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2020年11月 7日 (土)

物語 東ドイツの歴史 分断国家の挑戦と挫折

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2018年のドイツ行きでは、東であったエリアに行ってきた。
東ドイツ時代はどんな街だったのだろうか、村だったのだろうかと思いながら景色を眺めていたものだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/deutsch-2018.html
そして、先日、「ドイツ統一」を読んだばかりである。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-44f087.html
「ドイツ統一」の著者の見方は、「西」のCDUの立ち位置からの東西両ドイツと「統一」後のドイツの通史ということができるだろう。
けれど、本書の東ドイツへの見方のほうが「ドイツ統一」よりもかなり辛辣であるとの印象が残った。
これは、ドイツ人が見た東ドイツと、ドイツとは一定の関係を持ってはいるが、日本人が見た東ドイツの違いなのだろうか。
とはいえ、著者の立ち位置は、いまひとつはっきりとしない。

P.72に「質の管理がなされていない商品が大量に出回るという計画経済の欠点」、P.73に「社会主義体制下では、消費財が必要なところに供給されずに不足しつつも、物資は退蔵されるという「不足の経済」が生じる」という記述がある。
「質の管理がなされていない商品が大量に出回る」ことや「不足しつつも、物資は退蔵される」ことが「計画経済」や「社会主義体制」の必然的結果のような記述だが、結果としてそうした現象はあったとしても、必然的結果と断定するのはどうなのだろうかと思う。
また、P.102にベルリンの壁が建設された頃の写真が二葉掲げられていて、上の写真は「自由への跳躍」(Sprung in die Freiheit)として有名な写真なのだが、これは「壁」建設が始まった2日後、まだ「壁」になる前の鉄条網で遮断されたときのできごとで、本文との関係からいえば、唐突すぎやしないかと思う。
こうしたことも、本書の著者の立ち位置が判然としないことを示しているのかもしれないし、「物語」であるのかもしれない。

私じしんは、いまだに東ドイツ、DDRを追っているのだが、東ドイツといえば、大学の授業で、「東ドイツの労働者は分業の一部を担っているが、分業での単なる歯車的な存在ではなく、自分が担当する作業について、作業の全体を把握していてその中の任務を理解していて、資本主義体制下の労働者のような歯車としての存在でしかないような労働者ではない」、ということを聞いていたことが始まりと言える。
当時は、日本でも東ドイツは東の優等生として語られていており、そうした見方は自分でも見聞きしていた。
これは、本書P.180の「一九七〇年代、東ドイツは外から見れば安定しており、世界で一〇指に入る先進工業国であるという評価」と重なる。
しかし、著者は、存在していた東ドイツを同時代的に実体験することは、年齢的に不可能だ。
また、1989年は、それまで自分のなかに積み重なっていたドイツだとか、社会主義、資本主義、民主主義だとかといったもろもろとの関係で見なおさなければならなかったし、そのプロセスである種の喪失感がともなったのだが、「一九八九年の変動を思春期に経験した」(P.271)著者は、どのような思いで1989年を見ていたのだろうか。
それはある意味、何にもとらわれないで東ドイツを記述できるということでもある。
であるとしても、実際に行ったわけではなく伝聞でしかないが、現在進行形で東ドイツを見聞きしていた体験がある者からすれば、残念ながら、本書の内容は自分の中に落ちてこないで読み終えてしまったのである。
同じ著者の「歴史としての社会主義 東ドイツの経験」も読んでいるが、本書ほどには落ちてこないということではなかったのは、「歴史としての社会主義 東ドイツの経験」が単著ではないからかしら。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-c5545b.html

「コラム(3) 映画のなかの東ドイツ」に出てくる映画は、「グッバイ・レーニン」「善き人のためのソナタ」「東ベルリンから来た女」「僕たちは希望という名の列車に乗った」「Sonnnenalle」の5本。
最後の「Sonnnenalle」以外は、映画も見たし、DVDも持っている。
「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、原著がある。
「グッバイ・レーニン」「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、いずれも独語のシナリオ本がある。
「グッバイ・レーニン」「善き人のためのソナタ」はノベライズ本があり、「グッバイ・レーニン」は和訳本、「善き人のためのソナタ」は独語。
「グッバイ・レーニン」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/good-bye-lenin.html
「僕たちは希望という名の列車に乗った」
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b5ab06.html
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-ac0753.html
「バルーン 奇蹟の脱出飛行」は、間に合わなかったか。

巻末の年表と文献は、整理しておこう。

はじめに
序章 東ドイツを知る意味
第1章 新しいドイツの模索―胎動 1945‐1949
第2章 冷戦と過去の重荷を背負って―建国 1949‐1961
コラム(1) オリンピックと東ドイツ
コラム(2) シュタージ
第3章 ウルブリヒトと「奇跡の経済」―安定 1961‐1972
コラム(3) 映画のなかの東ドイツ
コラム(4) 東ドイツ時代のメルケル
第4章 ホーネッカーの「後見社会国家」―繁栄から危機へ 1971‐1980
コラム(5) トラバントと「オスト・プロダクト」の今
コラム(6) 請願と日常生活の政治
第5章 労働者と農民の国の終焉―崩壊 1981‐1990
終章 統一後の矛盾と対峙
あとがき
参考文献
略語一覧
関連年表

河合信晴/著
中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/10/102615.html

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