旅行・地域

2019年11月23日 (土)

広島国際映画祭と灰が峰 10 空路帰宅

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お昼は呉で信州そば、そして呉の本屋さんに言ったら、「昭和の鉄道旅~復活編~」の特別企画に「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」、お持ち帰りにしてしまった。
https://www.ryokoyomiuri.co.jp/mook/post-54.html

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くれ観光情報プラザでもすずさん。
亀山橋から灰が峰を見る。

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今日は入らなかったが、森田食堂である。
このアピール、いいなあ。

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空港バス待ち時間は、駅でアイスもなか。

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バス停に行くと、すずさんバスが出て行った。

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呉駅前14:50の空港バスで、広島空港に向かう。

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東京からANA679が到着した。

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17:05発のANA682として東京に向かう。
機材はJA817A、Boeing 787-8 Dreamlinerである。

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この機材、4年半前に搭乗したことがあった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/nh-028-58d7.html

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席は30F、窓には遠いが、非常口席ほどではないものの、足元は広い。

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広電の被爆電車651号、空港売店にあったのでお持ち帰り。
オンラインでも購入可。
https://www.takaratomy.co.jp/products/tomica/lineup/regular/061-080.htm

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広島国際映画祭と灰が峰 9 灰が峰

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呉駅のコインロッカーにスーツケースを預け、タクシー乗り場に行き、灰が峰までの値段や所要時間を訪ねる。
5~6千円、片道2~30分だと。
よし、行こう。
タクシーは山裾に差差し掛かると、「こっちの方が近いんですよ」と本通りから狭いくねくねした家々の間の道を走っていく。
三ッ蔵よりも西のほうだ。
とすると、辰川バス停はこのあたりにあったのかしらと想像しながら周囲の家々をみる。

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30分かからず、灰が峰展望台に到着、東北東方向を見る。

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東方向と東南東方向。

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南東方向と南南東方向。

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南方向と南南西方向。

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灰が峰展望台

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遠くに見えているのは、瀬戸内海を挟んだ四国だろう。

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灰が峰展望台は円形である。
これは、「この世界の片隅に」でも射撃するシーンがあったが、八九式12.7cm連装高角砲の砲台の基部を利用しているからだ。

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呉市街、夜景は美しいそうだが、ここまでの道は街灯もない狭い道なので、タクシーの運転手さんも怖いと言っていた。

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二河公園は桜の名所、すずさんたちがお花見にきてりんさんとすずさんが桜の木に登。ったところ。
練兵場も見え、円太郎が入院していた窓から、高射砲が設置されていた練兵場が見えた。

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灰が峰から降りてくる、ここが辰川あたりかどうかはわからないが、ここから鎮守府や工廠に通っていたのだとすると、徒歩だと片道1時間はかかるだろう。
5時に勤務を終えた周作の帰宅は6時だろう、どうりで録事を六時と思っていたわけだ。

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広島国際映画祭と灰が峰 8 カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂

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朝刊に、広島国際映画祭の記事が載っていた

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広島駅までタクシーに乗ることにして、「カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂」に寄ってもらうことにした。

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今年の待降節は12月1日から始まるが、もうプレゼピオが飾られている。
「カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂」は、被曝したドイツ人司祭フーゴ・ラッサールによって建てられた。
http://hpmmuseum.jp/modules/exhibition/index.php?action=DocumentView&document_id=257&lang=jpn

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「カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂」入り口の扉、はデュッセルドルフ市からの寄贈。
設計は村野藤吾氏だが、決まるまでに紆余曲折があったらしい。

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お御堂両側にあるステンドグラス、上段は オーストリアから、下段はドイツ・ポルトガル・メキシコからの寄贈。
祭壇はベルギーから、モザイク壁画はアデナウワー元首相からの寄贈。

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祭壇のステンドグラス、薔薇窓はアーヘン市フランシスコザビエル・フェラインからの寄贈。
パイプオルガン、ケルン市からの寄贈。
1981年2月25日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が来日時に訪れた。

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「カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂」案内図、番号に対応する説明が見当たらないが・・・・。
2006年に広島県の重要文化財に指定された。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/bunkazai-data-102010550.html

カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂
http://noboricho.catholic.hiroshima.jp/

9時45分頃広島駅に到着、10:00発の広行き快速安芸路ライナーで呉に向かい、10:33呉着。

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2019年11月22日 (金)

広島国際映画祭と灰が峰 7 夕食はフレンチ、夜の平和公園

ホテルに戻ってエレベーターに乗ったら、なんとサーロ節子さんとご一緒になってしまった。
このホテルに泊まっていらっしゃるのではなく、何かの集まりにみえたらしい。
そして、パパさまをお迎えになるのだろう。

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晩ごはんはホテルでいただくことにした。
シャンパン(スパークリングは、リストにない)で、広島国際映画祭に感謝。

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前菜(中はなんだったかな、甘かった)と「ココットに入ったフォアグラ 茸と焼きねぎ」

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ドイツの赤をお願いした。
お魚料理は、「甘鯛のパヴェ雲丹のムース 柚子風味のヴァンブランソース」。

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お肉料理は「赤ワインで柔らかく煮込んだ牛タンとリードヴォーのフリカッセ かぶらの上にのせて」、デザートはワゴンが来てチョイスできる(いくつでも)。

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ラウンジでもう一杯

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夜のお散歩に出てみた。
平和大通りのイルミメーション。

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元安川と原爆ドーム、元安川添いを歩く。

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ライトアップされた夜の原爆ドーム。

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韓国人原爆犠牲者慰霊碑。

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原爆ドーム。

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夜の原爆ドーム。

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夜の原爆ドーム、元安橋からホテルが見える。

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夜の鯉城通りを走る路面電車と旧日本銀行広島支店。

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広島国際映画祭と灰が峰 6 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」と片渕監督ワークショップ

開幕式が終わったあと、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の先行上映である。
これまで見慣れていきた「この世界の片隅に」、ところどころに新しいシーンが追加されている。
リンさんにまつわるシーンが多いが、ちょこっと追加されていたりするシーンもある。
なので、これまでつながっていたシーンとシーンとがつながらない。
すずさん長尺版をこなすのに、何度観ればいいのかしら。

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「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」上映後、片渕須直監督、のんさん、岩井七世さんによるトークショー。

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トークショー
http://hiff.jp/archives/7760/

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16時から片渕監督ワークショップ、背後にある「おかえりなさい すずさん」のポスターは、これから広島や呉に貼りまくるそうだ。

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片渕監督のワークショップで、登場人物の年表、出来事の年表を拝見したが、作りたくなるのはわかります、自分でもドリトル先生の年表、作ったもの。

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片渕監督ワークショップ
http://hiff.jp/archives/7836/
http://hiff.jp/archives/7462/

ワークショップ終了後、記者会見があったようだ。
http://hiff.jp/archives/7823/

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終了は17時、東京だともう真っ暗になっている

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広島国際映画祭のオープニング、そしてワークショップでは色々なものをで頂いた。
上はすずさんリンさんの袋に入ったレモン、中左は「おたふく」パンフレット、おたふく「有機お好みソース」、瀬戸内レモン・レモネード、下はクリアファイル。
クリアファイルの中に入っていたものは、瀬戸内レモン・レモネードのシールなどを貼って送るとチケットが当たるかもの応募ハガキとレモンを使ったレシピ。

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広島国際映画祭
http://hiff.jp/

この世界の(さらにいくつもの)片隅に
https://ikutsumono-katasumini.jp/

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広島国際映画祭と灰が峰 5 広島国際映画祭開幕

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朝ごはんである。
銀杏はもう少し。

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さて、さっさと会場に出かけることにして、袋町電停に向かう。
鯉城通りを走る路面電車1009号。
袋町電停で待っていると、広島駅行き路面電車3809号が入ってくる。

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紙屋町東電停で下車すると、3809号の後ろに広島駅行き路面電車5004号がいた。
基町クレドには10時前に到着した。
天文時計もついている。

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11時からの片渕監督ワークショップの整理券配布まで1時間待ち、すでに数十人並んでいる。
外には広島市立中央図書館、ひろしま美術館、広島城が見える。

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NTTクレドホールのフロアには、すずさん関連のパネルが置かれている。

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広島国際映画祭スケジュール表。
映画のチケットに片渕監督ワークショップの整理券をつけてもらった。

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開場までコンビニおにぎりでお昼を食べていたら、濱井理髪店の濱井さんの収録をしていた。

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12時から広島国際映画祭開幕式、セレモニーが終わってから撮影可の時間となった。
壇上には審査員、監督たちが並び、大林宣彦監督や大林恭子さんの姿も見える。

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そして片渕須直監督、のんさん、岩井七世さん。

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開幕式が終わり、大林宣彦監督や大林恭子さんが退場。

広島国際映画祭2019開幕式
http://hiff.jp/archives/7749/

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2019年11月21日 (木)

広島国際映画祭と灰が峰 4 ホテルに戻る

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ホテルに戻る。
そのままラウンジに直行する。

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夜のラウンジ、ここで晩ごはんを済ませてしまう人もいるようだ。

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「ひろしまドリミネーション2019」を見下ろす。
明日が楽しみだ。

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部屋に戻る。

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この高い建物はリーガロイヤルホテル広島、広島国際映画祭の会場ははこのすぐ近く。
バスルームの床は、旧朝香宮邸のウインターガーデンを思い出す。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-bcde4b.html

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広島平和記念資料館チケットといただいたポストカード。
アメリカ産の偽ブドだけど、寝る前に。

ANAクラウンプラザホテル広島
https://www.anacrowneplaza-hiroshima.jp/

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広島国際映画祭と灰が峰 3 広島焼き

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紙屋町西電停に向かう広島港行き路面電車703号、そして紙屋町西電停を出た宮島口行き路面電車3805号。

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紙屋町西電停の西広島行き路面電車762号、そして原爆ドームを背景に相生通りを走る路面電車1006号。

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広島国際映画祭の会場は「NTTクレドホール」だが、地図を見ても独立した建物ではないようだ。
リーガロイヤルホテル広島のそばらしいのだが、よくわからなくて一角を一周してしまった。
NTTクレドホールは、基町クレドの11階にある。
1階のフロアに、ポスターが掲示されていた。
エレベータにもラッピングされていたので11階に行けるかと思ったら、10階でおしまいだった。
準備中で一般人は入れないのだろう。

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ちと早いけど、晩ごはんにする.
2年半前に来たことのある、「春来」。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/diamond-princ-9.html

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「春来スペシャル」である。
どうしたら、こんな風な柔らかいキャベツになるのだろう

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「肉玉」おかわり。
店内は、こんなである。

春来
https://tabelog.com/hiroshima/A3401/A340111/34015574/

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ホテルに戻る途中のライトアップされた建物は、旧日本銀行広島支店である。

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2000年広島市指定重要有形文化財に指定され、内部が公開されている。
https://www.hiroshima-navi.or.jp/post/005966.html
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/genre/1000000000463/index.html

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平和大通りではイルミメーションが点灯していた。
「ひろしまドリミネーション2019」が開催されているのである。
http://www.dreamination.com/index.html

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広島国際映画祭と灰が峰 2 平和記念公園、原爆ドーム

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平和の池の横を歩く。
振り返ると、原爆死没者慰霊碑と広島平和記念資料館。

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原爆死没者慰霊碑と広島平和記念資料館、反対側には原爆ドーム。

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旧大正屋呉服店は、戦後は燃料会館となり、1982年からレストハウスとなったが、2018年2月から改修工事中、2020年7月リニューアルオープン予定である。
原爆供養塔前には、人の姿はちらりほらり、ほとんどが欧米人である。

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元安川と原爆ドーム。

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元安川と原爆ドーム。

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相生橋を路面電車706号が走る。
紙屋町西電停に向かう路面電車1010号。

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紙屋町西電停を出た江波行き路面電車714号。

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原爆ドーム。

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原爆ドームの鷺。

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広島国際映画祭と灰が峰 1 広島へ到着、広島平和記念資料館

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新横浜9:49発の「のぞみ21」は西へ、今日は広島に向かう。

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お昼はもちろん崎陽軒、横濱チャーハン。

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広島到着13:26、路面電車に乗り2時少し前にホテル到着してひとやすみ、ここは21階。

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しかし、平和記念公園はちらっとしか見えない。
ちょっと広めのお部屋だった。

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7階のラウンジへ行ってみる。
朝ごはんもここで、時間帯にもよるがソフトドリンク、アルコールもいただける。

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午後に並ぶものは、ケーキ類とコーヒーなど。
ケーキとコーヒーをいただく。

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明日の会場を偵察しに出かけることにした。
鯉城通りを、広島港行きの路面電車762号が走る。
元安川の平和大橋から原爆ドームが見える。

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今年4月25日にリニューアル・オープンした広島平和記念資料館に入ってみることにした。
リニューアルに伴い、「被爆再現人形」は撤去され、写真や実物の資料展示が中心となった。
リニューアルについては、ここに詳しい。
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/20226

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展示は、「導入展示」→「被爆の実相」・「ギャラリー」→「核兵器の危険性」→「広島の歩み」と進むことになる。
「導入展示」エリアには「ホワイトパノラマ」があり、プロジェクションマッピングで被曝が再現される。
小学生の修学旅行らしき子どもたちがたくさん来ていたが、好き勝手に見て回るだけで、説明する大人はそばにはいない。
こんなんでいいのかしら。
欧米人も来ていて、真剣な面持ちでじっくり説明を読んでいる。
撮影はできるが、展示されている品々にレンズを向ける気持ちにはなれない。

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本館から東館に戻る途中に、銅板製の「銅板製の旧中島地区復元図」と「中島地区の復元地図と現在の平和記念公園」が展示されている。

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「中島地区の復元地図と現在の平和記念公園」の中島地区の復元地図と説明

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「中島地区の被曝前後」、被曝後は下部。

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上部が被曝前。

展示を見て、なんだか、現実とつながっていない展示のような気がした。
原爆が炸裂した、多くの人がなくなり傷ついた、ということはわかるし、伝え続けるべきだとは思う。
けれど・・・・。
「原爆が落ちたのが誰も住んでいない公園でよかったね」という声が多いということを聞くが、広島は軍都であったとはいえ、爆発地点は軍事基地でも軍需工場でもなく、原爆が投下されたのは人が住んでいる街の上空だったこと。
破壊力の実験と確認のため、空襲被害が少なかった広島が選ばれた、という説もあるようだ。
なぜ、原爆が落とされるような事態になったのか、そして今、核廃絶に向けた動きに日本政府は同調していないこと、そんなことまでは伝わるかしら。
こんなことを思いながら、展示を見ていた。

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本館から原爆死没者慰霊碑、原爆ドームを望む。
慰霊碑には人の姿が多い。

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