オーストリア関連

2020年1月23日 (木)

Carlos Kleiber New Year's Concert 1992

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1992年の、Das Neujahrskonzert der Wiener Philharmoniker、指揮はCarlos Kleiber。
オーソドックスな、ニューイヤー・コンサートだ。
この年はレナード・バーンスタインの指揮の予定だったのだが、1990年10月14日の死去によりクライバーが代行した。
DVDではパウゼはなく、第1部第2部連続。
このとき、知人が立ち見席にいたらしいのだが、画面では確認できず(笑)。

第1部
Die Lustigen Weiber Von Windsor – Ouvertuere (Otto Nicolai)/ウィンザーの陽気な女房たち序曲(オットー・ニコライ)
Stadt Und Land (Johann Strauss II)/町と田舎(ヨハン・シュトラウス2世)
Dorfschwalben aus Osterreich (Johann Strauss)/オーストリアの村つばめ(ヨーゼフ・シュトラウス)
Feuerfest! (Johann Strauss)/鍛冶屋のポルカ(ヨーゼフ・シュトラウス)
Vergnuegungszug (Johann Strauss II)/観光列車(ヨハン・シュトラウス2世)
第2部
Der Zigeunerbaronr – Ouvertuere (Johann Strauss II)/ジプシー男爵序曲(ヨハン・シュトラウス2世)
Tausend Und Eine Nacht (Johann Strauss II)/千夜一夜物語(ヨハン・シュトラウス2世)
Neue Pizzicato-Polka (Johann Strauss II)/新ピツィカート・ポルカ(ヨハン・シュトラウス2世)
Persischer Marsch (Johann Strauss II)/ペルシャ行進曲(ヨハン・シュトラウス2世)
Tritsch-Tratsch-Polka (Johann Strauss II)/トリッチ・トラッチ・ポルカ(ヨハン・シュトラウス2世)
Sphaerenklaenge (Johann Strauss)/天体の音楽(ヨーゼフ・シュトラウス)
Unter Donner Und Blitz (Johann Strauss II)/雷鳴と稲妻(ヨハン・シュトラウス2世)
Jokey-Polka (Johann Strauss)/騎手(ヨーゼフ・シュトラウス)
An Der Schonen Blauen Donau (Johann Strauss II)/美しく青きドナウ(ヨハン・シュトラウス2世)
Radetzky-Marsch (Johann Strauss I)/ラデツキー行進曲ウ(ヨハン・シュトラウス1世)

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2020年1月17日 (金)

ミニ国家 リヒテンシュタイン侯国

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Bunkamuraで開催された展覧会「建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」に行った時に購入した。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-d00011.html

リヒテンシュタイン侯国そのものには行ったことはないが、関係するところには、行ったりそばを通ったりしたことはある。
ウィーンの南西にあり家名の元となったリヒテンシュタイン城には、初めてウィーンに行ったときに、車でそばを走った。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/stifi-heilligen.html
またウィーンにあるリヒテンシュタイン侯の夏の離宮が「リヒテンシュタイン美術館」として公開されていた時期があり、そこにも行っていて、本書にも出てくる黄金の馬車は見た。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/elisabethsisi-m.html
以前スイスに行ったときに、チューリヒからバスでサン・モリッツへ向かったのだが、あの山の向こうはリヒテンシュタインだなと考えていた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/swiss-2017-cef2.html

リヒテンシュタインといえば「切手」であるが、すでに小学生の頃にかじった切手趣味のなかでは、リヒテンシュタインという国の存在は知っていたはず。
本書は、「日本リヒテンシュタイン協会」を設立した植田健嗣氏(現在同会の名誉会長)による取材によって書かれている。
その意味では、著者の思い入れの強い著作となっているのだが、この国の全体を見るうえでは、さまざまな分野にわたるエピソードが散りばめられていて、興味深い。
一度は行ってみたい。

初版は1999年、文中では、「国と国が接する国境には検問所があり」(P.16、ただし「EU(ヨーロッパ連合)内では、廃止されつつある。」との注がある。)、「通貨もオーストリア・シリングではなく、ドイツ・マルクが使われ」(P.17、オーストリアは1999年にユーロが法定通貨となり2002年から流通、オーストリア・シリングは同年2月28日までに回収され、ドイツも1999年にユーロが法定通貨となり2002年から流通、ドイツ・マルクは回収された。)となっている。
本書は2015年の第4刷で、その後の変化については別刷りが挟められていて、リヒテンシュタインもシェンゲン協定に加わって国境のチェックがなくなっていること、オーストリア・シリングとドイツ・マルクはユーロとなったことなどが捕捉されている。

日本リヒテンシュタイン協会の公式サイト
https://ljg.li/

まえがき
第一章 侯国との出会い
第二章 歴史
第三章 農業国から工業国へ
第四章 侯家の存在
第五章 立憲君主国の実態
第六章 アルプスのハイテク・ランド
第七章 知らざれる小国の素顔
第八章 転換期のミニ・ストップ観光
第九章 小国の未来
第十章 体験的国際交流論
あとがき
主要参考文献

植田健嗣/著
郁文堂
https://www.ikubundo.com/book/9784261072310/

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2020年1月 1日 (水)

"Neujahrskonzert der Wiener Philharmoniker"まとめ

Ouvertüre zu "Die Landstreicher" / Carl Michael Ziehrer、喜歌劇「放浪者たち」序曲 / カール・ミヒャエル・ツィーラー
Liebesgrüße. Walzer, op. 56 / Josef Strauß、ワルツ「愛のあいさつ」 / ヨーゼフ・シュトラウス
ホーエンザルツブルク城塞
Liechtenstein-Marsch, op. 36 / Josef Strauß、リヒテンシュタイン行進曲 / ヨーゼフ・シュトラウス
Blumenfest-Polka. op. 111 / Johann Strauß (Sohn) 、ポルカ「花祭り」 / ヨハン・シュトラウスII世
Wo die Citronen blüh'n. Walzer, op. 364 / Johann Strauß (Sohn) 、ワルツ「レモンの花咲くところ」 / ヨハン・シュトラウスII世
Knall und Fall. Polka schnell, op. 132 / Eduard Strauß、ポルカ・シュネル「電撃」 / エデュアルド・シュトラウス

-- Pause --
NHKの画像
Café Frauenhube→"Der Kuss"(接吻)と"Beethoven Frieze"(ベートーヴェン・フリーズ)、いずれもクリムト
Orfの画像
バーデンのベートーヴェン神殿→バーデンの家→ハイリゲンシュタットのマイヤー、第九の家→ベートーヴェンの散歩道→ハイリゲンシュタットの遺書の家→ハイリゲンシュタットパークのベートーヴェン像→エロイカハウス→ブドウ畑→Schloss Wasserhof(クレムス)→Kneifelhaus(クレムス)→ウィーン演劇博物館のエロイカの間→Ballgasse4→パスクヴァラティハウス→演劇博物館→スケートリンク前のベートーヴェン像→シュトラウス像→ナッシュマルクト→アン・デア・ウィーン劇場→ヨーゼフ広場→プルンクザール

Ouvertüre zu "Leichte Kavallerie“ / Franz von Suppé、喜歌劇「軽騎兵」序曲 / フランツ・フォン・スッペ
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コルネットおじさん映る
Cupido. Polka française, op. 81 / Josef Strauß、ポルカ・フランセーズ「キューピッド」 / ヨーゼフ・シュトラウス
楽友協会の女神像、以前は前にあったのだが、邪魔なので後ろに下がっていただいたそうな
Seid umschlungen, Millionen. Walzer, op. 443 / Johann Strauß (Sohn)、ワルツ「抱き合え もろびとよ!」 / ヨハン・シュトラウスII世
バレエは、Winterpalais des Prinzen Eugen(オイゲン公の冬の宮殿)
Eisblume. Polka mazur, op. 55 (Arr. W. Dörner) / Eduard Strauß、ポルカ・マズルカ「氷の花」 / エデュアルド・シュトラウス
Gavotte / Josef Hellmesberger (Sohn)、ガヴォット / ヨーゼフ・ヘルメスベルガー2世
Postillon-Galopp, op. 16/2 (Arr. W. Dörner) / Hans Christian Lumbye、郵便馬車のギャロップ / ハンス・クリスティアン・ロンビ
ラッパ吹くネルソンス
Zwölf Contretänze, WoO 14 (Auswahl) / Ludwig van Beethoven、12のコントルダンス から第1曲、第2曲、第3曲、第7曲、第10曲、第8曲 / ベートーヴェン
Heiligenstadtでバレエ
Freuet euch des Lebens. Walzer, op.340 / Johann Strauß (Sohn)、ワルツ「人生を楽しめ」 / ヨハン・シュトラウスII世
アルヒーフ
Tritsch-Tratsch. Polka schnell, op. 214 / Johann Strauß (Sohn)、トリッチ・トラッチ・ポルカ / ヨハン・シュトラウスII世
Dynamiden. Walzer, op. 173 / Josef Strauß、ワルツ「ディナミーデン」 / ヨーゼフ・シュトラウス
Im Fluge - Polka schnell Op. 230 / Josef Strauß、ポルカ「飛ぶように急いで」 / ヨーゼフ・シュトラウス
An der schönen, blauen Donau / Johann Strauß (Sohn)、ワルツ「美しく青きドナウ」 / ヨハン・シュトラウスII世
ウィーン運河のオットー・ワーグナーのライオンの水門→クロスターノイブルク周辺→橋→ウラニア天文台→ウィーン川→フォルクス庭園→シュテファン大聖堂→オペラ座横
Radetzky-Marsch / Josef Strauß、ラデツキー行進曲 / ヨハン・シュトラウスI世

https://www.wienerphilharmoniker.at/neujahrskonzert/neujahrskonzert-main

Radetzky-Marsch、いつもよりのんびりと思ったら、こんなことだったようだ。
https://www.swr.de/swr2/musik-klassik/Wiener-Neujahrskonzert-mit-entnazifiziertem-Radetzky-Marsch,radetzkymarsch-weniger-braun-100.html
https://www.derstandard.at/story/2000112785660/ein-neuer-radetzkymarsch-ohne-ns-schmiss

ヨーゼフ・シュトラウス(ヨハン・シュトラウスII世の弟)は、ウィーン総合技術専門学校(現在のウィーン工科大学)で学んだ。
https://de.wikipedia.org/wiki/Josef_Strauss

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2019年12月17日 (火)

聖なる酔っぱらいの伝説

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「蜘蛛の巣」、「四月、ある愛の物語」、「ファルメライヤー駅長」、「皇帝の胸像」、そして「聖なる酔っぱらいの伝説」を収録。

「蜘蛛の巣」は、戦間期に反ユダヤ運動に入り込む、第一次世界大戦に出征し大尉まで昇進したテオドール・ローゼがいかに「反ユダヤ」に取り込まれていったか、あるいは「反ユダヤ」を利用したかの話が展開する。
「指導者になりたい」青年テオドールが参加した組織の党歌は、
 裏切り者は血でつぐなう
 ユダヤの血をしぼりとれ
 おお、世界に冠たるドイツよ
そこに加わっているほとんどの者たちは、意識的に「反ユダヤ」であるわけではなく、扇動されての「反ユダヤ」であり、扇動に使われる材料は、は正しいか正しくないかは関係がないし、捏造も行われている。
読んでいると、いまのこの日本の歩んでいる道と重なってしまう。
「蜘蛛の巣」は1923年10月7日から11月6日までウィーンの社民党の新聞「アルバイター・ツァイティング」に連載されたが、ミュンヘン一揆が起きたのは、連載終了直後の11月8日から9日であった。

「四月、ある愛の物語」と「ファルメライヤー駅長」は、戦間期の風俗を描き、いずれも旅立つ結末にかかわらず、どこかホッとさせるものがある。

「皇帝の胸像」は、「ラデツキー行進曲」と対になっていると考えていいのかもしれない。
君主国が、多民族からなる「ヨーロッパのミニアチュール」だったとしても、君主国が民族自決を抑圧していたことは確かなわけで、民族自決を経てあとに『あなたはそもそも「何国人」であって、どの民族に属すると考えるか』の質問が、ヨーロッパに限らずどこでも無意味なものになるといいのだが。

「聖なる酔っぱらいの伝説」、「わらしべ長者」のような趣であるが、これはロート自身の姿でもあるようだ。
ロートは、本作品を書き上げてまもなく亡くなる。

池内さんの訳が、作品の中に引き込ませてくれる。

ヨーゼフ・ロートについては、「ラデツキー行進曲」に書いた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-751d.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-4c9d.html

ヨーゼフ・ロート/著
池内紀/訳
岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b247819.html

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2019年12月15日 (日)

図録「ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史」

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10月に行ってきた「日本・オーストリア友好150周年記念 ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史」の図録。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-270873.html

ハプスブルク展は、ウィーンの美術史美術館を中心に、ブダペスト国立西洋美術館と西洋美術館所蔵の作品100点が展示されている展覧会で、本書の章ごとの解説やコラムでは、解説が興味深い視点で記されていた。
展示作品では、「青いドレスの王女マルガリータ」とともに「緑」も来ているところが注目点の一つだろう。
ウィーンで、薔薇と白、そしてプラドの赤を見ている(青はお出かけしていた)。
薔薇、白は、以前来日したことがあったはず。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/the-f1a0.html
個人的には「V フランツ・ヨーゼフ1世の長き治世とオーストリア=ハンガリー二重帝国の終焉」で展示されていた作品は、本書でも解説を含めてじっくり観た。

「日本・オーストリア友好150周年記念 ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史」は、2020年1月26日(日)まで、上野の西洋美術館で開催。
https://habsburg2019.jp/

一族の宝物から公共の美術館へ
I ハプスブルク家のコレクションの始まり
 コラム マクシミリアン1世のコレクションと権力
II ルドルフ2世とプラハの宮廷
 コラム ルドルフ2世の宮廷における神話画
III コレクションの黄金時代:17世紀における偉大な収集
 1.スペイン・ハプスブルク家とレオポルト1世
 コラム スペイン式ドレスを脱がなかった王女たち
 2.フェルディナント・カールとティロルのコレクション
 3.レオポルト・ヴィルヘルム:芸術を愛したネーデルラント総督
IV 18世紀におけるハプスブルク家と帝室ギャラリー
 コラム 18世紀における帝室ギャラリーの整備について
V フランツ・ヨーゼフ1世の長き治世とオーストリア=ハンガリー二重帝国の終焉
16—17世紀 のハプスブルク家コレクションにおけるイタリアおよびヴェネツィア絵画の運命
ルドルフ2世の版画および銅画コレクション
ハプスブルク家関連年表
ハプスブルク家略系図
ハプスブルク家関連地図
主要参考文献

https://ishop.tbs.co.jp/tbs/?s_cd=0001&c_cd=10002&ps_id=3002447

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2019年12月13日 (金)

ウィーンの日本 欧州に根づく異文化の軌跡

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2011年に一度読んだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-58c7.html
当時は全く意識していなかったが、著者は「少年写真家の見た明治日本」を手がけたペーター・パンツァーさんなので、もう一度読んでみる。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-5ce0.html
そうすると、改めて、チュックしておくことがたくさん出てきた。

P.14~19のシーボルトの記念碑、シェーンブルン庭園にあるの温室の東(P.98)なので、近くまで行くこともあったが、これまでいずれもスルーのままである。

P.50のミツコの孫のうちの「高名な画家」の次男は、ミヒャエル・クーデンホーフ=カレルギー氏のことだ。
以前、2度ほどお会いしたことがあったが、2018年12月26日に帰天なさってしまい、追悼展に行って作品をお持ち帰りしてしまった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-ee45.html
2011年にお会いしたこと。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-f4c3.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-2d43.html

P.75以降の“日本巡り”、いくつかは見ているが、見ていないものもあるので、今も同じように展示されているかどうかはわからないが、じっくり見て回りたい。
美術史美術館のコイン陳列館、自然史美術館九号室、民族学博物館、美術史美術館の武器武器コレクション、陶磁器コレクション、時計博物館、応用美術博物館、技術博物館、シェーンブルン宮殿。
そして、「連邦動産保管倉庫」、本書刊行当時は非公開だったが、現在は家具博物館となっている。

P.114の、20帝国代表団が日本に運んできたベーゼンドルファーのピアノについては、先日の「音楽のある展覧会」でのギャラリートーク「皇城に贈られた初めてのグランドピアノ」に出てくるピアノだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-e2802d.html

P.125から斎藤茂吉のエピソードが紹介されている。
斎藤茂吉は1922年1月にウィーンきて、ホテル・ド・フランスに泊まり、2月にヌスドルファー77号に部屋を借りる。
4月末にグリューネントア18号2階4号に転居、1923年7月20日にウィーンを去るまで住んでいた。

P.132の「大学付属イエズス教会のボルジア礼拝堂の内陣」に、二十六聖人のうちの三聖人を描いた祭壇画があるということだが、調べてみると「Jesuiten-kirche」(イエズス会教会)がある。
https://jesuitenkirche-wien.at/

関連で、ザンクト・ガブリエルにあるシュタイラー修道院の伝道博物館(P.135)も興味深い。
Missionshaus St. Gabrielのことか。
https://www.steyler.eu/svd/niederlassungen/st-gabriel/

P.138に「平和の灯台」、以前運がめぐりの観光船から見たことがある。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/elisabeth-201-9.html
https://www.peacepagoda.net/

1 世紀末ウィーンに登場した日本
 日本人のみたウィーン
 日本生まれの皇帝メダル
 19世紀最高の日本研究者シーボルト
 ウィーン万国博覧会の花形“日本”
 プラーターの茶屋
2 ウィーンの日本ブーム
 「ゲイシャよ、きみは夜のメルへン」
 伯爵夫人ミツコ
 ジャポニスムに酔った芸術家
 ウィーンを驚嘆させた貞奴
3 ウィーンに生きる日本
 美術館にみる伝統工芸
 服装の芸術キモノ
 日本の植物と日本庭園
 日本ゆかりの墓碑を訪ねて
4 ウィーンと日本の文化交流
 東西音楽の出会い
 歌人斎藤茂吉のウィーン
 キリスト教と仏教
 広がる日本学
 スキーと碁と武道
 日本人学校と日本語学習
 ウィーン日本映画祭
 深まる経済関係

ペーター・パンツァー/Peter Pantzer/著
ユリア・クレイサ/Julia Krejsa/著
佐久間穆/訳
サイマル出版会

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2019年11月20日 (水)

啓蒙都市ウィーン

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マリア・テレジアのオーストリア世襲領相続からヨーゼフ2世の、18世紀中期から後期の時代を中心に、ウィーンの街と人々の生活の変化を描いている。
市壁の撤去はさらに100年後のことで、市壁、市門、グラシ(本書では「斜堤」)は存在していたが、グラシの外側と新しい「リーニエ」との間にフォアシュタットが築かれている。
そしてカフェ、音楽、劇場など、現在のウィーン文化が、このこころに基礎づけられ、「夜」を楽しむことも始まった。
これは、新国立美術館で開催された「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」においても、出発点として展示されていた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-fb5db4.html
一方で「啓蒙都市」は都市にそぐわないものとしての「影」を「光」としての「啓蒙都市」から排除することでもあって、市場や墓地の郊外への移転もそうだが、郊外での「総合病院」などの病院や救貧施設の設置も、そのプロセスの一環であったわけだ。

「光の世紀」と啓蒙専制主義
1.改革の時代と都市の変容
2.新しい都市の文化
3.啓蒙の都市空間
4.近代的都市生活の成立

山之内克子/著
山川出版社
https://www.yamakawa.co.jp/product/34740

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2019年11月 8日 (金)

「馬車よ、ゆっくり走れ」と「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」

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馬車よ、ゆっくり走れ
「馬車よ、ゆっくり走れ」は、東山魁夷さんがかつて留学したドイツ・オーストリアを、30数年後の1969年になって奥様とともにめぐった紀行エッセイである。
装丁も東山魁夷さん。
冒頭のカラーの「ローテンブルクの泉」と、各章の扉頁に描かれたスケッチ以外に、絵は登場しない。
その絵のない文章読んでいて、東山魁夷さん、ドイツが本当に好きなんだなと思う。
たしかに、ドイツの街、あまり大都会でない街、大都会でも大通りではない路地などを歩いていると、初めて来たところでも、妙に懐かしい思いがするのは何故なのだろう?
いくつかの街は歩いたことがあるので、出てくる場所(通りや川、お店など)を見て、ああ、あのあたりだと思い出しながら読むのだが、半世紀近く前の雰囲気はいまとは大きく違っているのだろう。

旅で飲むのは葡萄酒、レストランでは給仕、ホテルではメイドが世話をしてくれる。
それにしても、東山魁夷さんご夫妻の、アルツブルク音楽祭で終わる約5ヶ月に渡るドイツ・オーストリア旅行は、本書を読むと大使館からお迎えがあったり街の案内があったり、たぶん、このたびをプロデュースし支えた人の力があったのだろう。
そして、すべてのスケジュールがあらかじめ組まれていたのではなく、大まかな行程があって、旅しながら細部を決めて行ったのではないだろうか。

ザンクト・ヴォルフガングの記述で、「ザルツカムマーグートと呼ばれるこの地方は、ザルツブルクの西方の山地に」(P.412)とあるが、「ザルツブルクの東方の山地」である。

この旅で「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」が生まれた。
「馬車よ、ゆっくり走れ」訪れたところが「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」のどこに出てくるかを、左に「馬車よ、ゆっくり走れ」で出てきた街とページを、右に「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」の作品名とページを記しておく。

リューベック 9 窓明り 14
リューベック 9 霧の町 18
リューベック 9 石畳の道 20
リューベック 9 ホルシュテン門の窓 106
メルン 33 水辺の町 30
リューネブルガー・ハイデ 49 燎原 32
ツェレ 55 ツェレの家 34
リューデスハイム 130 リューデスハイムにて 130
リンブルク 139 朝の聖堂 24
リンブルク 139 夕べの聖堂 26
ハイデルベルク 148 緑のハイデルベルク 50
ヴィムプヘン 163 静かな町 44
ヴィムプヘン 163 古都遠望 46
フライブルク 168 晩鐘 40
フライブルク 168 フライブルクにて 115
ニュールンベルク 182 ニュルンベルクの窓 36
ニュールンベルク 182 デューラーの家より 42
バンベルク 192 バンベルクのドーム 14
バンベルク 192 バンベルクにて 118
ローテンベルク 204 ローテンベルクの門 16
ローテンベルク 204 赤い屋根 17
ローテンベルク 204 窓明り 18
ローテンベルク 204 19
ローテンベルク 204 丘の上のローテンベルク 20
ローテンベルク 204 ローテンブルクの泉 56
ディンケルスビュール 225 ホテル・ドイチェス・ハウス 50
ネルトリンゲン 247 石の窓 10
ネルトリンゲン 247 ホテル・太陽 109
ネルトリンゲン 247 ネルトリンゲンの町 120
ケーニヒスゼー 290 明けゆく山湖 66
オーバーゼー 294 緑深き湖 68
オーバーゼー 294 みづうみ 70
クレームス 354 坂道の家 88
クレームス 354 ホテル・ポスト 138
メルク 359 青きドナウ 86
フェルンパス 380 水澄む 92
エッツ 396 丘の教会 94
エッツ 396 マリアの壁 96
ザンクト・ヴォルフガング 412 湖畔の村 84
ザンクト・ヴォルフガング 412 白馬亭 134
ザルツブルク 422 ホーエン・ザルツブルク城 76
ザルツブルク 422 雪の城 80
ザルツブルク 422 緑苑の花 140

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ドイツ
1 リューベック
2 ラウエンブルクの春
3 ホルシュタイニシェ・シュヴァイツ
4 リューネブルガー・ハイデ
5 ゴスラー
6 ベルリン
7 ハンブルグ
8 ラインに沿って
9 フランクフルト・アム・マイン
10 ヴォルムス
11 アルト・ハイデルベルク
12 ネッカー河に沿って
13 フライブルク
14 ニュールンブルク
15 バンベルク
17 アウグスブルク
17 ローテンブルク
18 ディンケルスピュール
19 ネルトリンゲン
20 ミュンヘン
21 南バイエルンの山で
22 山の湖
23 ベルヒテスガーデン
オーストリア
1 ウィーン
2 ブルゲンラント
3 ドナウ河に沿って
4 インスブルック
5 フェルン峠
6 ザンクト・アントン
7 エッツ谷
8 ツェル・アム・ゼー
9 ザンクト・ヴォルフガング
10 ザルツブルク

東山魁夷/著
新潮社

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ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集
「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」は、「馬車よ、ゆっくり走れ」の旅から生まれた作品である。
大都市を描いた作品は、ない。
いくつかの作品は、1年前の「生誕110年 東山魁夷展」で観ることができた。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/110-d0d4.html

「馬車よ、ゆっくり走れ」で訪れたところが「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」に掲載された作品が「馬車よ、ゆっくり走れ」のどこに出てくるかを、左に「ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集」の作品名とページ、右に「馬車よ、ゆっくり走れ」で出てきた街とページを記しておく。

1 窓明り 14 リューベック ドイツ 9
2 霧の町 18 リューベック ドイツ 9
3 石畳の道 20 リューベック ドイツ 9
4 朝の聖堂 24 リンブルク ドイツ 139
5 夕べの聖堂 26 リンブルク ドイツ 139
6 水辺の町 30 メルン ドイツ 33
7 燎原 32 リューネブルガー・ハイデ ドイツ 49
8 ツェレの家 34 ツェレ ドイツ 55
9 ニュルンベルクの窓 36 ニュールンベルク ドイツ 182
10 石の窓 38 ネルトリンゲン ドイツ 247
11 晩鐘 40 フライブルク ドイツ 168
12 静かな町 44 ヴィムプヘン ドイツ 163
13 古都遠望 46 ヴィムプヘン ドイツ 163
14 バンベルクのドーム 48 バンベルク ドイツ 192
15 緑のハイデルベルク 50 ハイデルベルク ドイツ 148
16 ローテンベルクの門 52 ローテンベルク ドイツ 204
17 赤い屋根 56 ローテンベルク ドイツ 204
18 窓明り 58 ローテンベルク ドイツ 204
19 60 ローテンベルク ドイツ 204
20 丘の上のローテンベルク 62 ローテンベルク ドイツ 204
21 明けゆく山湖 66 ケーニヒスゼー ドイツ 290
22 緑深き湖 68 オーバーゼー ドイツ 294
23 みづうみ 70 オーバーゼー ドイツ 294
24 ホーエン・ザルツブルク城 76 ザルツブルク オーストリア 422
25 雪の城 80 ザルツブルク オーストリア 422
26 湖畔の村 84 ザンクト・ヴォルフガング オーストリア 412
27 青きドナウ 86 メルク オーストリア 359
28 坂道の家 88 クレームス オーストリア 354
29 水澄む 92 フェルンパス オーストリア 380
30 丘の教会 94 エッツ オーストリア 396
31 マリアの壁 96 エッツ オーストリア 396
32 森の幻想 98 - ドイツ -
33 ステンド・グラス 104 - ドイツ -
34 古道具屋の窓 105 - ドイツ -
35 ホルシュテン門の窓 106 リューベック ドイツ 9
36 揺れる窓 107 - ドイツ -
37 町角 108 - ドイツ -
38 ホテル・太陽 109 ネルトリンゲン ドイツ 247
39 古いガラス絵 110 - ドイツ -
40 花のある窓 111 - ドイツ -
41 青い窓 112 - ドイツ -
42 デューラーの家より 113 ニュールンベルク ドイツ 182
43 祭りの日 114 - ドイツ -
44 フライブルクにて 115 フライブルク ドイツ 168
45 鐘のある窓 116 - ドイツ -
46 内庭 117 - ドイツ -
47 バンベルクにて 118 バンベルク ドイツ 192
48 穀倉 119 - ドイツ -
49 ネルトリンゲンの町 120 ネルトリンゲン ドイツ 247
50 ホテル・ドイチェス・ハウス 121 ディンケルスビュール ドイツ 225
51 聖堂の中 122 - ドイツ -
52 夕かげ 123 - ドイツ -
53 家並 124 - ドイツ -
54 人形芝居の小屋 125 - ドイツ -
55 塔の影 126 - ドイツ -
56 ローテンブルクの泉 127 ローテンブルク ドイツ 204
57 絵のある窓 128 - ドイツ -
58 野の花 129 - ドイツ -
59 リューデスハイムにて 130 リューデスハイムにて ドイツ 130
60 ティロルの窓 131 - オーストリア -
61 描かれた窓 132 - オーストリア -
62 酒場の看板 133 - オーストリア -
63 白馬亭 134 ザンクト・ヴォルフガング オーストリア 412
64 骨董屋 135 - オーストリア -
65 鐘楼の窓 136 - オーストリア -
66 裏窓 137 - オーストリア -
67 ホテル・ポスト 138 クレームス オーストリア 354
68 ザルツブルクの看板 139 ザルツブルク オーストリア 422
69 緑苑の花 140 ザルツブルク オーストリア 422
70 ミラベル宮殿 141 ザルツブルク オーストリア 422
71 居酒屋 142 - オーストリア -

はじめに・憧憬と郷愁
ドイツ
オーストリア
スケッチ・ドイツ
スケッチ・オーストリア
あとがき・ドイツ、オーストリアを旅して
文庫版あとがき
図版目録

東山魁夷/著
新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/123204/

 

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2019年11月 4日 (月)

「建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」と「Last Night of the Proms」@Bunkamura

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午後、Bunkamuraへ。

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建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展

リヒテンシュタイン侯爵家が収集した美術品の展覧会ということでは、まとまっての展示はウィーンのリヒテンシュタイン美術館(夏の離宮)に行ったことがあって、豪華な馬車が展示されていたのは覚えている。
2004年3月のオープンだが、現在は公開していないはず。
その後、都市宮殿が公開されたという話を聞いた記憶があるのだが、今はどうなっているのだろうか。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/elisabethsisi-m.html

第1章 リヒテンシュタイン侯爵家の歴史と貴族の生活
第2章 宗教画
第3章 神話画・歴史画
第4章 磁器―西洋と東洋の出会い
第5章 ウィーンの磁器工房
第6章 風景画
第7章 花の静物画

数年前に「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」が開催されたが、このときの展示の方がインパクトがあったような気がする。

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「第7章 花の静物画」は、撮影可能である。
ここに、侯爵家の居城の写真が展示されていた。

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ウィーンにある侯爵家の「夏の離宮」(サマー・パレス)、夏の離宮の内部

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ウィーンにある侯爵家の「都市宮殿」(シティ・パレス)、都市宮殿の内部

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リヒテンシュタインの首都ファドーツにある侯爵家の城、ウィーンの南西にあり家名の元となったリヒテンシュタイン城
ここは、初めてウィーンに行ったときに、車でそばを走った。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/stifi-heilligen.html

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ウィーン窯・帝国時期製作所 金地花文ティーセット

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イシェル近くのヒュッテンエック高原からのハルシュタット湖の遠望(ポストカード)

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Bunkamura ザ・ミュージアムにて、12月23日(月)まで。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_liechtenstein/

その後、各地を巡廻予定。
https://www.museum.or.jp/modules/jyunkai/index.php?page=article&storyid=627

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ロビーラウンジに「建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」とのコラボめしがあったので、いただいてみる。
https://www.bunkamura.co.jp/lounge/topics/2801.html

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Last Night of the Proms

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オーチャード・ホールにて。
もれなくユニオンジャック手ぬぐいをもらえる。
日本で初めてのProms、どんなコンサートになるのだろうか、期待感が出てくる。

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司会は、葉加瀬太郎氏と久保田直子さん(テレビ朝日)、テレビカメラが入り、12月29日午前11時から放映されるということで、そのための司会進行だったので、ちょっと余計か。

曲目は次のとおり。
キャンディード序曲/レナード・バーンスタイン
スカラムーシュ/ダリウス・ミヨー/ジェス・ギラムのアルトサックス
4つのスコットランド舞曲より第3楽章/マルコム・アーノルド
私が町を歩けば(ラ・ボエームより)/ジャコモ・プッチーニ/森麻季
夕べの讃美歌/ヘンリー・パーセル/森麻季
(森麻季にインタビュー)
カルメン幻想曲/フランツ・ワックスマン/ヴァディム・レーピンのヴァイオリン
(20分休憩)
Another Sky/葉加瀬太郎
情熱大陸/葉加瀬太郎
スイス軍隊の行進(ウィリアム・テル序曲より)/ジョアキーノ・ロッシーニ
ツィガーヌ/モーリス・ラヴェル/ヴァディム・レーピンのヴァイオリン
(レーピンにインタビュー)
私のお父さん(ジャンニ・スキッキより)/ジャコモ・プッチーニ/森麻季
赤とんぼ/山田耕筰/森麻季
ネッラ・ファンタジア/エンニオ・モリコーネ/森麻季
アン・オークニー・ウェディング・ウィズ・サンライズ/ピーター・マックスウェル・デイヴィス/グリーン系のタータンチェックのキルト姿でバグパイプ
ヘイ・ジュード/ビートルズ(このあたりから歌うのOK)
威風堂々第1番/エドワード・エルガー(短いぞ、合唱団もいないので歌声響くというわけにはいかない)
蛍の光(オールド・ラング・サインではない)

管弦楽/BBCスコティッシュ交響楽団
指揮/トーマス・ダウスゴー

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「ヘイ・ジュード」、「威風堂々」と「蛍の光」は客席も歌うのだが、鳴り物はダメ、立っちゃダメなLast Nightで、会場はロイヤル・アルバート・ホールではないし、日本で初めて、ということでは、冒険はできなかったのだろう。
でも、「威風堂々」々あたりから立つのは許されていいのではなかろうか。
“God Save the Queen”はともかく、” Jerusalem”、“Rule, Britannia!”も、やってほしい。
バグパイプが登場したのは良かったが、演奏が短いし、そのあと出てきても手ぶらだし。

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と、文句は言いつつも、コンサートそのものは、残念な一件を除いて、楽しむことができた。

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BBC Proms JAPAN 2019
https://www.bbcproms.jp/mainstage/prom6.html
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ちょっと物足りなかった分、むかしロンドンで買ってきた2000年のPromsのDVD、威風堂々から視聴。
Pomp and Circumstance March No 1 in D major, 'Land of Hope and Glory'
Fantasia on British Sea-Songs
Rule, Britannia!
Jerusalem
The National Anthem

残念な一件
隣席のいい年の婦人、前のめりになるし、あげくの果てに、前席の背もたれをつかんでの前のめり、そして体を動かした拍子にチラシ類を床に落っことす。
幕間に、「悪いんですが、前のめりはまずいですよ」とご注意申し上げたら、「あんたとは話したくない」ですと。
そして「どんな姿勢で見ようと、私の自由だ、気分を害した、あんたのせいだ」だって。
いやいや、その前の、あなたが周囲に気分を害させたことを言っているんでしょうに。
スタッフからも注意のために話しかけてもらったが、当のご婦人ってば、聞く耳持たず。
これまで、いろんなところで自分本位に周囲に迷惑をかけての鑑賞を繰り返してきたのでしょうかね。
なお、スタッフさんからは座席交換が提案されたのですが、ご婦人は「移るのはこの人だ」と、提案を拒否したのでした。
「蛍の光」で、恒例の隣席と手を交差させて繋ぐとき、その用意はしましたが、ご婦人は繋ぐことはありませんでした。

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2019年9月18日 (水)

ウィーンこだわり旅ブック Ein Reisebuch von Wien mit den auserlesenen Empfehlungen

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今年8月刊行の、最新事情のウィーン、取材は3月らしい。
本書には、いわゆる観光地情報はほとんど掲載されていない。
前半に取り上げられている情報は既存のガイドブックに少しは重なるが、後半は比較的最近オープンしたお店やカフェがメインである。
なので、初めてウィーンに行く人向きではなく、何度か行っている人向きであるが、それだけに、著者と好みに合わない人にはハズレになるかもしれない。

表紙には日本語タイトルのほかに「Ein Reisebuch von Wien mit den auserlesenen Empfehlungen」と、ドイツ語タイトルもあるし、目次もドイツ語表記もある。
けれど、本文の各項目のタイトルは独英混在だったりするところもある。
たとえばオットー・ヴァグナーの郵便貯金局は「Österreichische Postsparkasse」だが、カールスプラッツ駅舎は「Karlsplatz Station」である。
シュタットバーンのカールスプラッツ駅の西駅舎は現在は駅舎としては使われておらず、西駅舎の現在名は本書にある通り「Otto Wagner Pavillon am Karlsplatz」である。
だが、著者は、駅だっとことを強調したかったのかもしれないが、「Der alte Stadtbahn-Bahnhof am Karlsplatz」だと長すぎるか。
あるいは「Wotruba Church」は、「Kirche zur Heiligsten Dreifaltigkeit」ではなくてもいいけれど、「Wotrubakirche」にしておいてほしい。

巻末にマップがあり、掲載されている建物やお店などの場所がわかる。
一部、地図のエリア外の情報もあり、それは地図には載っていない。
所在地とURLは載っているので、気になれば探すことは可能。
ただし、いずれもアクセス方法は載っていない。
まあ、大抵は歩いていけるところにあるけれど。

本文が始まる前に「Fliegen Sie mit ANA nach Wien.」という記事が4ページあるので、ANAがスポンサーになったのかもしれない。

1 Gebäude in Wien erkundigen / ウィーンの建築探訪
2 Auch mal einen Firmenbesuch wagen / 会社訪問をしてみる
3 Das alltäglich Leben in Wien / ウィーンの暮らし いつもの暮らし
4 Am Wochenende muss man auf den Flohmarkt gehen! / 週末は絶対蚤の市!
5 Verschiedene schöne Gemischtwarengeschäfte / 雑貨ショップいろいろ
6 Köstliche Mahlzeiten und Caffé / 美味しいご飯とカフェ
7 Brot, Kaffee und Desert / パンとコーヒーとスイーツも
8 Das Hotel auch ein wichtiger Punkt / ホテルも大事なポイント

塚本太朗/著
産業編集センター
https://www.shc.co.jp/book/11097

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