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2018年5月27日 (日)

健康で文化的な最低限度の生活 2

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「公的扶助」の名にふさわしい生活保護の仕組みとして機能しているかどうか、古くは川柳事件、最近の「保護なめんな」ジャンパー事件など、そして世間の見る目ばかりではなく国会議員の発言など、生活保護にはテーマが多い。
「貧困」にどう向き合うかということも含めて、このシリーズにそこまで求めることができるかしら、求めてしまっていいのかしら、と思ってしまった。

社会福祉の構造改革では、「個人が尊厳を持ってその人らしい自立した生活が送れるよう支えるという社会福祉の理念に基づいて、本改革を推進する。」として
 (1) 個人の自立を基本とし、その選択を尊重した制度の確立
 (2) 質の高い福祉サービスの拡充
 (3) 地域での生活を総合的に支援するための地域福祉の充実
が具体的な改革の方向とされた。
これに異論を挟むことは、ないだろう。
しかし、そのために「行政が行政処分によりサービス内容を決定する措置制度」を「利用者が事業者と対等な関係に基づきサービスを選択する利用制度」に改めることには、大いに疑問だった。
この問題点については、ここに詳しいが、「措置」の部分だけ抜粋しておく。
○そもそも措置制度は、憲法第25条前段国民の権利に対して後段でそれを保障する義務について、憲法第89条に違反しないように考え出されたもの
○この制度がなぜ「権利を補償しない制度」とされてしまったのだろうか。
○「措置」は行政処分であるということを理由の一つに上げられるが、納得できるものではない。
○なぜ国民の権利を保障するという、国にとっては義務を果たす行為が公権力を行使する行為になってしまったのか。
○その原因は、サービスが不足していたためであり、十分な財政を投入しなかったから。
○そのために、不足するサービスをどう配分するかという配分方法を決め、実行する権限が与えられた。
○その権限は、国民の権利をいかに効果的に、公正に配分するかという目的のために行使するもので、国民が持っている権利に優先するものでもなければ、また対立するものでもない。
○「措置」はサービスの選択権がない、という説明がされている。
○しかし、国は利用者のニーズにあったサービスを創造し提供する義務があり、勝手にサービスを提供し、それを利用させる権限が国にあるはずがない。
○利用する資格要件がない場合、利用するサービスが足りない場合に断ることはあっても指定したサービスを使用させる権限はないのである。
○サービスの選択権がないという事実があるならそれは利用したいサービスがないといことに他ならない。
大島正彦『「社会福祉基礎構造改革」の問題点』(文京学院大学人間学部研究紀要 Vol.9, No.1, pp.275 ~ 283, 2007.12)
https://www.u-bunkyo.ac.jp/center/library/image/kyukiyo9_275-283.pdf

柏木ハルコ/著<
小学館
https://comics.shogakukan.co.jp/book?isbn=9784091867469 

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