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2018年1月13日 (土)

黒の回廊

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行ったことのあるエリアを行くので、読んでみた。
もっとも、昭和40年代の話なので、雰囲気や形式は相当異なっているだろうが。
それにしても、松本清張さんを読むのは、何十年ぶりのことになるのだろう。

本書のツァーは「昭和四十×年四月十五日」から25日間595,000円、この小説が世に出たのは1971年なので、昭和41年から45年頃の設定ということだろう。
ツアーは、次のような行程である。
羽田=アンカレッジ=コペンハーゲン=ロンドン=エジンバラ=ロンドン=チューリヒーベルンークライネシャイデックージュネーブ=パリ=ローマ=アテネ=テヘラン=バンコック=香港=羽田
各地に何泊するのかは、わからない。
なお、松本清張自信が訪欧したのは、1964年のことだった。

実際には、次のような行程であった。
合わせて、読みながら思いついたこともメモしておこう。

4月15日
夜、羽田出発
現地時間15日午前、アンカレッジ滞在(事件1)。

16日
朝、コペンハーゲン到着、市庁舎広場、ストロエット(ストロイエ)、ラウンドタワー、アマリエンボール(アマリエンボー)、人魚姫、コペンハーゲン泊。
コペンハーゲンでのホテルは「ロイヤル・ホテル」とあるが、位置的には現在の「Radisson Blu Royal Hotel, Copenhagen」。
SASロイヤルホテルとして建てられ、1994年にラディソンSASロイヤルホテルに改称、2009年にSASが株を売却し、ラディソン・ブルロイヤル・ホテルに改称。
四半世紀近く前だがコペンハーゲンに行ったとき、テル前を歩いたことがある。
フリーのルポライター鈴木道夫は、「男はつらいよ・寅次郎心の旅路」の竹下景子演じる江上久美子を思い出す。

17日
フレデリスクボー、クロンボールへ、コペンハーゲン泊。

18日
朝、(事件2)コペンハーゲン出発、午後ロンドン到着、ロンドン泊。
「ランカスター・ホテル」は、現在の「Royal Lancaster London」。

19日
ピカデリーサーカス、トラファルガー広場、ウエストミンスター寺院、バッキンガム宮殿、昼食、ウォータールー橋、ロンドン塔、ロンドン泊。

20日
大英博物館、チャールズ・ディケンズ博物館、マダム・タッソー館、ベーカー・ストリート、自由行動、ロンドン泊。

21日
ウィーンザー城、夜行列車でロンドン出発。

22日
朝、エジンバラ到着、セント・アンドリュース、エジンバラ、ミルソナート泊。
ミルナソートの、レブン湖がすぐ北側にあるキンロスの「ホテル・トロウ・ヴィラ」は、わからない。
そして全475ページの245ページで、最初の死体の登場である。

23日
(事件3)(事件4)エジンバラには帰れず、ミルソナート2泊目。
さらに285ページで第二の死体が登場する。
記者たちが泊まった「キンロス・ホテル」も、わからない。
キンロスはレブン湖の西の地名に実在する。
1965年にあった「アムステルダム運河殺人事件」のことが記されている。
清張が「アムステルダム運河殺人事件」を週刊誌に発表したのは1969年。
夜行列車でエジンバラを出発。

24日
ヒースロー空港からスイス航空B727でチューリヒへ。
チューリヒからバスでベルンへ、夕方ベルン散策、ベルン泊。
ツァースケジュールは「ベルンークライネシャイデックージュネーブ=パリ」から「25日、ベルンークライネシャイデックージュネーブ、夜行列車でパリへ」に変更。
ベルンのホテルは、翌日常務が到着した「ベルビュー」(Hotel Bellevue Palace)だったのか。

25日
ベルン→インターラーケン→ツバイリュッチネン→クライネシャイデック→ユングフラウヨッホ→グリンデルワルト、グリンデルワルト泊
インターラーケンは、インターラーケン・オストだ。
BOBの「右コース」ということは、ラウターブルンネン経由だが、ラウターブルンネンでBOBからWABに乗り換えたことは書かれていない。
またクライネシャイデックの記述で「ツバイリュッチネン駅から左に岐れた登山電車がグリンデルワルトを経てここにきているので」という記述もあり、グリンデルワルトでBOBからWABに乗り換えが必要なことも書かれていない。
予定がまた変更され、グリンデルワルトで泊まったホテル「スピンネー」は「Hotel Spinne」だろう。
この前は、歩いたことがある。
「ホテル・バーンホーフ」は「Derby Hotel Bahnhof AG Grindelwald」、「ホテル・レジナ」は「Grand Hotel Regina Grindelwald」だろうが、「グランド・ホテル」もレジナのことではなかろうか。

さて、以後、ツァーはどうしたか。
そして、実行犯や実行を指示した者はどうなったか。
犯罪発生地、実行犯の国籍、犯罪の経緯が明らかにされた場所、いずれも異なる国であることから、ややこしいことになりそうだ。
それにしても、清張の文章は、次の展開を期待させる術に長けている。
そしてやはり清張、時代を背負っている。
その意味では、平成が終わろうとするいま、殺人まで犯す犯人の思いは受け止められにくくなっているのかもしれない。
それは、韓国の人たちの思いと日本の対応ぶりと重なって見えざるをえない。

松本清張/著
文春文庫

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