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2018年8月 3日 (金)

全体主義の起源 2 帝国主義

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まとめることはとても無理なので、気がついたところだけのメモ。

「帝国主義時代とは通常一八八四年から一九一四年にいたる三十年間を指しており、それは”scramble for Africa”(アフリカ争奪戦)と汎民族運動の誕生とをもって終わる十九世紀と、第一次世界大戦をもって始まる二十世紀とを分かつ時代である」と、最初に定義する。
この定義の元は、イギリスの経済学者のJohn Atkinson Hobsonによるものとして、注に書いている。
この1884年とは、1884年11月15日から1885年2月26日までベルリンで開催された、イギリス、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、ベルギー、デンマーク、スペイン、アメリカ合衆国、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガル、ロシア、スウェーデン、オスマン帝国によるアフリカ分割に関する列国会議を念頭に置いているのだろう。
それより前のインドや中国に対する侵略は、「帝国主義」の定義からは外れる、ということには直ちにはならないだろうが、ハンナ・アーレント「人種思想」を念頭に置いて考察しようとしているので、この定義にしているのかもしれない。
なぜならば、ヨーロッパで「人種」論が沸騰したのは、「白人」が「黒人」と遭遇したときの衝撃を合理化しなければならなかった、つまり、キリスト教・ユダヤ教の「全人類がただ一組の両親という共通の先祖から出たとする仮定」(P.102)を持つ人たちが、じっさいに「原始的民族」にぶつかったときの反応のひとつの帰結が人種理論であるということだからだ。

帝国主義のさなかで帝国主義を支える役割を負ったとして、キプリング(「ジャングル・ブック」の作者としてあまりにも有名、本書では「少年キム」を題材にしている)、ロレンス(アラビアのロレンス)に言及している。
だとしたら、ロフティングの「ドリトル先生」は、ハンナ・アーレントはどのような評価とするだろうか。

日本では、民族蔑視や民族差別はあるが、「人種」レベルでの排外的な言動は、あまりなじみは無いように思う。
しかも、排外主義のベースは「民族」でもなく、特定の「国」(必ずしも国家ということでもない)に属する人たちに対する排斥であるように思える。
『特定の「国」に属する人たち』の定義付けも、何ら裏付けもないレッテル張りでしかないようにも思うが。

ちょっと驚いたのは、ローザ・ルクセンブルクへの評価だ。
本文でローザルクセンブルグの「資本蓄積論」からの引用もある(P.50)のだが、本文ではなく注において「帝国主義に関する書物のうちでは、ローザ・ルクセンブルクの労作ほどの卓越した歴史感覚に導かれたものはおそらく例がない」(P.337)としている。
ハンナ・アーレント自身は、共産主義には批判的あるいは反対のスタンスであるのだが。

また、人権をめぐる「第九章 国民国家の没落と人権の終焉」での論議は、本書が書かれた1951年の時代を考えると、21世紀の「難民」の時代においてどのような展開となるのだろうか。

新版にあたって――凡例
まえがき(1968年の英語分冊版より)
第五章 ブルジョワジーの政治的解放
 1 膨脹と国民国家
 2 ブルジョワジーの政治的世界観
 3 資本とモッブの同盟
第六章 帝国主義時代以前における人種思想の発展
 1 貴族の「人種」 対 市民の「ネイション」
 2 国民解放の代替物としての種族的(フェルキッシュ)一体感
 3 ゴビノー
 4 「イギリス人の権利」と人権との抗争
第七章 人種と官僚制
 1 暗黒大陸の幻影世界
 2 黄金と血
 3 帝国主義的伝説と帝国主義的性格
第八章 大陸帝国主義と汎民族運動
 1 種族的(フェルキッシュ)ナショナリズム
 2 官僚制――専制の遺産
 3 政党と運動
第九章 国民国家の没落と人権の終焉
 1 少数民族と無国籍の人々
 2 人権のアポリア
原註
参考文献
事項索引
人名索引
ハンナ・アーレント/著
大島通義/訳
大島かおり/訳

みすず書房

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