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2017年9月 8日 (金)

パリ燃ゆ 4

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1871年3月18日から4月にかけての動きが「無名の人々」の章で語られるのは、パリ・コミューンの象徴だろう。
この「無名の人々」の動向を、よく調べることができたものだと感心する。
「パリ燃ゆ」は、大佛次郎さんが1961年にパリに出向いたのち、1961年から1963年の間「朝日ジャーナル」に、1964年に「世界」に発表された。
ただし、パリ・コミューン関係の資料は、戦前から集めていたそうだ。
そして大佛次郎さんは1959年に創刊された「朝日ジャーナル」に「パナマ事件」を連載し、単行本となった「パナマ事件」の「後書き」に、次のように書いた。
この「パナマ事件」で私のフランス第三共和政について書きたい仕事は「巴里コンミュン」だけが残った。これはもう一度パリに出かけ、本を探がし、その土地を歩きまわって、私のこの系列の仕事の最終のものとして、書きたい。どうしたものが、私は第三共和政の三大事件を時間的に逆に辿り歩いて、振出しの「コンミュン」に向うことになった。この内乱は画家のクールベやゴンクールなど作家の日記にも体験した記事が出ていることで、資料集めに係ったら、容易ならざる仕事になるものと覚悟している。」
直接触れているわけではないが、大佛次郎さんの心のなかに、60年安保のことが熾として燃え続けていたに違いない。

第四部 無名の人々(上)

大佛次郎ノンフィクション文庫第4巻
大佛次郎/著
朝日新聞社出版局

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