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2020年2月12日 (水)

滋賀は鴨鍋 6 高台寺

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ねねの道を歩いていくと台所坂があり、台所坂を上がると大門、大門を抜けると高台寺の庫裏が見える。

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大門のそばの梅が、ぼちぼち咲き始めていた。
庫裏横の受付に行き、拝観券を求める。

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高台寺では、北政所が祀られている「霊屋」(おたまや)が特別公開されているのだが、拝観ルートは決められていて、いきなり「霊屋」にいくことはできない。

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庫裏の横から湖月庵、遺芳庵の前を歩いていくと、偃月池と池の向こうに開山堂(重要文化財)が見える。
方丈の前から開山堂に渡る橋がかかっているが、通行はできない。
大正時代に再建された方丈に入ると、複製であるが秀吉が使用したとされる鳥獣文様綴織陣羽織やねねの小袖が展示されている。
方丈の前の庭園は砂の山が二つ、砂地には、こうした枯山水な庭でよく見るような文様は描かれていない。

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方丈からも、開山堂が見える。
方丈から出て、庭の横を歩き、中門から開山堂にいく。

開山堂は1605年の築で、入ったところの天井は折り上げ天井で、秀吉の御座舟の天井が使われている。
その奥の天井はねねの御所車の天井が使われ、左右の天井には極楽が描かれている。
中興開山の三江紹益の木像を祀る堂は後から建て増しされたので、柱の色が異なっている。
右側にはねねの兄である木下家定やその妻雲照院の像、左には高台寺の建立に尽力した堀監物直政木像が安置されている。
柱の上部の彩色は、今はかなりはげ落ちているが、建築当時は豪華絢爛だった様子が偲ばれる。

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開山堂から臥龍池を渡り霊屋(おたまや)へと続く臥龍廊は、霊屋(おたまや)に向かうに従って急になる反った形の屋根の瓦が龍の背に似ているとして、この名がつけられたそうだ。
方丈側を見ると、偃月池を渡る橋の中央に観月台(重要文化財)があり、ねねがは亡き秀吉を偲びながら池面に映る月を見たところとされている。

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臥龍廊を上がることはできないので、開山堂を出て、臥龍池をめぐりながら霊屋(おたまや)に向かう。

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1605年築の霊屋(おたまや)(重要文化財)は、3年ほどかけた修復が行われており、いまは南側が修復中である。
内部には、中央に大随求菩薩像が安置された厨子(扉は閉じられている)が安置され、その右に豊臣秀吉坐像、左にねね(北政所)の片膝立木像が安置されている。
ねねは、像の2m下に埋葬されている。

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霊屋(おたまや)を出たところは、臥龍廊を上がりきったところで、方丈も見下ろすことができる。
霊屋(おたまや)のこの面の修復は終わっていて、柱や斗栱のまだ新しい漆の色が鮮やかだ。
この修復には、若い人も加わっているそうだ。
開山堂も、元々はこのような彩色だったのだろう。

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拝観ルートはさらに高台へ上がり(このお寺の名前は、こうした境内の形状から来ているのかと思いたくなる)、時雨亭(重要文化財、2階建ての茶室)、傘亭(重要文化財)を周り、竹林をおりていく。

高台寺
https://www.kodaiji.com/

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