社会主義・共産主義関連

2020年11月 7日 (土)

物語 東ドイツの歴史 分断国家の挑戦と挫折

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2018年のドイツ行きでは、東であったエリアに行ってきた。
東ドイツ時代はどんな街だったのだろうか、村だったのだろうかと思いながら景色を眺めていたものだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/deutsch-2018.html
そして、先日、「ドイツ統一」を読んだばかりである。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-44f087.html
「ドイツ統一」の著者の見方は、「西」のCDUの立ち位置からの東西両ドイツと「統一」後のドイツの通史ということができるだろう。
けれど、本書の東ドイツへの見方のほうが「ドイツ統一」よりもかなり辛辣であるとの印象が残った。
これは、ドイツ人が見た東ドイツと、ドイツとは一定の関係を持ってはいるが、日本人が見た東ドイツの違いなのだろうか。
とはいえ、著者の立ち位置は、いまひとつはっきりとしない。

P.72に「質の管理がなされていない商品が大量に出回るという計画経済の欠点」、P.73に「社会主義体制下では、消費財が必要なところに供給されずに不足しつつも、物資は退蔵されるという「不足の経済」が生じる」という記述がある。
「質の管理がなされていない商品が大量に出回る」ことや「不足しつつも、物資は退蔵される」ことが「計画経済」や「社会主義体制」の必然的結果のような記述だが、結果としてそうした現象はあったとしても、必然的結果と断定するのはどうなのだろうかと思う。
また、P.102にベルリンの壁が建設された頃の写真が二葉掲げられていて、上の写真は「自由への跳躍」(Sprung in die Freiheit)として有名な写真なのだが、これは「壁」建設が始まった2日後、まだ「壁」になる前の鉄条網で遮断されたときのできごとで、本文との関係からいえば、唐突すぎやしないかと思う。
こうしたことも、本書の著者の立ち位置が判然としないことを示しているのかもしれないし、「物語」であるのかもしれない。

私じしんは、いまだに東ドイツ、DDRを追っているのだが、東ドイツといえば、大学の授業で、「東ドイツの労働者は分業の一部を担っているが、分業での単なる歯車的な存在ではなく、自分が担当する作業について、作業の全体を把握していてその中の任務を理解していて、資本主義体制下の労働者のような歯車としての存在でしかないような労働者ではない」、ということを聞いていたことが始まりと言える。
当時は、日本でも東ドイツは東の優等生として語られていており、そうした見方は自分でも見聞きしていた。
これは、本書P.180の「一九七〇年代、東ドイツは外から見れば安定しており、世界で一〇指に入る先進工業国であるという評価」と重なる。
しかし、著者は、存在していた東ドイツを同時代的に実体験することは、年齢的に不可能だ。
また、1989年は、それまで自分のなかに積み重なっていたドイツだとか、社会主義、資本主義、民主主義だとかといったもろもろとの関係で見なおさなければならなかったし、そのプロセスである種の喪失感がともなったのだが、「一九八九年の変動を思春期に経験した」(P.271)著者は、どのような思いで1989年を見ていたのだろうか。
それはある意味、何にもとらわれないで東ドイツを記述できるということでもある。
であるとしても、実際に行ったわけではなく伝聞でしかないが、現在進行形で東ドイツを見聞きしていた体験がある者からすれば、残念ながら、本書の内容は自分の中に落ちてこないで読み終えてしまったのである。
同じ著者の「歴史としての社会主義 東ドイツの経験」も読んでいるが、本書ほどには落ちてこないということではなかったのは、「歴史としての社会主義 東ドイツの経験」が単著ではないからかしら。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-c5545b.html

「コラム(3) 映画のなかの東ドイツ」に出てくる映画は、「グッバイ・レーニン」「善き人のためのソナタ」「東ベルリンから来た女」「僕たちは希望という名の列車に乗った」「Sonnnenalle」の5本。
最後の「Sonnnenalle」以外は、映画も見たし、DVDも持っている。
「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、原著がある。
「グッバイ・レーニン」「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、いずれも独語のシナリオ本がある。
「グッバイ・レーニン」「善き人のためのソナタ」はノベライズ本があり、「グッバイ・レーニン」は和訳本、「善き人のためのソナタ」は独語。
「グッバイ・レーニン」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/good-bye-lenin.html
「僕たちは希望という名の列車に乗った」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b5ab06.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-ac0753.html
「バルーン 奇蹟の脱出飛行」は、間に合わなかったか。

巻末の年表と文献は、整理しておこう。

はじめに
序章 東ドイツを知る意味
第1章 新しいドイツの模索―胎動 1945‐1949
第2章 冷戦と過去の重荷を背負って―建国 1949‐1961
コラム(1) オリンピックと東ドイツ
コラム(2) シュタージ
第3章 ウルブリヒトと「奇跡の経済」―安定 1961‐1972
コラム(3) 映画のなかの東ドイツ
コラム(4) 東ドイツ時代のメルケル
第4章 ホーネッカーの「後見社会国家」―繁栄から危機へ 1971‐1980
コラム(5) トラバントと「オスト・プロダクト」の今
コラム(6) 請願と日常生活の政治
第5章 労働者と農民の国の終焉―崩壊 1981‐1990
終章 統一後の矛盾と対峙
あとがき
参考文献
略語一覧
関連年表

河合信晴/著
中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/10/102615.html

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2020年10月26日 (月)

貧困の哲学(上)(下)/哲学の貧困

「貧困の哲学(経済的諸矛盾の体系、あるいは貧困の哲学)」は、マルクスをして「哲学の貧困」を執筆せしめたプルードンの著作である。
37歳のプルードンの「穏健」「寛容」に対して28歳の若者マルクスが噛み付いたという構図の「哲学の貧困」は、日本でも早くから出版されていたのに対して、その大元が出ていなかったのは、「哲学の貧困」を研究するうえでもこれまで問題とされなかったのだろうか。
まあ、研究者は原著を読めばいいのかもしれないけれど。

批判(というか、罵倒に思えるが)をとおしてマルクスは、労働価値説に立つ経済学を築いていくことになり、その意味でマルクスの経済学説に貢献したとも言える。
ただし、プルードンの「貧困の哲学」のうちの、価値論と分業論への批判が中心である。
それにしてもマルクス、この厚さの「貧困の哲学」をほんとうに2日で読んだのか。

「貧困の哲学」も「哲学の貧困」も、発表は1847年、48年革命の前であること、日本は徳川家慶が征夷大将軍であり、前年に孝明天皇が即位している。

「貧困の哲学」訳者による「マルクスの『哲学の貧困』を読む」がある。
http://www.kagomma.net/saito/travaux/misere.html

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貧困の哲学(上)
プロローグ
第1章 経済科学について
第2章 価値について
第3章 経済発展の第一段階―分業
第4章 第二段階―機械
第5章 第三段階―競争
第6章 第四段階―独占
第7章 第五段階―警察あるいは税金
第8章 矛盾の法則のもとでの人間の責任と神の責任―神の摂理の問題の解決

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貧困の哲学(下)
第9章 第六段階―貿易のバランス
第10章 第七段階―信用
第11章 第八段階―所有
第12章 第九段階―共有
第13章 第一〇段階―人口
第14章 要約と結論

貧困の哲学(上)(下)
ピエール=ジョゼフ・プルードン/著
斉藤悦則/訳
平凡社
http://www.heibonsha.co.jp/book/b183466.html
http://www.heibonsha.co.jp/book/b184868.html

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哲学の貧困
マルクスからアンネンコフへの手紙(1846年12月28日)
哲学の貧困
 ドイツ語第一版助言(エンゲルス)
 ドイツ語第二版助言(エンゲルス)
はしがき
第一章 科学上の一発見
 第一節 使用価値と交換価値との対立
 第二節 構成された価値または綜合価値
 第三節 価値比例制の法則の適用
  a 貨幣
  b 労働の剰余
第二章 経済学の形而上学
 第一節 方法
 第二節 分業と機械
 第三節 競争と独占
 第四節 所有〔土地所有〕または地代
 第五節 同盟罷業と労働者の団結
解説
人名訳注
事項索引

哲学の貧困
カール・マルクス/著
高木佑一郎/訳
大月書店

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2020年10月13日 (火)

ドイツ統一

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1990年10月3日をはさんで、それまでの東西両ドイツ、「統一」後のドイツの、通史である。
あらたな事実はないが、30年経って当時を振り返るためにはとっつきやすい。
ただし、いくつか課題がある。
1989年10月9日のライプツィヒの月曜デモでの、クルト・マズアの役割は書かれていない。
SED機関紙「Neues Deutschland」を「新しいドイツ」と訳して表記しているが、訳語としてはそのとおりなのだが、「ノイエス・ドイチュラント」で通用するのではないか。
P.87に「一九八九年の秋にソヴィエト帝国が崩壊したとき」という記述があって、あれ、ソ連の崩壊は1991年12月だろうと思ったのだが、この「ソヴィエト帝国」は、ソ連を頂点として東欧諸国を含めた「東」を、著者のスタンスを表しているのだろう。
それはP.137でも同じ考え方で「ソヴィエト帝国」が使われている。

2018年にドイツに行ったとき、ドレスデンの「ドイツ民主共和国の世界」(Die Welt der DDR)という、DDR時代のさまざまなものが展示されている博物館に行ったのだが、教室が再現されているエリアで1989年5月14日のパレードの映像が流れていた。
そのとき、自由ドイツ青年団(Freie Deutsche Jugend、FDJ)の映像で行進曲と歌が流れると、映像を見ていた年配男女が合わせて歌っていた。
同時代の人たちなのだろうが、四半世紀が過ぎ、どのような思いを持っているのだろうか。
その人たちに尋ねることができれば訪ねたかったけれど、アジア人がそばにいるのに当時の歌を歌ってしまうのは、やはりオスタルギーの一面だったのだろうか。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_2-die-welt-d.html

P.115以降に旧ドイツ領のことがとりあげられている。
本書では、ポーランドとの国境確定での旧ドイツ領だけであるが、旧ドイツ領については、『旧ドイツ領全史 「国民史」において分断されてきた「境界地域」を読み解く』が詳しく取り扱っている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-9ed135.html

原著は「Geschichte der deutschen Wiedervereinigung」(ドイツ再統一の歴史)であるが、あえて「統一」としたことについては、訳者がCDUに所属する保守派の著者の評価とともに、解説で詳しく書いている。

「読書案内」があるので、リストアップしておこう。
★は、既読。
また、本源的蓄積がすすむのだろうか。
図説 ドイツの歴史(河出書房新社)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-964d.html
ドイツの歴史を知るための50章(明石書店)
自由と統一への長い道(昭和堂)
二つのドイツ 1945-1990(岩波書店)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/1945-1990-9035.html
ベルリンの壁 ドイツ分断の歴史(洛北出版)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-6108.html
ヨーロッパに架ける橋 東西冷戦とドイツ外交(みすず書房)
東ドイツ史 1945-1990(白水社)
物語 東ドイツの歴史(中公新書・予定)
ゴルバチョフ その人生と時代(白水社)
冷戦終焉二十年 何がどのようにして終わったのか(勁草書房)
東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊(白水社)
1989 東ドイツ史(作品社)
われらが革命 1989年から90年 ライプチッヒ、ベルリン、そしてドイツの統一(彩流社)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/198990-cf8e.html
歴史としてのドイツ統一 指導者たちはどう動いたか(岩波書店)

第1章 革命前夜
第2章 平和革命
第3章 国民をめぐる転換
第4章 再統一と世界政治
第5章 編入による統一
結語
訳者解説
略語表
解題付き文献表
関連年譜
人名索引

アンドレアス・レダー/著
板橋拓己/訳
岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b527921.html

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2020年9月25日 (金)

半島を出よ(上)(下)

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COVID-19での、「緊急事態」「危機対応」「危機管理」の一例として、読む。
さまざまな場面での、「何を最優先にするべきなのか」を決めずにその場その場の対応をする政府だけではなく、高麗遠征軍、九州医療センター、市役所、イシハラグループ、そして、政府によって封鎖されていても占領地の外では市民は生活を続けるし、中洲も賑わっている福岡や九州の人びと。
福岡では、県や市、国からも、高麗遠征軍からも、夜間も昼間も外出禁止令は出されていないようだ。

テレビのニュースに映る、首相以下の面々がそろってテーブルを囲み首相が原稿を読む新型コロナウイルス感染症対策本部の会議の場面(首相動静でも数十分でしかない)は、ある意味作られた映像でしかない。
首相以下の面々の姿がテレビに映る前の、侃侃諤諤あるいは喧喧囂囂であろう本部の実際のところは、決してテレビには出てこない。
そして、9月の連休中に外出する人たちの姿、印象的だったバス2時間待ちの人の列は、テレビに映っていた。

それにしても、人物や場面のエピソードのデティールの緻密なことよ。
場面が映像を見ているように想像できる。

村上龍/著
幻冬社
https://www.gentosha.co.jp/book/b3732.html
https://www.gentosha.co.jp/book/b3733.html
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2020年9月12日 (土)

豪華映画二本立て「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」「バルーン 奇蹟の脱出飛行」

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相模大野の車庫に入っていたSEが、なぜか外に出ていた。

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さて、まずは「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」である。

湖のあるHeimatから汽車に乗る駅は、SHÖRFLING、そこは、Attersee、Salzkammergut。
しかし、ロケはアッター湖ではなく、南チロルだったようだ。

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着いた駅は、ウィーン西駅(Wien Westbahnhof)だろうが、えらく小さい。
ロタンダが火事?

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フランツは、フロイト教授を訪ねる。
フロイトがウィーンで住んだところは、いま、フロイト博物館となっているが、映画での映画でのフロイト教授が住む建物は、別の建物のようだ。

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それで、フランツとフロイトが語り合うこのシーン。
アルベルティーナのテラスではないか。

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フランツがフロイト教授といっしょにいくカフェは、Café Landtmannっぽい。

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そして、ウィーンのゲシュタポの建物であるが、いまは存在しない。
その跡地には、「Denkmal der Opfer der Gestapo」(ゲシュタポ犠牲者のための記念碑)があるのみ。

映画は、う・・・・む、フロイトと17歳とくれば、「リビドー」に満ちた映画であった。

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プログラムは、買った。

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」公式
https://17wien.jp/

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続いて「バルーン 奇蹟の脱出飛行」。
DDRとくれば、このトートバッグでしょう。

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しかし、である。
冒頭で背景が語られるが、なんと、英語。
なぜ独語じゃないんだ?
そうか、この映画はUSAも関与していたのか。

学校の成年式での歌「Unsere Heimat)は、2018年のドイツ行きで、ドレスデンのDDR博物館で聞いた(もしかしたらライプツィヒのシュタージ博物館での「WIR SIND DAS VOLK!」展でだったかもしれない)。
https://www.youtube.com/watch?v=f5wQ1AQdjlQ

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電気技師ペーターは、Wartburg(ヴァルトブルク)を運転しているのだが、舞台がテューリンゲンだからアイゼナハで生産されていたWartburgで、Trabantではないのか。
型式は1956年に生産が始まった、Wartburg 311のようだ。
1965年にはWartburg 353にモデルチェンジしているので、入手はそれ以前なのだろう。
それにしても、1979年の脱出までよく走り続けたものだ。
もっともDDRでは車を自分で整備するのは当たり前だったので、電気技師であれば当然だったのかもしれない。
しかし、シュタージは、車を買った人物のチェックはしていないのだろうか。
ヴァルトブルクの持ち主を当たれ、というシーンは、なかった。

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「壁」のあるBrandenburger Torと、Unter den Lindenは、CGだろうな。

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ヘリコプターは、Mi-2だろう。

ペーターの家にあるラジオには、「REMA MON」とあったが、これだったか。
https://www.flickr.com/photos/gynti/4122835332

ペスネック(Pößneck)が舞台となるが、場所はライプツィヒの南西約80kmに位置している。
https://www.poessneck.de/de/landingpage.html
そして、脱出に成功する直前、ザイデル中佐のセリフに「ブランケンシュタイン(Blankenstein)」の地名が出てくる。
当時のDDRとBRDの国境沿いの、DDR側のエリアだ。
ただし、ロケ地はペスネック(Pößneck)ではなく、バイエルンのノルトハルベン((Nordhalben)。

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気球が飛んだのは、ツィーゲンリュック(Ziegenrück)、降りたのは、オーバーフランケン地方の街ナイラ(Naila)

映画としては、USAがからんだせいなのか、画面上はこれでもかこれでもかとスリルの連続である。
当時のDDRの閉塞感、重圧感を表現したかったのかもしれないが、たとえば、ペーター家の長男フランクがお向かいのバウマン家(親父のエリックはシュタージだと)の娘クララに宛てた手紙をポストから取り戻すときにいきなりワンコが吠えるのは、あまりにも唐突すぎる演出だと思った。
ほかでも、シュタージが呼び鈴を鳴らしたのがいかにもペーターの家だと思わせ、じつはフランクが帰ってきたのであったというシーンも、やり過ぎじゃないかと思った。
その意味では「僕たちは希望という名の列車に乗った」のほうが、控えた演出で臨場感をたっぷり味わうことができたと思う。

「善き人のためのソナタ」のヴィースラー大尉は左遷後は封書を開ける業務についていたが、シュトレルツィク家の家族とギュンター池の家族の逃亡を許してしまったザイデル中佐、お向かいのエリック・バウマンは、責任を問われたのか。

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プログラムは、買った。

「バルーン 奇蹟の脱出飛行」公式
https://balloon-movie.jp/

いずれも、アルテリオ映像館にて。
https://kac-cinema.jp/

映画の場面の画像は、トレーラーより。

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2020年8月27日 (木)

ソ連現代史 I ヨーロッパ地域(世界現代史 (29))

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本書は1980年の刊行で、ソ連ではブレジネフの停滞時代真っ盛りの時期である。
このころまでのソ連の戦後の歴史をざっくり見ると、
1947年9月 コミンフォルム結成
1953年3月 スターリン死去
1956年2月 ソ連共産党第20回大会、フルシチョフが「スターリン批判」
1964年10月 ブレジネフ体制
1968年8月 チェコスロバキア侵略
1979年12月 アフガニスタン侵略
という出来事があった。

この時代に書かれたソ連の歴史なので、ある意味では本書自体が「歴史的」である。
著者は2004年に亡くなっており、本書執筆後のソ連・ロシアの動きも見ていたはずなので、本書以後の、ペレストロイカの頃やソ連崩壊後を経てのソ連史の見方、著者自身の見方や著者以外の評価などと比べてみると面白いだろう。
たとえば、マルクスとナロードニキとの関係、ロシアの農村共同体、1906年から14年のロシアの状況、ロシアでの特殊な諸条件に制約されていたはずのロシア革命やソ連を普遍的なものであるとした認識など。

ナロードニキとの関係を巡って、本書では「共産党宣言」ロシア語版への序言の最後の文章が「ロシアの共同体は、たとえ太古の土地共有制の著しく崩壊した形態であるとしても、より高度の共産主義的な土地所有形態に直接移行しうるものなのか?・・・・・・もしもロシア革命が西ヨーロッパのプロレタリア革命に対する合図となるなら、そして両者が互いに補いあうならば、現在のロシアの土地共有制は共産主義的発展の出発点となりうる」(P.86~87)。
この文章がどこから引用されてたのかは、明示されていない。
服部文男訳版(新日本出版社刊)の同じところを見てみよう。
ロシアのオープシチナ(農民共同体)は、たしかに原始的な集団的土地所有のすでにいちじるしく崩壊した形態ではあるが、いっそう高度の、共産主義的な土地所有の形態へ直接移行することが可能であろうか?(中略)もしもロシア革命が西ヨーロッパの老フォウ者革命の合図となり、それゆえにこの両者がたがいに補いあうならば、現代のロシアの土地所有は共産主義的発展の出発点となりうるであろう。(P.12)
https://www.shinnihon-net.co.jp/general/detail/code/978-4-406-02618-5/

農奴制から解放、ロシア革命、戦時共産主義、新経済政策、コルホーズやソホーズとたどったロシアの農村は、いま、どんな経営が行われているのだろうか。

本書では、文化的側面にはほとんど言及していない。
ロシア・アバンギャルドは、おそらく「さまざまの傾向の芸術活動もまだ許容されていた」(P.281)の一文のなかに含まれているのだろう。

ヨーロッパ=ロシア—自然と民族
I モスクワ=ロシアと西欧化
II 農奴解放とロシアの近代化
III 反体制の思想と運動
IV ロマノフ朝の崩壊
V 十月革命
VI ロシア革命の理想と現実
VII ボリシェビキの一党国家体制
VIII スターリンの独裁
IX 第二次世界大戦とソ連
X 戦後のソ連
エピローグ
付録

倉持俊一/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/42290

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2020年8月 2日 (日)

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD 7

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「第4章 赦し(インドゥルト)vol.6~vol.14」、「スパルタクス」の完成までが描かれる。
「スパルタクス」は、テレビで見たな。
今年2月に亡くなったカーク・ダグラスの映画は、「海底二万里」や「OK牧場の決斗」「パリは燃えているか」などが記憶にあるが、映画館ではなくテレビで見たようだ。

赤狩りの時代であるが、いまのアメリカのようにも思える。
そして、日本のようでもある。

ちょっと古いが、第4巻が出たときの書評があった。
https://diamond.jp/articles/-/200903

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD
1:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.1~vol.8
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/the-red-rat-in-.html
2:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.9~vol.17
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/the-red-rat-in-.html
3:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.18~vol.21
  第2章 ハリウッド・テン vol.1~vol.6
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/the-red-rat-in-.html
4:第2章 ハリウッド・テン vol.7~vol.10
  第3章 エデンの東へ vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-1ac041.html
5:第3章 エデンの東へ vol.6~vol.14
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0525aa.html
6:第3章 エデンの東へ vol.15~vol. 18
  第4章 赦し(インドゥルト)vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-e404d4.html

山本 おさむ/著
小学館
https://comics.shogakukan.co.jp/book?isbn=9784098605712

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2020年7月30日 (木)

人間合格

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「緊急事態宣言」が解けてすぐに、舞台を観た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-c5c185.html

ラストは、「組曲虐殺」の、多喜二の「あとに続く者を信じて走れ〜」を彷彿とさせる。
たぶん、舞台を見ないでこれだけ読んでも、舞台の上の熱気や雰囲気は伝わってこないだろう。
とくに、鉦を鳴らしながらのインターは。

太宰治といえば、林忠彦が撮った、銀座のバー「ルパン」での、高い椅子に座っている写真を、一昨年見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/fujifilm-square.html
この写真は、遅筆堂のモチーフにはならなかったのか。

井上ひさし/著
集英社
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=4-08-772733-5

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2020年7月23日 (木)

ノスタルジア食堂 労働者の在りし日の食卓

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イスクラさんから出た「社会主義食堂レシピ」シリーズから。
社会主義食堂レシピ20選 vol.1
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/20vol1-9afd.html
社会主義食堂レシピ22選 vol.2
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/22vol2-e41b.html
社会主義食堂レシピ20選 vol.3
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/620vol3-3dca.html
社会主義食堂レシピ vol.4
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0264ad.html
社会主義食堂レシピ vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-c2a278.html

いずれも、特別な材料を必要とした料理ではないので、自作可能。

ズルチェ、カーラおばちゃんちに行ったとき、あれば食べる。
https://www.facebook.com/seacastlekamakura/
ウィーンはヘルメス・ヴィラに行ったときに冷たいターフェルシュピッツを食べたのだが、ほぼズルチェだったような記憶。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/im-wunderschn-6.html

巻末に、食堂の風景写真があるので、次回は探してみようという気分になる。
ドレスデンのKäseglockeは、Postplatzにあるので、立ち寄ってはいないけれど、前は何度か歩いた。
けれど、写真を撮ってないである。
近くの、1969年築のバリバリのDDR時代の多目的ホール「文化宮殿(Kulturpalast)」ばかりが目についた。
小さいけれど、社会主義建築でもあるので、撮っておけばよかった。
ドレスデンでは、ほかの社会主義建築も、見てはいるが撮っていなかったのが、つくづく残念。
バウムクーヘン、Konditorei & Café Müllerには行っていないが、Kreutzkammに行った。
DDR時代、Kreutzkammはどうしてたのだろう。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_6-kreutzkamm-.html
そして、ライプツィヒのIl62、ここにはイスクラさんに教わって行ってきた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/7_6-il-62-gewan.html

200712_001
この次に渡欧するときには、食堂に行って「これを食べたい」と指すために、持っていかなきゃ。

1 前菜 サラダとスープ
2 メインディッシュ 肉と卵の料理
2 米料理 ベーカリーフードとデザート
所変われば、呼び名も変わる
禁断の脂身「サーロ」
ソヴィエトの普段使いの食器
憧れの食堂を探しに
魅惑のストリートフード

イスクラ/著
グラフィック社
http://www.graphicsha.co.jp/detail.html?p=41319

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2020年7月22日 (水)

ドイツ史3 1890年~現在

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山川の「世界歴史大系」の「ドイツ史」全3巻のうちの第3巻で、ドイツの近現代史である。
ちなみに、第1巻は先史~1648年、第2巻は1648年~1890年までである。
1997年の刊行なので、記述もその頃までであるが、あらためてじっくり読んだ。
ドイツ近現代史の基礎的な事項は網羅されているので、ドイツ関連の書籍文献を読んでいて時代背景などを知りたいときに参考書として使える。

P.277に、ゲオルク・エルザーが、1939年11月8日に、ミュンヘンの「ビュルガーブロイケラー」でヒトラーを暗殺しようとしたが失敗した記述がある。
ミュンヘンには、彼を記念した広場があり、そこに行ってきたことがある。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-16dc.html
ビュルガーブロイケラーは、現在はガスタイク文化センターになっている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-72f2.html

第一章 ヴィルヘルム時代
第二章 第一次世界大戦下のドイツ
第三章 ヴァイマル共和国
第四章 第三帝国の編成
第五章 第三帝国と第二次世界大戦
第六章 ドイツ連邦共和国
第七章 ドイツ民主共和国
第八章 統一ドイツ
補説

木村靖二/著
望田幸男/著
芝健介/著
高橋進/著
平島健司/著
斉藤晢/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/46140

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