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2018年1月 8日 (月)

ビラの中の革命―ウィーン・1848年

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1848年時代のビラ(いわゆるペラ紙の「ビラ」だけではなく、プラカードやパンフレットも含む)が、オーストリア国立図書館やウィーン市立図書館に今でも残されていることに驚く。
どんな人たちがどんな思いでいつから保存しようとしたのか、図書館がどのように蒐集したのだろうか。
本書の記述によれば、多くのビラが有料で万単位の部数で売られていたようなので、ある意味では現代の新聞や雑誌的な存在で会ったことが、保存されることになった要因のひとつなのかもしれない。
また、その後の帝国の時代やドイツ併合の時代を、どうくぐり抜けたのだろうか。
そして、当時のフラクトゥーアで印刷された万単位の種類のビラを読み、本書をまとめた著者のエネルギーに驚いてしまう。

興味深い記述は、労働者たちの要求の中に『「Sie」と呼べ』という小目があることだ。
職人頭が建築労働者を呼ぶとき(P.78)、カフェの給仕が経営者以外から呼ばれるとき(P.85)、ビアレストランやワインケラーの雇い主がケルナーを呼ぶとき(P88)などの例が示されている。
一般論としては「友人や家族など親しい人や子供相手には「Du」(親称)、他人や目上の人には「Sie」(敬称)ということになるだろう。
職人頭と労働者の関係、給仕と客、雇い主と給仕、それぞれ微妙な関係ではあるだろうが、相手を敬う関係を要求しているということだろう。

「ドイツ・カトリシズム」でヨハン・ロンゲ(Johannes Ronge)の名前が出てくるが、1844年にローマから破門されたようだ。
1845年に「ドイツ・カトリック教会」を組織したが、1850年以後は終息してしまったらしい。

ウィーンの1848年革命では、良知力氏(1930年1月12日~1985年10月20日)の「向う岸からの世界史」や「青きドナウの乱痴気―ウィーン1848年」、「1848年の社会史―ウィーンをめぐって」、「女が銃をとるまで 若きマルクスとその時代」を読んだ。
本書のために著者はウィーンで2年間滞在したとのことだが、このときの史料が良知力氏の「青きドナウの乱痴気―ウィーン1848年」に使われたようだ。
いずれも読んだ、「歴史のなかのウィーン―都市とユダヤと女たち」「図説 オーストリアの歴史」「図説 ウィーンの歴史」の著者でもある。
柏書房から「ウィーン都市地図集成」という本も出ていて興味をそそられるのだが、いかんせん価格的に不可能である。
どこかの図書館で閲覧するしかない。

第1章 生活の変革をもとめて
 1 市壁の内と外
 2 民衆的市場秩序
 3 パン屋・肉屋の悲劇
 4 社会問題となった家賃
第2章 労働問題の転換
 1 機械打ち壊し
 2 ツンフト的発想の中から
 3 工業化の波の中で
 4 「公共労働」の意味するもの
第3章 女達の革命
 1 底辺を担った女達
 2 売春は是か非か
 3 男女平等論の地平
 4 行動する女達
第4章 自由なる神をもとめて
 1 新しき神の秩序
 2 楽園からの追放
 3 ドイツ・カトリシズム
 4 ユダヤ人問題の位相
むすび―ビラの中の革命とは何であったのか
あとがき
資料・文献一覧/図版出典

増谷英樹/著
東京大学出版会

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