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2019年9月 9日 (月)

日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年

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「諸悪の根源」とまでは言わないにしても、主権が損害されていることが当たり前であることは、たぶん本土にあってはなかなか気付けないのだろう。
今住んでいるところの近くにも実家の近くにも米軍基地は当たり前のように存在し、米軍も「それなりに」地域とうまくやっていこうとしている風には見える。
けれど、いざというときには豹変する。
9.11のときがそうだ。
ゲートには装甲車が置かれ、装甲車に装備された機関銃の銃口は、外に、つまり私たちのほうに向けられていた。

著者は、「日米安保条約を支持する立場」(P.214)と明言しているが、その立場は立場としても、地位協定の歴史をたどり、外国の例も踏まえながら、協定、そしてその背後にある「日米地位協定合意議事録」に様々な問題があることを明らかにする。
日米安全保障条約と地位協定の成立過程も、「日米安全保障協定」が1951年1月25日にダレス国務省顧問が対日したときに日本側から示されたこと、その対案が翌日米国柄示されたこと、日本は修正案を提示、米国は2月6日に日米行政協定案を提示した、というプロセスがある。(P.9~12)
最初に案を提示したのが日本であった、これは本書で初めて知った。
また、歴史の中で、日本から改定に向けた提起をする機会はあったのに、その機会をみすみす逃したこと、アメリカの国務省、国防省・米統合参謀本部の協定を担当する部署の体制の貧弱さなど、地位協定を改定していく道筋は前途多難であるのだろうと考えざるをえない。

そして、日本がジブチと締結している「地位協定」についても、知っておく必要があるのだろう。
日米地位協定では、日本で米兵が事件・事故を起こした場合には、公務と公務外を分け、公務外の事件・事故については、日本側で一応第一次裁判権を行使できるようになっている。
しかし、ジブチでは、公務・公務外の区別なく、ジブチには裁判権はない。
ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文
8 日本国の権限のある当局は、ジブチ共和国の領域内において、ジブチ共和国の権限のある当局と協力して、日本国の法令によって与えられたすべての刑事裁判権および懲戒上の権限をすべての要員について行使する権利を有する。
 9(a) 民間又は政府の財産の損害又は滅失に関する請求及び人の死亡又は傷害に関する請求は、当該請求の当事者間の協議を通じて友好的に解決する。
  (b) 友好的な解決に達することができない場合には、その紛争は、両政府による協議及び交渉を通じて解決する。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pirate/pdfs/djibouti.pdf

はじめに
第1章 占領から日米安保体制へ―駐軍協定
第2章 60年安保改定と日米地位協定締結―非公表の合意議事録
第3章 ヴェトナム戦争下の米軍問題―続発する墜落事故、騒音訴訟
第4章 沖縄返還と膨大な米軍基地―密室のなかの五・一五メモ
第5章 「思いやり予算」の膨張―「援助」の拡大解釈
第6章 冷戦以後の独伊の地位協定―国内法適用を求めて
第7章 沖縄基地問題への注目―度重なる事件、政府の迷走
終章 日米地位協定のゆくえ―改定の条件とは
あとがき
参考文献
付録 沖縄県による日米地位協定見直し要請/日米地位協定/日米安全保障条約(新)
日米地位協定 関連年表

山本章子/著
中央公論社
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2019/05/102543.html

 

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