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2018年2月 4日 (日)

パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い

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再び「冬の時代」が到来しそうな世の中である。
「売文社」は、「冬の時代」の社会主義者たちにとっての居場所や仕事の場となり、ある意味での作業所的な存在だったのだろう。
堺利彦の幅の広さこそが、こうした仕事を支えたのだと思う。
近づきつつありそうな「山に籠もって時勢を待」たなければならない時代に、「帝国主義戦争絶対反対」と言わなければならないような時代に、このような存在感のある人物は現れるのだろうか。

堺利彦といえば「家庭の新風味」なのだが、本書でも「家庭の新風味」に触れているところがある。(P.87)
しかし、小田実にも引用された部分
『そこでわが子とはいうものの、まったくのわが子ではなく、不可思議(すなわち神)の子といってもよい。我々は神の子をわが子として産むのである。「さずかりもの」という考えはじつに至当であると思う。子に対する尊敬はここからわき出でて来るのである。
神に対しては「さずかりもの」、社会に対していえば「あずかりもの」、けっして親の私有物ではない。あずかりもの」であるから大切にせねばならぬ、「さずかりもの」であるからに尊敬せねばならぬ、私有物でないから親々の勝手にしてはならぬ。これが子に対する根本の心得である。』
は、出てこない。
「家庭の新風味」が書かれたのは1901年、妻美知子が鎌倉で闘病中のころだが、鎌倉の何処で療養していたのだろうか。
なお、「家庭の新風味」は「新家庭論」として講談社学術文庫から1979年に出たのだが、現在絶版である。

ジャック・ロンドンの「野性の呼び声」「白い牙」「どん底の人々」などは、かつて読んだことはあるが、さすがに堺利彦訳ではなかっただろう。

「カフェ・バウリスタ」のことが出てくる(P.277)。
昔、親父がその親父の話をしていたのを聞いたに「ブラジル拓殖会社なんか作って、移民やったりブラジルコーヒーの輸入やったり。で、コーヒーは昔から家にはあったよ。豆のコーヒーをガリガリ挽いていた。しばらくするうちに、カフェ・バウリスタ(6)っていうのが、銀座にできた。」と言っていた。

朝日新聞

序章 一九一〇年、絶望のなかに活路を求めて
第一章 文士・堺枯川
第二章 日露戦争と非戦論
第三章 “理想郷”としての平民社
第四章 「冬の時代」前夜
第五章 大逆事件
第六章 売文社創業
第七章 『へちまの花』
第八章 多彩な出版活動
第九章 高畠素之との対立から解散へ
終章 一九二三年、そして一九三三年の死
あとがき
堺利彦略年譜
主要参考文献
人名索引

黒岩比佐子/著
講談社

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