戦争・平和関連

2020年1月21日 (火)

昭和とわたし 澤地久枝のこころ旅

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澤地久枝さんの著作から、文章を断片的に集めて構成されている。
その意味では、導入本だ。
澤地久枝さんの著作は「妻たちの二・二六事件」「滄海よ眠れ」など、何冊か読んでいるが、一番最初に読んだのはたぶん「火はわが胸中にあり」、5年前にも手にしている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-5085.html

銘記しておきたいのは、「あたりまえのことを言ううのに、勇気が試される。それが、タブーのある社会である。(中略)思考にせよ信仰にせよ、信じるところを表明するのがいのちがけであるような社会は誰に幸福をもたらすか、考えたい。」(P.119、『わたしが行きた「昭和」』より)。
そしてとくに前半の「I わたしの満州 戦前から戦中を過ごして」「II 棄民となった日々 敗戦から引揚げ」「III 異郷日本の戦後 わが青春は苦く切なく」は、昨今のこの国のありように身を置いている者として、元の本も含めて後世に伝えるべき言葉の数々である。

ルドンの作品を「鎌倉まで出かけてゆき」見たとの記述(P.227、1993年の「画家の妻たち」)があるが、これは、閉館した神奈川県立近代美術館鎌倉で1992年10月10日~1992年12月20日に開催された、「マネ・ルドン・クリンガー展 幻想版画の詩と神秘」ではなかろうか。

本書でも冒頭(P.19)と後半(P.230)で、向田邦子さんからすすめられた「時の娘」も、読んだなあ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-adb1.html

序 その仕事を貫くもの
I わたしの満州 戦前から戦中を過ごして
II 棄民となった日々 敗戦から引揚げ
III 異郷日本の戦後 わが青春は苦く切なく
IV もの書きになってから 出会ったひと・考えたこと
V 心の海にある記憶 静かに半生をふりかえる
VI 向田邦子さん 生き続ける思い出

澤地久枝/著
文藝春秋
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166612314

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2020年1月 6日 (月)

アフガニスタンの診療所から

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原著は1993年刊、文庫化は2005年、まだ医療活動中心だった頃の中村哲氏による報告で、ある意味では原点と言うことになる。
今になって読むのでは何もならんとは思うのだが、それでも読んでおこう。
以前、MSFで活動している方とお話をする機会があったのだが、中村哲氏がMSFをどう見ていたのか、本書でも批判の対象とされている、アフガニスタンに群がったNGOの一つとして見られていたのだろうか。

本書では、中村哲氏は「ハンセン病」ではなく「らい」を使っている。
その理由も書かれている(P.41)。
NIIDは、「従来本疾患は「らい」、「癩」などと呼称されてきたが、これらの呼称は現在は偏見・差別を助長するものとして使用せず、「ハンセン病」が正式病名である。」としている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/468-leprosy-info.html

中村哲氏の考え方は、「障害」が「障がい」や「障碍」と表されることとも通底する。
例えば。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/176340/
「障がい」や「障碍」ではなく、「障害」としているのだが、「ハンセン病」・「らい」に関しては、個人としては「らい」は使いたくないと考えるけれども、この違いは、身近に存在していることの差かもしれない。

本書では触れていないが、中村哲氏の9条観は、記憶しておきたい。
https://web.archive.org/web/20190524095313/http://www.magazine9.jp/interv/tetsu/tetsu.php

ペシャワール会
http://www.peshawar-pms.com/

帰郷―カイバル峠にて
縁―アフガニスタンとのかかわり
アフガニスタン―闘争の歴史と風土
人びととともに―らい病棟の改善と患者たちとのふれあい
戦乱の中で―「アフガニスタン計画」の発足
希望を求めて―アフガニスタン国内活動へ
平和を力へ―ダラエ・ヌール診療所
支援の輪の静かな拡大―協力者たちの苦闘
そして日本は…
あとがき
文庫版あとがき
解説 安倍謹也

中村哲/著
筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480041708/

 

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2020年1月 4日 (土)

再会の夏

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まず、銀座のTAUに行く。
家の某所用のカレンダー、「生もみじ」、先日の呉では買えなかったすずさん手ぬぐい「小春橋のデエト)を購入。
https://www.tau-hiroshima.jp/
http://www.seifukunofuji.co.jp/SHOP/G1362.html

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そしてお昼はひろしまCAFEで汁なし担担麺、ネギはトッピングで追加。
30回以上混ぜて食べるのですと。
一番人気の2辛を頼んだが、それでも口の中が痺れてくる。

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さて、シネスイッチ銀座へ。
12月から公開されていたが、関東での映画館は少なくて、ようやく本日観ることにした。

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「最強のふたり」(リメイクではない前のほう)でパラグライダーの事故で頚損を負ったフィリップを演じていたフランソワ・クリュゼが、本作では軍判事のランティエ少佐を渋く演じる。
ランティエ少佐の本心は「最後の仕事なので穏やかに退官したい」のだが、裁く相手の、レジオンドヌール勲章(赤いリボンで吊られているから原題が「Le Collier rouge」か)受賞者でありながら獄中のモルラックは、頑なに応じようとしない。
そんな冒頭から、モルラックの経験が回想されていく。

いかにもフランス映画らしいフランス映画。
中央同盟軍側と対峙する前線で、ロシア革命が伝えられ、両軍兵士がインターを歌いながら近づき、和解しようとするシーンがある。
フランス軍とロシア軍はこちら側の塹壕にいて、向こう側の塹壕にいるのはブルガリア軍、ブルガリアは第一次世界大戦では中央同盟側であった。
仏語を話す兵士がいるこのロシア軍は、西部戦線に派遣されてきたロシア軍部隊ということか。

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http://saikai-natsu.com/
Jean-Christophe Rufinによる原作「Le Collier rouge」の邦訳は、ない。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Le_Collier_rouge

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教文館に寄って、シュトレンでパウゼ。
ここは穴場だろうと思ったが、ちょっと待たなければ席につけなかった。
https://www.kyobunkwan.co.jp/cafe

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2019年12月31日 (火)

Zweite 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」

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振り返ってみる。
2017/1/4、アルテリオシネマ
2017/1/9、アルテリオシネマ
2017/1/21、アルテリオシネマ
2017/2/11、イオンシネマ海老名:片渕監督舞台挨拶
2017/2/12、映画.comシネマ
2017/2/19、アルテリオシネマ
2017/6/10、イオンシネマ幕張:片渕監督舞台挨拶
2017/8/13、ユーロスペース
2017/11/19、イオンシネマ海老名
2018/2/7、イオンシネマ新百合ケ丘
2018/8/12、Cinema Chupki Tabata:片渕監督舞台挨拶ドタキャン
2019/8/15、新宿ピカデリー:片渕監督舞台挨拶
2019/9/21、東京国立博物館:野外映画館

さらにいくつもの
2019/11/22、NTTクレドホール:広島国際映画祭
2019/12/22、ユーロスペース
2019/12/31、TOHOシネマズ海老名

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2019年12月24日 (火)

民族の怒り もえあがる沖縄

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「民族の悲劇」の続編。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-da9b1e.html
日本国憲法も米国憲法すらも適用されていなかった(1965年9月7日に日本国政府がまとめた「沖縄の法的地位に関する政府統一見解」では、「日本国憲法の沖縄における適用」で「沖縄の施政権は、平和条約により米国が行使しているので、憲法の適用はない」とされていたらしい。)60年代から70年代はじめの沖縄での、米国民政府に執拗に弾圧され続けたカメさんの奮闘ぶりには、涙が出る。
この頃、大学で沖縄から来た同級生がいて、当時はパスポートを持って「本土」の大学に来ていたことを思い出す。
当時の沖縄、そして1972年の「施政権返還」、しかし復帰のスローガン「核抜き本土並み」は、いまだに達成されていない。
復帰以後の歴史といまの普天間と辺野古のありさま、いまだに日本の米軍専用施設の約70%が沖縄に集中し、沖縄本島の約15%を占めていることを見て、カメさんは何と言うだろうか。

本書は、1971年12月4日の、現首相に在職日数を上回られた佐藤栄作首相との国会討論の後、佐藤首相はカメさんの本を求めに応じ、カメさんは「民族の悲劇」とともに手渡したもの。

まえがき
I 祖国へ
II ケネディと沖縄新政策
III キャラウェイ旋風
IV 統一の波—銃剣の前で
V 勝利への進撃
VI 十二年ぶりの本土
VII 日米沖縄協定
むすび 沖縄は何を求めるか

瀬長亀次郎/著
新日本出版社
http://www.shinnihon-net.co.jp/general/detail/code/978-4-406-06006-6/

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2019年12月21日 (土)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍

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本書は、独ソ戦を、「通常戦争」「収奪戦争」そして「絶滅戦争」とのレベルを提示し、「通常戦争」から「絶滅戦争」へと進む中でのWehrmacht(国防軍)の役割を示す。
著者の本は、先日『「砂漠の狐」ロンメル』を読んだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-456c05.html
著者によるパウル・カレル批判は本書でも同様なのだが、正直言えば、パウル・カレルの本は、読んでいて面白いのだな、パウリ・カレル評価は横に置いておいて。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-6fd6.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-003c.html

マルクス・プランにしてもロスベルク・プランにしても、あるいは対フランスにあってのマンシュタイン・プランは、第一次世界大戦のシュリーフェン・プランにどう学んだのだろうか。

ソ連側からの対独戦争は、ナショナリズムを鼓舞して「大祖国戦争」として展開されたのであれば、スターリンによる「大テロル」がソ連を覆う中でいかに進めることができたのか、あるいはグルジア人のスターリンが、いかにして「ソ連の大祖国戦争」を組織化できたのか。
本書は主としてドイツ側から見た独ソ戦であるが、ソ連側から見たソ独戦としての「大祖国戦争」側からも、見てみたい。

そして、独ソ戦での役割はほぼなかったしナチス・ドイツのプロパガンダでしかなったにせよ、「ロシア解放軍」にも触れてみてよかったのではなかろうか。

巻末の年表は、表にしたほうがみやすかったと思う。

現在の日本がこれからどのような道を進んでいくのか、歴史から学んで進路をさだめていくことをしているのか、ドイツやソ連の独ソ戦での経験をどう学ぶかと不可分ではなかろう。

東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019090802000176.html
毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20190922/ddm/015/070/002000c

はじめに 現代の野蛮
第一章 偽りの握手から激突へ
 第一節 スターリンの逃避
 第二節 対ソ戦決定
 第三節 作戦計画
第二章 敗北に向かう勝利
 第一節 大敗したソ連軍
 第二節 スモレンスクの転回点
 第三節 最初の敗走
第三章 絶滅戦争
 第一節 対ソ戦のイデオロギー
 第二節 帝国主義的収奪
 第三節 絶滅政策の実行
 第四節 「大祖国戦争」の内実
第四章 潮流の逆転
 第一節 スターリングラードへの道
 第二節 機能しはじめた「作戦術」
 第三節 「城塞」の挫折とソ連軍連続攻勢の開始
第五章 理性なき絶対戦争
 第一節 軍事的合理性の消失
 第二節 「バグラチオン」作戦
 第三節 ベルリンへの道
終章 「絶滅戦争」の長い影
文献解題
略称,および軍事用語について
独ソ戦関連年表
おわりに

大木毅/著
岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b458082.html

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2019年12月 6日 (金)

『この世界の片隅』を生きる ~広島の女(ひと)たち~

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広島の5人の女性の評伝である。
山代巴さん、大田洋子さん、こうの史代さんは知っているし、それぞれの著作を読んだこともある。

5人それぞれの体験、経験、伝承といったものをそれぞれが受け止めたあと、それぞれのしかたで外に示した。
そうした経験や体験を自身にくぐり抜けさせたあと、外に示すのか示さないのか。
示すとしたらどんなふうに示すのか、示すことだけにするのか未来に向けた思いや志を含めるのか含めないのか、そこには、様々な方法や目的があるだろう。
そこに政治的なスタンスや思惑、方針などが絡んできたとき、「分裂」が生まれてしまうのだろう。

小田実さんの作品に、「HIROSHIMA」がある。
http://odamakoto.jp/literary/novel_016.html
「全体小説」の一環である。
5人の女性たちとは異なった立場からのアプローチで、小田氏自身には原爆体験はないけれど、大阪空襲の経験はある。
読んだのはもう何年も前のことだが、今は電子本しかないようだ。
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000311119

はじめに
第一章 山代巴——『この世界の片隅』で
第二章 大田洋子——『夕凪の街』『桜の園』で
第三章 こうの史代——共感の源泉
第四章 早志百合子——『原爆の子』を生きて
第五章 保田麻友——語り継ぐ未来
おわりに
参考文献など

堀和恵/著
郁朋社
http://www.ikuhousha.com/

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2019年12月 1日 (日)

太平洋戦争下の全国の障害児学校 被害と翼賛

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「障害」とか「差別」などの一環で読んでみようと手に取った本のひとつ。
とても詳細に、障害児と学校、学校と社会について論考している。
研究論文の集大成なので、当たり前だが、とっつきにくさはある。
これをもとに、テーマを絞りもっと平易な記述にすれば、さらに知る人が増えるのではないだろうか。

「空爆」あるいは「空襲」のいずれの用語を使うかについては、著者は「米軍飛行機などによる焼夷弾(しょういだん)をはじめとする爆弾投下や射撃などを空襲という用語で表現したのは、空襲よりもその攻撃の性格・実態をより的確に言い表せると考えたから」(P.13)としている。
そして、「東京大空襲」などは、そのまま使うとしている。
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「空爆」そのものは昔から使われていたようだが、このような展示(Militärhistorisches Museum der Bundeswehr、連邦軍軍事博物館、ドレスデン)を見ると、爆弾などを落とされる側からだと「空襲」のほうが実感的なような気がする。
もっとも、空襲を実際に体験したわけではないけれど。

日本教育新聞の書評
https://www.kyoiku-press.com/post-199252/

毎日新聞の書評
https://mainichi.jp/articles/20190310/ddm/015/070/009000c

はしがき
第1章 空爆による被害
 第1節 空爆による被害を受けた障害児学校の統計的概要
 第2節 空爆による被害を受けた障害児学校
 第3節 障害児学校の空爆被害の特徴
第2章 学校集団疎開
 第1節 〈子どもの戦闘配置〉としての学童集団疎開と障害児学校の集団疎開の統計的概括
 第2節 視覚障害児・聴覚障害児学校の集団疎開
 第3節 知的障害児・肢体不自由児学校の集団疎開
第3章 勤労奉仕・勤労動員
 第1節 障害児学校の奉仕作業の統計的概要と勤労奉仕・勤労動員政策
 第2節 盲学校における勤労奉仕・勤労動員
 第3節 聾唖学校における勤労奉仕・勤労動員と聾者の徴用
 第4節 盲聾唖学校における勤労奉仕・勤労動員
 第5節 空爆により視力障害となった勤労動員女学校生と
第4章 学校運営と教育活動
 第1節 「盲学校及聾唖学校令」と「国民学校令」の意義と問題点
 第2節 学則と教育方針
 第3節 教員と生徒
 第4節 教育の内容と方法
 第5節 学校行事
 第6節 軍事教練
 第7節 寄宿舎
 第8節 盲聾唖学校の〈混合教育〉の問題状況と教師と生徒との人間的共感関係
 第9節 ヘレン・ケラーの来日と障害児学校訪問・公演活動
第5章 敗戦後の窮乏と復興へのとりくみ
 第1節 配線と占領下の改革のなかで
 第2節 戦後も続く食糧難
 第3節 敗戦直後の障害児学校の状況
 第4節 障害児学校の復興をめざして
補章 旧植民地台湾・朝鮮の障害児学校
 序 節 台湾・韓国を訪れて
 第1節 台湾における盲聾唖学校
 第2節 朝鮮における盲聾唖学校
あとがき
参考文献
資料1 第2次アンケート調査用紙——第2次大戦下の全国の障害児学校の戦争被害に関する調査
資料2 概括表——全国108の障害児学校の被害・状況・沿革など

清水寛/著
新日本出版社
https://www.shinnihon-net.co.jp/general/detail/code/978-4-406-06284-8/

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2019年10月18日 (金)

戒厳令

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1978年の刊行であるが、台風15号や19号での政府の動き、あいちトリエンナーレをめぐる動きなどを見ていると、2014年7月1日の「国の存立を全うし、国民を守るための.切れ目のない安全保障法制の整備について」の閣議決定以後、この国は権力の恣意的な運用が目につく。
2014年7月1日は、日本国憲法を停止せしめる事実上のクーデターが起きた日であると考えていたのだが、「クーデター」「戒厳令」をおさえておこう。
緻密な内容の本書を簡単にはまとめることはできないが、「戒厳令」をめぐっては、二・二六事件以降は当初の「戒厳令」の趣旨から大きく逸脱し、明治憲法の規定にも逸脱するような運用を恣意的に行い、「軍ファシズムの成立」さらに「日本ファシズムの成立」へと連なっていったことが理解できる。
本書刊行の時期は、1977年の三原防衛庁長官の指示による「有事法制の研究」と重なっているのだが、「戒厳立法の研究は、現在でも、国民の目のとどかないところで、着々とすすめられてると考えてよい」との著者が指摘(P.213)は、今だからこそもう一度おさえておくべきだろう。

そしてもうひとつおさえておくべきは、P.203以降の治安出動における自衛隊の武器使用の基準で、自衛隊法に規定されているのだが、戦前の衛戍勤務令(明治43年3月18日軍令陸第3号)第一二での正当防衛での武器使用に限定していたものから拡大されているとの指摘であろう。

自衛隊法
第九十条 第七十八条第一項又は第八十一条第二項の規定により出動を命ぜられた自衛隊の自衛官は、前条の規定により武器を使用する場合のほか、次の各号の一に該当すると認める相当の理由があるときは、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。
一 職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合
二 多衆集合して暴行若しくは脅迫をし、又は暴行若しくは脅迫をしようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合
三 前号に掲げる場合のほか、小銃、機関銃(機関けん銃を含む。)、砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持し、又は所持していると疑うに足りる相当の理由のある者が暴行又は脅迫をし又はする高い蓋がい然性があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合
2 前条第二項の規定は、前項の場合について準用する。

60年安保や70年安保のような治安の理由による出動は、為政者にとっても躊躇わせしめるものがあったようだが、いまは当然視されている60年安保や70年安保のような治安の理由による出動は、為政者にとっても躊躇わせしめるものがあったようだが、いまは当然視されている災害救助を理由とした出動から憲法への「緊急事態」盛り込み、そして「治安」出動へは、おそらくほとんど抵抗なしに進むのではないだろうか。

1882年:太政官布告第三十六号戒嚴令
1889年:大日本帝国憲法
第八条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
○行政戒厳→二・二六事件
第十四条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
○軍事戒厳→日清戦争、日露戦争で7回、以後なし。
第三十一条 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ
○行政戒厳→日比谷焼打事件、関東大震災、二・二六事件の3回。
○二・二六事件で設置された関東戒厳司令部は戒厳解止とともに廃止されたが、東京警備司令部が設置され常設となった。
第七十六条第一項 法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス
○太政官布告第三十六号戒嚴令を、法律に相当する効力を有するものとした
戒厳令実行ニ関スル大方針(日露戦争時):戒厳令を「非常事態における非常権の限界を示した法令」(立法趣旨、元老院会議での提案理由説明)から「事実上の非常権無制限」(P.98)とした。

「おわりに」で紹介されている警察法第七十一条と自衛隊法第七十八条以下を、以下に示しておく。
警察法
第七十一条 内閣総理大臣は、大規模な災害又は騒乱その他の緊急事態に際して、治安の維持のため特に必要があると認めるときは、国家公安委員会の勧告に基き、全国又は一部の区域について緊急事態の布告を発することができる。
2 前項の布告には、その区域、事態の概要及び布告の効力を発する日時を記載しなければならない。

自衛隊法
第七十八条 内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。
2 内閣総理大臣は、前項の規定による出動を命じた場合には、出動を命じた日から二十日以内に国会に付議して、その承認を求めなければならない。ただし、国会が閉会中の場合又は衆議院が解散されている場合には、その後最初に召集される国会において、すみやかに、その承認を求めなければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があつたとき、又は出動の必要がなくなつたときは、すみやかに、自衛隊の撤収を命じなければならない。
(治安出動待機命令)
第七十九条 防衛大臣は、事態が緊迫し、前条第一項の規定による治安出動命令が発せられることが予測される場合において、これに対処するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の全部又は一部に対し出動待機命令を発することができる。
2 前項の場合においては、防衛大臣は、国家公安委員会と緊密な連絡を保つものとする。
(治安出動下令前に行う情報収集)
第七十九条の二 防衛大臣は、事態が緊迫し第七十八条第一項の規定による治安出動命令が発せられること及び小銃、機関銃(機関けん銃を含む。)、砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持した者による不法行為が行われることが予測される場合において、当該事態の状況の把握に資する情報の収集を行うため特別の必要があると認めるときは、国家公安委員会と協議の上、内閣総理大臣の承認を得て、武器を携行する自衛隊の部隊に当該者が所在すると見込まれる場所及びその近傍において当該情報の収集を行うことを命ずることができる。
(海上保安庁の統制)
第八十条 (略)
(要請による治安出動)
第八十一条 都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる。
2 内閣総理大臣は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等の出動を命ずることができる。
3 都道府県知事は、事態が収まり、部隊等の出動の必要がなくなつたと認める場合には、内閣総理大臣に対し、すみやかに、部隊等の撤収を要請しなければならない。
4 内閣総理大臣は、前項の要請があつた場合又は部隊等の出動の必要がなくなつたと認める場合には、すみやかに、部隊等の撤収を命じなければならない。
5 都道府県知事は、第一項に規定する要請をした場合には、事態が収つた後、すみやかに、その旨を当該都道府県の議会に報告しなければならない。
6 第一項及び第三項に規定する要請の手続は、政令で定める。

そして、自由民主党の「日本国憲法改正草案」。
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

自民党大会で示された改憲4項目のうちの緊急事態条項。
第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
第73条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

「戒嚴令」の全文。
戒嚴令
第一條 戒嚴令ハ戦時若クハ事變ニ際シ兵備ヲ以テ全國若クハ一地方ヲ警戒スルノ法トス
第二條 戒嚴ハ臨戦地境ト合圍地境トノ二種ニ分ツ
 第一 臨戦地境ハ戦時若クハ事變ニ際シ警戒ス可キ地方ヲ區畫シテ臨戦ノ區域ト爲ス者ナリ
 第二 合圍地境ハ敵ノ合圍若クハ攻撃其他ノ事變ニ際シ警戒ス可キ地方ヲ區畫シテ合圍ノ區域ト爲ス者ナリ
第三條 戒嚴ハ時機ニ應シ其要ス可キ地境ヲ區畫シテ之ヲ布告ス
第四條 戦時ニ際シ鎭臺營所要塞海軍港鎭守府海軍造船所等遽カニ合圍若クハ攻撃ヲ受クル時ハ其地ノ司令官臨時戒嚴ヲ宣告スルヿヲ得又戦略上臨機ノ處分ヲ要スル時ハ出征ノ司令官之ヲ宣告スルヿヲ得
第五條 平時土寇ヲ鎭定スル爲メ臨時戒嚴ヲ要スル場合ニ於テハ其地ノ司令官速カニ上奏シテ命ヲ請フ可シ若シ時機切迫シテ通信斷絶シ命ヲ請フノ道ナキ時ハ直ニ戒嚴ヲ宣告スルヿヲ得
第六條 軍團長師團長旅團長鎭臺營所要塞司令官或ハ艦隊司令長官艦隊司令官鎭守府長官若クハ特命司令官ハ戒嚴ヲ宣告シ得ルノ權アル司令官トス
第七條 戒嚴ノ宣告ヲ爲シタル時ハ直チニ其状勢及ヒ事由ヲ具シテ之ヲ太政官ニ上申ス可シ
 但其隷属スル所ノ長官ニハ別ニ之ヲ具申ス可シ
第八條 戒嚴ノ宣告ハ曩ニ布告シタル所ノ臨戦若クハ合圍地境ノ區畫ヲ改定スルヿヲ得
第九條 臨戦地境内ニ於テハ地方行政事務及ヒ司法事務ノ軍事ニ關係アル事件ヲ限リ其地ノ司令官ニ管掌ノ權ヲ委スル者トス故ニ地方官地方裁判官及ヒ檢察官ハ其戒嚴ノ布告若クハ宣告アル時ハ速カニ該司令官ニ就テ其指揮ヲ請フ可シ
第十條 合圍地境内ニ於テハ地方行政事務及ヒ司法事務ハ其地ノ司令官ニ管掌ノ權ヲ委スル者トス故ニ地方官地方裁判官及ヒ檢察官ハ其戒嚴ノ布告若クハ宣告アル時ハ速カニ該司令官ニ就テ其指揮ヲ請フ可シ
第十一條 合圍地境内ニ於テハ軍事ニ係ル民事及ヒ左ニ開列スル犯罪ニ係ル者ハ總テ軍衙ニ於テ裁判ス
 刑法
  第二編
   第一章 皇室ニ對スル罪
   第二章 國事ニ對スル罪
   第三章 静謐ヲ害スル罪
   第四章 信用ヲ害スル罪
   第九章 官吏瀆職ノ罪
  第三編
   第一章
    第一節 謀殺故殺ノ罪
    第二節 殴打創傷ノ罪
    第六節 擅ニ人ヲ逮捕監禁スル罪
    第七節 脅迫ノ罪
   第二章
    第二節 強盗ノ罪
    第七節 放火失火ノ罪
    第八節 決水ノ罪
    第九節 船舶ヲ覆没スル罪
    第十節 家屋物品ヲ毀壊シ及ヒ動植物ヲ害スル罪
第十二條 合圍地境内ニ裁判所ナク又其管轄裁判所ト通路斷絶セシ時ハ民事刑事ノ別ナク總テ軍衙ノ裁判ニ屬ス
第十三條 合圍地境内ニ於ケル軍衙ノ裁判ニ對シテハ控訴上告ヲ爲スヿヲ得ス
第十四條 戒嚴地境内ニ於ケル司令官左ニ記列ノ諸件ヲ執行スルノ權ヲ有ス但其執行ヨリ生スル損害ハ要償スルヿヲ得ス
 第一 集會若クハ新聞雑誌廣告等ノ時勢ニ妨害アリト認ムル者ヲ停止スルヿ
 第二 軍需ニ供ス可キ民有ノ諸物品ヲ調査シ又ハ時機ニ依リ其輸出ヲ禁止スルヿ
 第三 銃砲弾藥兵器火具其他危險ニ渉ル諸物品ヲ所有スル者アル時ハ之ヲ檢査シ時期ニ依リ押収スルヿ
 第四 郵信電報ヲ開緘シ出入ノ船舶及ヒ諸物品ヲ檢査シ竝ニ陸海通路ヲ停止スルヿ
 第五 戦状ニ依リ止ムヲ得サル場合ニ於テハ人民ノ動産不動産ヲ破壊燬焼スルヿ
 第六 合圍地境内ニ於テハ晝夜ノ別ナク人民ノ家屋建造物船舶中ニ立入リ檢察スルヿ
 第七 合圍地境内ニ寄宿スル者アル時ハ時機ニ依リ其地ヲ退去セシムルヿ
 第十五條 戒嚴ハ平定ノ後ト雖モ解止ノ布告若クハ宣告ヲ受クルノ日迄ハ其効力ヲ有スル者トス
第十六條 戒嚴解止ノ日ヨリ地方行政事務司法事務及ヒ裁判權ハ總テ其常例ニ復ス

まえがき
はじめに
I 戒厳令とは何か
II 軍事立法としての日本の戒厳令
III 日本における戒厳令の発動
IV クーデターの手段としての戒厳令—二・二六事件—
おわりに—自衛隊の戦時立法研究と戒厳令—

大江志乃夫
岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b267509.html


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2019年10月12日 (土)

Das schweigende Klassenzimmer/沈黙する教室

190708_021  190708_022
先日見た映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」の原作を、独語原著と翻訳とを同時進行で読む。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-371ced.html
原著のサブタイトルは「Eine wahre Geschichte über Mut, Zusammenhalt und den Kalten Krieg」、「勇気、結束、冷戦についての真実の物語」ってところか。
190624_011  190624_012
邦訳本(本書)のサブタイトルは「1956年東ドイツ—自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語」。

映画と本書とでは、黙祷事件→調査→退学処分→西への逃亡という大筋のストーリーは同じだが、ひとつひとつのエピソードは異なっている。
映画でのような盛り上がりシーンは、ない。
また、映画の登場人物に相当するような人物は、本書には明確には登場しない。
そして、原著は発言をクォーテーションマークで囲んでいないので、発言なのか文章なのかが判然としないところが多々ある。
改行位置も、原著と訳書とでは異なっているところが多い。

そして、「全訳」(訳者あとがき、P.416)となっているが、ところどころ訳されていない文章がある。
●原文「...und im Rückspiel in Budapest mit 7 : 1 nach Hause schickte. Wir konnte die Spiele im DDR Rundfunk verfolgen. Dass diese ungarische Mannschaft im WM-Endspiel 1954 gegen Deutschland verloren hatten...」(P.34)は、「...さらにブダペストで行われた第二試合では、七対一の大差で勝利し、ホームへ送り返したのである。このハンガリーチームは一九五四年のW杯決勝でドイツに敗退したが...」(P.51)と、「Wir konnte die Spiele im DDR Rundfunk verfolgen.」(私たちは東独の放送で試合を追うことができた。)の訳文がない。
●本書P.102の「RIASがハンガリーの自由放送局による支援の呼びかけを流した。」の次の「Einigen von uns ruft er immer noch ins Ohr.」(P.64)が訳されていない。
訳されていない文章は、他にもあり。

また、この訳でいいのかしらと思うところもある。
本書P.18最終行「その三年前にあたる一九五三年六月十一日」、原文は「Drei Jahre zuvor, am 17. Juni 1953」(P.16)、「17」がなぜ「十一日」になった?。
当然「6月17日蜂起」(Aufstand des 17. Juni)であるなら「一九五三年六月十七日」でなきゃ。
本書P.266では「一九五三年六月十七日の暴動」となっている。

これは原著への疑問だが、本書P.27の2行目「それからカラシニコフを構えたロシア兵が穴に入ってきて」、原文は「Denn kam ein Soldat mit einer vorgehaltenen Kalaschnikow.」(P.21)とあるが、「カラシニコフ」が設計したAK-47がソ連で採用されたのは1949年で、ドイツに侵攻したソ連軍は、当時はまだ所持していなかったのではないか。
当時だと、ドラム型弾倉のPPSh-41、バラライカまたはマンドリンではなかったか。
本書P.35の歴史教科書について「(フォルク・ウントヴィセン社)、一九五三年。」とあるが、原文の「Volk und Wissen Volkseigener Verlag Berlin, 1953, das..」(P.25)は「(フォルク・ウントヴィセン社、一九五三年)」とする方がいいと思う。
「人と知識人民出版社」としてしまうかは別として。
なお、「Volk und Wissen Volkseigener Verlag」は再統一後民営化され、存続しているようだ。
https://www.cornelsen.de/empfehlungen/volk-und-wissen
本書p.37「領土の二万八千五百三ヘクタール」の原文は「Gebiet von 28.5 Millionen Hektar」(P.27)だから、「二千八百五十万ヘクタール」だろう。
本書P.65の市長フランツ・ベッカーのが書いた言葉の中に、学校が「民主主義と人文主義の、シンボル」とされている記述があるが、「ein Symbol der Demokratie und des Humanismus」(P.43)は、「人文主義」ではなく「ヒューマニズム」でいいのではないか。
本書P137「大臣にはすでに首謀者の検討がついていた。」は、「大臣にはすでに首謀者の見当がついていた。」
本書P.174「Sバーン」が2か所に出てくるが「(国営の都市近郊鉄道)」と注釈がついているのは、2度目の「Sバーン」、ホントは最初の「Sバーン」につけなきゃ。

以外にも、日本語としてこなれていない、意味不明な文章も多いと感じたのだが、原著著者じしんが文章を生業とする人ではないのだろうし、映画に合わせた突貫工事での翻訳だったであろうことは、想像できる。

シナリオ本もあるので、おいおい読んでみよう。

Dietrich Garstka/著
Ullstein Buchverlage GmbH, Berlin
https://www.ullstein-buchverlage.de/nc/buch/details/das-schweigende-klassenzimmer-9783548607696.html

ディートリッヒ・ガルスカ/著
大川珠季/訳
アルファベータブックス
https://ab-books.hondana.jp/book/b439134.html

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