« 一泊で呉歩きは、ちときつい 5 呉の街 | トップページ | 一泊で呉歩きは、ちときつい 7 夕呉クルーズ(1) »

2018年8月25日 (土)

一泊で呉歩きは、ちときつい 6 大和ミュージアム

180825_701  180825_702
大和ミュージアムを見学することにした。

180825_703  180825_711
エントランスから、十分の一の大きさの大和の姿が見える。
船首は北を、船尾は南を向いている。

180825_712  180825_713
ここで10往復すると、さっきの美術館通りを歩いたことになる。

180825_714  180825_715
大和は、1940年8月8日に進水し12月16日に竣工、1942年月12日に連合艦隊旗艦となった。

180825_716
1945年4月7日に沈没するまで幾度かの改装が行われたが、この模型は最終時の姿だろう。

180825_721  180825_722
1階の大型資料展示室に、零式艦上戦闘機六二型や呉海軍工廠で研究開発された特攻兵器「回天」十型、九三式魚雷・二式魚雷などが展示されている。

180825_723  180825_724
1階には呉の歴史の展示もあり、海軍と共に歩んだ呉の歴史が展示されている。

180825_731  180825_732
ことさら戦争を「賛美」するような展示ではないけれども、ドレスデンの連邦軍博物館のような戦争について考えさせるような展示でもない。
大和ミュージアムの趣旨として「明治以降の日本の近代化の歴史そのものである「呉の歴史」と、その近代化の礎となった造船、製鋼を始めとした各種の「科学技術」を、先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介し、我が国の歴史と平和の大切さを深く認識していただくとともに、科学技術創造立国を目指す日本の将来を担う子ども達に科学技術のすばらしさを理解していただき、未来に夢と希望を抱いていただくことのできる「呉らしい博物館」とすることにより、地域の教育、文化及び観光等に大きく寄与することを目的」が掲げられているが、科学技術の戦争技術への転化の歴史について、あるいはその背景などへの言及はない。

20180705_b31
(連邦軍事博物館(Militärhistorisches Museum der Bundeswehr)の、上から降ってくる爆弾やミサイルの展示)
「平和の大切さを深く認識」はしても、「目的」の中には「平和」への言及がないので、それで良しとしているのかもしれないが。

180825_741
広域連携特別展示事業「秋山真之と日露戦争」が行われていた。

180825_742  180825_743

180825_744  180825_745
松山の坂の上の雲ミュージアムでの、「明治青年秋山真之」展のチラシもあった。

180825_751
大和ミュージアムの道を挟んだ所は、「てつのくじら」館である。

大和ミュージアム

|

« 一泊で呉歩きは、ちときつい 5 呉の街 | トップページ | 一泊で呉歩きは、ちときつい 7 夕呉クルーズ(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 一泊で呉歩きは、ちときつい 6 大和ミュージアム:

« 一泊で呉歩きは、ちときつい 5 呉の街 | トップページ | 一泊で呉歩きは、ちときつい 7 夕呉クルーズ(1) »