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2020年10月 2日 (金)

中世鎌倉のまちづくり 災害・交通・境界

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西北東の三方が山、南が海という鎌倉の地理は、「切り通し」に目がいくことが多いが、本書では「切り通し」への言及はほとんどない。
しかし、本書では、山や谷(やと)といった自然条件、災害、橋、境界など、へええと思うような切り口から中世の鎌倉のまちを眺めている。

若宮大路は頼朝の造営であるが、それ以前は、山側のいまの北鎌倉から八幡さまの前をとおって六浦に抜ける道(横大路)、海側の極楽寺からいまの由比ヶ浜通りをとおって名越に抜ける道(長谷以東の長谷小路、下馬以東は大町大路)の東西を走る二本の道と、その二本の道を縦につなぐ今小路、小町大路、いまは通行禁止の釈迦堂切り通しの道が、むかしからの道のようだ。
実家のあるあたりは、集団墓地であったらしい。
こじんまりとした鎌倉、海岸線は現在の海岸線よりも北で、いまの旧鎌倉エリアよりも狭い。
「まち」を見ると、そんな小さな田舎町に置かれた武家政権が、東国から全国に対してどの程度の支配権を及ぼすことができたのか、朝廷から任命された「征夷大将軍」の威光によるところ大なのだろうか。

『鎌倉文化は「柏餅」』、これに尽きる。

鎌倉文化は「柏餅」
I 都市をつくる・維持する
 一 鎌倉の山と谷
  1 鎌倉の山
  2 『吾妻鏡』に見える山の名前
  3 山と都市鎌倉の生活
  4 鎌倉の谷
  5 谷戸それぞれの歴史
 二 鎌倉と災害
  1 都市の災害
  2 火が襲う―火災
  3 水があふれる―水害
  4 風が吹き抜ける―風害
  5 開発と領主
 三 鎌倉を襲った中世の大地震
  1 三つの大地震
  2 正嘉の大地震
  3 正応の大地震
  4 明応の大地震
  5 地震と文献史料
 四 中世鎌倉の橋
  1 小規模な橋
  2 繁華街の形成
  3 軍事上のポイント
  4 特殊な空間
  5 橋の維持・管理
  6 シンボルとしての橋
  7 中世鎌倉に見る橋の機能
 五 都市鎌倉と禅宗寺院
  1 中世都市鎌倉の展開
  2 山内の景観
  3 中世都市と塔
  4 建長寺・円覚寺の華厳塔
  5 禅宗寺院と塔
  6 禅宗寺院の境致と都市の景観
II 都市に暮らす・都市を訪れる
 一 中世都市鎌倉―武家政権中心地の諸相
  1 鎌倉の西と東―若宮大路の整備で東西を隔てる
  2 行き来する人々―武士のほかに妊婦や労働者も
  3 訴訟のための鎌倉滞在―滞在のために借金も
  4 都市の治安維持―人身売買も横行
 二 中世の都市と三浦一族
  1 都市と武士
  2 三浦一族と鎌倉杉本
  3 三浦一族と鎌倉亀谷
  4 三浦一族と京都
 三 一遍にとっての鎌倉
  1 『一遍聖絵』巻五の風景はどこか
  2 鎌倉のシンボルとしての鶴岡八幡宮
  3 一遍は八幡宮に参詣したか
  4 中心と周縁―鎌倉と片瀬
  5 描かれたものと描かれなかったもの―聖絵の意図
 四 鎌倉の境界と周辺
  1 都市の内と外
  2 『一遍聖絵』の木戸
  3 都市鎌倉の境界
  4 宿の木戸
  5 木戸の機能
  6 鎌倉と周辺地域の関係
 五 鎌倉の武家屋敷
  1 鎌倉に住む武士
  2 今小路遺跡の武家屋敷
  3 『吾妻鑑』にみる接客空間
  4 上層武士の屋敷の構成
おわりに

高橋慎一朗/著
吉川弘文館
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b472436.html

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