ウィーン・モダン


6日にウィーンから帰国したばかりであるが、新国立で始まった「日本・オーストリア外交樹立150周年記念 ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に行ってきた。
ウィーン・ミュージアムはひとつのミュージアムではなく、幾つもの美術館や博物館から構成されている。
https://www.wienmuseum.at/
そのうちのウィーン博物館カールスプラッツ(Wien Museum am Karlsplatz)は現在改装工事中で、そこが所蔵する作品が日本に来ているということだろう。
https://www.wienmuseum.at/de/standorte/derzeit-geschlossen/wien-museum-karlsplatz.html
この展覧会では、啓蒙主義時代以後のウィーンの美術や工芸を概観することができる。
4年前にウィーンに行ったときに、この博物館で開催されていた「リンク150年展」に行ってきたので、「リンク通りとウィーン」の展示は懐かしかった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-2ddc.html
「Ringstraße」は「リンク通り」と表記されていた(ローマ字表記は「Ringstrasse」だったが)し、「皇后エリーザベト」との表記だった。

クリムトの「エミーリエ・フレーゲの肖像」は、撮影可。
第1章:啓蒙主義時代のウィーン―近代社会への序章
1-1 啓蒙主義時代のウィーン
1-2 フリーメイソンの影響
1-3 皇帝ヨーゼフ2世の改革
第2章:ビーダーマイアー時代のウィーン―ウィーン世紀末芸術のモデル
2-1 ビーダーマイアー時代のウィーン
2-2 シューベルトの時代の都市生活
2-3 ビーダーマイアー時代の絵画
2-4 フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー―自然を描く
2-5 ルドルフ・フォン・アルト―ウィーンの都市景観画家
第3章:リンク通りとウィーン―新たな芸術パトロンの登場
3-1 リンク通りとウィーン
3-2 「画家のプリンス」ハンス・マカルト
3-3 ウィーン万国博覧会(1873年)
3-4 「ワルツの王」ヨハン・シュトラウス
第4章:1900年―世紀末のウィーン―近代(モダン)都市ウィーンの誕生
4-1 1900年―世紀末のウィーン
4-2 オットー・ヴァーグナー―近代建築の先駆者
4-3-1 グスタフ・クリムトの初期作品―寓意画
4-3-2 ウィーン分離派の創設
4-3-3 素描家グスタフ・クリムト
4-3-4 ウィーン分離派の画家たち
4-3-5 ウィーン分離派のグラフィック
4-4 エミーリエ・フレーゲとグスタフ・クリムト
4-5-1 ウィーン工房の応用芸術
4-5-2 ウィーン工房のグラフィック
4-6-1 エゴン・シーレ―ユーゲントシュティールの先へ
4-6-2 表現主義 ̶新世代のスタイル
4-6-3 芸術批評と革新
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