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2019年4月28日 (日)

Praha und Wien 11 プラハ城3 大統領府、ロジュンベルク宮殿、黄金の小道、勝利の聖マリア教会

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聖ヴィート大聖堂と広場を挟んで大統領府がある。
以前は大統領はここに住んでいたようだが、現在は執務のために使われている。
現在のミロシュ・ゼマン大統領、警護隊員に「お前、大統領は執務室にいる如く警備してろ」と命じて、街中の居酒屋に飲みに行くそうな。
再びイジー広場を歩くと、列はすっかりなくなっている。
イジー教会の横にあるルネッサンス様式のロジュンベルク宮殿は、1545年から1574年にかけてロジュンベルク家によって建てられたルネッサンス様式の建物で、1600年に神聖ローマ帝国ルドルフ2世が所有し、その後1756年にマリア・テレジアによって貴族の未婚女性を保護して教育するための建物となった。

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大勢の人が歩く黄金の小道を歩く。
なぜこの路地を黄金の小道と呼ぶようになったのか。
ルドルフ2世が金細工師を住まわせたという話はある。

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しかし、実際にはプラハ城の番兵や家族が住んでいた。
カフカが1916年から1917年に仕事をした家があり、銘がつけられている。

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昔の様子がわかるようになっている家もある。

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ヒトラーの死を予言してゲシュタポに逮捕され、収容所に入れられた占い師女性マダム・ド・テベの仕事場。

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黄金の小道を通り抜け、プラハ城からおりていく。
プラハらしいマンホールの文様だ。

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Malostranská停留所から市電でMalostranské náměstí停留所に移動すると、作業車がやってきた。
頭には「Mazací vůz」、運転席には「Zvláštní jízda」、車両番号5572、潤滑油をレールに塗布するための作業車で、プラハで1両だけの存在だそうな。
ということは、プラハ市電のいくつもある路線は、全てどこかでつながっている、ということだ。

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1796年にベートーヴェンはプラハを訪れて、この建物で暮らした。
レリーフがある。

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カフェCukrkávalimonádaで、遅めのお昼。
混んでいて、少し待たなければならなかった。
何が何でも、ビール、パスタとサラダを3人でシェア。

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ワインもいただく。
そして最後にコーヒー。

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裏道を歩いて行くと、近くに日本大使館がある。
日本の祝日とチェコの祝日が、休館日。

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Hellichova停留所の前に、Kostel Panny Marie Vítězné(勝利の聖母マリア教会)がある。
1611年に建てられた、後期バロック様式の教会である。
麗しい聖水盤には水、さいきんは感染症予防のために聖水盤に水を入れることはなくなったはずだが。
まあ、聖水を介して感染するなら、2000年にわたる教会の病気の歴史もチェックする必要があるだろうが。
お御堂には、「Pražské Jezulátko」(幼子イエス像)がある。

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