旅行・地域

2020年3月22日 (日)

4 芦ノ湖スカイライン

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朝の富士山。

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そして、朝の芦ノ湖。

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朝食、バイキングのように周囲で人がうろうろしないので、落ち着ける。

山のホテル
https://www.hakone-hoteldeyama.jp/

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湖尻から芦ノ湖スカイラインを走る。
標高1030mの杓子峠から富士山を見る。

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レストハウスから芦ノ湖を見下ろすと、山のホテルが正面に見える。
三島経由で第2東名→東名→第2東名→圏央道と走って、帰着。

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2020年3月21日 (土)

3 山のホテルのフレンチ

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夕食は「ヴェル・ボワ」にて、まず、おつかれさんのシャンパーニュ。

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アミューズ、そして帆立貝のムース、ホタルイカや貝やアスパラガスやらが並んでいる。

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続いてワインは白、かぼちゃのポタージュ。
3杯目のワインは、赤。

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メインは、糸撚鯛。
デザート。

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ふう、お腹いっぱい。

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本日のメニューでございます。
案内されたテーブルは、ふだんは個室として使われている小さ目の部屋。
やはり連休で、お客さんは多いようだ。

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ちょっと外に出てみる。

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金星、シリウスもオリオンも見えた。

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ラウンジ・バーでは、自動ピアノが流れていた。

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部屋から箱根町方向。

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2 山のホテル

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箱根ガラスの森美術館から仙石原を抜け、山のホテルへ向かう。

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部屋は3階、このホテルはすべてレイクビュー。
元箱根・箱根町方向から、芦ノ湖と外輪山。

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そして外輪山の三国山方向と富士山、富士山は、ちょっとぼんやり。

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広めのお部屋であった。

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よく見たら、2番目に広い部屋で、隣のお部屋が一室だけの富士山ビューの広いお部屋。

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今回の宿泊プランは箱根スイーツ付きなので、サロン・ド・テ ロザージュへ。
数組待ちで、30分ほどで席に案内された。
「桜の花」という名のスイーツ。

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紅茶はたっぷりで、3杯~4杯は楽しめる。

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そばに、旧岩崎別邸時代、岩崎小彌太が使ったプライベート桟橋がある。
以前は観光船が着いたらしいが、その後船が大型化したので、この桟橋にはつけなくなってしまった。

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海賊船が元箱根港に向かう。

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元箱根港に着いた海賊船は、2019年4月就航の「クイーン芦ノ湖」。

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旧岩崎邸の、山のホテルの庭園を歩いてみる。
ツツジの季節、シャクナゲの季節には、たくさんの人たちが来る。

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ラウンジ・バーで、山のホテル麦酒。

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芦ノ湖の夕暮れである。

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5階に展望室がある。
元箱根・箱根町方向、芦ノ湖と外輪山。

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三国山方向と富士山。

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三国山方向と富士山。

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1 箱根ガラスの森美術館

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数十年ぶりに、お泊まりで箱根に向かう。
圏央道に入り、海老名南JCTで第2東名へ、伊勢原JCTから東名を走り、御殿場ICで降り、R138を走って箱根ガラスの森美術館に入る。

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さっそくお昼にするが、思いのほか多くの人が来ていて、時間も粗油後少し過ぎだったこともあるが、しばらく待たなければならなかった。
カンツォーネを唄うPaolo Mattiello氏。

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箱根ガラスの森美術館

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箱根ガラスの森美術館

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ヴェネチアン・グラス美術館でヴァイオリンコンサート、演奏するAlberto de Mace氏、クラシック取り混ぜ、レミ、エリーザベトなどで15分。
https://www.hakone-garasunomori.jp/event/alberto_de_meis.html

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箱根ガラスの森美術館

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箱根ガラスの森美術館
https://www.hakone-garasunomori.jp/

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2020年2月12日 (水)

滋賀は鴨鍋 7 帰宅

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高台寺から京都市街を眺めると、法観寺の五重塔、遠くに京都タワーが見える。
東大路の東山安井バス停からバスに乗る。
急行バスも走っているが、このバス停には止まらず2台ほど去って行ってしまった。

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遅いが、お昼にしようと京都駅大階段を上がって伊勢丹に入り、栄寿庵というお店に入ってみた。
2時という時間帯であるからか、お店の中には空席の方が多いのは、栄寿庵に限ったものではなかった。

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座った席は窓際、京都駅と京都の南の景色がよく見える。
頼んだのは、せっかくなので西京漬のセットメニュー、いくつか選べるお魚は鰆。

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京都の南側には高い建物がないので、伏見城も見えているようだ。

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東寺や泊まったホテルの部屋も見えた。
部屋は最上階の一番手前。

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近鉄特急が出発し、新幹線が到着する。

栄寿庵
http://www.kyoto-hatoya.co.jp/eijuan/

お土産は阿闍梨餅と千枚漬け、阿闍梨餅は時間帯によっちゃ店頭から消えていることもあったけれど、平積み状態だった。
出町柳のふたばの行列は、いまはどうなっているかしら。

のぞみ32号の指定席を確保し、1556京都発1755新横浜着で横浜線に乗り換える。
今回の京都行きでいちばんの混雑状態は、横浜線だ。
アクセスのいい神戸空港から飛行機で羽田に戻るほうが、羽田からもバスで座ってこれるし、よほどゆったりとした帰路になるので、これからはそうしようかな。

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晩ごはんは、志津屋さんで買ってきたビーフカツサンドとオムレツサンドのミックス。
http://www.sizuya.co.jp/menu/sandwich.html

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滋賀は鴨鍋 6 高台寺

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ねねの道を歩いていくと台所坂があり、台所坂を上がると大門、大門を抜けると高台寺の庫裏が見える。

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大門のそばの梅が、ぼちぼち咲き始めていた。
庫裏横の受付に行き、拝観券を求める。

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高台寺では、北政所が祀られている「霊屋」(おたまや)が特別公開されているのだが、拝観ルートは決められていて、いきなり「霊屋」にいくことはできない。

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庫裏の横から湖月庵、遺芳庵の前を歩いていくと、偃月池と池の向こうに開山堂(重要文化財)が見える。
方丈の前から開山堂に渡る橋がかかっているが、通行はできない。
大正時代に再建された方丈に入ると、複製であるが秀吉が使用したとされる鳥獣文様綴織陣羽織やねねの小袖が展示されている。
方丈の前の庭園は砂の山が二つ、砂地には、こうした枯山水な庭でよく見るような文様は描かれていない。

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方丈からも、開山堂が見える。
方丈から出て、庭の横を歩き、中門から開山堂にいく。

開山堂は1605年の築で、入ったところの天井は折り上げ天井で、秀吉の御座舟の天井が使われている。
その奥の天井はねねの御所車の天井が使われ、左右の天井には極楽が描かれている。
中興開山の三江紹益の木像を祀る堂は後から建て増しされたので、柱の色が異なっている。
右側にはねねの兄である木下家定やその妻雲照院の像、左には高台寺の建立に尽力した堀監物直政木像が安置されている。
柱の上部の彩色は、今はかなりはげ落ちているが、建築当時は豪華絢爛だった様子が偲ばれる。

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開山堂から臥龍池を渡り霊屋(おたまや)へと続く臥龍廊は、霊屋(おたまや)に向かうに従って急になる反った形の屋根の瓦が龍の背に似ているとして、この名がつけられたそうだ。
方丈側を見ると、偃月池を渡る橋の中央に観月台(重要文化財)があり、ねねがは亡き秀吉を偲びながら池面に映る月を見たところとされている。

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臥龍廊を上がることはできないので、開山堂を出て、臥龍池をめぐりながら霊屋(おたまや)に向かう。

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1605年築の霊屋(おたまや)(重要文化財)は、3年ほどかけた修復が行われており、いまは南側が修復中である。
内部には、中央に大随求菩薩像が安置された厨子(扉は閉じられている)が安置され、その右に豊臣秀吉坐像、左にねね(北政所)の片膝立木像が安置されている。
ねねは、像の2m下に埋葬されている。

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霊屋(おたまや)を出たところは、臥龍廊を上がりきったところで、方丈も見下ろすことができる。
霊屋(おたまや)のこの面の修復は終わっていて、柱や斗栱のまだ新しい漆の色が鮮やかだ。
この修復には、若い人も加わっているそうだ。
開山堂も、元々はこのような彩色だったのだろう。

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拝観ルートはさらに高台へ上がり(このお寺の名前は、こうした境内の形状から来ているのかと思いたくなる)、時雨亭(重要文化財、2階建ての茶室)、傘亭(重要文化財)を周り、竹林をおりていく。

高台寺
https://www.kodaiji.com/

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滋賀は鴨鍋 5 虎屋から八坂神社へ

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起床は8時、昨日より雲が多そうだ。
このホテルの朝ごはんは、外国人客も多くほぼ満席の時間が続くのだが、平日でピーク時間は過ぎているとはいえ、この日はガラガラだった。
チェックアウトを済ませ、地下鉄烏丸線で丸太町駅に行く。
平日の通勤時間帯は過ぎていて、座っていくことができた。

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御所の脇の烏丸通りを上っていき、目的の場所の手前にある護王神社にお詣りする。
この護王神社は、足腰守護のご利益がある神社なのである。
http://www.gooujinja.or.jp/

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用事を済ませて、虎屋菓寮に向かう。
鴨鍋の知人が勧めてくれたところだ。

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表の庭に面した席、奥の中庭に面した席もある。
中庭を挟んだ蔵の風抜きのデザインも、虎屋。

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高くカーブを描いた天井、ゆったりとしたテーブルと椅子、本も並んでいるので、本のページをめくりながらゆったり過ごすことができそうだ。
季節の羊羹紅梅の橋と抹茶をいただいた。
天井から下がる照明器具も、虎屋である。

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数量限定でお赤飯があったので、お持ち帰りができるかどうか尋ねてみたら、お持ち帰り用は要予約だそうだ。
虎屋のお赤飯、頂き物で味わったことがあるが、美味しいお赤飯だった。

虎屋菓寮
https://www.toraya-group.co.jp/toraya/shops/detail/?id=55

今出川駅から地下鉄烏丸線に乗り烏丸御池駅で東西線に乗り換えて三条京阪駅へ、おけいはんを三条駅から祇園四条駅まで乗る。
地下鉄の駅が「三条京阪駅」でおけいはんの駅が「三条」、ちょっと謎。
祇園四条駅から地上に出ると、なんと、四条の通りを、人を避けずに歩くことができるではないか。
いつもだと行き交う人の群れを避けないとぶつかってしまいそうなのだが、この日、人と人との間は数メートル離れている。

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四条通りと東大路との祇園交差点まで来ると八坂神社の西楼門に上がる石段があるが、この石段も人の姿はチラホラである。
境内にって歩いても本殿の前に行っても人は少なく、お詣りに並ぶ必要は全くない。

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この辺りだと、さすがに中国語も聞こえてくるが、喧騒というほどではない。

八坂神社
http://www.yasaka-jinja.or.jp/

南楼門から石鳥居を抜けて、親鸞聖人の墓所である大谷祖廟への石畳の参道を歩き、さて、丸山公園に行こうかどうしようかと考えて、まだ行ったことのない高台寺に行ってみようと、参道からねねの道で折れ、しばらく歩いていく。

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2020年2月11日 (火)

滋賀は鴨鍋 4 鴨鍋

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京都駅のカフェでひとやすみしたあとで、湖西線に乗車する。
3番線に、緑一色の117系電車が入線してきた。
国鉄的デザインの顔ではあるが、色は東急の青大将を彷彿とさせる。
1642京都駅発、山科から湖西線に入り、大津市街を抜けると窓の外に琵琶湖が見えてくる。

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知人宅のあるおの駅で下車する。

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これから、鴨鍋である。
合いがもではなく真鴨、琵琶湖は真鴨は禁猟なので、新潟から来た真鴨なのである。
プレートにはミンチ、肝、ササミ少々、鴨肉、そして見えないが鴨肉の下に脂身。
ミンチは首の軟骨が入っていて、さんしょをふりかけ、卵の黄身ででこねこねしておく。

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まず、だし汁の入った土鍋に、ミンチを団子にして放り込み、鴨の脂身の部分(鴨肉の下に敷かれている)を放り込んで、待つ。
アクは取る。
頃合いを見て豆腐やキノコ、大根、ごぼうを入れ、待つ。
これでよしと思ったら、白菜、せり、ネギを入れ、いい頃になったら食すのである。
お肉がなくなったの頃に、肝を入れる。
あとの仕上げはうどんやごはんではなく、山形のそば、鴨南蛮である。
ああ、美味しかった。

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10時少し前に辞去、駅まで降りてくると、琵琶湖には月の道ができていた。

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京都行きの電車内は、ガラガラである。
途中駅で少し乗ってきたが、ほとんど山科で降りていった。
止まるのは、ここのところ使っているおけいはん、到着時刻は、知人宅から電話しておいた。

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いつもの13階であるが、初めて西側の部屋である。
西側は隣のアバンティが視界を遮っているのだが、この部屋は端っこの広めの部屋で、駅ビューだった。

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滋賀は鴨鍋 3 妙心寺(2)

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法堂を出て、大庫裏に向かう。
そばの蔵の金具が面白い形だ。

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大庫裏には守り神「韋駄天堂」もある。

中に入ると土間で、左手に竃の焚口が並んでいる。
煙は、天井から屋根に抜けるようになっている。
竃の背後の壁が波打っているが、竃からの暖かい空気が流れを作り、壁に湿気が溜まって水滴とならないような工夫だそうだ。
床は外に向かってゆるく斜めになり、板と板の間に隙間がある。
お釜を洗った後の水を、そのまま流すことができるようしにしてある。
また、井戸は外にあるが、汲んだ水は井戸から庫裏の中にある石の水槽まで樋を使って流したようで、井戸と水槽の間に樋を置く石柱が何本か立っている。
北側には小庫裏、そして火の番をする部屋がある。

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大庫裏のそばに鐘楼がある。
ここにあった国宝「黄鐘調鐘」は法堂に置かれているので、現在は別の鐘が吊られている。
大庫裏で、ガイドさんの案内はおしまい。
法堂(奥)の南側には、仏殿(1827建立、重要文化財)が建っている。

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浴室に向かおうとしたら、前を偉そうなお坊さまがゆったりと歩いていて、付き従っている坊さんが手にしているのは、お坊さま用の靴。
正倉院展で見た、聖武天皇の靴に似ている。

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特別公開は、浴室(1656年建立、重要文化財)の明智風呂である。

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明智光秀が入ったわけではないのだが、元々は1587年に太嶺院の密宗により光秀の菩提を弔うために創建したことで、この名がある。
風呂といってもお湯に浸かるのではなく、お湯の湯気にあたるいわばサウナである。

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一番下の扉から中に入り、板敷きの上に座っているのだろう。
中断の扉は、風通しのためらしい。
明智風呂の左奥に湯を沸かす釜があるのだが、団体さんと一緒で混雑していたので、そこまでは見なかった。

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床が心持ち斜めになっているのは、水がたまらないようにしているのだろう。

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三門(1599年建立、重要文化財)は朱塗りである。
上層の天井にも龍が描かれているのだが、公開されていない。

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三門の南側には、放生池。
こうした配置は、相国寺を思い出す。

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南総門(1610年建立、重要文化財)から妙心寺を出る。

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横に、勅使門(1610年建立、重要文化財)がある。

淡交社の「古寺巡礼」シリーズの「妙心寺」には、長田弘さんが「妙心寺松籟」という巻頭エッセイを書いている。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/post-fba3.html

妙心寺
https://www.myoshinji.or.jp/

花園駅まで歩いて10分ほど、山陰線、いまは嵯峨野線と呼ばれているようだが、高架になる(京都駅~二条駅間高架化は1976年、二条駅~花園駅間高架化は1996年、複線化は2000年)はるか前の1971年に、円町駅あたりに来たことがある。
当時は単線未電化だった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/age20.html

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滋賀は鴨鍋 2 妙心寺(1)

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妙心寺駅から歩いて数分、妙心寺の北総門(1610年建立、重要文化財)から境内に入る。
北総門は、それほど大きな門ではない。
北総門から、中央に石畳が敷かれた道がまっすぐ南に向かっていて、左右には塔頭が並んでいる。
この辺りは大きな建物がないので、空が広い。

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麟祥院を覗いてみたら、梅が咲いていた。
霊雲院を覗くと、お像が立っている。

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ここには、西田幾多郎のお墓がある。
妙心寺境内の道をもう少し進む。

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妙心寺の拝観は、20分ごとにガイドさんが案内してくれる。

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拝観できるのは法堂(1656年建立、重要文化財)と大庫裏(1528年建立、重要文化財)だが、いずれも写真撮影はできない。

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法堂の天井には、狩野探幽の雲竜図が描かれている。

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時間まで、大方丈(1654年建立、重要文化財)で待つ。
大方丈では、狩野山楽の龍虎図(重要文化財、本物は京都国立博物館に委託)のうち虎図の複製が飾られていた。
大方丈から法堂の屋根が見える。

ちょうどどこかのお寺の門徒らしき団体と一緒に案内されたので、ぞろぞろ歩く人が多い。
次の時間のガイドが後ですれ違ったが、数人だったので、一つ遅らせばよかったかもしれない。

まず法堂である。
入ってみると、床は黒い石の四半敷き、天井には、狩野探幽の雲竜図が描かれている。
堂内に須弥壇が置かれているが、ここには何も祀られておらず、法要ごとに仏像が祀られる。
堂内に、国宝「黄鐘調鐘」が置かれている。
元来鐘楼に吊られていたが、疲弊のために法堂に置かれることになった。
十字の中央が撞木が撞かれるところだが、これが高い位置にあるほど古い鐘らしい。
ガイドさんの説明の最中に、録音された鐘の音が響く。
ちょうど外の鐘楼からも鐘の音が聞こえてきた。

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