« 清張鉄道1万3500キロ | トップページ | 「アジェのインスピレーション」「生誕100年 ユージン・スミス写真展」、そして「Those Were The Days」 »

2017年12月22日 (金)

全体主義の起源 1 反ユダヤ主義

171105_001
2017年12月6日、アメリカ合衆国大統領は「エルサレムをイスラエルの首都と認める」とし、この発言に対して国連安保理は12月18日、「アメリカに撤回を求める」とのエジプト提案の決議案を採決し、アメリカ以外の14カ国がすべて賛成したが、アメリカが常任理事国として拒否権を発動し否決された。
国連総会は21日に緊急特別総会を開き、賛成128、反対9(アメリカ、イスラエル、グアテマラ、ホンジュラス、マーシャル諸島、ミクロネシア、ナウル、トーゴ)、棄権35(アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、クロアチア、コロンビア、チェコ、ハンガリー、ポーランド、ラトビア、メキシコ、フィリピン、ルーマニア、ルワンダ、ウガンダ、南スーダンなど)、採択に不参加が21で認定の撤回を米国に求める決議案が採択された。

さて、本書はもともとは1951年に発表されたもので、最初の邦訳は1971年である。
原著刊行から70年以上、最初の邦訳からも50年以上経過している本書を、いま読むことにどのような意味を見出すのか。
なお、その間に「エルサレムのアイヒマン」が執筆(1963年)され、映画「ハンナ・アーレント」が2012年に公開(日本公開は2013年)されている。

ハンナ・アーレントをどのように評価するのかといった課題はあるとしても、本書を歴史的著作というだけではなく、いまのこの国のありよう、あるいは北朝鮮を筆頭とした「全体主義」的諸国のありようと重ね合わせることで、その意味をさぐっていくことができるのだと思う。

本書は、サブタイトルにあるように「反ユダヤ主義」を扱う。
しかし、そもそも、「ユダヤ人」とは何者なのか、どのように定義するのか、本書ではあらためて定義はしない。
「国民国家の没落と反ユダヤ主義運動の台頭が並行して展開したこと、国民国家の集合として組織されたヨーロッパの崩壊とユダヤ人の絶滅(中略)とが時を同じくしたこと、この二つの事実は反ユダヤ主義の起原を示している」(P.19)としているが、「ヴェニスの商人」におけるシャイロックは、「反ユダヤ主義」とまでは言えないのかもしれないが、「反ユダヤ感情」が国民国家以前にも存在していたということはできるだろう。
著者は、「ここでわれわれが扱うのは、歴史においてはそれほど重要ではなく、政治においては全然重要性を持たないユダヤ人憎悪ではない」(P.62)と言っているのだが、それでいいのだろうか。
確かに「反ユダヤ主義とユダヤ人憎悪は同じものではない。ユダヤ人憎悪というものは昔からずっと存在したが、反ユダヤ主義はその政治的、及びイデオロギー的意味において19世紀の現象である」(P.62)のだろうが、著者自身「ポーランドとルーマニアのユダヤ人憎悪は、西欧および中欧諸国で見るものにくらべてはるかに激しい」(P.63)としているように、まず、「ユダヤ人憎悪」とは何なのか、なぜ「ユダヤ人憎悪」が連綿と続いていたのかを明らかにする必要はないのだろうか。
そのうえで、国家を持たないユダヤ人の存在に対してユダヤ人憎悪から反ユダヤ主義へ転換していった背景、国家の求心力を高めるために国家の構造やイデオロギーと結びついていったプロセスを探る方が、わかりやすいのではないだろうか。
つい先日、「屋根の上のヴァイオリン弾き」を見たばかりなので、そう思ってしまうのか。

そして考えるのは、日本における朝鮮人・韓国人、部落民などは、ユダヤ人憎悪や反ユダヤ主義におけるユダヤ人と同じような存在であると言い得るのかどうか、ということだ。
民がその周囲の民の一部を嫌う、差別する、虐待する、攻撃するなどという事例は、歴史や現実の中で枚挙にいとまがない。
なぜ民の一部は攻撃を受けるのか、民の一部を攻撃するのか、その背後にあるものとして宗教や文化や職業なども含めてあれこれ語られるのだが、それらは攻撃の原因なのか理由付けなのか。
昨今の排外主義的な世のありようにどのように向き合うのか。
「テロルというものが単に――そして何よりもまず――敵を威嚇し追い払うために利用されるのではなく、完全に従順な大衆をそれをもって支配する恒久的な支配手段となっているということが、全体主義的支配形式とその他すべての暴政的支配形式とを分かつ基本的な相違なのだ」(P.10)は、「テロル」をどのように定義するかにもよるが、反対者に対する態度の表明として、現代日本の政治状況と重なるものがある。
本書で検討している「モッブ」もまた然り。
しかし、「テロル」にしても「モッブ」にしても、なぜそうした状況が生まれたのか、何がそれを支えているのか、そしてそうした状況にどう対峙するのか、それを考察し行動することが、私たちに課せられた課題なのだろう。

それにしても、独文構造をそのまま日本語にしたようで、訳文としては読みづらいし、まとめづらい。

新版にあたって――凡例
初版まえがき
序文(ドイツ語版より)  カール・ヤスパース
まえがき(ドイツ語版より)
まえがき(1968年の英語分冊版より)
第一章 反ユダヤ主義と常識
第二章 ユダヤ人と国民国家
 1 解放の曖昧さとユダヤ人の御用銀行家
 2 プロイセンの反ユダヤ主義からドイツにおける最初の反ユダヤ主義政党まで
 3 左翼の反ユダヤ主義
 4 黄金の安定期
第三章 ユダヤ人と社会
 1 例外ユダヤ人
 2 ベンジャミン・ディズレイリの政治的生涯
 3 フォブール・サン=ジェルマン
第四章 ドレフュス事件
 1 ユダヤ人と第三共和国
 2 軍・聖職者 対 共和国
 3 民衆とモッブ
 4 大いなる和解
原註
参考文献
事項索引
人名索引

ハンナ・アーレント/著
大久保和郎/訳

みすず書房

|

« 清張鉄道1万3500キロ | トップページ | 「アジェのインスピレーション」「生誕100年 ユージン・スミス写真展」、そして「Those Were The Days」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 全体主義の起源 1 反ユダヤ主義:

« 清張鉄道1万3500キロ | トップページ | 「アジェのインスピレーション」「生誕100年 ユージン・スミス写真展」、そして「Those Were The Days」 »