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2018年6月30日 (土)

4_8 Rathaus / Deutsch 2018

船着場から、ゆるい上り坂のHolstenstraßeを歩く。
土曜日とあって、大勢の人たちが来ている。
上りきったところを左に曲がると、ここにも人が多いBreitestraße、さすが土曜日。

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ああ、葉っぱが食べたいなあと思いながら、ゆるゆる下り坂のBreitestraßeを歩いていたら、中華屋があったので入ってみた。
その名も「Essen & Trinken」に入るといきなり階段、その階段を降りるとテイクアウトのコーナーらしく、わりと若者(中国人ではない)の出入りが多い。
ここじゃダメだと上に戻り、テーブルの一つに座る。
シュパイゼカルテは中国語、ドイツ語、英語。
ナイフとフォークは持ってくるのだが、箸はない。
頼まないと持ってきてくれないのである。
一目でアジア人とわかるのだから、箸はデフォルトでもっってきてほしい。
西洋人に合わせたのだろう、量多し、そして大味。
ごはん、ちょっとでいいからと言ったのに、どおおんとやってきた。
ツァーレンのとき店のおばはんに「中国人か」と聞かれたので、「日本人じゃ」。

Essen Trinken

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Breitestraßeを戻ると、市庁舎(Rathaus)である。
中庭では臨時の競技場がつくられ、子どもたちがハンドボールの試合をし、親たちがスタンドで声援を送っている。

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大きなメダルがはめ込まれたただの壁を、なぜ、高いところにつけたのか、それはリューベックの権威、勢力が大きなものであると伝わるように、市庁舎も大きいぞと見せつけるためだったそうで、上部の穴は、風を通すためのもの。

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1159年に建れられた、ドイツ最古のゴシック建築と言われているらしい。
幾つかのデザインの異なった建物が並んでいて、時代時代に増築されていったのだろう。

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グリム兄弟の兄ヤーコブが議長を務めた第2回ゲルマニスト会議が、1847年9月26日から30日まで、この市庁舎で開催された。

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第1回ゲルマニスト会議がフランクフルトで開催されたとき、当時は統一された「ドイツ」という国はなくて、グリム兄弟の弟ヴィルヘルムは「スイスの山奥からバルト海地方まで、ライン河からオーデル河まで」というふうに「ドイツ語を話す人が暮らすところがドイツ」と、大ドイツ主義的に考えたらしい。

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普仏戦争でナポレオン戦争に勝利した後の1871年1月18日に、プロイセン国王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝となり、小ドイツ主義による統一国家としてのドイツ帝国が成立した。
第2回ゲルマニスト会議については、ここ。
https://de.wikipedia.org/wiki/Germanistentag#Germanistentag_1847_in_L%C3%BCbeck第2回ゲルマニスト会議の打ち上げ会場は、市庁舎地下のケラーだったようだ。

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ホルステン門の旧市街側。
1477は門の完成年、1871はドイツ帝国成立年。

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駅そばのLindenplatzに、ヴィルヘルム像とビスマルク像が立っている。

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