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2017年12月17日 (日)

夕陽妄語3 2001−2008

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「夕陽妄語」は、1984年7月から88才で亡くなる直前まで24年間にわたり、朝日新聞に月一回のペースで寄稿したコラムで、全285回にわたる連載であった。
本書を読見始めたのは、2016年12月13日の、MV22オスプレイが沖縄県名護市安部付近のリーフ上に墜落した事故から1年の日であった。
その1週間前の12月7日に、沖縄普天間基地所属のの米海兵隊のCH53大型輸送ヘリコプターの部品が宜野湾市の宜野湾市の緑ケ丘保育園に落下、さらにオスプレイ墜落1年当日の13日には宜野湾市立普天間第二小学校の校庭にCH53大型輸送ヘリコプターの窓枠が落下する事故が続いた。
辺野古や高江を始めとする沖縄の状況に対し、こうした事態に抗議し反対する人たちを揶揄する内容の文言がネット上に溢れ、さらには「報告」「報道」を装った攻撃も繰り返されている。
このような内容の誤りを指摘しても、別の攻撃材料にすり替えて攻撃はさらに続いている。
なぜ、こうした攻撃的行為が良しとすることができるのだろう。
本書を読んでいて、つくづくやりきれなさを覚えてしまう。
「夜麻登波 久爾能麻本呂婆 多多那豆久 阿袁加岐 夜麻碁母禮流 夜麻登志宇流波斯」、すでにこの国の姿ではない。
あるいは、『原則としてすべての少数派は「賊軍」であり、天下の大勢に抗するのは「無頼」である―というのが和を以って貴しとするこの国の文化的伝統』(P.282)と喝破した加藤周一氏の読みの深さか。
沖縄を揶揄し中傷する人たちは、沖縄を同胞と見るのではなく、植民地としてしか見ていないのではないだろうか。
解説の中で「もし、加藤さんが生きていれば、何を語ったでしょうか?」(P.437)という語句がある。
この語句を、今でも言わなければならないのだとしたら、それは私たち自信に語る努力が足りないということを意味しているのだろう。

P.345で、加藤さんは『一八三一年にフランスに亡命したハイネは、「昔ぼくには美しい祖国があった」と歌ったことがある』と記している。
このHeinrich Heineの詩の原文は、
Ich hatte einst ein schönes Vaterland.
Der Eichenbaum
wuchs dort so hoch, die Veilchen nickten sanft -
es war ein Traum.
Das küßte mich auf deutsch und sprach auf deutsch
(man glaubt es kaum,
wie gut es klang) das Wort: "Ich liebe dich" -
es war ein Traum.
である。
続いて『われわれも安倍首相と共に「美しい国」をつくろう。信州のカラ松の林と、京都の古い町並みを保存し、人麻呂や芭蕉が残した日本語を美しく磨こう。そのとき愛はおのずから起こるだろう。そして尊大な、誇大妄想的な、殺伐で同時に卑屈なナショナリズムを捨てればよい。そうすれば、憲法を改める必要も無くなるだろう』と書いたのは、2006年11月27日であった。

加藤周一/著
筑摩書房

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