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2016年12月 5日 (月)

戦争絶滅へ、人間復活へ―九三歳・ジャーナリストの発言

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本書が刊行されて早や8年、いま、むののじじいは、いない。
むののじじいが抱いていた希望を、生前に実現させることができなかったのは、かえすがえすも残念なことである。
とはいえ、ここであきらめてとどまっては、むののじじいに笑われることだろう。
そして、聞き手の黒岩比佐子さんは、むののじじいよりも早く2年後の2010年に亡くなっているのだが、まえがきで本人の要望なので敬称を省くとある。
いかにもむののじじいの要望らしい。
というわけで、ここではむののじじいと呼ばせていただく。
なぜそのように呼ぶかは、他のところに書いた。

気になったことをメモしていくと、全部を書き写すことになってしまいかねないので、内容について書くのはよそうと思ったのだが、それでもこれだけは。
敗戦の日に、『負けた戦争を「勝った、勝った」と言い続け、嘘ばかり書いていたのだから、ここできちんとけじめをつけるべきだ』「われわれは間違ったことをしてきたんだから、全員がやめるべきではないか」と提案し、結局一人だけで朝日を辞めたむののじじいが、本書では「朝日をやめるべきではなかった」と語る。(P.67以降)
そのきっかけは、2005年の敗戦60周年記念で出た「沖縄戦新聞」(琉球新聞社)だ。
もうひとつ、「天皇制をどうすべきか」という課題について、「私の予感みたいなものを言えば、いまの皇太子夫婦が天皇・皇后になろうとするときに、もう一度その問題が吹き出すと思います。」「そのとき、天皇一家は自分たちをどうしていくかを、みずから意思表示しなければいけない。」と言っている(P.96)のは、別の形でいま表に出てきている。
ただし、むののじじいがさまざまなところで期待したような、この国の人たちひとりひとりが自分たちで考えるという形にはなっていない。

目次扉の表紙の写真は、木村伊兵衛撮影だ。

いま、93歳のジャーナリストは何を語るのか ―まえがきにかえて―黒岩比佐子
第1章 ジャーナリストへの道
第2章 従軍記者としての戦争体験
第3章 敗戦前後
第4章 憲法9条と日本人
第5章 核兵器のない世界へ
第6章 絶望のなかに希望はある
結び書き(むのたけじ)
むのたけじ・著書一覧

むのたけじ/著
黒岩比佐子/聞き手
岩波書店

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