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2020年10月 7日 (水)

やまゆり園事件

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かつて一緒にキャンプに行ったり、取っ組み合いのぶつかり合いをした人が、死ななければならなかったのは、なぜだ?
事件以後、そのことが頭を離れたことはない。
これまで、事件をめぐって、直接事件にかかわるものだけではなく、さまざまな立場の人が障害者にかかわって著したものを、事件当初、裁判、判決などのフェーズごとに何冊も読んだ。
主人公は、死刑囚ではないのだから、「なぜ、あの死刑囚が殺したのか傷つけたのか」ではなく、「なぜ、殺されたのか傷つけられたのか」という視点が欲しいのだが、なかなか見当たらないでいる。
そうした思いから手にした、報道機関的視点によるさまざまな面からの、やまゆり事件の記録と考察である。
「なぜ?」を問うプロセスは、本書では「第5章 共に生きる」の「〝成就〟した反対運動」以降だろうが、本書での内容やそれに対する考えや感想などについては、ここには書かない。
ただ、「なぜ」をとりまく事象は、たとえば外国人の生活保護受給に対する攻撃とも通底するのだろうとも思った。
『生活保護は外国人に適用しないことは「法第1条に書かれている」』というような言い方はは、国際人権条約や難民条約の要請にもかかわらず、国内法の整備を怠ってきたことを自ら語っているだけであり、それは「特別支援学校」のように「特別」という冠をつけることも同様だろう。

これまで読んだ書籍類(再読もある)は、次のとおり。
障害福祉の父 糸賀一雄の思想と生涯(京極高宣/ミネルヴァ書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-22d2.html
生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-581f.html
現代思想10月号 相模原障害者殺傷事件(青土社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-58f2.html
相模原事件とヘイトクライム(保坂展人/岩波書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-8414.html
涙より美しいもの (稲沢潤子/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-7237.html
相模原障害者殺傷事件―優生思想とヘイトクライム―(立岩真也、杉田俊介/青土社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-29ec.html
福祉の思想 (糸賀一雄/日本放送出版協会)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-cca7.html
あんずの木の下で (小手毬るい/原書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97bc1e.html
わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想(藤井克徳/合同出版株式会社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-36e1af.html
この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代(雨宮処凛/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-6f8525.html
ぶどう畑で見る夢は(小手鞠るい/原書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/11/post-153ab3.html
太平洋戦争下の全国の障害児学校 被害と翼賛(清水寛/新日本出版社)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-c38bfb.html
私たちはふつうに老いることができない 高齢化する障害者家族(児玉真美/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-3c9417.html
いのちを選ばないで やまゆり園事件が問う優生思想と人権(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫/大月書店)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-b3ede2.html
相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ(雨宮処凛/太田出版)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-8a6f11.html
なぜ人と人は支え合うのか 「障害」から考える(渡辺一史/筑摩書房)
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-bb474a.html

これまでの論調のなかでは、一番ストンと落ちたのは、事件当時の藤井克徳さんの「差別の反対は無関心、これが一番の曲者で怪物」という記事だった。
https://www.huffingtonpost.jp/nobuto-hosaka/sagamihara_b_11863594.html
それと、ストント落ちたというより考える糧となっているのは、『最首悟さんの手紙 「序列をこえた社会に向けて」』。
https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-184588.html

事件で、気になっていることがある。
それは、死傷した被害者たちの医療費がどうなっているか、ということで、病院でなされた医療について、明白な第三者行為なので本来は医療保険は適用されないことになるのだろうが、状況から考えれば、保険者は医療保険を適用させて、のちに保険者が加害者に請求することにしたのだと考えているのだが、実際のところはどうなったのだろうか。
そして、判決確定後、損害賠償についての民事訴訟が動きはじめているはずだ。
刑事訴訟だけではなく、民事訴訟を通じても「なぜ殺されたのか傷つけられたのか」を問う場面が期待されるのであれば、報道機関は、それを追ってほしい。
また、「かながわ共同会」「措置入院制度」「生活保護」「総合支援法(措置時代も含めて)「意思決定支援」などは本書では詳細には扱われていないが、「なぜ、殺されたのか傷つけられたのか」の背景にあるものとしては押さえて欲しい。
また、個人的には医療観察法案件かも知れんと思ったが、検察は責任能力ありということで医療観察法の適用はなかったのだが、検察内部ではどうだったのだろうか、議論があったのだろうか。
そして、相模原市はこの事件に関わる文書を「歴史的公文書」として永久保存することにしたが、時が来れば公開されていくのだろうか。
https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-303340.html
神奈川県も同様に、事件に関わる文書を「歴史的公文書」とした。

そして、報道機関として、被害者家族たちが「匿名」を選択しなければならなかったのはなぜなのかは、問い続けて行って欲しい。
もう四半世紀以上前のことになるが、障害や難病の人たちとの「オフ会」を企画したことがあった。
準備をすすめていくうちに、ある報道機関の人が個人として参加したいという希望が寄せられた。
私自身は、より多くの人に知ってもらえるかもしれないと、参加を了解したのだが、他の参加者から、報道で傷つけられたことがあると、異論が出た。
結果的には、オフ会運営の工夫をすることで、異論ありの人も報道機関の人も参加してもらったのだが、その当時、ダイアナ妃の死亡事故とパパラッチの関係もあったし、「報道機関に傷つけられた」ということが他人事ではないなと思ったものだった。

P.169に「同じ社会を生きる仲間として」というタイトルがある。
いや、「仲間」としなくてもいい。
「同じ社会を生きる人として」でいい。

P.344以降の「怒り」と「憎悪」、P.358の「施設以外の具体的な選択肢をいかに示していけるか」「親元以外での別の生活の選択肢を示すことができるかどうか」、考えなきゃいけないことは、たくさんある。

最後にひとこと。
カバー、本体表紙に、彼の写真を載せるのはやめてほしい。
職場でお昼を食べにいくところは、障害者たちが働いている。
そこに持っていけないじゃないか。
この装丁では、彼の傾倒したイルミナティカードと同じだし、判決を受けての藤井克徳氏の『残るのは被告の「重度障害者は安楽死させるべき」という発言と彼の名前だけ』がそのまま現実のものとなってしまった。
これは執筆陣の責に帰するものではないだろうが、このデザインでOKする機会があったとしたら、それも腑に落ちない。
腑に落ちないといえば、なぜこの出版社からなのかな・・・。

執筆陣による座談会
僕たちが4年間問い続けてきたこと
https://www.gentosha.jp/article/16092/
自分も「生きるに値しない命がある」と思ってはいないだろうか?
https://www.gentosha.jp/article/16113/
「共生社会」を美辞麗句で終わらせないために
https://www.gentosha.jp/article/16113/

第1章 2016年7月26日(執筆:石川泰大、デスク:高田俊吾)
未明の襲撃/伏せられた実名と19人の人柄/拘置所から届いた手記とイラスト
第2章 植松聖という人間(執筆:石川泰大、デスク:高田俊吾)
植松死刑囚の生い立ち/アクリル板越しに見た素顔/遺族がぶつけた思い/「被告を死刑とする」
第3章 匿名裁判(執筆:川島秀宜、デスク:田中大樹)
記号になった被害者/実名の意味/19人の生きた証し
第4章 優生思想(執筆:川島秀宜、デスク:田中大樹)
「生きるに値しない命」という思想/強制不妊とやまゆり園事件/能力主義の陰で/死刑と植松の命
第5章 共に生きる(執筆:成田洋樹、石川泰大、山本昭子、佐藤奇平、デスク:田中大樹、高田俊吾)
被害者はいま/ある施設長の告白/揺れるやまゆり園/訪問の家の実践/〝成就〟した反対運動/分けない教育/学校は変われるか/共生の学び舎/呼吸器の子「地域で学びたい」/言葉で意思疎通できなくても/横田弘とやまゆり園事件
終章 「分ける社会」を変える(執筆:成田洋樹、デスク:田中大樹)

神奈川新聞取材班/著
幻冬舎
https://www.gentosha.co.jp/book/b13177.html

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