東独関連

2020年9月12日 (土)

豪華映画二本立て「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」「バルーン 奇蹟の脱出飛行」

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相模大野の車庫に入っていたSEが、なぜか外に出ていた。

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さて、まずは「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」である。

湖のあるHeimatから汽車に乗る駅は、SHÖRFLING、そこは、Attersee、Salzkammergut。
しかし、ロケはアッター湖ではなく、南チロルだったようだ。

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着いた駅は、ウィーン西駅(Wien Westbahnhof)だろうが、えらく小さい。
ロタンダが火事?

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フランツは、フロイト教授を訪ねる。
フロイトがウィーンで住んだところは、いま、フロイト博物館となっているが、映画での映画でのフロイト教授が住む建物は、別の建物のようだ。

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それで、フランツとフロイトが語り合うこのシーン。
アルベルティーナのテラスではないか。

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フランツがフロイト教授といっしょにいくカフェは、Café Landtmannっぽい。

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そして、ウィーンのゲシュタポの建物であるが、いまは存在しない。
その跡地には、「Denkmal der Opfer der Gestapo」(ゲシュタポ犠牲者のための記念碑)があるのみ。

映画は、う・・・・む、フロイトと17歳とくれば、「リビドー」に満ちた映画であった。

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プログラムは、買った。

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」公式
https://17wien.jp/

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続いて「バルーン 奇蹟の脱出飛行」。
DDRとくれば、このトートバッグでしょう。

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しかし、である。
冒頭で背景が語られるが、なんと、英語。
なぜ独語じゃないんだ?
そうか、この映画はUSAも関与していたのか。

学校の成年式での歌「Unsere Heimat)は、2018年のドイツ行きで、ドレスデンのDDR博物館で聞いた(もしかしたらライプツィヒのシュタージ博物館での「WIR SIND DAS VOLK!」展でだったかもしれない)。
https://www.youtube.com/watch?v=f5wQ1AQdjlQ

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電気技師ペーターは、Wartburg(ヴァルトブルク)を運転しているのだが、舞台がテューリンゲンだからアイゼナハで生産されていたWartburgで、Trabantではないのか。
型式は1956年に生産が始まった、Wartburg 311のようだ。
1965年にはWartburg 353にモデルチェンジしているので、入手はそれ以前なのだろう。
それにしても、1979年の脱出までよく走り続けたものだ。
もっともDDRでは車を自分で整備するのは当たり前だったので、電気技師であれば当然だったのかもしれない。
しかし、シュタージは、車を買った人物のチェックはしていないのだろうか。
ヴァルトブルクの持ち主を当たれ、というシーンは、なかった。

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「壁」のあるBrandenburger Torと、Unter den Lindenは、CGだろうな。

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ヘリコプターは、Mi-2だろう。

ペーターの家にあるラジオには、「REMA MON」とあったが、これだったか。
https://www.flickr.com/photos/gynti/4122835332

ペスネック(Pößneck)が舞台となるが、場所はライプツィヒの南西約80kmに位置している。
https://www.poessneck.de/de/landingpage.html
そして、脱出に成功する直前、ザイデル中佐のセリフに「ブランケンシュタイン(Blankenstein)」の地名が出てくる。
当時のDDRとBRDの国境沿いの、DDR側のエリアだ。
ただし、ロケ地はペスネック(Pößneck)ではなく、バイエルンのノルトハルベン((Nordhalben)。

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気球が飛んだのは、ツィーゲンリュック(Ziegenrück)、降りたのは、オーバーフランケン地方の街ナイラ(Naila)

映画としては、USAがからんだせいなのか、画面上はこれでもかこれでもかとスリルの連続である。
当時のDDRの閉塞感、重圧感を表現したかったのかもしれないが、たとえば、ペーター家の長男フランクがお向かいのバウマン家(親父のエリックはシュタージだと)の娘クララに宛てた手紙をポストから取り戻すときにいきなりワンコが吠えるのは、あまりにも唐突すぎる演出だと思った。
ほかでも、シュタージが呼び鈴を鳴らしたのがいかにもペーターの家だと思わせ、じつはフランクが帰ってきたのであったというシーンも、やり過ぎじゃないかと思った。
その意味では「僕たちは希望という名の列車に乗った」のほうが、控えた演出で臨場感をたっぷり味わうことができたと思う。

「善き人のためのソナタ」のヴィースラー大尉は左遷後は封書を開ける業務についていたが、シュトレルツィク家の家族とギュンター池の家族の逃亡を許してしまったザイデル中佐、お向かいのエリック・バウマンは、責任を問われたのか。

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プログラムは、買った。

「バルーン 奇蹟の脱出飛行」公式
https://balloon-movie.jp/

いずれも、アルテリオ映像館にて。
https://kac-cinema.jp/

映画の場面の画像は、トレーラーより。

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2020年7月23日 (木)

ノスタルジア食堂 労働者の在りし日の食卓

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イスクラさんから出た「社会主義食堂レシピ」シリーズから。
社会主義食堂レシピ20選 vol.1
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/20vol1-9afd.html
社会主義食堂レシピ22選 vol.2
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/22vol2-e41b.html
社会主義食堂レシピ20選 vol.3
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/620vol3-3dca.html
社会主義食堂レシピ vol.4
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-0264ad.html
社会主義食堂レシピ vol.5
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-c2a278.html

いずれも、特別な材料を必要とした料理ではないので、自作可能。

ズルチェ、カーラおばちゃんちに行ったとき、あれば食べる。
https://www.facebook.com/seacastlekamakura/
ウィーンはヘルメス・ヴィラに行ったときに冷たいターフェルシュピッツを食べたのだが、ほぼズルチェだったような記憶。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/im-wunderschn-6.html

巻末に、食堂の風景写真があるので、次回は探してみようという気分になる。
ドレスデンのKäseglockeは、Postplatzにあるので、立ち寄ってはいないけれど、前は何度か歩いた。
けれど、写真を撮ってないである。
近くの、1969年築のバリバリのDDR時代の多目的ホール「文化宮殿(Kulturpalast)」ばかりが目についた。
小さいけれど、社会主義建築でもあるので、撮っておけばよかった。
ドレスデンでは、ほかの社会主義建築も、見てはいるが撮っていなかったのが、つくづく残念。
バウムクーヘン、Konditorei & Café Müllerには行っていないが、Kreutzkammに行った。
DDR時代、Kreutzkammはどうしてたのだろう。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_6-kreutzkamm-.html
そして、ライプツィヒのIl62、ここにはイスクラさんに教わって行ってきた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/7_6-il-62-gewan.html

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この次に渡欧するときには、食堂に行って「これを食べたい」と指すために、持っていかなきゃ。

1 前菜 サラダとスープ
2 メインディッシュ 肉と卵の料理
2 米料理 ベーカリーフードとデザート
所変われば、呼び名も変わる
禁断の脂身「サーロ」
ソヴィエトの普段使いの食器
憧れの食堂を探しに
魅惑のストリートフード

イスクラ/著
グラフィック社
http://www.graphicsha.co.jp/detail.html?p=41319

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2020年7月22日 (水)

ドイツ史3 1890年~現在

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山川の「世界歴史大系」の「ドイツ史」全3巻のうちの第3巻で、ドイツの近現代史である。
ちなみに、第1巻は先史~1648年、第2巻は1648年~1890年までである。
1997年の刊行なので、記述もその頃までであるが、あらためてじっくり読んだ。
ドイツ近現代史の基礎的な事項は網羅されているので、ドイツ関連の書籍文献を読んでいて時代背景などを知りたいときに参考書として使える。

P.277に、ゲオルク・エルザーが、1939年11月8日に、ミュンヘンの「ビュルガーブロイケラー」でヒトラーを暗殺しようとしたが失敗した記述がある。
ミュンヘンには、彼を記念した広場があり、そこに行ってきたことがある。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-16dc.html
ビュルガーブロイケラーは、現在はガスタイク文化センターになっている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-72f2.html

第一章 ヴィルヘルム時代
第二章 第一次世界大戦下のドイツ
第三章 ヴァイマル共和国
第四章 第三帝国の編成
第五章 第三帝国と第二次世界大戦
第六章 ドイツ連邦共和国
第七章 ドイツ民主共和国
第八章 統一ドイツ
補説

木村靖二/著
望田幸男/著
芝健介/著
高橋進/著
平島健司/著
斉藤晢/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/46140

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2020年7月19日 (日)

僕たちは希望という名の列車に乗った

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1年以上生ドイツ語を耳にしていないので、ドイツ語映画を見る。
聞き慣れたHochdeutschではないけれど。

映画は見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-371ced.html

独語版と翻訳版の原作も読んだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b5ab06.html

舞台は、ドイツとポーランドとの国境であるオーデル川沿いのアイゼンヒュッテルシュタット(Eisenhüttenstadt)、1953年のスターリン死去を受けて「スターリンシュタット (Stalinstadt)」と名付けられたが、スターリン批判後の1961年に「アイゼンヒュッテンシュタット」に改称された。

トム・ハンクスも訪れたようだ。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=10&v=RDR_30M9d_E

そして、街を紹介しているサイト。
https://chikatravel.com/2017/03/17/eisenhuttenstadt/

実際の舞台は、ベルリン近郊のシュトルコー(Storkow)。
https://www.sueddeutsche.de/politik/kalter-krieg-so-floh-eine-schulklasse-aus-der-ddr-1.3295139

レオナルド・シャイヒャー:テオ・レムケ
トム・グラメンツ:クルト・ヴェヒター
レナ・クレンク:レナ
ヨナス・ダスラー:エリック・バビンスキー
イシャイア・ミカルスキ:パウル
ロナルト・ツェアフェルト:ヘルマン・レムケ、テオの父(東ベルリンから来た女、アイヒマンを追え)
フロリアン・ルーカス:シュヴァルツ校長(グッバイ、レーニン!)
ヨルディス・トリーベル:ケスラー郡視学官
ブルクハルト・クラウスナー:ランゲ国民教育大臣(グッバイ、レーニン!、リスボンに誘われて、アイヒマンを追え)
ミヒャエル・グヴィスデク:エドガー、パウルの大叔父(グッバイ、レーニン!)
マックス・ホップ:ハンス・ヴェヒター、クルトの父
ユーディット・エンゲル:アンナ・ヴェヒター、クルトの母
ゲッツ・シューベルト:メルツァー牧師、エリックの義父
ロルフ・カニース:ヴァルデツキ、射撃の教官

監督・脚本:ラース・クラウメ
原作:ディートリッヒ・ガルスカ

https://www.albatros-film.com/archives/11774

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2020年7月 5日 (日)

コメコンデザインシリーズ(13) カールマルクスシュタットとライプツィヒ・ハレ 社会主義建造物を追って vol.2

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社会主義建造物の第2回。
2年前のドイツ行きでは、プラン段階ではカールマルクスシュタット(現ケムニッツ)も候補にしていたが、日数的に断念した。

ライプツィヒも1泊だけだったので、社会主義建造物の探索はできていない。
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社会主義関連・東独関連では、ゲヴァントハウス(上左、Gewandhaus)、メードラー・パッサージュの並びの現代史博物館(上右、Zeitgeschichtliches Forum Leipzig)で「ALLES NACH PLAN? Formgestaltung in der DDR」(計画によるのがすべて? 東独のデザイン)展を見たのと、旧国家保安省記念館(下、Gedenkstätte Museum in der „Runden Ecke“)を見ただけ。
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ゲヴァントハウス
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/7_6-il-62-gewan.html
現代史博物館
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_1-altes-ratha.html
旧国家保安省記念館
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_3-gedenksttte.html

ハレは、ヴェルニゲローデからライプツィヒに向かう途中で、乗り換えをしただけだが、しばらくすると空港駅もあった。
サイトを見てみると、ドレスデン空港と使い分けをしているようだ。
ウィーンからだとドレスデンは飛んでおらず、ライプツィヒに飛んでいる。
https://www.mdf-ag.com/

付録の、著者の3月の渡欧がちょうど国境閉鎖の時期と重なり、ハラハラドキドキ。
出国→フランクフルト(独)泊→クラクフ(波)泊→ドレスデン(独)3泊→ベルリン(独)泊→帰国、現地6泊機中2泊計8泊のあいだに4回の国境越え。

イスクラ
https://iskra.ocnk.net/product/19527

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2020年6月13日 (土)

DDR Volksmarine Kampfschiffe 1949-1990

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2010年刊行の、東独海軍の装備カタログである。
東ドイツにとっての海はバルト海だけだから、基本的には沿岸警備ということになるのだろう。
そして、逃亡者監視が人民海軍の任務でもあった。

それにしても、揚陸船があったことにびっくり。
旧東ドイツが面していた海はバルト海だけで、どこの海岸に上陸作戦を行おうと考えていたのかしら。
ワルシャワ条約機構軍の一員としてバルト海より西側の海に出ようにも、デンマークとスウェーデンの間を抜けていくことは、相当困難だろうに。
巻末に年表があるのが興味深い。

目次を日本語にしてみたが、不正確かもしれない。

はじめに
用語集/略語
フリーゲート
沿岸警備 50型(リガ級)
沿岸警備艇 1159型(コニ級)
コルベット駆潜艇
 潜水艦防衛船 133.1型(パルチン級)
駆潜艇
 駆潜艇 201M型(SO-1級)
 駆潜艇 12.4M型(ハイ級)
ミサイル高速艇
 ミサイル高速艇 205型(オサ-I級)
 小型ミサイル船 1241RÄ型(タランタル-I級)
 ミサイル高速艇 151型(バルコム-10級)
高速魚雷艇
 高速魚雷艇 183型(P-6級)
 高速魚雷艇 206型(シェルシェン級)
 軽高速魚雷艇 63/イルティス型(イルティス-A級)
 軽高速魚雷艇 68/ヒドラ型(イルティス-B級)
 小型高速魚雷艇 131型(リベレ級)
揚陸船
 上陸用舟艇 46型(ラボ−100級)
 中型揚陸船 47型(ロッベ級)
 中型揚陸船 108型(フロッシュ-I級)
 戦闘供給船 109型(フロッシュ-II級)
機雷敷設船/掃海艇
 掃海艇 R218型(511級)
 掃海艇 8型(シュヴァルベ級)
 機雷敷設船と掃海船 1型(ハビフト級)
 機雷敷設船と掃海船 15型(クラーケ級)
 掃海艦 89.1型(コンドル-I級)
 掃海艦 89.2型(コンドル-II級)
監視船
 沿岸警備艇 沿岸警備艇I/II(シュペルバー級)
 港湾警備船 デルフィン型(デルフィン級)
 沿岸警備艇 ティムラー型I/II(ティムラー級)
訓練船
 訓練艇 フュルステンベルクとプレンツラウ 2型
 訓練艇 WB26 5型(FLB-V級)
 訓練艇 エルンスト・テールマン 3型
 訓練船 ヴィルヘルム・ピーク 888型(ウォドニック級)
偵察船
 観測船 水理学(オケアン級)
 小型偵察船 115型(コンドル級)
 偵察船 ヤスムント 602.137型(ダース級)
海上航空隊
 多目的ヘリコプター Mi-4A(ホウンド)
 UAW-ヘリコプター Mi-4M(ホウンドB)
 輸送ヘリコプター Mi-8T(ヒップ)
 戦闘ヘリコプター Mi-8TB(ヒップE)
 UAW-ヘリコプター Mi-14PL(ハゼA)
 MAW-ヘリコプター Mi-14BT(ハゼB)
 戦闘爆弾機 Su-22M4(フィッターK)
 訓練戦闘機 Su-22UM3K(フィッターG)
年表
海軍組織

Knut Schäfer/著
Motorbuch Verlag
https://www.motorbuch-versand.de/product_info.php/info/p4435_DDR-Volksmarine.html

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2020年5月23日 (土)

コメコンデザインシリーズ10 マインプラネット 東ドイツのパッケージデザイン イスクラコレクションVol.1

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60年第70年代感満載で、ペラペラな感じとそれでも先端を行きたい思いとが交錯した、東独デザインの数々である。
2年前にドイツに行ったときに、ドレスデンで「Die Welt der DDR」に行ってきたのだが、「雑然」という語がぴったりな展示だったことを思い出す。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_1-die-welt-d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_2-die-welt-d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_3-die-welt-d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_4-die-welt-d.html
https://www.weltderddr.de/

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そして、その名も「DDR Design」という本があるので、これもページをめくってみよう。

イスクラ
http://iskra.ocnk.net/product/19127


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2020年4月25日 (土)

HISTORISCHE FLUGZEUGE

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出版年は不明だが、東独で刊行された「歴史的航空機」である。
掲載されている飛行機の選択基準は、よくわからない。
オーストリアから、第一次世界大戦で日本が青島を攻略したときに、ドイツ側の偵察機として使用された「タウべ」が登場している。
日本の飛行機は、取り上げられていない。

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出版社の「トランスプレス出版社ベルリン(Transpress VEB Verlag für Verkehrswesen Berlin)」は、1960年にベルリンに設立された、鉄道や交通を専門とする出版社らしい。
再統一後、「ポール・ピエッチ出版社(Paul Pietsch Verlag)」に吸収されたようだ。
http://www.paul-pietsch-verlage.de/index.php?aktion=ausgabe&saktion=geschichte&sort=6701.02&grp=0&ump=6701.02&mp=&lk=&darst=&bestnr=&autornr=&sustr=&datsatz=0&detail=&saktion1=&id=xw99900Z0jNOklDpEFjlF53uLD20200419155917
「Bezirksschule der Zivilverteidigung 1115 Berlin」のスタンプと「249」という番号も書かれているので、「市民防衛ベルリン地区学校」の蔵書だったのかもしれない。
「1115」は、当時の郵便番号か。
「Zivilverteidigung」については、Wiki(独語版)に説明がある。
https://de.wikipedia.org/wiki/Zivilverteidigung_der_DDR

序文

航空機技術の進歩
掲載されている写真は、オットー・リリエンタール、ハンス・グラーデ、オーヴィル・ライト、フーゴー・ユンカース、アンドレイ・ニコラエヴィッチ・ツポレフ。

ベルギー
SABCA S-2

チェコスロバキア
Avia B-534
Letw S-328
Prafa E-114 "Air Baby"

ドイツ
Albatros B-I
Albatros B-II
Albatros C-V
Albatros C-VII
Albatros D-I
Albatros G-III
Albatros L-75 "Ass"
Albatros W-4
Albatros W-8
Blohm & Voss Ha-139
Blohm & Voss Ha-142
Buucker Bü-131 "Jungmann"
Dornier Do B "Merkur"
Dornier Do C-3 "Komet I/II"
Dornier Do D-1
Dornier Do X
Dornier Do-18
Dornier Do-26
Dornier Rs-I
Dornier Rs-II
Dornier Rs-III
Dornier Rs-IV
Dornier "Spatz"
Dornier "Wal"
Fieseler Fi-156 "Storch"
Focke-Wulf A-16
Focke-Wulf A-17 "Möwe"
Focke-Wulf F-19 "Ente"
Focke-Wulf FW-44 "Stieglitz"
Focke-Wulf FW-56 "Stösser"
Focke-Wulf FW-200 "Condor"
Fokker D-VII
Fokker Eindecker
Fokker "Spinne"
Friedrichshafen FF-33
Grade Eindecker
Heinkel He-45
Heinkel He-46
Heinkel He-50
Heinkel He-51
Heinkel He-59
Heinkel He-60
Heinkel He-63
Heinkel He-70 "Blitz"
Heinkel He-111
Heinkel He-116
Heinkel He-176
Heinkel He-178
Junkers F-13
Junkers G-23
Junkers G-24
Junkers G-38
Junkers Ju-52 / 3m
Junkers Ju-90
Junkers W-33
Lilienthal "Gleitflugzeug"
Messerschmitt M-20
Messerschmitt Me-108 (Bf-108)
Messerschmitt Me-109 (B f-109)
Rohrbach "Roland"
Rohrbach "Romar"
Siebel Fh-104
Siebel Si-202 "Hummel"
Siebel Si-204
Udet U-12 "Flamingo"
Zeppelin Staaken 8301

フランス
Blériot "La Manche" "La Manche"
Blériot XI/2
Bréguet XIX
Bréguet 462
Bréguet 521 "Bizerte"
Caudron G-3
Dewoitine 338
Farman MF-7
Latécoère 28
Nieuport-Dunne
SPAD 13

大英帝国
Boulton-Paul "Defiant"
De Havilland DH-2
De Havilland DH-60 "Moth"
De Havilland DH-89A "Rapide"
Fairey "Swordfish"
Handley Page 0/400 (H. P. 12)
Handley Page V/1500
Hawker "Hurricane"
S. E. 5 und S. E. 5a
Short "Calcutta"
Short "Empire Boat" (C-Klasse)
Short "Singapore"
Sopwith "Camel" F. I
Sopwith "Pup"
Sopwith 7 F. I "Snipe"
Vickers Supermarine "Spitfire"
Vickers "Vimy"

イタリア
Breda 25
Aeronautica macchi MC-72
Aeronautica macchi MC-94
Aeronautica macchi MC-200
Savoia-Marchetti S-73 (S-81)

オランダ
Fokker F. VII-3m

オーストリア
Etrich "Taube"

ポーランド
PZL Ł-2
PZL-5
PZL P-11C
PWD-2
PWD-4
PWD-8
PWD-10
PWD-13

ロシア
"Ilja Muromez"
"Russki Witjas"

ソ連
Berijew Be-2 (MBR-2, Np-1)
Berijew KOR-1
Bolchowitinow BI-1
ChAI-1
Grigorowitsch I-2 bis
Iljusshin Il-2
Iljusshin Il-4 (ZKB-30, DB-3)
Iljusshin Il-10
Jakowlew Ja-6 (AIR-6)
Jakowlew Jak-1 (I-26)
Jakowlew Jak-3 (I-30)
Jakowlew Jak-4 (BB-22)
Jakowlew Jak-15
Jakowlew UT-1 (AIR-14)
Jakowlew UT-2
Jermolajew Jer-2 (DB-240)
Lawotschkin-Gorbunow-Gudkow LaGG-3 (I-301)
Lawotschkin La-5
Lawotschkin La-7
Lawotschkin La-11
Li-2 (PS-84)
Milpjan-Gurewitsch Mig-1 (I-61)
Milpjan-Gurewitsch Mig-3 (I-200)
Milpjan-Gurewitsch Mig-9 (I-300)
Mjassischtschew DWB-102
Petljakow Pe-2
Petljakow Pe-8 (TB-1, ANT-42)
Polikarpow I-1 (IL-400bis)
Polikarpow I-3
Polikarpow I-5
Polikarpow I-15 (ZKB-3)
Polikarpow I-16
Polikarpow I-153
Polikarpow Po-2 (U-2)
Polikarpow R-5
PS-89 (SIG-1)
R-1
Schawrow Sch-1 / Sch-2
Schtscherbakow Schtsch-2
Stahl-2
Suchoj Su-2 (ANT-511-360)
Tupolew ANT-2
Tupolew ANT-3 (R-3)
Tupolew ANT-4 (TB-1)
Tupolew ANT-5 (I-4)
Tupolew ANT-6 (TB-3)
Tupolew ANT-9
Tupolew ANT-14
Tupolew ANT-20 "Maxim Gorki"
Tupolew ANT-20bis
Tupolew ANT-22 (MK-1)
Tupolew ANT-25 (RD)
Tupolew ANT-35 (PS-35)
Tupolew ANT-40 (SB)
Tupolew ANT-44 (MTB-2)
Tupolew TU-2 (ANT-58)

アメリカ
Bell X-1
Bellanca WB-2 "Columbia"
Consolidated Modell 28 "Catalina"
Dougas "Cloudster"
Lockheed "Orion"
Martin Model 170 "Mars"
Martin MB
Ryan MYP "Spirit of St. Louis"
Sikorsky S-38
Sikorsky S-40
Sikorsky S-41
Sikorsky S-42
Wright "The Flyer"

HEINZ A. F.SCHMIDT/著
Transpress VEB Verlag für Verkehrswesen Berlin

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2020年4月23日 (木)

鉄道のドイツ史 帝国の形成からナチス時代、そして東西統一へ

200322_011  200322_012
「鉄道のドイツ史」であって「ドイツの鉄道史」ではない。
鉄道をめぐる、ドイツの経済史であり社会史である。
以前「ハプスブルク帝国の鉄道と汽船」を読んだことがあって、そのドイツ版かと思ったのだが、違った。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-b7bc.html

「ドイツ」といっても、その実態は時代によって大きく変わるので、著者は「ドイツ語圏」と表現しているようだ。
ドイツに鉄道が開通したのは1835年、当時はオーストリア帝国、プロイセン王国、4のの帝国自由都市(リューベック、フランクフルト、ブレーメン、ハンブルク)その他の領邦からなる「ドイツ連邦」は存在していたが、統一された「ドイツ」という国はまだ登場していない。
その「ドイツ連邦」、普仏戦争で成立した「ドイツ帝国」、第一次世界大戦後の「ヴァイマル共和政のドイツ」、さらに第二次世界大戦後の東西ドイツ、1990年の再統一後のドイツ、それぞれの領土は、絶えず動いていた。
その「ドイツ」のつかみどころのなさを、本書「鉄道のドイツ史」でどのように伝えているか。
例えば、目次を見たところ、本書の記述は経年的になっているように思うのだが、実際は、各章の中でも歴史的に記述されていて、ある章からある章に移ったときに、前章の時代から記述が続いているわけではなく、再び以前の時代に戻り別のテーマで記述される。
そのテーマも多様だし、「ドイツ鉄道」とは直接関係のなさそうな記述も出てくる。
ドイツの鉄道は、最初から単一の「ドイツ鉄道」として発展してきたのではないことから、本書のテーマが多様さに満ちてしまうのは当然なのだが、ある意味では、本書そのものが、著者が伝えたい「ドイツ」のつかみどころのなさを表すことになったのだろう。

このことからか、本書の構成は、「ドイツ語圏」にある様々な国・領邦のそれぞれの産業の発展と諸国間の関係や鉄道へのかかわり、1871年の、プロイセン国王ヴィルヘルム1世をドイツ帝国皇帝とした統一国家を経ての鉄道、戦争、戦間期、そして戦争、東西分裂と再統一といった鉄道をめぐる190年ほどの歴史のなかで、1848年革命までが約半分、ライヒスバーンの成立(1920年)までの約90年についての記述が本書の三分の二以上のページを占めることになっている。
そのためか、WWIでの様子はあっけないほど少ないし、ライヒスバーン設立後の記述、WWII以後の記述も少ないように思う。
DDR時代の国鉄は「DR(Deutsche Reichsbahn)」との名称を使っていたが、帝国時代ナチス時代からの「Reich」をそのまま使用し続けたことにも触れている(P.254)のが興味深い。

P.141に、「一九八〇年代以降の欧米やそれに触発されたわが国のドイツ「三月革命」史研究が、従来の思考の固い枠組みを離れて着目したのは、もちろん市民ならざるものたちであった」という記述があり、続いて『「乱痴気」「向こう岸」といった印象的な単語が「三月革命」史に登場したとき、私たちの司会は一気に広がった』とある。
「乱痴気」「向う岸」と言えば、「青きドナウの乱痴気」「向う岸からの世界史」だろうし、良知力氏の名前が思い出される。
「乱痴気」「向う岸」もドイツ「三月革命」と同じ一八四八年革命の流れでの、ウィーンでの様相を言い表しているので、参考文献には出てきていない。
著者とは世代は異なるが、どこかで繋がりがあったのだろうか。

P.171に、ライプツィヒ-ドレスデン鉄道が1839年に全通したとの記述があるが、この路線は2018年にライプツィヒからドレスデンまで、ICEに乗って約1時間で走った。
そのときは、そんな古い歴史のある路線であることは、知らなかった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_5-von-leipzig.html

ドイツを鉄道で移動すると、大きな街からの出発であっても、列車はすぐに都市ではないところを走る。
都市、街、村は、それぞれが独立して存在している。
そうした景色を思い浮かべながら本書を読むと、つかみどころのない「ドイツ」の鉄道が、どのように現在の姿になったのかのイメージもつかめるように思う。

序章 ドイツ鉄道史ひと筆がき―「本書の構成」に代えて
第1章 鉄道建設の背景―ドイツをもとめて
第2章 鉄道時代のはじまり―一九世紀初頭~一八三〇年代
第3章 初期鉄道建設の担い手たち―一八三〇~四〇年代
第4章 鉄道の一九世紀ドイツ経済史
第5章 ドイツ的な、あまりにドイツ的な?―国家官僚制と鉄道
第6章 鉄道技師の世界、あるいは怪人vs役人
第7章 幕が下りてから―一八四八・四九年革命とその後
第8章 ドイツ・ライヒの鉄道
第9章 国際化と戦争と
第10章 共和国からナチス・ドイツへ―一九二〇年代後半~一九四五年
第11章 「時流が厳しく分けたもの」―二〇世紀後半のドイツ国鉄
終章 過去と未来の鉄道

鴋澤歩/著
中央公論社
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/03/102583.html

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2020年3月30日 (月)

コメコンデザインシリーズ(12) アイゼンヒュッテンシュタットとドレスデン 社会主義建造物を追って vol.1

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アイゼンヒュッテンシュタットは、映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」の舞台となったところで、第二次世界大戦後に製鉄業の街としてスターリンシュタット(Stalinstadt)の名称で建設され、1961年に製鉄の町であることから「鉄の街=アイゼンヒュッテンシュタット(Eisenhüttenstadt)」となった。
映画は見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-371ced.html
原作の「Das schweigende Klassenzimmer」と邦訳の「沈黙する教室」も、読んだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b5ab06.html
映画のシナリオ本も入手してあるが、まだ読んでいない。

ドレスデンには2018年に行った。
文化宮殿(Kulturpalast、トップに掲載した画像の建物)は、見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/8_6-kreutzkamm-.html

DDR博物館、正式には「ドイツ民主共和国の世界」(Die Welt der DDR)は、じっくり見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_1-die-welt-d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_2-die-welt-d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_3-die-welt-d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/10_4-die-welt-d.html
なんでスーパーの一角にあるのだろうと不思議だったのだが、その経緯は本書で知ることができた。

ドレスデン中央駅から試しに市電に乗ってみたとき、市電の窓からPlattenbauっぽい集合住宅の集まった団地が見えたのだが、じっくりとはみなかったので、DDR時代からのものかどうかはわからない。
当時本書が出ていたら、2018年のドレスデン歩きは、もっと違っていたかもしれない。

イスクラ
https://iskra.ocnk.net/product/19363

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