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2018年12月28日 (金)

若者よ、マルクスを読もう III

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若マルI、II、旅に続く4冊目。
二人による往復書簡の形式はこれまでと同様だが、今ひとつaufheben感に欠けるように思った。
むしろ、「アメリカとマルクス」が、読み応えがある内容だった。
この「しつこさ」で、第一部のレーニンを掘り下げて欲しかった。
前巻で、「フランスの内乱」「空想から科学へ」「フォイエルバッハ論」「資本論」をとりあげるとしていたのだが、実際は「フランスの内乱」のみ、「資本論」は次回らしい(第四部で触れている)が、残りはこれからも続くのだろうか。

P.228に憲法第九十七条が一部引用されているが、条文を全文引用しておく。
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第十一条と重複するので全面削除という考え方を政権与党は持っているようだが、その本心は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」を抹消したい、とうことなのだろう。
「自由獲得の努力の成果」と過去形的になっているが、「自由獲得の努力」は現在進行形であって欲しいところである。

P.250
(アメリカの)独立宣言の文言と現実の間に乖離があるから、「空文」であるところの独立宣言を廃して、現実に合った条文(中略)に代えようという主張を成した人はいません。それは理想と現実の間に乖離がある場合は、現実を改変して理想に近づけようとするのが世界の常識だからです。

ヨーロッパでは「コミューン」が実態として存在する(P.258)
日本での「共産」には実態がなく、イメージも喚起しない(P.260)

若マルについて、「なぜ今ごろマルクスなの?」との疑問が湧くようだが、そうした疑問を持った人たちこそ本書あるいは既刊に目を通すと良い。

まえがき
第一部 〈往復書簡〉 『フランスにおける(の)内乱』
 石川康宏から内田樹へ(2017年12月30日)
 内田樹から石川康宏へ(2018年3月30日)
第二部 〈報告と批評〉 アメリカとマルクス
 〈報告〉アメリカとマルクス・マルクス主義 受容と凋落(内田樹)
 〈批評〉現代アメリカ型「マルクス主義」への道(石川康宏)
第三部 〈報告と批評〉 生誕二〇〇年のマルクス
 〈報告〉マルクスとは何者であり続けてきたか(石川康宏)
 〈批評〉現実から生まれた理論、外部から来た理論(内田樹)
第四部 〈新華社への回答〉 『若マル』の著者が語る生誕二〇〇年のマルクス
 マルクスを読むことにはどういう意味があるのか(内田樹)
 資本主義の改革と本当の社会主義のために(石川康宏)
あとがき

内田樹/著
石川康宏/著
かもがわ出版

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