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2017年1月27日 (金)

エンゲルス─マルクスに将軍と呼ばれた男

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エンゲルスといえば「猿が人間になるについての労働の役割」「空想から科学へ」「自然の弁証法」、そして「資本論」の編集と刊行であるが、そういえばどのような生涯だったのかは詳しく見たことはなかった。
叙述は必ずしも経年ではないが、テーマごとに記述されているので、それはやむを得ないことだろう。
それにしても、ビクトリア朝社会に生きる「オヤジ」であるなあ、エンゲルスは。

エンゲルス マルクスや社会主義 世界や日本
1810 ベルリンにフリードリヒ・ヴィルヘルム大学(のちのフンボルト大学)創設
1812 グリム兄弟「子供たちと家庭の童話」刊行
1814 ウィーン会議
1815 ドイツで「ドイツの学生結社連合」結成
1817 学生結社連合、ヴァルトブルクで宗教改革300年祭開催
1818 5月5日 マルクス誕生 ヘーゲルがフリードリヒ・ヴィルヘルム大学で哲学講座をフィヒテから受け継ぐ
1819 カールスバート決議で自由主義弾圧
1820 11月28日 エンゲルス誕生
1824 5月7日 ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」初演
1825 ロバート・オウエンがアメリカで「ニュー・ハーモニー」設立
サン・シモン死去
日本で外国船打払令
1827 3月26日 ベートーヴェン死去
1830 「青年ドイツ」運動 フランス七月革命
1831 ヘーゲル死去
1834 ロバート・オウエンが労働組合大連合設立
1836 マルクス、ベルリンへ
ロンドン労働者協会設立
1837 (17)エルバーフェルトのギムナジウムを中退
エルメン&エンゲルス商会創設
フーリエ死去 イギリスのビクトリア女王即位
1838 (18)父とイギリス訪問、帰国しブレーメンで暮らす ロンドン労働者協会「人民憲章」発表
青年ヘーゲル派「ハレ年報」創刊
1839 (19)キリスト教信仰と別れてヘーゲル哲学に近づく ブランキ「四季協会」結成
フォイエルバッハが「ハレ年報」に「ヘーゲル哲学批判のために」執筆
1840 プルードン「財産とは何か」刊行 フリードリヒ・ヴィルヘルム四世即位
アヘン戦争勃発
1841 (20)10月 プロイセン近衛砲兵隊で兵役に志願しベルリンに行く フォイエルバッハが「キリスト教の本質」刊行
1842 (22)イギリス・マンチェスターで、父が共同経営するエルメン&エンゲルス商会に従事
メアリー・バーンズと関係
11月 「ライン新聞」事務所に立ち寄りマルクスと会う
青年ヘーゲル派「ライン新聞」創刊、モーゼス・ヘスが参加
10月 マルクス「ライン新聞」編集長となる
8月19日 マンチェスターで暴動
1843 6月12日、マルクス、イェニーと結婚
10月 マルクス、パリに来る
1844 (24)ドイツへの帰路の途中パリでマルクスと再会
1845 (24)1月 ベルギーで活動、春から夏にかけてマルクスとイギリス訪問
「独仏年誌」に「国民経済学批判大綱」寄稿
「イギリスにおける労働者階級の状態」出版
「聖家族」出版、「ドイツ・イデオロギー」執筆(刊行は1926年)
マルクスが「フォイエルバッハに関するテーゼ」執筆
1846 (25)1月 マルクスと共産主義通信委員会設立
8月 パリへ向かう
プルードン「経済的矛盾の体系、または貧困の哲学」発表 イギリス穀物法廃止
アイルランド飢饉
1847 (26)6月 共産主義者同盟の第1回大会がロンドンで開催され参加
「共産主義の信条表明」草稿
マルクス「哲学の貧困」発表 イギリス工場法成立
メンデルスゾーン死去
1848 (27)2月 「共産党宣言」刊行
3月 マルクスと共にベルギーを追放されケルンに移り「新ライン新聞」発刊
10月 ブリュッセルへ行くも捕まってパリへ移送
11月 スイスへ
フランス二月革命、ウィーン三月革命、ベルリン三月革命
12月 オーストリア帝国でフランツ・ヨーゼフ1世即位、フランスでルイ=ナポレオンが初代大統領に選出
1849 (28)1月 ケルンへ
5月 エルバーフェルトのバリケードへ
7月 スイスに逃れる
8月 ロンドンに亡命
ドレスデン五月蜂起、バクーニン参加
のちバクーニン拘束
マルクス、ロンドンに亡命
10月 ショパン世死去
11月 ヨハン・シュトラウス1世死去
1850 (30)マンチェスターでエルメン・アンド・エンゲルス商会の経営に参画
新ライン新聞に「ドイツ農民戦争」掲載
中国で太平天国の乱
ヴァグナー「ローエングリン」初演
1851 ロンドン万博開催
1852 フランスでナポレオン3世即位、第二帝政
1853 ペリー、浦賀来航
1854 カウツキー誕生 3月 クリミア戦争
1856 シューマン死去
1857 (37)この頃より病に悩まされる 経済恐慌
1858 ロバート・オウエン死去 日米修好通商条約調印
1859 ダーウィン「種の起源」刊行
1860 桜田門外の変
1861 バクーニンがシベリアから日本・アメリカ経由でヨーロッパに到着 アメリカで南北戦争勃発
1862 ヴィクトル・ユゴー「レ・ミゼラブル」発表
ビスマルクがプロイセン首相に
1863 (43)メアリー・バーンズ死去 リンカーン奴隷解放宣言
1864 (44)メアリー・バーンズの妹リディア・バーンズと結婚 第一インターナショナル、ロンドンで設立、モーゼス・ヘスが参加
1865 プルードン死去
1866 第一インターナショナル・ジュネーヴ大会 6月 普墺戦争
1867 (47)「資本論」第1部刊行 第一インターナショナル・ローザンヌ大会 ヨハン・シュトラウス2世「美しく青きドナウ」初演
大政奉還
王政復古
1868 第一インターナショナル・ブリュッセル大会
バクーニンが第一インター・ジュネーヴ支部に参加
1869 (49) エルメン・アンド・エンゲルス商会の仕事を辞める。 第一インターナショナル・バーゼル大会
1870 (50)ロンドンに転居 レーニン誕生 普仏戦争
1871 3月 パリ・コミューン、ブランキが大統領に選出
ローザ・ルクセンブルク誕生
リープクネヒト誕生
1月 ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に即位、ドイツ帝国成立
イギリス労働組合法制定
8月 日本廃藩置県
1872 第一インターのハーグ大会でバクーニン除名
9月13日 フォイエルバッハ死去
1873 ウィーン万博
1874 ヨハン・シュトラウス2世「こうもり」初
1875 ドイツ社会主義労働者党結成
マルクス「ゴータ綱領批判」執筆
モーゼス・ヘス死去
1876 (58)「猿が人間になるについての労働の役割」執筆(刊行は1896年)
1878 (58)リディア・バーンズと正式に結婚、リディア死去
「反デューリング論」刊行
スターリン誕生
バクーニン死去
ドイツで社会主義鎮圧法制定
1880 (60)「空想から科学へ」刊行 ブランキ死去
カウツキーがロンドン訪問
1881 12月2日 マルクスの妻イェニー死去
1882 (62)「自然の弁証法」執筆(刊行は1927年)
1883 3月14日 マルクス死去
1884 (64)「家族・私有財産・国家の起源」刊行
1885 (65)「資本論」第2部刊行
1886 (66)「フォイエルバッハ論」刊行
1888 (68)アメリカ旅行
1889 7月14日 第二インターナショナル、パリで結成 大日本国憲法発布
1890 (69)5月4日 ロンドン初のメーデー行進に参加 ドイツ社会主義労働者党、ドイツ社会民主党と党名を変更
1891 (71)「エンフルト綱領批判」刊行
「ゴータ綱領批判」公開
第二インターナショナル・ブリュッセル大会
1893 第二インターナショナル・チューリヒ大会
毛沢東誕生
1894 (74)「資本論」第3部刊行
1895 (74)「フランスにおける階級闘争」序文執筆
8月5日 ロンドンで死去

訳者の苦労話がある。

以下は、蛇足である。
ドリトル先生は、1785~1790年ころの生まれなので、エンゲルスより一世代以上前の人間である。
エンゲルスが狩猟好き(P.268~270)なのに対して、ドリトル先生は狩猟が大嫌いで、ドリトル先生がつくった「ドリトル博士救急袋」のために治安判事のウイリアム・ピーボディ卿がキツネ狩りができなくなり、キツネ狩りをあきらめたのは、1830年代後半のことであった。(ドリトル先生のサーカス:3-4、3-5)。
エンゲルスが狩猟に興じていた1850年代以後のイングランド北西部のマンチェスターの人間世界には、その時期より約20年前のイギリス南部で暮らしていたドリトル先生の力は及んでいなかったのかもしれない。
ドリトル先生はマンチェスターに行ったとこはあるが、それはブロッサムサーカスとともに行った1834年のことだった。
そしてドリトル先生は、失踪したブロッサムが残したサーカスを引き継ぎ、事業として成功させるのだが、その運営は「みんなの協同の仕事」としてであり、エンゲルスがマンチェスターの労働者の状態を見て「イギリスにおける労働者階級の状態」執筆の10年前のことである。
その頃に、ロバート・オウエンが労働組合大連合を設立しているが、もしかしたらロバート・オウエンの協同組合の考え方を取り入れたのかもしれず、ドリトル先生の先見性のうかがえることのできる逸話であると、想像をたくましくしてみた。

序文 忘れられた彫像
第1章 シオンのジークフリート
第2章 竜の種
第3章 黒と白のマンチェスター
第4章 少々の忍耐と若干の威嚇
第5章 限りなく豊作の四八年
第6章 さまざまな灰色のマンチェスター
第7章 悪徳商売の終わり
第8章 リージェンツ・パーク・ロードの大ラマ僧
第9章 マルクスのブルドッグ
第10章 ついに第一バイオリンに
エピローグ ふたたびエンゲリス市へ
謝辞
訳者あとがき
参考文献
原註
索引

トリストラム・ハント/著
東郷えりか/訳
筑摩書房

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