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2020年9月12日 (土)

豪華映画二本立て「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」「バルーン 奇蹟の脱出飛行」

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相模大野の車庫に入っていたSEが、なぜか外に出ていた。

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さて、まずは「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」である。

湖のあるHeimatから汽車に乗る駅は、SHÖRFLING、そこは、Attersee、Salzkammergut。
しかし、ロケはアッター湖ではなく、南チロルだったようだ。

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着いた駅は、ウィーン西駅(Wien Westbahnhof)だろうが、えらく小さい。
ロタンダが火事?

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フランツは、フロイト教授を訪ねる。
フロイトがウィーンで住んだところは、いま、フロイト博物館となっているが、映画での映画でのフロイト教授が住む建物は、別の建物のようだ。

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それで、フランツとフロイトが語り合うこのシーン。
アルベルティーナのテラスではないか。

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フランツがフロイト教授といっしょにいくカフェは、Café Landtmannっぽい。

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そして、ウィーンのゲシュタポの建物であるが、いまは存在しない。
その跡地には、「Denkmal der Opfer der Gestapo」(ゲシュタポ犠牲者のための記念碑)があるのみ。

映画は、う・・・・む、フロイトと17歳とくれば、「リビドー」に満ちた映画であった。

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プログラムは、買った。

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」公式
https://17wien.jp/

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続いて「バルーン 奇蹟の脱出飛行」。
DDRとくれば、このトートバッグでしょう。

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しかし、である。
冒頭で背景が語られるが、なんと、英語。
なぜ独語じゃないんだ?
そうか、この映画はUSAも関与していたのか。

学校の成年式での歌「Unsere Heimat)は、2018年のドイツ行きで、ドレスデンのDDR博物館で聞いた(もしかしたらライプツィヒのシュタージ博物館での「WIR SIND DAS VOLK!」展でだったかもしれない)。
https://www.youtube.com/watch?v=f5wQ1AQdjlQ

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電気技師ペーターは、Wartburg(ヴァルトブルク)を運転しているのだが、舞台がテューリンゲンだからアイゼナハで生産されていたWartburgで、Trabantではないのか。
型式は1956年に生産が始まった、Wartburg 311のようだ。
1965年にはWartburg 353にモデルチェンジしているので、入手はそれ以前なのだろう。
それにしても、1979年の脱出までよく走り続けたものだ。
もっともDDRでは車を自分で整備するのは当たり前だったので、電気技師であれば当然だったのかもしれない。
しかし、シュタージは、車を買った人物のチェックはしていないのだろうか。
ヴァルトブルクの持ち主を当たれ、というシーンは、なかった。

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「壁」のあるBrandenburger Torと、Unter den Lindenは、CGだろうな。

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ヘリコプターは、Mi-2だろう。

ペーターの家にあるラジオには、「REMA MON」とあったが、これだったか。
https://www.flickr.com/photos/gynti/4122835332

ペスネック(Pößneck)が舞台となるが、場所はライプツィヒの南西約80kmに位置している。
https://www.poessneck.de/de/landingpage.html
そして、脱出に成功する直前、ザイデル中佐のセリフに「ブランケンシュタイン(Blankenstein)」の地名が出てくる。
当時のDDRとBRDの国境沿いの、DDR側のエリアだ。
ただし、ロケ地はペスネック(Pößneck)ではなく、バイエルンのノルトハルベン((Nordhalben)。

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気球が飛んだのは、ツィーゲンリュック(Ziegenrück)、降りたのは、オーバーフランケン地方の街ナイラ(Naila)

映画としては、USAがからんだせいなのか、画面上はこれでもかこれでもかとスリルの連続である。
当時のDDRの閉塞感、重圧感を表現したかったのかもしれないが、たとえば、ペーター家の長男フランクがお向かいのバウマン家(親父のエリックはシュタージだと)の娘クララに宛てた手紙をポストから取り戻すときにいきなりワンコが吠えるのは、あまりにも唐突すぎる演出だと思った。
ほかでも、シュタージが呼び鈴を鳴らしたのがいかにもペーターの家だと思わせ、じつはフランクが帰ってきたのであったというシーンも、やり過ぎじゃないかと思った。
その意味では「僕たちは希望という名の列車に乗った」のほうが、控えた演出で臨場感をたっぷり味わうことができたと思う。

「善き人のためのソナタ」のヴィースラー大尉は左遷後は封書を開ける業務についていたが、シュトレルツィク家の家族とギュンター池の家族の逃亡を許してしまったザイデル中佐、お向かいのエリック・バウマンは、責任を問われたのか。

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プログラムは、買った。

「バルーン 奇蹟の脱出飛行」公式
https://balloon-movie.jp/

いずれも、アルテリオ映像館にて。
https://kac-cinema.jp/

映画の場面の画像は、トレーラーより。

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