
増田集/訳
共和国
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784907986636

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