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2018年12月24日 (月)

長崎のクリスマス 2−2 出津救助院

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ド・ロ様が1883年に建設した出津救助院、シスターから建物の説明をうかがう。
中央の白い建物は旧マカロニ工場、右は旧製粉工場。
右は元薬局で現在は受付、中央が授産場、左は旧製粉工場。

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授産場では、ガイドさんから説明をうかがう。
古いガラス板は波を打っている。

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大きいガラスは作れなかったので、小さいがラス板を重ねて大きな窓に取り付けている。
カンコロ(サツマイモの切り干し)切り機は、ド・ロ様が考えたそうな。

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天井に土を乗せているのは温度を一定に保つためだと教えていただいたが、何の目的で温度を保つのか、お醤油の醸造だったか、詳しいことは失念してしまった。
授産場の床は、元はこのような石を並べた床だったのだが、施設公開に合わせて床は歩きやすくした。
一部を残して展示している。

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ド・ロ様直筆の数字。

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ド・ロ様そうめんを干す。
ド・ロ様は、日本の地震をご存じなかった。

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なので、梁と柱の接合は、枘を枘穴に差し込んだりせず、梁をこの金具だけで柱に止めているのである。

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2階の展示ではシスターから説明をしていただいた。
まず、ド・ロ様がフランスから取り寄せた、振り子が大きな重錘動力式柱時計。
取り寄せたのは機械部分で、外側の木の箱は日本で作成された。
この時計は15分ごとに時を告げ、授産所の女性たちは、その都度お祈りをしたそうだ。
ハルモニウムは、1889年頃にド・ロ様がフランスから取り寄せたもの。

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このハルモニウムは、音色が変わるだけでなく、和音が弾けたり鍵盤をずらすことで転調できたりする優れものである。

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火鉢、何かを焼くのかな。
と思ったら、ホスチアを焼く道具だった。
鯛焼きとかワッフルとかの道具みたいに、小麦粉を溶いたのを挟んで焼く。
この道具は、神父様用を2枚、信徒用を5枚焼ける道具だった。
しかし、天然物のホスチアではなく養殖もののホスチアである。

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この建物は元は製粉工場と水車小屋で、もっと下に建てられていたがここに移築された。
石積みの崖はド・ロ塀と呼ばれ、石と石の間は漆喰で絡められている。

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見上げると、出津教会が見える。
出津集落には1200人ほどが住み、半数がキリスト者とのこと。

出津救助院

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