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2019年5月 8日 (水)

ウィーン・モダン

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6日にウィーンから帰国したばかりであるが、新国立で始まった「日本・オーストリア外交樹立150周年記念 ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に行ってきた。
ウィーン・ミュージアムはひとつのミュージアムではなく、幾つもの美術館や博物館から構成されている。
https://www.wienmuseum.at/
そのうちのウィーン博物館カールスプラッツ(Wien Museum am Karlsplatz)は現在改装工事中で、そこが所蔵する作品が日本に来ているということだろう。
https://www.wienmuseum.at/de/standorte/derzeit-geschlossen/wien-museum-karlsplatz.html

この展覧会では、啓蒙主義時代以後のウィーンの美術や工芸を概観することができる。
4年前にウィーンに行ったときに、この博物館で開催されていた「リンク150年展」に行ってきたので、「リンク通りとウィーン」の展示は懐かしかった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-2ddc.html
「Ringstraße」は「リンク通り」と表記されていた(ローマ字表記は「Ringstrasse」だったが)し、「皇后エリーザベト」との表記だった。
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クリムトの「エミーリエ・フレーゲの肖像」は、撮影可。

第1章:啓蒙主義時代のウィーン―近代社会への序章
 1-1 啓蒙主義時代のウィーン
 1-2 フリーメイソンの影響
 1-3 皇帝ヨーゼフ2世の改革
第2章:ビーダーマイアー時代のウィーン―ウィーン世紀末芸術のモデル
 2-1 ビーダーマイアー時代のウィーン
 2-2 シューベルトの時代の都市生活
 2-3 ビーダーマイアー時代の絵画
 2-4 フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー―自然を描く
 2-5 ルドルフ・フォン・アルト―ウィーンの都市景観画家
第3章:リンク通りとウィーン―新たな芸術パトロンの登場
 3-1 リンク通りとウィーン
 3-2 「画家のプリンス」ハンス・マカルト
 3-3 ウィーン万国博覧会(1873年)
 3-4 「ワルツの王」ヨハン・シュトラウス
第4章:1900年―世紀末のウィーン―近代(モダン)都市ウィーンの誕生
 4-1 1900年―世紀末のウィーン
 4-2 オットー・ヴァーグナー―近代建築の先駆者
 4-3-1 グスタフ・クリムトの初期作品―寓意画
 4-3-2 ウィーン分離派の創設
 4-3-3 素描家グスタフ・クリムト
 4-3-4 ウィーン分離派の画家たち
 4-3-5 ウィーン分離派のグラフィック
 4-4 エミーリエ・フレーゲとグスタフ・クリムト
 4-5-1 ウィーン工房の応用芸術
 4-5-2 ウィーン工房のグラフィック
 4-6-1 エゴン・シーレ―ユーゲントシュティールの先へ
 4-6-2 表現主義 ̶新世代のスタイル
 4-6-3 芸術批評と革新

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8月5日まで@国立新美術館
8月27日~12月8日:国立国際美術館@大阪
https://artexhibition.jp/wienmodern2019/

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図録を購入。

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合わせて、オットー・ワーグナーも購入、英語である。

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3Fのレストランでランチ、白ワイン。

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「鹿児島県鹿屋産天然銀鯛のロースト ハーブの香るブールブランソース」

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デザートは「“ムッシュ・ポールボキューズ”のクレーム・ブリュレ」と「ココナッツのブランマンジェ クーリー・エキゾティック バナナと胡桃のケーク」

期間中は「ウィーン・モダン展 特別コース」もある。
https://www.hiramatsurestaurant.jp/paulbocuse-musee/

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