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2017年9月13日 (水)

米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名はカメジロー

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渋谷のユーロスペースにて。
平日真っ昼間とあって、半分程度の入りで、客層は、カメジローを知っていそうな世代が圧倒的多数でした。

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亀次郎さんの記憶は、1970年の沖縄初の国政参加選挙で当選し、国会に入って階段をあがるシーンです。
そしてこの頃大学で、沖縄から来ていた学友は、パスポートを持っていたことも覚えています。

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その後の沖縄人民党の日本共産党への合流と亀次郎さんの日本共産党副委員長への就任も、たぶんニュースを見たのでしょう、記憶にあります。

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上映中の、幾つかのメモ。
劇中で一部流れるねーねーずの「おしえてよ亀次郎」は、アルバム「愁」に収録されています。
沖縄人民党のめざしたものは、ポツダム宣言の趣旨に沿った民主主義の確立にあったことを、改めて思い出させてくれました。
稲嶺惠一元沖縄県知事が、亀次郎さんを評価する言葉を出していたのは、ちょっとびっくり。
こうした姿を見ると、国中央による沖縄の基地への対応は、沖縄の思いを理解した上での対応とは到底言えないことを、改めて痛感します。
亀次郎さんは1954年10月に米国民政府により逮捕され弁護士もつかない裁判で長期2年の判決を受け、1956年4月に出獄しますが、ここまでで前半半分が経過。
下獄中に沖縄刑務所で暴動が発生し、なんと亀次郎さんが調停役として引っ張り出されたときに、亀次郎さんは「レ・ミゼラブル」を夢中になって読んでいたそうです。
亀次郎さんがジャン・ヴァルジャンだとしたら、ジャヴェール警部は米国民政府そのものだったのでしょう。
当時海兵隊員として沖縄に入って民政府で仕事をし、のちに返還交渉に携わったハワード・マックエルロイ氏が登場して、「いま、イスラムを恐れるように、当時の米軍は亀次郎を恐れていた」と指摘していたこと、そして亀次郎さんを「愛国者」と評価していましたが、聞き取れた米語は”Nationalist”ではなく”Patriot”であったのが、印象的でした。

沖縄の人たちの魂の中に、亀次郎さんが生き続けているのだと確信した映画でした。

終演で明かりがつく直前から客席から拍手がわきました。

ユーロスペースでは、とりあえず22日(金)まで上映継続です。

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「Cafe9」でお昼。

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渋谷から新宿に出て用事を済ませ、ロマンスカーに乗車できました。

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右はトイカメラ風、左は魚眼レンズ風。

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夕焼けでした。

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