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2018年10月25日 (木)

巨人の箱庭 平壌ワンダーランド

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人口2500万人の国民の中の250万人が住むとされている平壌がどのような街なのか、独自の論の展開で探ろうとしていることは理解したい。
刺激的ではあるが、帰納と演繹を都合のいいように使い分ける展開は独自すぎてちょっと首肯しがたいところも多いのは、著者自身が「独自の理論」(P.13)と書いているとおりである。
対象への評価に際して、なぜそのように評価したのか、それが他の人も評価しているのか著者自身の評価なのか、評価に至った根拠や資料などが示されていないのである。
ダーウィンやフンボルトと並べる(P.13)のであれば、評価に至った根拠をもっと具体的に明示すべきだろうし、用語もきちんと定義して使うべきだろう。

平壌をめぐる都市論の前提として、『1つ目の系統が、現在私たちがよく知る都市であり、ヨーロッパのロンドン、アメリカのニューヨーク、アジアの東京といった、資本主義による消費社会であり、市民の生活空間を前提とした「社会都市」』を『近代の「正の都市系統」と名付け』、『そしてもう一つの系統が、国家の全体主義を個人として体現する独裁者(マックス・ウェーバーの言う「カリスマ」)、いわば近代巨人の都市だ。ファシストや社会共産主義など、為政者の統治手段として活用された近代バロック都市の流れを汲む「政治都市」』を『近代の「負の都市系統」と名付け』ている。
なぜ、ここで「正」「負」と評価して出発するのだろうか。
また、バロック都市を「負」の系統とするのは、何を根拠としてそのように評価するのだろうか。

1966年からの「住民再登録事業」が行われたことが紹介され、その結果「今回の調査では決闘の資質までを明確に要求したのである。ここからも北朝鮮が、父兄血統主義という極めて封建的な全体主義体制を目指すものだったことがよくわかる」(P.110)という文章がある。
血統調査が父系血統主義とされ、父系血統主義が封建的とされているのだが、血統調査=父系血統主義だけでは飛躍していて、この間に「姓」にも触れたほうが父系の根拠になるのではないだろうか。
また「封建的」は、「民族主義を掲げる北朝鮮においては、国民全体が巨大な一族のようのものだと考えれば、平壌市民はその本家筋だと言える。そして、北朝鮮ではその封建的な身分を、この現代で人工的に生み出してきたのである。」(P.114)、あるいはあちこちに「封建国家」「封建社会」と出てくる。
使われている「封建」は「封建制度」という意味ではなく、出身成分その他に縛られた個人の自由のない状態全般を指しているのだと思うが、この使い方でいいのだろうかと疑問が残る。
なぜならば、金正恩の時代を「封建的な絶対君主による時代」(P.165)としているのだが、絶対君主制への過程で封建制は解体したことを考えれば、この文言は意味をなさないのだから。

あるいは「平壌ライン」(P.124)。
「軍による警戒線」で、「豊かな平壌の都市部へと地方から人民が流れ込んでくる」ことを「防ぐ」もので、「これまで制度上でのみ分かれていた中央と地方が、物理的な境界で隔てられた」(いずれも同ページ)ようなのだが、その存在を示す証拠は何も記載がない。
紹介される個々の建物についても、基礎的なデータ、せめて建築年、構造、建築期間、高さや建築面積、部屋数などのデータが欲しいところだが、公表されていないのかもしれない。

さらに、論を展開するプロセスで、テーマをめぐる論旨の行きつ戻りつが繰り返される。
文章表現としてそのような方法が効果を持つことはあるだろうが、多用しすぎである。
そういった点で、読む前は期待していた書籍であったが、読後は違和感が残ったのであった。
著者は、何者なのだろう?

ミュンヘンの一角を思い出した。
ミュンヘン駅から北に歩くと、ケーニヒ広場(Koenigsplatz)に至る。
ケーニヒ広場には、マクシミリアン1世の息子、ルートヴィヒ1世によって建設され1862年に完成したレオ・フォン・クレンツェによる擬古典主義のプロピュライオン(Propyläen、古代ギリシャ神殿柱廊門)がある。
ここからブリーナー通り(Brienner Str.)を東の方に向かって歩くと、南側に古代美術博物館(Antikensammelungen)、北側に彫刻美術館(Glyptothek)がある。
そしてさらに東に行くと、南側に建っているのは、旧NSDAP党本部、現在は図書館やバイエルン州立グラフィック収集館があり、北側には、旧NSDAP総統官邸、現在は、ミュンヘン音楽演劇大学(1846年にバイエルン王立音楽アカデミーとして設立された)の建物がある。
さらに東はカロリーネン広場(Karolinenplatz)となり、1809年~1812年に建造された、ナポレオンのロシア遠征のときに犠牲になったバイエルン兵を慰霊する目的のオベリスクが立っている。
ここもまた、恐ろしく人工的に造営された一角であった。

導入:平壌秘境論
序論:巨人の系譜論
本論:箱庭の平壌論
はじめに
Part1.金日成の新古典主義
Part2.金正日の構成主義都市
Part3.金正恩のSFバロック建築都市
おわりに
写真:平壌の芸術
Part1.アート&クラフト
Part.2プロダクトデザイン
人物:平壌の少女
まとめ:ピョンヤン・フィクション論

荒巻正行/著
駒草出版

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