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2018年8月25日 (土)

一泊で呉歩きは、ちときつい 4 入船山記念館

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3時半近くに美術館を出て、入船山記念館へ。
入船山記念館は、旧呉鎮守府司令長官官舎、火薬庫、呉工廠の時計塔、旧東郷家住宅離れなどが点在している。

ボランティアガイドさんに、1時間ほどガイドしていただいた。
「どちらから?」と尋ねられたので「神奈川から来ました」と言うと、「横須賀に鎮守府がありましたね」という話になる、さすが呉鎮守府。
まずは火薬庫(画像はない)、周囲は花崗岩だが屋根は木製、これは万一火薬が爆発したときは、爆風が周囲に向かわず上に向かうようにするため。

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園内の敷石は、元の呉市電の軌道に敷かれていた敷石だそうだ。

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ここはもともと亀山神社があったが、呉鎮守府司令長官官舎建設のために海軍によって移設され、そこに初代の官舎が1886年に建てられた。
円覚寺境内を横切る横須賀線の建設も、似たようなものだが、軍の威光、恐るべし。
1905年の芸予地震で倒壊してしまったため、直後に初代感謝の廃材も利用して、二代目の官舎が再建され、これが現在の建物である。

手前の公的エリアが洋館、後ろの私的エリアが日本建築で、私的エリアのほうが広い。
縁側の雨戸は角のところで90度回転するようになっている。

呉空襲の際、入船山は爆撃されなかったのだが、これは、連合軍は戦後ここを使いたかったからだという。
戦後、この建物はオーストラリア軍を中心とした連合軍に接収され、占領軍総司令官官舎として利用されたときにペンキを塗られてしまったが、1956年の返還後1992年から3年かけて解体修理され、建築当時の姿となり、内部の金唐紙も再現された。

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歴史民俗資料館から呉市街を眺めることができる。
以前は木々が立っていて展望できなかったが、知事が来館することになったので枝を落としたそうな。
黒い木造の建物は旧海軍倉庫で、現在は呉YWCAが使用しており、2016年に「なかなか遺産」の第3号に認定された。

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門に立っていた番兵塔がある。
敷石が窪んでおり、歩哨が立っていた跡だそうで、左足の位置が斜めなのは、何かあったらすぐに走れる体勢だったからとか。

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開口部の上は、船の舳先のデザインである。
そばの時計は、旧呉海軍工廠塔時計で、どこからでも見えるように四方に時計盤がついている。

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ガイドさんのお話が止まることを知らず、そして面白いので、撮影する時間がなかった。
そして、説明にいちいち反応し合いの手を突っ込むので、ガイドのおじさんが驚いている。

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園内のクイズに全問正解できると、記念にポストカードがいただける。
鎮守府は、横須賀(1884年)、佐世保(1889年)、呉(1889年)、舞鶴(1901年)に置かれ、日本の周辺海域を分割して管轄した。

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