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2017年6月19日 (月)

Unvergessene Kahlenbergbahn

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タイトルを訳せば、「忘れじのカーレンベルク鉄道」ということになるかしら。
かつて、ウィーンの北のヌスドルフからカーレンベルクの丘の上までを結んでいた、カーレンベルク鉄道(Kahlenbergbahn)の記録である。
あわせて、レオポルドベルクのケーブルカーとゾフィエンアルペのケーブルカーについても、記述されている。
路線の様子や使われていた機関車や客車について、絵画や当時の写真を豊富に使って案内している。

カーレンベルク鉄道の距離は5.5km、軌間は1435mm(標準軌道)で、リッゲンバッハ式のラックシステムを採用していた。
ルートは、ヌスドルフ(Nussdorf、0.0km、海抜177m)―グリンツィング(Grinzing、2.0km、海抜289m)―クラプフェンヴァルドゥル(Krapfenwaldl、2.7km、海抜332m)―カーレンベルク(Kahlenberg、1876年まで4.9km、海抜457m/延長されて1876年から5.5km、海抜483m)であった。
1873年5月1日から10月31日までウィーンで万国博覧会が開催され、カーレンベルク鉄道はこの万国博覧会のために計画されたのだが、実際に開通したのは1874年3月7日であった。
電化が計画されたが、第一次世界大戦勃発によって頓挫し、さらに戦争にともなう石炭不足で運行が困難となり、1921年11月26日に最終運転がおこなわれ、1923年5月16日で認可が消滅し、線路は解体されすべての車両は廃車となった。
以前、ベート-ベン・ガンクに散歩しに行ったとき、リンクから乗った市電Dの終点がNußdorf Beethovengangで、市電が方向転換のために一周するときの内側の建物が、旧駅舎で、現在はレストランとなっている。

レオポルドベルク(Leopoldsberg)のケーブルカーは、ドナウヴァルテからレオポルドベルクまでを結んだケーブルカーで、1873年7月27日に開業したが、1876年には廃業してしまった。
ゾフィエンアルペ(Sophienalpe、ウィーンの西、フランツ・ヨーゼフ皇帝の母ゾフィーが好んで滞在したことによる地名)のケーブルカーは、1872年から1881年まで営業していた。

目次
最初のラック鉄道
カーレンベルク鉄道
 区間と歴史(10ページから)
 グリンツィング駅(27ページから)
 クラプフェンヴァルド駅(35ページから)
 カーレンベルク駅(45ページから)
 機関車(52ページから)
 客車(62ページから)
 郵便輸送(68ページから)
 シュテファニー塔(70ページから)
レオポルドベルクのケーブルカー
ソフィエンアルペのケーブルカー
英語要約
文献

Hans P. Pawlik/著
ISBN-10:3854161913
ISBN-13:978-3854161912

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