社会主義・共産主義関連

2020年9月12日 (土)

豪華映画二本立て「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」「バルーン 奇蹟の脱出飛行」

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相模大野の車庫に入っていたSEが、なぜか外に出ていた。

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さて、まずは「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」である。

湖のあるHeimatから汽車に乗る駅は、SHÖRFLING、そこは、Attersee、Salzkammergut。
しかし、ロケはアッター湖ではなく、南チロルだったようだ。

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着いた駅は、ウィーン西駅(Wien Westbahnhof)だろうが、えらく小さい。
ロタンダが火事?

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フランツは、フロイト教授を訪ねる。
フロイトがウィーンで住んだところは、いま、フロイト博物館となっているが、映画での映画でのフロイト教授が住む建物は、別の建物のようだ。

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それで、フランツとフロイトが語り合うこのシーン。
アルベルティーナのテラスではないか。

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フランツがフロイト教授といっしょにいくカフェは、Café Landtmannっぽい。

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そして、ウィーンのゲシュタポの建物であるが、いまは存在しない。
その跡地には、「Denkmal der Opfer der Gestapo」(ゲシュタポ犠牲者のための記念碑)があるのみ。

映画は、う・・・・む、フロイトと17歳とくれば、「リビドー」に満ちた映画であった。

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プログラムは、買った。

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」公式
https://17wien.jp/

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続いて「バルーン 奇蹟の脱出飛行」。
DDRとくれば、このトートバッグでしょう。

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しかし、である。
冒頭で背景が語られるが、なんと、英語。
なぜ独語じゃないんだ?
そうか、この映画はUSAも関与していたのか。

学校の成年式での歌「Unsere Heimat)は、2018年のドイツ行きで、ドレスデンのDDR博物館で聞いた(もしかしたらライプツィヒのシュタージ博物館での「WIR SIND DAS VOLK!」展でだったかもしれない)。
https://www.youtube.com/watch?v=f5wQ1AQdjlQ

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電気技師ペーターは、Wartburg(ヴァルトブルク)を運転しているのだが、舞台がテューリンゲンだからアイゼナハで生産されていたWartburgで、Trabantではないのか。
型式は1956年に生産が始まった、Wartburg 311のようだ。
1965年にはWartburg 353にモデルチェンジしているので、入手はそれ以前なのだろう。
それにしても、1979年の脱出までよく走り続けたものだ。
もっともDDRでは車を自分で整備するのは当たり前だったので、電気技師であれば当然だったのかもしれない。
しかし、シュタージは、車を買った人物のチェックはしていないのだろうか。
ヴァルトブルクの持ち主を当たれ、というシーンは、なかった。

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「壁」のあるBrandenburger Torと、Unter den Lindenは、CGだろうな。

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ヘリコプターは、Mi-2だろう。

ペーターの家にあるラジオには、「REMA MON」とあったが、これだったか。
https://www.flickr.com/photos/gynti/4122835332

ペスネック(Pößneck)が舞台となるが、場所はライプツィヒの南西約80kmに位置している。
https://www.poessneck.de/de/landingpage.html
そして、脱出に成功する直前、ザイデル中佐のセリフに「ブランケンシュタイン(Blankenstein)」の地名が出てくる。
当時のDDRとBRDの国境沿いの、DDR側のエリアだ。
ただし、ロケ地はペスネック(Pößneck)ではなく、バイエルンのノルトハルベン((Nordhalben)。

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気球が飛んだのは、ツィーゲンリュック(Ziegenrück)、降りたのは、オーバーフランケン地方の街ナイラ(Naila)

映画としては、USAがからんだせいなのか、画面上はこれでもかこれでもかとスリルの連続である。
当時のDDRの閉塞感、重圧感を表現したかったのかもしれないが、たとえば、ペーター家の長男フランクがお向かいのバウマン家(親父のエリックはシュタージだと)の娘クララに宛てた手紙をポストから取り戻すときにいきなりワンコが吠えるのは、あまりにも唐突すぎる演出だと思った。
ほかでも、シュタージが呼び鈴を鳴らしたのがいかにもペーターの家だと思わせ、じつはフランクが帰ってきたのであったというシーンも、やり過ぎじゃないかと思った。
その意味では「僕たちは希望という名の列車に乗った」のほうが、控えた演出で臨場感をたっぷり味わうことができたと思う。

「善き人のためのソナタ」のヴィースラー大尉は左遷後は封書を開ける業務についていたが、シュトレルツィク家の家族とギュンター池の家族の逃亡を許してしまったザイデル中佐、お向かいのエリック・バウマンは、責任を問われたのか。

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プログラムは、買った。

「バルーン 奇蹟の脱出飛行」公式
https://balloon-movie.jp/

いずれも、アルテリオ映像館にて。
https://kac-cinema.jp/

映画の場面の画像は、トレーラーより。

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2020年8月27日 (木)

ソ連現代史 I ヨーロッパ地域(世界現代史 (29))

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本書は1980年の刊行で、ソ連ではブレジネフの停滞時代真っ盛りの時期である。
このころまでのソ連の戦後の歴史をざっくり見ると、
1947年9月 コミンフォルム結成
1953年3月 スターリン死去
1956年2月 ソ連共産党第20回大会、フルシチョフが「スターリン批判」
1964年10月 ブレジネフ体制
1968年8月 チェコスロバキア侵略
1979年12月 アフガニスタン侵略
という出来事があった。

この時代に書かれたソ連の歴史なので、ある意味では本書自体が「歴史的」である。
著者は2004年に亡くなっており、本書執筆後のソ連・ロシアの動きも見ていたはずなので、本書以後の、ペレストロイカの頃やソ連崩壊後を経てのソ連史の見方、著者自身の見方や著者以外の評価などと比べてみると面白いだろう。
たとえば、マルクスとナロードニキとの関係、ロシアの農村共同体、1906年から14年のロシアの状況、ロシアでの特殊な諸条件に制約されていたはずのロシア革命やソ連を普遍的なものであるとした認識など。

ナロードニキとの関係を巡って、本書では「共産党宣言」ロシア語版への序言の最後の文章が「ロシアの共同体は、たとえ太古の土地共有制の著しく崩壊した形態であるとしても、より高度の共産主義的な土地所有形態に直接移行しうるものなのか?・・・・・・もしもロシア革命が西ヨーロッパのプロレタリア革命に対する合図となるなら、そして両者が互いに補いあうならば、現在のロシアの土地共有制は共産主義的発展の出発点となりうる」(P.86~87)。
この文章がどこから引用されてたのかは、明示されていない。
服部文男訳版(新日本出版社刊)の同じところを見てみよう。
ロシアのオープシチナ(農民共同体)は、たしかに原始的な集団的土地所有のすでにいちじるしく崩壊した形態ではあるが、いっそう高度の、共産主義的な土地所有の形態へ直接移行することが可能であろうか?(中略)もしもロシア革命が西ヨーロッパの老フォウ者革命の合図となり、それゆえにこの両者がたがいに補いあうならば、現代のロシアの土地所有は共産主義的発展の出発点となりうるであろう。(P.12)
https://www.shinnihon-net.co.jp/general/detail/code/978-4-406-02618-5/

農奴制から解放、ロシア革命、戦時共産主義、新経済政策、コルホーズやソホーズとたどったロシアの農村は、いま、どんな経営が行われているのだろうか。

本書では、文化的側面にはほとんど言及していない。
ロシア・アバンギャルドは、おそらく「さまざまの傾向の芸術活動もまだ許容されていた」(P.281)の一文のなかに含まれているのだろう。

ヨーロッパ=ロシア—自然と民族
I モスクワ=ロシアと西欧化
II 農奴解放とロシアの近代化
III 反体制の思想と運動
IV ロマノフ朝の崩壊
V 十月革命
VI ロシア革命の理想と現実
VII ボリシェビキの一党国家体制
VIII スターリンの独裁
IX 第二次世界大戦とソ連
X 戦後のソ連
エピローグ
付録

倉持俊一/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/42290

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2020年8月 2日 (日)

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD 7

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「第4章 赦し(インドゥルト)vol.6~vol.14」、「スパルタクス」の完成までが描かれる。
「スパルタクス」は、テレビで見たな。
今年2月に亡くなったカーク・ダグラスの映画は、「海底二万里」や「OK牧場の決斗」「パリは燃えているか」などが記憶にあるが、映画館ではなくテレビで見たようだ。

赤狩りの時代であるが、いまのアメリカのようにも思える。
そして、日本のようでもある。

ちょっと古いが、第4巻が出たときの書評があった。
https://diamond.jp/articles/-/200903

赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD
1:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.1~vol.8
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/the-red-rat-in-.html
2:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.9~vol.17
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/the-red-rat-in-.html
3:第1章 『ローマの休日』と赤狩りの始まり vol.18~vol.21
  第2章 ハリウッド・テン vol.1~vol.6
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/the-red-rat-in-.html
4:第2章 ハリウッド・テン vol.7~vol.10
  第3章 エデンの東へ vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-1ac041.html
5:第3章 エデンの東へ vol.6~vol.14
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0525aa.html
6:第3章 エデンの東へ vol.15~vol. 18
  第4章 赦し(インドゥルト)vol.1~vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-e404d4.html

山本 おさむ/著
小学館
https://comics.shogakukan.co.jp/book?isbn=9784098605712

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2020年7月30日 (木)

人間合格

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「緊急事態宣言」が解けてすぐに、舞台を観た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-c5c185.html

ラストは、「組曲虐殺」の、多喜二の「あとに続く者を信じて走れ〜」を彷彿とさせる。
たぶん、舞台を見ないでこれだけ読んでも、舞台の上の熱気や雰囲気は伝わってこないだろう。
とくに、鉦を鳴らしながらのインターは。

太宰治といえば、林忠彦が撮った、銀座のバー「ルパン」での、高い椅子に座っている写真を、一昨年見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/fujifilm-square.html
この写真は、遅筆堂のモチーフにはならなかったのか。

井上ひさし/著
集英社
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=4-08-772733-5

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2020年7月23日 (木)

ノスタルジア食堂 労働者の在りし日の食卓

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イスクラさんから出た「社会主義食堂レシピ」シリーズから。
社会主義食堂レシピ20選 vol.1
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/20vol1-9afd.html
社会主義食堂レシピ22選 vol.2
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/22vol2-e41b.html
社会主義食堂レシピ20選 vol.3
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/620vol3-3dca.html
社会主義食堂レシピ vol.4
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0264ad.html
社会主義食堂レシピ vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-c2a278.html

いずれも、特別な材料を必要とした料理ではないので、自作可能。

ズルチェ、カーラおばちゃんちに行ったとき、あれば食べる。
https://www.facebook.com/seacastlekamakura/
ウィーンはヘルメス・ヴィラに行ったときに冷たいターフェルシュピッツを食べたのだが、ほぼズルチェだったような記憶。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/im-wunderschn-6.html

巻末に、食堂の風景写真があるので、次回は探してみようという気分になる。
ドレスデンのKäseglockeは、Postplatzにあるので、立ち寄ってはいないけれど、前は何度か歩いた。
けれど、写真を撮ってないである。
近くの、1969年築のバリバリのDDR時代の多目的ホール「文化宮殿(Kulturpalast)」ばかりが目についた。
小さいけれど、社会主義建築でもあるので、撮っておけばよかった。
ドレスデンでは、ほかの社会主義建築も、見てはいるが撮っていなかったのが、つくづく残念。
バウムクーヘン、Konditorei & Café Müllerには行っていないが、Kreutzkammに行った。
DDR時代、Kreutzkammはどうしてたのだろう。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_6-kreutzkamm-.html
そして、ライプツィヒのIl62、ここにはイスクラさんに教わって行ってきた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/7_6-il-62-gewan.html

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この次に渡欧するときには、食堂に行って「これを食べたい」と指すために、持っていかなきゃ。

1 前菜 サラダとスープ
2 メインディッシュ 肉と卵の料理
2 米料理 ベーカリーフードとデザート
所変われば、呼び名も変わる
禁断の脂身「サーロ」
ソヴィエトの普段使いの食器
憧れの食堂を探しに
魅惑のストリートフード

イスクラ/著
グラフィック社
http://www.graphicsha.co.jp/detail.html?p=41319

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2020年7月22日 (水)

ドイツ史3 1890年~現在

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山川の「世界歴史大系」の「ドイツ史」全3巻のうちの第3巻で、ドイツの近現代史である。
ちなみに、第1巻は先史~1648年、第2巻は1648年~1890年までである。
1997年の刊行なので、記述もその頃までであるが、あらためてじっくり読んだ。
ドイツ近現代史の基礎的な事項は網羅されているので、ドイツ関連の書籍文献を読んでいて時代背景などを知りたいときに参考書として使える。

P.277に、ゲオルク・エルザーが、1939年11月8日に、ミュンヘンの「ビュルガーブロイケラー」でヒトラーを暗殺しようとしたが失敗した記述がある。
ミュンヘンには、彼を記念した広場があり、そこに行ってきたことがある。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-16dc.html
ビュルガーブロイケラーは、現在はガスタイク文化センターになっている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-72f2.html

第一章 ヴィルヘルム時代
第二章 第一次世界大戦下のドイツ
第三章 ヴァイマル共和国
第四章 第三帝国の編成
第五章 第三帝国と第二次世界大戦
第六章 ドイツ連邦共和国
第七章 ドイツ民主共和国
第八章 統一ドイツ
補説

木村靖二/著
望田幸男/著
芝健介/著
高橋進/著
平島健司/著
斉藤晢/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/46140

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2020年7月19日 (日)

僕たちは希望という名の列車に乗った

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1年以上生ドイツ語を耳にしていないので、ドイツ語映画を見る。
聞き慣れたHochdeutschではないけれど。

映画は見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-371ced.html

独語版と翻訳版の原作も読んだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b5ab06.html

舞台は、ドイツとポーランドとの国境であるオーデル川沿いのアイゼンヒュッテルシュタット(Eisenhüttenstadt)、1953年のスターリン死去を受けて「スターリンシュタット (Stalinstadt)」と名付けられたが、スターリン批判後の1961年に「アイゼンヒュッテンシュタット」に改称された。

トム・ハンクスも訪れたようだ。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=10&v=RDR_30M9d_E

そして、街を紹介しているサイト。
https://chikatravel.com/2017/03/17/eisenhuttenstadt/

実際の舞台は、ベルリン近郊のシュトルコー(Storkow)。
https://www.sueddeutsche.de/politik/kalter-krieg-so-floh-eine-schulklasse-aus-der-ddr-1.3295139

レオナルド・シャイヒャー:テオ・レムケ
トム・グラメンツ:クルト・ヴェヒター
レナ・クレンク:レナ
ヨナス・ダスラー:エリック・バビンスキー
イシャイア・ミカルスキ:パウル
ロナルト・ツェアフェルト:ヘルマン・レムケ、テオの父(東ベルリンから来た女、アイヒマンを追え)
フロリアン・ルーカス:シュヴァルツ校長(グッバイ、レーニン!)
ヨルディス・トリーベル:ケスラー郡視学官
ブルクハルト・クラウスナー:ランゲ国民教育大臣(グッバイ、レーニン!、リスボンに誘われて、アイヒマンを追え)
ミヒャエル・グヴィスデク:エドガー、パウルの大叔父(グッバイ、レーニン!)
マックス・ホップ:ハンス・ヴェヒター、クルトの父
ユーディット・エンゲル:アンナ・ヴェヒター、クルトの母
ゲッツ・シューベルト:メルツァー牧師、エリックの義父
ロルフ・カニース:ヴァルデツキ、射撃の教官

監督・脚本:ラース・クラウメ
原作:ディートリッヒ・ガルスカ

https://www.albatros-film.com/archives/11774

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2020年7月 5日 (日)

コメコンデザインシリーズ(13) カールマルクスシュタットとライプツィヒ・ハレ 社会主義建造物を追って vol.2

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社会主義建造物の第2回。
2年前のドイツ行きでは、プラン段階ではカールマルクスシュタット(現ケムニッツ)も候補にしていたが、日数的に断念した。

ライプツィヒも1泊だけだったので、社会主義建造物の探索はできていない。
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社会主義関連・東独関連では、ゲヴァントハウス(上左、Gewandhaus)、メードラー・パッサージュの並びの現代史博物館(上右、Zeitgeschichtliches Forum Leipzig)で「ALLES NACH PLAN? Formgestaltung in der DDR」(計画によるのがすべて? 東独のデザイン)展を見たのと、旧国家保安省記念館(下、Gedenkstätte Museum in der „Runden Ecke“)を見ただけ。
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ゲヴァントハウス
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/7_6-il-62-gewan.html
現代史博物館
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_1-altes-ratha.html
旧国家保安省記念館
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_3-gedenksttte.html

ハレは、ヴェルニゲローデからライプツィヒに向かう途中で、乗り換えをしただけだが、しばらくすると空港駅もあった。
サイトを見てみると、ドレスデン空港と使い分けをしているようだ。
ウィーンからだとドレスデンは飛んでおらず、ライプツィヒに飛んでいる。
https://www.mdf-ag.com/

付録の、著者の3月の渡欧がちょうど国境閉鎖の時期と重なり、ハラハラドキドキ。
出国→フランクフルト(独)泊→クラクフ(波)泊→ドレスデン(独)3泊→ベルリン(独)泊→帰国、現地6泊機中2泊計8泊のあいだに4回の国境越え。

イスクラ
https://iskra.ocnk.net/product/19527

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2020年5月27日 (水)

武器としての「資本論」

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『「資本論」を人々がこの世の中を生きのびるたの武器と塩て配りたい」願いがあると記されている。(P.4)。
折しも先日「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」を読了したばかりだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-73281b.html
「生き延びよ」は、2004年に遅筆堂が発した言葉で、「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」は2010年に出たのだが、さらに10年15年経過しても、なお「生きのびる」を言わなければならないとは。

現代の世の中を「資本論」的に見ることで、「資本論」を一字一句分析する解説とは違った解説となっているのだが、「資本論」での記述が現代の世の中の状況を説明している例証が多々である。
逆に、「資本論」では記述されていない現代の世の中の状況、「資本論」では逆の意味に記述されている現代の世の中の状況などもあるはずだと思うが、そちらからの分析は本書ではなされていない。
まあ、本書の目的がそこにはないのだからだろうが。
著者の、「物質代謝の大半を商品の生産・流通(交換)・消費を通じて行う社会」「商品による商品の生産が行われる社会(=価値の生産が目的となる社会)という著者の「資本制社会」の定義(P.31)は、押さえておこう。

人口が減りつつある日本では、総労働時間も減っていくなかでは、絶対的剰余価値の生産は、ますます縮小していくのだろう。
だとすれば、相対的剰余価値の生産に邁進せざるを得ないことになるのだが、昨今のAI技術が生産過程から人間労働を排除していくとすれば、AI技術で生産された商品の使用価値・交換価値は、どのように記述することになるのだろうか。
寅さんを題材にして新自由主義での「包摂」をとらえて論じているのだが、今の若い人たちは寅さんが理解できない存在になっているのか。
この「包摂」については、「物象化」との関係も考察して欲しかった。

さて、「武器」たるには、「資本論」を手に取るべきなのか、何度目になる?
「資本論」に限らず「共産党宣言」もだが、桃尻語訳だとかお国ことば訳だとかしていただけると、もっととっつきやすいと思うのだが。
桃尻語訳 枕草子 上・中・下
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309405315/
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309405322/
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309405339/
日本国憲法前文 お国ことば訳
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-ebfb.html

例えば、である。
独語版資本論の出出し
Der Reichtum der Gesellschaften, in welchen kapitalistische Produktionsweise herrscht, erscheint als eine "ungeheure Warensammlung", die einzelne Ware als seine Elementarform. Unsere Untersuchung beginnt daher mit der Analyse der Ware.
世の中の「富」は、資本主義的なものづくりや品物のやりとりが行われているところでは、たくさんの品物の山として現れていて、個々の商品が品物の山の素材なんだ。なので私たちは、この商品がどんなものかを調べることから考えることを始めなければならないのさ。
英語版共産党宣言の出出し
A spectre is haunting Europe – the spectre of communism. All the powers of old Europe have entered into a holy alliance to exorcise this spectre: Pope and Tsar, Metternich and Guizot, French Radicals and German police-spies.
妖怪がヨーロッパじゅうを悩ませているんだって、その名は「共産主義」という妖怪なんだとさ。古いヨーロッパのえらいさんたちは、この妖怪を追い払うために高貴な手を結ぶことにした。えらいさんたちとは、法王さま、皇帝、メッテルニヒさん、ギゾーさん、フランスの急進的な人、ドイツのスパイだって。

内田樹氏の書評。
https://toyokeizai.net/articles/-/345707

いとうせいこう氏の書評。
https://book.asahi.com/article/13395328

佐藤優氏の書評。
https://mainichi.jp/articles/20200418/ddm/015/070/010000c

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カバーを取ると、赤と黒である。

はじめに 生き延びるための「武器」としての『資本論』
第1講 本書はどのような「資本論」入門なのか
第2講 資本主義社会とは? ――万物の「商品化」
第3講 後腐れのない共同体外の原理「無縁」 ――商品の起源
第4講 新自由主義が変えた人間の「魂・感性・センス」 ――「包摂」とは何か 
第5講 失われた「後ろめたさ」「誇り」「階級意識」――魂の「包摂」 
第6講「人生がつまらない」のはなぜか ――商品化の果ての「消費者」化 
第7講 すべては資本の増殖のために ――「剰余価値」
第8講 イノベーションはなぜ人を幸せにしないのか ―― 二種類の「剰余価値」 
第9講 現代資本主義はどう変化してきたのか ――ポスト・フォーディズムという悪夢 
第10講 資本主義はどのようにして始まったのか ――「本源的蓄積」 
第11講 引きはがされる私たち ――歴史上の「本源的蓄積」 
第12講 「みんなで豊かに」はなれない時代 ――階級闘争の理論と現実
第13講 はじまったものは必ず終わる ――マルクスの階級闘争の理論 
第14講 「こんなものが食えるか!」と言えますか? ――階級闘争のアリーナ
おわりに
付属ブックガイド

白井聡/著
東洋経済
https://str.toyokeizai.net/books/9784492212417/


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2020年5月20日 (水)

ベトナム凛と 大石芳野写真集

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本書は20年前の刊行で、最初は図書館で読んだのだと思う。
去年、同じ著者の「戦禍の記憶 大石芳野写真集」を読んだのだが、原点である本書は、どうしても、所持しておきたかった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-5123ad.html

本書に収録荒れている写真は、1980年代からミレニアムまで、必ずしも年代順では無いが、その約20年のベトナムの変化もわかる。
それから現代までの20年間は、より速度の速い変化があったのだろう。
ベトナムに行って、ハノイ→フエ→ホーチミンと縦断したのは、20世紀が終わりになろうとする頃で、ベトナム解放25周年の直前だった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/vietnam-report.html
82年のクアンチ省の写真(P.133)に破壊された米軍戦車が写っている。
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省都のドンハに行ったが、道端に打ち捨てられた戦車の残骸は、まだあった。
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そして、82年のヒエルオン橋の写真(P.134)があるが、新しい橋はまだ架けられていない。
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クチ(P.139)。
当時のサイゴンの北西約70km、ここにNFLがトンネルを掘り米軍の爆撃に耐えながらゲリラ戦を展開していた。
フエの王宮(本書ではP.248~、89年代~90年代)では、おそらく枯葉剤を原因としたのだろうと思える障害者もいて、王宮に来る観光客相手の写真屋さんをやっていた。
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フエの王宮は、弾痕がたくさん残っていた。
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ティエン・ム寺(P.253、P.255)も行った。

序景
輝く瞳 子どもたち
都市の暮らし
豊かな食菜
実り多い田園の暮らし
戦争の傷跡
‘80年代の初めごろ
枯れ葉剤ダイオキシンの被害
明日に向かって
祈り
新しい潮流
ベトナムと大石芳野さん 日野啓三(作家)
わが内なるベトナム 大石芳野
ベトナム年表・地図

講談社
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