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2019年4月28日 (日)

Praha und Wien 9 プラハ城1 聖イジー教会と王宮

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プラハ城に向かう。
プラハ城の門前のフラチャニ広場には、プラハ国立美術館を構成する美術館のひとつであるシュヴァルツェンベルク宮殿があり、壁面が石積みになっているように見えるが、スグラフィット技法というだまし絵である。
プラハ城とフラチャニ広場を挟んで反対側には、トスカノ宮殿が立つ。
2009年4月5日、アメリカ合衆国のバラク・フセイン・オバマ大統領が核廃絶の目標を示した「プラハ演説」が行なわれたのが、この広場だ。

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プラハ城に入る前に、フラチャニ広場からプラハ市街を見下ろす。
プラハ城の正門には、衛兵が立っている。
毎時ちょうどには、衛兵交代式があって、ガチョウ足行進を見ることができるのだが、プラハ城に入ることにする。

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観光客は衛兵の立つ正門からは入れないので、まずは荷物検査のゲートに並ぶ。
荷物検査では、人間は金属探知機を通り抜けるのだが、荷物の検査装置はなく開けろとも言われず。
次にチケットを購入しなければならないが、ここも長蛇の列。
入手したプラハ城チケットの左には、ローマ数字で入場できる場所を示していて、その場所の数によって3種類のチケットがある。

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第二の中庭を抜けると、聖ヴィート大聖堂がどぉーんと出迎えてくれる。
しかし聖ヴィート大聖堂も延々と奥の聖イジー教会まで長蛇の列なので、聖ヴィート大聖堂は後回しにして、まず920年に完成し1142年に再建された聖イジー教会に入った。
質素な教会では、バロックでクラクラした頭脳には涼な風が吹いてくれる。
奥に、ドラゴン退治の聖イジーのレリーフがある。

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リブ・ヴォールトがなかったロマネスクの建築では、壁で天井の重さを支えなければならず、壁が厚い。
天井もロマネスク、絵が描かれている。

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聖イジー教会に面し聖ヴィート大聖堂の裏手になるイジー広場でもマルクトをやっているが、聖ヴィート大聖堂入場の列はまだここまで伸びている。
聖ヴィート大聖堂は後回しにして、ゴシックな聖イジー教会の横を歩いて王宮に向かう。
それにしても見事なStrebebogen(飛梁)である。

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南側のファサードでは「黄金の門」や「最後の審判のモザイク画」を見ることができ、モザイク画の上には宝物があるので窓に枠がはめられている。

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王宮に入る。
ルドヴィーク翼に、1618年5月23日の、30年戦争の発端となった放擲事件の説明板がある。
この窓からボヘミア王(ハプスブルク家のフェルディナント)の顧問官2名(ヴィレーム・フルム・スラヴァタ、ヤロスラス・ポジタ・マルティニッツ)と書記(ファブリツィウス)の3人が放り出されたそうだが、下に干し草が積んであったので命を失うことはなかった。
他にも、放擲事件はある。
フスの火刑後の1419年、フス派がローマ教会信徒だけの市参事の会員7名を窓から投げ落とした新市街市庁舎の第一次窓外放擲事件で、フス戦争(1419~1436)の契機となった。
第二次がいま見ている王宮での放擲事件、第三次がロレッタ教会の近くの外務省のチェルニン宮殿での放擲事件である。

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王宮のヴラディスラフ・ホール、二重のリブを絡ませて花のようになった、複雑なリブ・ヴォールト構造の天井である。
ホールからバルコニーに出ると、第二次放擲事件のあった窓を見ることができる。
いくら乾草が積んであったとはいえ、これだけの高さを落とされて、よく命が助かったものだ。
そしてもちろん、バルコニーからはプラハの街全景を見ることができる。
カレル橋も見える。

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西側に、ヴルダヴァ川、シュテファーニクーフ橋、シュトパニッツエ島、ストラコヴァ・アカデミーのドームが見える。
正面の南西側はカレル橋、旧市街、国立博物館、二本の尖塔は聖リュドミラ教会。
南東側を見ると、聖ミクラーシュ教会。
聖ミクラーシュ教会は、昨日行った旧市街だけではなく、ここマラーストラナにもある。
プラハに来る前にロンリー・プラネットを読んでいて、「歩き方」だとチェコ語の音をカタカナ表記してあるのだが、ロンリー・プラネットでは一部、チェコ語表記をそのまま使っているところもあるが、大部分が英語表記なので、英語で示している場所はどこのところを言っているのか、ちょっとわかりにくかった。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/lonely-planet-p.html

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会議場では王座が窓を背にしているが、これは窓からの光で王座に座っている人の顔がよく見えないようにするため。
また、ヴラディスラフ・ホールでは乗馬騎士たちの室内競技が行われたので、階段は馬が歩けるようにゆるやかな作りになっている。

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