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2016年9月30日 (金)

ワイマールからヒトラーへ(新装版)

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ワイマール共和国でヒトラー政権が誕生したとき、人々の意識はどうだったのか。

日本での民主党政権の誕生と崩壊、そして自公政権を支える選挙結果、アメリカ大統領選の動き、イギリスのEC離脱の国民投票結果など、「民意」とは何なのだろうかと考えざるを得ない事象が出現している。
とくに、「自由と規律を重んじ」「美しい国土と自然環境を守りつつ」「良き伝統と我々の国家」を「継承するため」の憲法草案を持つ政党が政権を担い、憲法改正を現実のものにしようとしているいま、この国の方向やありようを考えるとき、将来、我が国の人びとの認識はどうだったかというような後世の研究材料とならないよう、ワイマール時代のドイツから何を教訓とすることができるだろうか。

アンケートの対象となった人たちがどのように選定されたのかについては、言及されていない。
ただ、アンケートを配布した人たちが属するグループに属する人びとに配布されたことは記述されており(P.71)、ここから全ドイツ人からの抽出ではないことが想起できる。
地域的にも、フランクフルトとベルリンの間の都市部からの回答が71%、マイン川以南の地とラインラントから25%、残り4%が頭部を除くドイツのその他の地域とされている(P.101)。
このことが、アンケートで示された「政治的志向」の結果と、その前後の選挙結果との差になっていることは一目瞭然であろう。

アンケートの質問に対する回答方法は、「追補2 アンケート」を見ると、多くの質問で自由回答だったようだ。
そのため、分析に当たっては、回答を統計処理が可能なカテゴリーに分類しなければならない。
本書では、質問第四四二「どの政党に投票しますか」に対する回答を、政治的グループを共産党、社会主義左派、社会民主党、ブルジョア政党、ナチス、支持政党なしに分類している(P.108など)。
このカテゴリーにしたがって、第一次世界大戦以後のドイツの国会議員選挙の経過をまとめてみよう。
なお、ブルジョア政党は、ナチスを除く社会民主党より右寄りのすべての党を含み、社会主義左派には、ドイツ独立社会民主党及び社会主義労働者党が含まれるとされている。
国家社会主義ドイツ労働者党 (NSDAP)は1924/5/4は民族主義=社会主義ブロック、1924/12/7は国家社会主義自由運動 (NSFB)でカウントしてある。
これにアンケートで示された「政治的志向」の結果を加えてみる。
アンケートの配布は1929年からで、最後の回収は1931年だったとのことである(P.72)ので、1930年9月14日と1932年7月31日との間に置いた。
また、アンケートの「支持政党なし」(67、11%)はカウントしていない。
1933年11月12日以後の選挙では、国家社会主義ドイツ労働者党以外の政党は禁止されている。

得票率と獲得議席数

1919年1月19日 1920年6月6日
ドイツ共産党(KPD) - 2.1% 4
ドイツ独立社会民主党(USPD) 7.6% 22 17.9% 84
ドイツ社会民主党(SPD) 37.9% 163 21.7% 102
ブルジョア政党 54.5% 236 58.3% 269
合計 100.0% 421 100.0% 459
1924年5月4日 1924年12月7日
ドイツ共産党(KPD) 12.6% 62 8.9% 45
ドイツ社会民主党(SPD) 20.5% 100 26.0% 131
ブルジョア政党 60.4% 278 62.1% 303
民族主義=社会主義ブロック 6.5% 32 -
国家社会主義自由運動(NSFB) - 3.0% 14
合計 100.0% 472 100.0% 493
1928年5月20日 1930年9月14日
ドイツ共産党(KPD) 10.6% 54 13.1% 77
ドイツ社会民主党(SPD) 29.8% 153 24.5% 143
ブルジョア政党 57.0% 272 44.1% 250
国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP) 2.6% 12 18.3% 107
合計 100.0% 491 100.0% 577
アンケート 1932年7月31日
ドイツ共産党(KPD) 29.0% 150 4.6% 89
ドイツ独立社会民主党 (USPD) 8.7% 45
ドイツ社会民主党(SPD) 50.7% 262 21.9% 133
ブルジョア政党 8.3% 43 25.7% 156
国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP) 3.3%% 17 37.8% 230
合計 100.0% 517 100.0% 608
1932年11月6日 1933年3月5日
ドイツ共産党(KPD) 16.9% 100 12.3% 81
ドイツ社会民主党(SPD) 20.4% 121 18.3% 120
ブルジョア政党 29.6% 167 25.4% 158
国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP) 33.1% 196 43.9% 288
合計 100.0% 584 100.0% 647
1933年11月12日 1936年3月29日
国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP) 92.2% 661 98.8% 741
反対・無効 7.8% 1.2%
合計 100.0% 661 100.0% 741
1938年4月10日
国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP) 99.0% 813
反対・無効 0.9%
合計 100.0% 813

得票率の変遷をグラフにしてみる。
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もう一つ興味深い調査は、質問第三二六「女性が職に就くのは正しいことだと思いますか」と質問第三二七「結婚していてもですか」、及び質問第六二一「まったく体罰なしに子供を教育できると思いますか」である(P.228~)。
質問第三二六「女性が職に就くのは正しいことだと思いまか」とでは、年齢、職業、収入では明確な影響を回答に及ぼしていなかったらしいが、政治的志向では違った結果が現れている。
その結果は、質問第三二七「結婚していてもですか」との関係では、「女性が職に就くのは正しい」とする回答の多い社会民主党、社会主義左派、共産党の考えであっても、それは結婚するまでであるというような結果となる。
はい はい、必要なら いいえ 無回答または意味不明
社会民主党 66 → 12  4 → 13 24 → 71  6 →  4
社会主義左派 93 → 30 ―  → 15  5 → 51  2 →  4
共産党 73 → 36  1 →  9 23 → 51  3 →  4
ブルジョア政党 38 → ―  6 → ― 53 →100  3 → ―
ナチス 29 →  5  6 →  6 65 → 89 ―  → ―
支持政党なし 64 →  6  5 →  6 28 → 84  3 →  3
67 → 18  3 → 10 26 → 68  4 →  4

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さらに質問第三二六「女性が職に就くのは正しいことだと思いますか」と質問第三二七「結婚していてもですか」について、回答者の状況により次のような結果も出ている。
はい いいえ
母親職業あり 72 → 17 23 → 63
母親職業なし 63 → 11 29 → 73
結婚していない 74 → 19 18 → 19
結婚している 16 →  9 23 → 74

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質問第六二一「まったく体罰なしに子供を教育できると思いますか」については、権威に対する解答者の態度を問題にしているということで、政治的志向の分析が行われている。
簡単に言えば、社会民主党、社会主義左派、共産党の考えは反権威主義的、ブルジョア政党とナチスは権威主義的となる。
はい 条件付き回答 いいえ その他 無回答
社会民主党 33 12 19 0.5以下 35
社会主義左派 50  7  6 37
共産党 35 12 15 38
ブルジョア政党 14 14 42 30
ブルジョア政党 14 14 42 30
ナチス 17 15 39 29
支持政党なし 24  9 22 45
32 11 20 0.5以下 37

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これらの結果の評価は本文で行われているが、「第四章 パーソナリティ類型と政治的態度」では、質問と回答との複合的な分析によって、さらに評価が行われている。
詳細は本書を参照すべきだが、この章では、権威主義的態度とラディカルな思想の組み合わせが、『権威主義的パーソナリティ類型』『ラディカル(革命的)パーソナリティ類型』『「両面価値的(アンビヴァレント)」パーソナリティ類型』として考察される。
そのプロセスとして政治的信条による分析、権威に対する態度による分析、隣人に対する態度による分析が行われる。
それぞれについて社会主義的・共産主義的態度、反社会主義的・権威主義的態度、改良主義的態度の傾向を把握し、本音の部分まで分析しょうとする。
この結果明らかになったことは、ブルジョア政党やナチスにあっては、パーソナリティ類型は権威主義的であることが大勢を占めているが、社会民主党、社会主義左派、共産党ではラディカルであることは多数でありながら、権威主義的である、したがってナチスの勝利を阻むようなパーソナリティ構造を持っていない者が一定の比率で存在することことが見出されたことだ。

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政治的志向別によるラディカル中心的回答と権威中心的回答

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職業別集団

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回答者の出身

こうしたパーソナリティのありようがその後のナチスの政権獲得に何らかの影響があったのか、あるいは同様なパーソナリティ類型傾向がロシアにおいてもみられるとしたならば、スターリン体制への影響があったのかなかったのか、あるいはその後の中国ではどうだったのか。
こうしたことが引き続いて研究されていれば興味深い成果があったのかもしれないが、研究所自体が亡命を余儀なくされたことから研究が行われることはなかった。
その意味では、後の世にある者のに引き継がれていると言ってもいいのかもしれない。

前章に当たる「批評理論と経験主義的社会調査」で頻繁に使われている「経験主義」とは、どのような意味内容をもつものなのか。
実証主義と同義とみてよいのか。
このあたりは、フランクフルト学派について押さえなければならない、ということだろう。

1991年に刊行されているが、あらためて新装版として出版された。

批評理論と経験主義的社会調査(W・ボンス)
第一章 目的と方法
 調査の目的/質問票の構成/アンケートの配布と記入/資料評価の方法/相関関係/症候群/回答拒否
第二章 回答者の社会的、政治的状況
 個人的データ/生活水準/年齢、収入、職業/政治的グループの分類/この調査の標本能力の問題について
第三章 政治的、社会的、文化的態度
 政治テーマに関する質問/世界観と生活態度/文化的、審美的基準/妻と子供に対する態度/社会的、個人的立場
第四章 パーソナリティ類型と政治的態度
 政治観/権威に対する態度/隣人に対する態度/症候群および症候群構成/権威主義的態度、ラディカルな態度、反抗的態度/職業と出身
追補1 文体とパーソナリティ特性
追補2 アンケート
追補3 文献抄録
追補4 編集者注
追補5 表目次
参考文献
訳者あとがき

エーリッヒ・フロム/著
佐野哲郎/訳
佐野五郎/訳
紀伊國屋書店

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