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2017年1月 6日 (金)

生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

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津久井やまゆり園をめぐっては、すでに一度、「社会防衛論」に着目してまとめようとしたことがあるのだが、いま読み返してみると、ほとんどまとまっていない。
http://m-kusunoki.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-22d2.html
そのときにも書いたことであるが、津久井やまゆり園には二重の意味でかかわりを持っていたことで、いまでもなかなかまとめきれないでいるのは確かだ。
障害者や施設のありよう、そして障害者や施設を視る社会のありよう、現状への批判的視点と今後の展望と考えると、そうおいそれとはまとめてはいけないだろうとも思う。

本書の論点は、予想とはことなって、あまりにもあたり前のことが書かれているのだが、執筆者それぞれがおそらく得意分野をベースにして事件を整理しているので、自分の中でまとめていこうとするときに役立ちそうだ。
当たり前なことの一つとして、次の文章を記しておこう。
「障害者は弱者だから権利を保障してあげる」とか「保障してもらう」ということではなく、一人ひとりがj権利の主体者であり主権者の一人だということを、もっと明確に、しかも空気のようにしなければならない
「助けてもらう、権利を保障してもらう」ではなく、互いの権利を保障する主体になるのでなければならない
自分たちが主権者として行動することが、障害者だけでなく、すべての市民の権利を保障することにもなるはずだ
(P.140)

個人的には、「<コラム>当事者・家族・支援者の声」の必要性は重々承知するものの、本書のような形で掲載するのは、読んでいて思考が中断されるようなことも感じてしまった。
まあ、コラムはまずは飛ばして読んで、後で読み返せばいいのだろうけれど。

相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チームの開催について
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syougai.html?tid=373375
厚生労働省が設置した「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の報告書
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000145268.html
神奈川県が設置した「津久井やまゆり園事件検証委員会」の報告書
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f535346/
神奈川県の経過
http://www.pref.kanagawa.jp/prs/p1073986.html
神奈川県の「ともに生きる社会かながわ憲章」
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f535463/

はじめに――黙っていてはいけない
1 日本社会のあり方を根本から問い、犠牲者に報いるために……藤井克徳
2 相模原障害者施設殺傷事件に潜む「選別」と「排除」の論理……福島智
3 精神科医の立場から相模原事件をどう見るか……香山リカ
4 相模原事件の背景と自治体・国の責任……石川満
5 相模原事件の根源を問う――人権保障の視点から……井上英夫
6 共生の社会を地域からつくるために……池上洋通
<コラム>当事者・家族・支援者の声
<資料編>

藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫/編
大月書店
http://www.otsukishoten.co.jp/book/b272919.html

相模原の行政体制の歴史と精神保健福祉の歴史を簡単にふりかえってみる。

時期 出来事
1900年 精神病者監護法、私宅監置
1910年 精神病院法
1950年 精神衛生法施行、「精神病者監護法」「精神病院法」廃止、都道府県に公立の精神病院の設置義務、精神衛生鑑定医制度、措置入院・保護者の同意入院の制度化、私宅監置禁止、精神衛生相談所設置
1954年11月20日 相模原市誕生
1964年 ライシャワー駐日大使刺傷事件
1965年 精神衛生法改正、通院医療費公費負担制度が創設、精神衛生行政の第一線機関として保健所の位置づけ、保健所を指導する技術的中核機関として精神保健福祉センターの整備
1970年代 相模原市、2福祉事務所体制となる
1983年 宇都宮病院事件
1987年 精神保健法施行、任意入院、精神医療審査会設置、精神保健指定医、社会復帰施設の規定
1993年 精神障害者地域生活援助事業(グループホーム)法定化、「心身障害者対策基本法」が「障害者基本法」に改正
1995年 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行、精神障害者保健福祉手帳制度スタート、4類型(精神障害者生活訓練施設、精神障害者授産施設、精神障害者福祉ホーム、精神障害者福祉工場)の社会復帰施設規定、社会適応訓練事業法定化、地域精神保健福祉施策の充実、市町村の役割明記、公費負担制度の保険優先化
2000年4月1日 相模原市、保健所政令市となる
2000年 保護者の自傷他害防止監督義務規定が削除、社会復帰施設に精神障害者地域生活支援センターを追加、福祉事業の市町村を中心とした推進体制、介護保険
2002年 精神障害者保健福祉手帳・通院医療費公費負担制度等の申請窓口が保健所から市町村へ、精神障害者居宅生活支援事業(ホームヘルプ、ショートステイ、グループホーム)が法定化
2003年4月1日 相模原市、中核市移行
2003年 支援費制度
2004年 精神保健医療福祉の改革ビジョン、退院促進
2005年 医療観察法施行、発達障害者支援法施行、精神分裂病の診断名が統合失調症へ、緊急措置制度導入
2006年3月20日 相模原市、津久井町・相模湖町と合併
2006年 障害者自立支援法施行
2007年3月11日 相模原市、城山町・藤野町と合併
2010年4月1日 相模原市、政令指定都市移行
2010年 発達障害者が障害者自立支援法の対象に
2011年 障害者基本法改正、障害者の定義「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)、その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」、社会的障壁が障害を取り巻く課題と規定
2012年 障害者虐待防止法施行
2013年 障害者総合福祉法施行
2014年 精神保健福祉法が一部改正、保護者制度廃止、医療保護入院の見直し
2016年 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律施行
2016年7月26日 相模原障害者施設殺傷事件

この歴史を市の歩みと重ねてみると、相模原市の行政の枠組みの変化と、精神保健福祉業務や障害福祉業務の大きな転換とが重なっていたことが見えてくる。
特徴的なのは、相模原市に保健所が設置されてわずか10年で、政令指定都市に移行したということだ。
それは、職員としても、あるいは組織としても、精神保健福祉業務の経験値がほとんど蓄積されていなかったなかで政令指定都市に移行しなければならなかったことを意味しているだろう。

今から20年近く前、社会福祉構造改革が謳われて介護保険制度が準備されていた頃、「措置から契約へ」は、「権利性のない措置制度から権利を保障する利用制度への転換」「市場原理の導入によるサービスの質の向上」などが言われていた。
いっぽうでは「措置」が持たざるを得ない公的責任は、公費による費用負担が行われ公的責任が果たされいると置き換え(ある意味では矮小化)られ、直接処遇は民間事業者であったとしても少なくとも行政による実施という体制から利用者との契約によ民間によるる実施に変わっていくことでの、行政の福祉業務での当事者能力がなくなるであろう点については論議がほとんどなかったように思う。
そのようななかでの保健所政令市の移行と合併、政令指定都市への移行は、介護保険制度の創設や障害者福祉部門での支援費制度及び自立支援法への移行と重なり、あたらしい行政の枠組みをどのようにつくっていくのか、どこまで議論を深めることができただろうか。

現在の相模原市の行政組織は、ここから見ることができる。
http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/19032/index.html

保健福祉行政は、障害者福祉を中心に抜粋すると、次のようになる。
健康福祉局
○福祉部(以下の各課は抜粋)
__障害政策課:市全体の障害者施策の推進に関すること。障害者の理解促進、権利擁護、生活環境整備、障害者団体の支援、障害者スポーツ大会等の開催、指定障害福祉サービス事業者等の指定・指導の実施、障害者福祉施設の支援など。
○○障害福祉サービス課:障害福祉に係るサービスの企画及び調整に関すること。手話通訳者等の派遣申請、障害支援区分の認定調査に関することなど。
○○精神保健福祉課:精神保健福祉施策の推進、精神障害者保健福祉手帳の交付、自立支援医療(精神通院)の支給認定、精神科救急医療などに関する業務
__精神保健福祉センター:精神障害者保健福祉手帳及び自立支援医療(精神通院)の判定、精神保健の専門的な相談などに関する業務
__緑障害福祉相談課:身体障害者・療育手帳の交付、補装具の申請、障害児福祉手当などの各種手当の申請、精神保健福祉手帳の交付、精神障害者の相談・保健指導、自立支援医療、障害福祉サービスなど
__中央障害福祉相談課:同上
__南障害福祉相談課:同上
__障害者更生相談所
__城山保健福祉課:高齢者福祉、障害者福祉、介護保険、保育所入所、児童手当、成人保健事業、母子保健事業及び乳幼児の健康診査
__津久井保健福祉課:同上
__相模湖保健福祉課:同上
__藤野保健福祉課:同上
○保険高齢部(以下の各課は省略)
○こども育成部(以下の各課は省略)
○保健所(以下の各課は省略)
各部に、その部で所管する業務を統括する各課と各区・地域で業務を担当する各課が設置されている。
福祉事務所はひとつの組織で存在するのではなく、各機関が集まって福祉事務所を構成するとされている。
緑福祉事務所:緑生活支援課(課長が所長を兼務)、緑障害福祉相談課、緑高齢者相談課、緑こども家庭相談課、城山保健福祉課、津久井保健福祉課、相模湖保健福祉課、藤野保健福祉課
中央福祉事務所:中央第1生活支援課(課長が所長を兼務)、中央第2生活支援課、中央障害福祉相談課、中央高齢者相談課、中央こども家庭相談課
南福祉事務所:南生活支援課(課長が所長を兼務)、南障害福祉相談課、南高齢者相談課、南こども家庭相談課
合併にともなう経過や地理的環境から、旧津久井4町にはそれぞれ保健福祉課が置かれ保健福祉業務を行っている。

精神保健福祉法に規定する措置入院については精神保健福祉課が担当していてるが、法の規定では第23条の警察官通報などは「最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない。」となっていることから、精神保健福祉課職員は保健所職員が兼務発令されている。
なお、ここでの「都道府県知事」は法第51条の12の適用により政令指定都市市長となる。
>http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/19032/018939.html
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO123.html

相模原市においては、保健所が設置して以来、保健所はひとつの部としておかれてきた。
精神保健福祉法での福祉的側面と保健的側面を、行政組織としてどのように整理するか、政令指定都市移行前は精神保健福祉業務は保健所に属する担当課が業務を行っていた。
これは地域保健法第6条の保健所が行う事業の規定により、当然だろう。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO101.html
政令指定都市移行にあたっては、精神保健福祉業務は福祉部に属する各課が担当し、精神障害者に関わる部署には保健師を配置することになったが、精神障害者福祉の側面からは良いとしても、精神保健業務の弱体を招いたのかもしれない。

措置入院に関しては、退院して地域で暮らしていくことを考えれば、措置入院はゴールではなく、厚労省報告書にあるように退院に向けてのケア、退院後のケアも必要で重要なことである。
けれども、警察官による通報が医療を必要とする人たちにとって医療確保へのスタートのひとつのルートだと考えたとき、措置入院となった方への支援はもちろんだが、措置入院には至らなかった方への支援も、場合によっては必要だろう。
そのとき、相模原市の体制を例にとれば、精神科救急を担当している精神保健福祉課から、地域の障害福祉相談課の精神担当へと引き継いでいく仕組みは、今後とも良いものを構築していく必要はあるだろう。

 

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