戦争・平和関連

2020年11月16日 (月)

障害とは何か 戦力ならざる者の戦争と福祉

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現在の身体障害者手帳の障害種別と等級を表にした「身体障害者障害程度等級表」(身体障害者福祉法施行規則別表第五号)の変遷をさぐると、身体障害者福祉法は傷痍軍人に対する援助がルーツであるという見方は誤りではないとしても、兵役法と朝鮮人、戦争と戦時下の労災補償などを考察すると、さらに奥が深いことがよくわかる。
国策としての戦争に役に立たなければ非国民という考えかただけではなく、そもそも「戦争にとって人的資源確保たりえる存在にはできるだけその保全・培養のため社会政策を活用するが、はじめから人的資源としてふさわしくないとした人間には、出生そのものの抑制を目指し、国家が直接その出征にかいにゅうする仕組みを導入していったプロセス」(P.65)があって、そのプロセスの結果として国民体力法と国民優生法があることを、あらためて確認できる。
本書を簡単にまとめることは難しいが、徴兵制と障害の排除、恩給と障害保障、「産業戦士」と障害保障など、政策目的によってさまざまな対応が行われてきて、戦後の身体障害者福祉法に至り、そのなかにそれまでの「障害者」像が盛り込まれているということになろうか。
そして、戦力にあらざれば人として認められないという考え方があったことを知ると、「生産性」を価値基軸とする考え方を、国会議員の地位にある者が公然と主張し続けていることに、暗然たる思いがする。

もともとが博士論文であったことから、記述はいわゆる論文形式であり、決して読みやすいとはいえない。

身体障害者障害程度等級表
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1027-11d.pdf

京都新聞で紹介。
https://www.hanazono.ac.jp/news/education/psychology/000596.html

はしがき
初出一覧
第1章 軍事政策における障害
 はじめに
 1 徴兵制と障害
 2 徴兵制の確立と障害
 3 兵役法下における障害
 4 除役と障害
 5 軍人恩給と障害
 おわりに
第2章 戦時政策における障害
 はじめに
 1 国民体力の低下
 2 農村の疲弊
 3 結核と障害
 4 人口政策と保健国策
 5 虚弱児問題と国民体力法
 6 国民体力法と国民優生法
 おわりに
第3章 社会政策における障害
 はじめに
 1 医療保険と障害
 2 年金保険制度成立への助走
 3 労働者年金保険法の制定
 4 年金保険制度における障害
 5 障害年金がつくられたねらいとは
 おわりに
第4章 障害者福祉における障害
 はじめに
 1 戦後の社会福祉改革
 2 傷痍者保護対策
 3 身体障害者福祉法の成立
 4 身体障害者福祉法は元傷痍軍人対策か
 5 身体障害者福祉法における障害とは
 おわりに
第5章 障害概念はどこから来たか
 はじめに
 1 身体障害者福祉法の障害概念
 2 等級表の登場
 3 等級表はどこから来たか
 4 等級表の比較検証
 5 等級表の特徴とは
 6 等級表のその後
 おわりに
第6章 戦争と障害
 はじめに
 1 排除対象としての障害
 2 保障対象としての障害
 3 社会政策的障害観
 4 障害原因による差別化
 5 生存権にとっての障害
 6 戦争と障害者観
 おわりに
あとがき
巻末資料1 陸軍身体検査における体格等位基準
巻末資料2  身体障害者福祉法等級表案と厚生年金保険法労働者災害補償保険法恩給法の等級表との比較
巻末資料3 関係法による対象規定の比較分析

藤井渉/著
法律文化社
https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03845-6

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2020年11月 7日 (土)

物語 東ドイツの歴史 分断国家の挑戦と挫折

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2018年のドイツ行きでは、東であったエリアに行ってきた。
東ドイツ時代はどんな街だったのだろうか、村だったのだろうかと思いながら景色を眺めていたものだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/deutsch-2018.html
そして、先日、「ドイツ統一」を読んだばかりである。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-44f087.html
「ドイツ統一」の著者の見方は、「西」のCDUの立ち位置からの東西両ドイツと「統一」後のドイツの通史ということができるだろう。
けれど、本書の東ドイツへの見方のほうが「ドイツ統一」よりもかなり辛辣であるとの印象が残った。
これは、ドイツ人が見た東ドイツと、ドイツとは一定の関係を持ってはいるが、日本人が見た東ドイツの違いなのだろうか。
とはいえ、著者の立ち位置は、いまひとつはっきりとしない。

P.72に「質の管理がなされていない商品が大量に出回るという計画経済の欠点」、P.73に「社会主義体制下では、消費財が必要なところに供給されずに不足しつつも、物資は退蔵されるという「不足の経済」が生じる」という記述がある。
「質の管理がなされていない商品が大量に出回る」ことや「不足しつつも、物資は退蔵される」ことが「計画経済」や「社会主義体制」の必然的結果のような記述だが、結果としてそうした現象はあったとしても、必然的結果と断定するのはどうなのだろうかと思う。
また、P.102にベルリンの壁が建設された頃の写真が二葉掲げられていて、上の写真は「自由への跳躍」(Sprung in die Freiheit)として有名な写真なのだが、これは「壁」建設が始まった2日後、まだ「壁」になる前の鉄条網で遮断されたときのできごとで、本文との関係からいえば、唐突すぎやしないかと思う。
こうしたことも、本書の著者の立ち位置が判然としないことを示しているのかもしれないし、「物語」であるのかもしれない。

私じしんは、いまだに東ドイツ、DDRを追っているのだが、東ドイツといえば、大学の授業で、「東ドイツの労働者は分業の一部を担っているが、分業での単なる歯車的な存在ではなく、自分が担当する作業について、作業の全体を把握していてその中の任務を理解していて、資本主義体制下の労働者のような歯車としての存在でしかないような労働者ではない」、ということを聞いていたことが始まりと言える。
当時は、日本でも東ドイツは東の優等生として語られていており、そうした見方は自分でも見聞きしていた。
これは、本書P.180の「一九七〇年代、東ドイツは外から見れば安定しており、世界で一〇指に入る先進工業国であるという評価」と重なる。
しかし、著者は、存在していた東ドイツを同時代的に実体験することは、年齢的に不可能だ。
また、1989年は、それまで自分のなかに積み重なっていたドイツだとか、社会主義、資本主義、民主主義だとかといったもろもろとの関係で見なおさなければならなかったし、そのプロセスである種の喪失感がともなったのだが、「一九八九年の変動を思春期に経験した」(P.271)著者は、どのような思いで1989年を見ていたのだろうか。
それはある意味、何にもとらわれないで東ドイツを記述できるということでもある。
であるとしても、実際に行ったわけではなく伝聞でしかないが、現在進行形で東ドイツを見聞きしていた体験がある者からすれば、残念ながら、本書の内容は自分の中に落ちてこないで読み終えてしまったのである。
同じ著者の「歴史としての社会主義 東ドイツの経験」も読んでいるが、本書ほどには落ちてこないということではなかったのは、「歴史としての社会主義 東ドイツの経験」が単著ではないからかしら。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-c5545b.html

「コラム(3) 映画のなかの東ドイツ」に出てくる映画は、「グッバイ・レーニン」「善き人のためのソナタ」「東ベルリンから来た女」「僕たちは希望という名の列車に乗った」「Sonnnenalle」の5本。
最後の「Sonnnenalle」以外は、映画も見たし、DVDも持っている。
「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、原著がある。
「グッバイ・レーニン」「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、いずれも独語のシナリオ本がある。
「グッバイ・レーニン」「善き人のためのソナタ」はノベライズ本があり、「グッバイ・レーニン」は和訳本、「善き人のためのソナタ」は独語。
「グッバイ・レーニン」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/good-bye-lenin.html
「僕たちは希望という名の列車に乗った」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b5ab06.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-ac0753.html
「バルーン 奇蹟の脱出飛行」は、間に合わなかったか。

巻末の年表と文献は、整理しておこう。

はじめに
序章 東ドイツを知る意味
第1章 新しいドイツの模索―胎動 1945‐1949
第2章 冷戦と過去の重荷を背負って―建国 1949‐1961
コラム(1) オリンピックと東ドイツ
コラム(2) シュタージ
第3章 ウルブリヒトと「奇跡の経済」―安定 1961‐1972
コラム(3) 映画のなかの東ドイツ
コラム(4) 東ドイツ時代のメルケル
第4章 ホーネッカーの「後見社会国家」―繁栄から危機へ 1971‐1980
コラム(5) トラバントと「オスト・プロダクト」の今
コラム(6) 請願と日常生活の政治
第5章 労働者と農民の国の終焉―崩壊 1981‐1990
終章 統一後の矛盾と対峙
あとがき
参考文献
略語一覧
関連年表

河合信晴/著
中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/10/102615.html

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2020年11月 1日 (日)

証言 沖縄スパイ戦史

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映画は見ていないのだが、書籍として刊行されたので、読む。
http://www.spy-senshi.com/
新書版ながら700ページを超えるボリュームであるが、一挙に読ませる内容である。
つい先ごろ、「戦争は女の顔をしていない」を読んだばかりであるが、本書の「第一章 少年ゲリラ兵たちの証言」は、「戦争は女の顔をしていない」の数々の証言と重なる。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-3994e5.html
戦後の、人に言うことができない状況も、重なっている。

関東でも、軍は、連合軍の本土上陸に対する準備を行っていた。
義勇兵役法との関係(P.192)、さまざまな教令との関係(P.688以降、P.740以降)は、本土ではどう活かされようとしていたのだろうか。
「国土決戦教令」(1945年4月)の「第十四 敵は住民、婦女、老幼を先頭に立てて前進し我が繊維の消摩を計ることあるべし斯かる場合我が同法は己が生命の長きを希はんよりは皇国の戦捷を祈念しあるべきを信じて騎兵撃滅に躊躇すべからず」「第十一 決戦間傷病者は後送せざるを本旨とす」、そして「国民義勇戦闘隊教令」(P.707以降)には、戦慄を覚える。
そこでは、軍による住民支配ではなく、住民による住民に対する監視と「処置」が規定されている。
以前読んだ「相模湾上陸作戦 第二次大戦終結への道」を、もう一度読んでみよう。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-3798.html
そして、自衛隊は、どのような「教令」を持って、離島に配備されているのだろうか。

ゲリラ戦といえば、ベトナム。
ベトナムに行ったときに、ホーチミン市郊外のクチや、17度線に接したヴィンモック村に行き、説明を聞いたり展示物を見たりすることができたのだが、同じように「言えない」経験もあるのだろうか。
また、「ゲリラ戦になったら戦争は終わらないな(中略)アメリカが日本本土に上陸して完全に占領することをしなかったのは、やっぱり沖縄のゲリラ戦部隊の恩恵もあると思う」との証言もある(P.429)が、アメリカがベトナムで失敗したのは、沖縄が教訓となっていなかったということになる。
沖縄の「ゲリラ」に対して、アメリカはどんな評価をしていたのだろうか。
それは、ソ連とアフガニスタンとの関係も同様だろう。

本書の証言の数々は、さらに学術的な研究につなげていかなければならないと思うのだが、どうなるだろうか。

はじめに
第一章 少年ゲリラ兵たちの証言
第二章 陸軍中野学校卒の護郷隊隊長たち
第三章 国土防衛隊 陸軍中野学校宇治分校
第四章 スパイ虐殺の証言
第五章 虐殺者たちの肖像
第六章 戦争マニュアルから浮かび上がる秘密戦の狂気
補稿 住民はいつから「玉砕」対象になったのか
おわりにかえて—始末の悪い国民から始末のつく国民へ
教令一覧
本書関連地図
山王文献

三上智恵/著
集英社
https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1011-d/

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2020年10月22日 (木)

戦争は女の顔をしていない 1

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先だって読んだ「戦争は女の顔をしていない」のマンガ本。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-3994e5.html

7話が収録されているが、それぞれのエピソードは原著とは異なっている。
そして、余計な脚色などはしていない。
もっとも、絵に描かれたことで、一定の脚色が行われたということにはなるが。

第1話 従軍洗濯部隊政治部長代理ワレンチーナ・クジミニチナ・ブラチコワーボルシチェフスカヤ中尉の話
第2話 軍医エプロシーニヤ・グリゴリエヴナ・ブレウス大尉の話
第3話 狙撃兵クラヴィヂヤ・グリゴリエヴァナ・クローヒナ上級軍曹とマリヤ・イワーノヴナ・モローゾワ(イワーヌシュキナ)兵長の話
第4話 衛生指導員マリヤ・ペトローヴナ・スミルノワと看護婦アンナ・イワーノヴァナ・ベリャイの話
第5話 高射砲兵クララ・セミョーノヴナ・チーホノヴィチ軍曹と通信兵マリヤ・セミョーノヴナ・カリベルダ軍曹、斥候リュボーフィ・イワーノヴナ・オスモロフスカヤ二等兵の話
第6話 一等飛行士アントニーナ・グリゴリエヴナ・ボンダレワ中尉と航空隊クラヴジヤ・イワーノヴナ・テレホワ大尉の話
第7話 書記エレーナ・ヴィレンスカヤ軍曹と機関士マリヤ・アレクサンドロヴナ・アレストワ、射撃手ロー^ラ・アフメートワ二等兵の話

小梅けいと/著
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/原作
速水螺旋人/監修
角川書店
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000511/

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2020年10月13日 (火)

ドイツ統一

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1990年10月3日をはさんで、それまでの東西両ドイツ、「統一」後のドイツの、通史である。
あらたな事実はないが、30年経って当時を振り返るためにはとっつきやすい。
ただし、いくつか課題がある。
1989年10月9日のライプツィヒの月曜デモでの、クルト・マズアの役割は書かれていない。
SED機関紙「Neues Deutschland」を「新しいドイツ」と訳して表記しているが、訳語としてはそのとおりなのだが、「ノイエス・ドイチュラント」で通用するのではないか。
P.87に「一九八九年の秋にソヴィエト帝国が崩壊したとき」という記述があって、あれ、ソ連の崩壊は1991年12月だろうと思ったのだが、この「ソヴィエト帝国」は、ソ連を頂点として東欧諸国を含めた「東」を、著者のスタンスを表しているのだろう。
それはP.137でも同じ考え方で「ソヴィエト帝国」が使われている。

2018年にドイツに行ったとき、ドレスデンの「ドイツ民主共和国の世界」(Die Welt der DDR)という、DDR時代のさまざまなものが展示されている博物館に行ったのだが、教室が再現されているエリアで1989年5月14日のパレードの映像が流れていた。
そのとき、自由ドイツ青年団(Freie Deutsche Jugend、FDJ)の映像で行進曲と歌が流れると、映像を見ていた年配男女が合わせて歌っていた。
同時代の人たちなのだろうが、四半世紀が過ぎ、どのような思いを持っているのだろうか。
その人たちに尋ねることができれば訪ねたかったけれど、アジア人がそばにいるのに当時の歌を歌ってしまうのは、やはりオスタルギーの一面だったのだろうか。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_2-die-welt-d.html

P.115以降に旧ドイツ領のことがとりあげられている。
本書では、ポーランドとの国境確定での旧ドイツ領だけであるが、旧ドイツ領については、『旧ドイツ領全史 「国民史」において分断されてきた「境界地域」を読み解く』が詳しく取り扱っている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-9ed135.html

原著は「Geschichte der deutschen Wiedervereinigung」(ドイツ再統一の歴史)であるが、あえて「統一」としたことについては、訳者がCDUに所属する保守派の著者の評価とともに、解説で詳しく書いている。

「読書案内」があるので、リストアップしておこう。
★は、既読。
また、本源的蓄積がすすむのだろうか。
図説 ドイツの歴史(河出書房新社)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-964d.html
ドイツの歴史を知るための50章(明石書店)
自由と統一への長い道(昭和堂)
二つのドイツ 1945-1990(岩波書店)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/1945-1990-9035.html
ベルリンの壁 ドイツ分断の歴史(洛北出版)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-6108.html
ヨーロッパに架ける橋 東西冷戦とドイツ外交(みすず書房)
東ドイツ史 1945-1990(白水社)
物語 東ドイツの歴史(中公新書・予定)
ゴルバチョフ その人生と時代(白水社)
冷戦終焉二十年 何がどのようにして終わったのか(勁草書房)
東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊(白水社)
1989 東ドイツ史(作品社)
われらが革命 1989年から90年 ライプチッヒ、ベルリン、そしてドイツの統一(彩流社)★
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/198990-cf8e.html
歴史としてのドイツ統一 指導者たちはどう動いたか(岩波書店)

第1章 革命前夜
第2章 平和革命
第3章 国民をめぐる転換
第4章 再統一と世界政治
第5章 編入による統一
結語
訳者解説
略語表
解題付き文献表
関連年譜
人名索引

アンドレアス・レダー/著
板橋拓己/訳
岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b527921.html

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2020年10月10日 (土)

戦争は女の顔をしていない

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多くの女性が前線に行っていたことは、「英雄譚」としては、フィクション・ノンフィクションにかかわらずこれまでもさまざまな媒体で示されていたのだが、そうした「英雄譚」ではない、一人の人としての視点で自分のまわりに起きたできごとを語ることが戦後はタブーとされていたことは、戦後の帰還兵たちの処遇と同じように、文中にもあったが「スターリンは人々を信用していなかった」ということだろう。
「国家」に役立つ「体験談」だけが許された時代、社会主義革命後のソ連でも、旧来のジェンダー構造が連綿と続いていたことが示される。
また、本書に出てくる人たちの周囲の男の兵士たちの姿は、一方では占領地での占領軍兵士たちでもあったわけで、その落差は何なのだろう。
本書の証言にも出てくるが、その証言は「私自身だって、奴らが痛い目に遭えばいいと思っていたわ・・・」と、「ドイツ憎し」。
そこまでの思いをもたらしたドイツの侵攻だったのだろうし、「大祖国戦争」的なナショナリズムによるものだったのかもしれない。
逆に、ジレンマを抱えながらドイツ兵の命を救った証言もある。
下部構造が変わってもあらたな上部構造は一朝一夕にはつくられていかないのか、下部構造は変わっていなかったのか、なんてことも考えてしまう。
証言のなかには、「ソ連」やスターリンを信じ続けている人たちがいるし、批判を声に出す人たちもいる。
長年にわたる証言の集積だから、時代とともに雰囲気は変わったのかもしれない。
負の歴史を表にだすことを嫌うひとたち、ベラルーシ大統領もそのひとりだが、日本でも同じように負の歴史は隠しておきたいひとたちが多いようだ。

男の兵士たちであっても、日常に目を向けていた人はいたと思うのだが、やはり「沽券」に支配されて今うのだろうか。

P.114で、ウィーンまで来た人の話が出てくる。
その時に行った動物園は、シェーンブルン動物園だったのだろうな。

原題は、「У войны не женское лицо」。
1983年に書かれ、1984年に雑誌「10月」に最初に掲載され、雑誌「ネマン」にさらにいくつかの章が掲載されたが、検閲官によって、あるいは著者自身によっていくつかの回想録は削除された。
ペレストロイカ後1985年に刊行、邦訳は2008年、著者のノーベル文学賞受賞は、2015年。
元の出版社の版権が消失したが、2016年現代文庫から刊行された。
http://www.gunzosha.com/20151021message.html
2019年から「ComicWalker」で漫画化され連載、単行本も出た。
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM00000019010000_68/

人間は戦争よりずっと大きい(執筆日誌一九七八年から一九八五年より)
思い出したくない
お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか
恐怖の臭いと鞄いっぱいのチョコレート菓子
しきたりと生活
母のところに戻ったのはわたし一人だけ……
わが家には二つの戦争が同居してるの
受話器は弾丸を発しない
私たちの褒美は小さなメダルだった
お人形とライフル
死について、そして死を前にしたときの驚きについて
馬や小鳥たちの思い出
あれは私じゃないわ
あの目を今でも憶えています……
私たちは銃を撃ってたんじゃない
特別な石けん「K」と営倉について
焼き付いた軸受けメタルとロシア式の汚い言葉のこと
兵隊であることが求められたけれど、かわいい女の子でもいたかった
甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信
工兵小隊長ってものは二ヶ月しか生きていられないんですよ、お嬢さん方!
いまいましい女と五月のバラの花
空を前にした時の不思議な静けさと失われた指輪のこと
人間の孤独と弾丸
家畜のエサにしかならないこまっかいクズジャガイモまでだしてくれた
お母ちゃんお父ちゃんのこと
ちっぽけな人生と大きな理念について
子供の入浴とお父さんのようなお母さんについて
赤ずきんちゃんのこと、戦地で猫が見つかる喜びのこと
ひそひそ声と叫び声
その人は心臓のあたりに手をあてて……
間違いだらけの作文とコメディー映画のこと
ふと、生きていたいと猛烈に思った
訳者あとがき
解説 著者と訳者のこと 澤地久枝

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч)/著
三浦みどり/訳
岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b256544.html

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2020年10月 5日 (月)

ヨーロッパとイスラーム世界

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中世ヨーロッパにおける、イスラーム世界の理解の歴史をテーマとしているが、「講義」形式なので、聴衆はある程度「事実」は知っていることが前提なのだろう。
10世紀から12世紀前半の「無知の時代」、12世紀から13世紀終わりまでの「理性と希望の世紀」、そして15世紀までの「洞察の時」と経てきたヨーロッパのイスラーム世界理解であるが、以後「講義」が行われた1961年までの時代は、さらにいままで、21世紀は、どのような時代であったか。
そしてこれからは?

モンゴル帝国での、キリスト教・イスラム教・仏教の論戦で、キリスト教とイスラム教が対仏教で手を組んだのは、興味深かった。
また、逆の側から、「イスラム圏からキリスト世界」が出てくると、完璧なのだが。


第1講 無知の時代
第2講 理性と希望の世紀
第3講 洞察の時

訳者あとがき
文庫版訳者あとがき
解説(山本芳久)
索引

R.W.サザン/著
鈴木利章/訳
筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480099563/

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2020年9月26日 (土)

旧ドイツ領全史 「国民史」において分断されてきた「境界地域」を読み解く

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本書が対象としている「旧ドイツ領」は、「1871年に成立するドイツ帝国以来の〈ドイツ統一国家〉に属したが、そののちにその領域から切り離された諸地域」であるとしている(P.2)。
それぞれの地域について、「ドイツ領となるまで」「ドイツ領の中の○○○○」「その後」「テーマ史」「著名出身者」と同じテーマで詳述されている。
実際にドイツ領であった地域の歴史なので、フランクフルト国民会議での「大ドイツ主義」「小ドイツ主義」や、グリム兄弟の弟ヴィルヘルムがフランクフルトでのゲルマニスト会議で考えた「スイスの山奥からバルト海地方まで、ライン河からオーデル河まで」というふうに「ドイツ語を話す人が暮らすところがドイツ」としたような「ドイツ」についてどう考えるかは、本書では触れていない。

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P.429以降で、ドイツ領内で現在も路線部分がベルギー領となっている「フェン鉄道」について書かれている。
フェン鉄道そのものは廃線となっているのだが、一部はサイクリングロードとなっているらしい。

「境界地域 border land」は、他国との境界を視認できない海に囲まれた「島国日本」では、凡そ想像すらできない感覚なのかもしれない。
歴史の動きによって、境界が動き、あるときはこの国、別のときには別の国に属すると言われても、そこに暮らす人たちは境界の動きにあわせて「自分の国」を追って移動はできない。
移動するとすれば、それは自らの意思とは別の力によるものだ。

地図が多いのは嬉しいのだが、基本的にグレーの濃淡のみでの表現で、都市の位置と名称でどのあたりの地図であるのかの見当はつくのだが、もう少しわかりやすい表現ができれば良かったと思う。

校正漏れもあった。
たとえば、P.23、「カリーニングラード旧市庁舎」の写真説明、P.132右の3行目から4行目、P.168左下から3行目。

はじめに
 「分断された歴史叙述」─なぜ今、旧ドイツ領なのか
 地理概念について
 本書の構成
地名表記と地図について
凡例
旗・紋章
歴史観光ガイド
 オストプロイセン
 ヴェストプロイセン
 シュレージエン
 ポーゼン
 ヒンターポンメルン
 北シュレースヴィヒ
 エルザス=ロートリンゲン
 オイペン・マルメディ
 序章 「旧ドイツ領」史概観
 中・東ヨーロッパにおける国家形成(9-12世紀頃)
 ポーランド=リトアニアの台頭と宗教改革(13-16世紀)
 ポーランド=リトアニア共和国の展開と三十年戦争(16-17世紀)
 ポーランド分割と中・東ヨーロッパの再編(18世紀)
 ウィーン体制と・年革命(19世紀前半)
 ドイツ統一(1871-1914年)
 第一次世界大戦下の中・東ヨーロッパ(1914-1918年)
 第一次世界大戦の戦後処理・領土問題(1918-1924年頃)
 戦間期の中・東ヨーロッパ(1918-1933年)
 ナチ・ドイツと第二次世界大戦(1933-1945年)
 第二次世界大戦末期の避難と戦後の領土変更にともなう「追放」・「送還」(1945-1950年頃)
 戦後の中・東ヨーロッパ(1945-1991年頃)
第1章 オストプロイセン 歴代君主の戴冠地ケーニヒスベルクを擁すプロイセンの中核
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のオストプロイセン
 その後
 テーマ史
 著名出身者
第2章 ヴェストプロイセン ポーランド分割後にプロイセンと一体化させられた係争地
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のヴェストプロイセン
 その後
 テーマ史
 著名出身者
第3章 シュレージエン ピァスト朝・ハプスブルクを経て、工業化を果たした言語境界地域
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のシュレージエン
 その後
 テーマ史
 著名出身者
第4章 ポーゼン プロイセンによって「ドイツ化」の対象となった「ポーランド揺籃の地」
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のポーゼン
 その後
 テーマ史
 著名出身者
第5章 ヒンターポンメルンス ウェーデン支配を経て保守派の牙城となったバルト海の要衝
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のヒンターポンメルン
 その後の「ヒンターポンメルン」
 テーマ史
 著名出身者
第6章 北シュレースヴィヒ 普墺戦争からドイツ統一、デンマーク国民国家への足掛かり
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のシュレースヴィヒ
 その後
 テーマ史
 著名出身者
第7章 エルザス=ロートリンゲン 独仏対立の舞台から和解の象徴、欧州連合の中心地に
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のエルザス=ロートリンゲン
 その後
 テーマ史
 著名出身者
第8章 オイペン・マルメディ周辺地域 ベルギーの中のドイツ語共同体と、線路で分断された飛び地
 ドイツ領となるまで
 ドイツ領の中のオイペン・マルメディ
 その後
 テーマ史
 著名出身者
参考文献・ウェブサイト一覧
索引
あとがき

衣笠太朗/著
パブリブ
https://publibjp.com/books/isbn978-4-908468-44-5

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2020年9月25日 (金)

半島を出よ(上)(下)

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COVID-19での、「緊急事態」「危機対応」「危機管理」の一例として、読む。
さまざまな場面での、「何を最優先にするべきなのか」を決めずにその場その場の対応をする政府だけではなく、高麗遠征軍、九州医療センター、市役所、イシハラグループ、そして、政府によって封鎖されていても占領地の外では市民は生活を続けるし、中洲も賑わっている福岡や九州の人びと。
福岡では、県や市、国からも、高麗遠征軍からも、夜間も昼間も外出禁止令は出されていないようだ。

テレビのニュースに映る、首相以下の面々がそろってテーブルを囲み首相が原稿を読む新型コロナウイルス感染症対策本部の会議の場面(首相動静でも数十分でしかない)は、ある意味作られた映像でしかない。
首相以下の面々の姿がテレビに映る前の、侃侃諤諤あるいは喧喧囂囂であろう本部の実際のところは、決してテレビには出てこない。
そして、9月の連休中に外出する人たちの姿、印象的だったバス2時間待ちの人の列は、テレビに映っていた。

それにしても、人物や場面のエピソードのデティールの緻密なことよ。
場面が映像を見ているように想像できる。

村上龍/著
幻冬社
https://www.gentosha.co.jp/book/b3732.html
https://www.gentosha.co.jp/book/b3733.html
200515_011  200515_012

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2020年9月15日 (火)

ナチスが恐れた義足の女スパイ 伝説の諜報部員ヴァージニア・ホール

200730_b11  200730_b12
どこまでが事実なのかは確かめようがないが、あたかも映画を見ているような印象で読み進んだ。
外国勢力の支配に対する人々の抵抗は、アルジェリアやベトナムなど、フランスは逆の立場での経験もあるはずだが、そうしたフランスが逆の立場であったことを見たであろうヴァージニアは、そうしたフランスのありようを、どう考えていたのだろうか。
そして、戦後、「Collaboration」として断罪されたひとたちのなかに、もしかしたらヴァージニアとともにあった娼婦たちも、いたのかもしれないと思うと、フランスを別の角度からも見なければならないかもしれない。

たとえばP.171の「三階です」のように、建物の階を示している表現はいくつかあるが、この「三階」は、日本でいう「三階」なのか、フランスの「Rez-de-Chaussée」「Premier étage」「deuxième étage」「
Troisième étage」なのか、原文はどなっているのだろうか。

読売新聞書評
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20200725-OYT8T50110/

第一章 夢
第二章 機は熟せり
第三章 私のふしだらな友人たち
第四章 ディンディにさようなら
第五章 一二分、一二人
第六章 スパイたちの伏魔殿
第七章 非情の山
第八章 最重要指名手配エージェント
第九章 雪辱
第一〇章 山々の聖母マリア
第一一章 頭上の天空から
第一二章 CIAでの歳月

ソニア・パーネル/著
並木均/訳
中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/05/005307.html

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