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2020年8月13日 (木)

相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ

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読もうと思っていたのだが、7月23日に、京都のALS患者女性に対する嘱託殺人の疑いで医師が逮捕されたとの報道(事件は昨年11月)があり、しばらくは手に取れなかった。
内容は裁判記録ではなく、あくまでも一個人が裁判を傍聴し、法廷の傍聴席などで見聞きしたこと、その印象や考察などがつづられている。
本書から浮かび上がってくるのは、新聞報道などでも感じたことだが、ある意味、植松死刑囚が演じた「劇」であったということだ。
決して明かされることはないだろうが、担当した弁護士と植松死刑囚との間は、どのような関係をとることができ、どのようなやりとりがあったのだろうか。

本書に載っている植松死刑囚の発言は、じっさいに法廷でこのように話したのだろうか。
「主語」がないこと、「理由」を語らないことが、印象的だ。
やりとりを重ねて論議が深まるというふうでは、全くない。
裁判でのやりとりだから、質問されてことを答えるだけなので、それは当たり前なのかも知れないが、植松死刑囚の一面的なものの見方だけが残ってしまっている。
裁判を通じて植松死刑囚の「闇」が解明されることを期待もし、雨宮さんの膨張を通じて明らかになることを待ったのだが、それはないままに結審してしまった。
弁護士の控訴も本人の取り下げにより死刑は確定、今後植松死刑囚が他者とやりとりする機会は、ほぼ絶たれた。

藤井克徳さんの「判決が確定すれば、被告の思想だけが残る」(2020年03月23日・神奈川新聞)のことばが、この裁判の不全感を語っている。
https://www.kanaloco.jp/article/entry-306243.html

P.25に、「その場で辞職願を描いて提出し、荷物をまとめると待機していた警察官に保護され、そのまま措置入院となる」と、措置入院のことが書かれている。
警察官が待機、誰かが臨場を要請したはずだが、誰だろう。
もしかしたらどこかで報じられているかも知れないが、衆院議長公邸から地元警察ややまゆり園、あるいは地元警察に、何らかの連絡がいったのだろうか。
そして、措置入院のプロセスは、この書き方は誤解を招く。
警察官、あるいは警察署が措置入院を決めるわけではない。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
第二十三条 警察官は、職務を執行するに当たり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに、その旨を、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない。
*ここで「都道府県知事」とあるのは、大都市特例により指定都市も含まれる。
第二十七条 都道府県知事は、第二十二条から前条までの規定による申請、通報又は届出のあつた者について調査の上必要があると認めるときは、その指定する指定医をして診察をさせなければならない。
第二十九条 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。
2 前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには、その指定する二人以上の指定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて、各指定医の診察の結果が一致した場合でなければならない。
(以下略)
つまり、警察官→保健所→都道府県・指定都市→必要と判断したら診察→2人以上の医師の診察結果が入院必要と診断→措置入院決定というプロセスである。

プロセスといえば、植松死刑囚が生活保護を受けるに至ったいきさつで、植松死刑囚自らが生活保護担当部署に赴いたのか、誰かに相談した結果生活保護需給に至ったのか、どうだったのだろう。

いずれにしても、植松死刑囚をしてあのよう形で行為せしめたものが何だったのか、植松死刑囚が決して突飛な存在ではなかったおすれば、その何かは誰しもが持っている可能性があるだろう。
それは、「優生思想」として形作られている必要はなく、もっともやもやした、自身でも説明しきれないものかもしれない。
加えて、そうしたもやもやした何かに「否」と言えないことも、考えなきゃならない。
「生産性」や「効率性」でものごとを判断する価値観がその背景にあるであろうことは、本書のなかでも、植松死刑囚がそうした風潮のなかで「下」でありながらさらに「下」を探し出し抹殺しようと考え実行したと考えられている(言葉は違うが)ことで明らかなのだが、そのうえで、そのような評論家的解説にとどまるのではなく、そのような風潮に対して「わたし」は、「あなた」は、「わたしたち」は、どう向き合い対していけばいいのだろうか。

判決以後の、日本障害者協議会(JD)の声明を載せておこう。
津久井やまゆり園裁判員裁判の終結にあたって 2020年3月31日
http://www.jdnet.gr.jp/opinion/2019/200331.html
2016年7月26日 津久井やまゆり園事件から4年 2020年7月22日
http://www.jdnet.gr.jp/opinion/2020/200722.html

まえがき
1月8日 第1回公判 思ったよりも妄想がひどい?
 検察による冒頭陳述/弁護士による冒頭陳述/翌朝、横浜拘置所にて指を噛みちぎる
1月10日 第2回公判 夜勤職員の調書
1月15日 第3回公判 遺族の供述調書読み上げ
 美帆さんの母の手記
1月16日 第4回公判 遺族の供述調書読み上げ・続き
1月17日 第5回公判 証人尋問に元カノ登場
1月20日 第6回公判 植松被告、30歳の誕生日 「戦争をなくすため、障害者を殺す」
 高校時代の彼女の供述調書/友人たちの供述調書/教育実習では高評価/衆院議長公邸前で土下座
1月21日 第7回公判 後輩女性の供述調書読み上げ
1月24日 第8回公判 初めての被告人質問で語った「幸せになるための七つの秩序」
 新日本秩序/午後の法廷でも暴走/イルミナティカード/トランプ大統領を絶賛/「ベストを尽くしました」
1月27日 第9回公判 やまゆり園で虐待はあったのか? 「2、3年やればわかるよ」
1月30日 植松被告と面会。 「雨宮さんに聞きたいんですけど、処女じゃないですよね?」
2月5日 第10回公判 遺族、被害者家族からの被告人質問
 甲Eさん弟から植松被告への質問/尾野剛志さんから植松被告への質問/法廷が『やれたかも委員会』に/裁判員からの質問
2月6日 第11回公判 これまでのストーリーが覆る。 「障害者はいらない」という作文
 親との関係/「心失者」の定義/「障害者はいらない」/「テロ」とは言われたくない
2月7日 第12回公判 精神鑑定をした大沢医師が出廷 
2月10日 第13回公判 精神鑑定をした工藤医師が出廷
2月12日 第14回公判 「大事な一人息子に私は死刑をお願いしました」
2月17日 第15回公判 美帆さんの母親の意見陳述
 美帆さんの母親、意見陳述/検察から、死刑求刑
2月19日 第16回公判 結審の日
 最後の言葉/裁判員のうち2人が辞任/3月15日、神奈川新聞に「障害者はいらない」という作文についての記事掲載
3月16日 判決言い渡し 「被告人を、死刑に処する」
 判決文、要旨/判決後の記者会見 尾野剛志さん/やまゆり園・入倉かおる園長の会見/SOSだった?/31日、植松被告の死刑が確定
対談 渡辺一史×雨宮処凛 裁判では触れられなかった「植松動画」と入所者の「その後」。
あとがき

雨宮処凛/著
太田出版
http://www.ohtabooks.com/publish/2020/07/17203807.html

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