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2018年12月12日 (水)

ある革命家の手記(上)

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ピョートル・クロポトキン(1842年12月9日~1921年2月8日)の名前はロシア革命しの中では必ず出てくるが、ロシア社会民主労働党そしてボリシェビキがロシア革命を主導していく中でこれを批判し、自身も無政府主義者として批判の対象となったことくらいしか知らない。
本書は、他者からの視点でのクロポトキン評価ではなく、自身が過去を振り返った手記(1898年から1899年にかけて執筆)である。
その意味では、他者とは異なった評価軸を持って自身の過去が語られていることを押さえておく必要があるだろう。

クロポトキンの出自が公爵家であることを見れば、その立場は支配階級に属するものと言っていいだろう。
「幼年時代」での、育った家庭、近習学校などの記述は、18世紀中期後期のロシア支配階級のありようを語るものであるし、そうした支配階級を支える家の召使たちや「所有物」たる農民農奴たちのようすは、当時のロシアの階級格差を物語っている。
先だって、「ロマンティック・ロシア」展で、子どもたちを描いた作品で、小骨で遊ぶはだしの農村の子どもたちを描いた作品と上流階級に属するであろう身なりの綺麗な家庭の子どもたちを描いた作品が並んでいて、それらの作品が描かれたのはクロポトキンの幼年時代よりもあとであるが、それだけに格差を思わざるをえなかった。

支配階級といえば、レーニンも貴族階級に属していたし、バクーニンやナロードニキの活動家たちも、決して虐げられた階層の出身者ではなかったのだが、支配階級ではなくても比較的上流の階層の人たちでなければ学ぶ機会すらもなかったので、ある意味、当然なのかもしれない。
たとえば武谷三段階論「現象を記述する→その現象が起こる実体的な構造を知る→その本質に迫る」といったプロセスで対象を捉えること、それにどう向き合うのかを構想していくことができる力量は、元から人に備わっていたり自然に身につくものではなく、一定の学習や訓練を経て力となるものだろう。
本書でもそのようなことを考えてしまう記述がいろいろなところに出てくるが、「書物のなかなどにはめったに書いていない名もない民衆の建設的な労働、社会形態の発展のなかでこれらの労働が果たす役割が、私の目にはっきりと見えるようになったのである」と書いている。(P.272~273)
「私の目にはっきりと見えるようになった」のは、本人に現象から実体、そして本質へと洞察する力があったからにほかならないのだが、どのようにしてその力を持つことができたのか。

クロポトキンのアナキズムへの道は、改革への提案が、行政当局の「ピラミッド型の中央集権的な行政機構」(P.270)に属している人間たちによって「不信の目を持って見られ、たくさんの隘路や反対によってたあちに骨抜きにされてしまう」(P.270)、シベリア時代の本人の経験にあったようだ。
クロポトキンは19歳から25歳のシベリア時代の仕事を振り返って、「音頭をとる人間は必要である」が、「ひとたび仕事のきっかけが与えらえたならば、(中略)共通の理解にもとづく一種の共同体的な方法でその仕事をおしすすめなければならない」(P.274)としている。
生かし、そうした機構は、のちのソ連のテクノクラシーとして残ったというより発展したし、日本においても「政治主導」「官邸主導」といったことが言われる背景に存在していて、クロポトキンが考えたような「共通の理解にもとづく一種の共同体的な方法」には程遠いようだ。

召使が主人から叱責され、挙句、軍隊に送られる(!)ような、懲罰先としての意味も持たされていたロシアの軍隊、そして軍隊にいた一般の兵士たちが置かれた立場で、クリミア戦争や露土戦争、第一次世界大戦はどのように戦われたのかは、気になるところだ。
こうした軍隊であり支配階級の元で働いていた召使たちであっても、クリミア戦争に敗れたことを知って涙したという記述があるが、これがロシアの民族意識というものなのか。
ソ連崩壊前のソ連軍について、日本の帝国陸軍内務班を思い起こさせるような新兵いじめがあったということを聞いたことがあるが、革命前のロシアの軍隊の日常が、革命を経ても、赤軍、ソ連軍、そして現代ロシア軍に引き継がれているのだろうか。

英語版まえがき
ロシア語版まえがき
英語版解説
第一部 幼年時代
第二部 近習時代
第三部 シベリア
訳者注
訳者あとがき

P.クロポトキン/著
高杉一郎/訳
岩波書店

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