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2019年6月24日 (月)

一人称で語る権利

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対談や講演の記録を文字化したのではなく、最初から「話し言葉によるエッセー」である。
話された途端に消えて無くなる表現のしかたである話し言葉を、残る体裁であるものをあえて話し言葉という体裁で表現したのは、どのような意図があってのことなのだろうか。
いつもの長田さんらしからぬ表現は、おそらく平易な語り口ではあるが考え抜かれた言葉の数々が使用されているからだろうが、その持つ意味はとても深い。
その意味では、一つ一つの言葉を追い、考えながら読むので、決して読みやすいものではなかった。

「戦争中の暮らしの記録」は以前読んでいるし、昨年の「戦中・戦後の暮らしの記録 君と、これから生まれてくる君へ」も読んだ。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-2dd6.html
長田さんの、こうした記録についての「どうしてもつたわらない一種のもどかしい繰り言として繰り返される」(P.50)という見方には、「記録」の役割と方法、目的と効果について、改めて考えさせられた。
この見方は、「ヒロシマと広島のあいだ」での、原爆ドームを「補強し堅固にしてゆくことによって、逆に広島の思想の風化がはじまったのではないか」(P.58)につながっていくのだろう。
さらに、「大東亜戦争」という表現は、その名称が東条内閣における閣議決定「今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時期等ニ付テ」(1941年12月12日)によって「今次ノ對米英戰爭及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戰爭ハ支那事變ヲモ含メ大東亞戰爭ト呼稱ス」と定められたことや、「肯定論」とのつながりを意識して極力使わないでいたが、「戦後の世代には、戦争は太平洋戦争しかない」、「わたしたの戦後は、実際に大東亜戦争としてたたかわれることになった「十五年戦争」(鶴見俊輔)の真の問題を、あやうく避けてきてしまった。」(P.63)との指摘で、いや、待てよ、「太平洋戦争」という言葉の使い方によっては、あの戦争の大陸での状況に目を瞑ることになるのかもしれないという思いは、ある。
されば、何と呼べべいいか。
「十五年戦争」では曖昧だとの考え方もあるのだが、意味づけされた「太平洋戦争」や「大東亜戦争」といった用語のことを考えると、曖昧であるからこそむしろ考えなければいけないとも言えるのではないだろうか。

エルンスト・グレエザーの「1902年級」が紹介されていたが、日本では1930年に出た本だ。

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