« 姉・米原万里 思い出は食欲と共に | トップページ | ドイツ・フランス共通歴史教科書【近現代史】 ウィーン会議から1945年までのヨーロッパと世界 »

2016年6月 1日 (水)

佐助稲荷とカマキン

実家で用事があった帰り、佐助稲荷に寄ってみた。
道を歩くと、修学旅行と思しき小学生のグループの姿がある。
漏れ聞こえてきたところだと、山梨から来ているようだ。

160601_101  160601_102
路地を歩いて佐助稲荷へ。
160601_103  160601_104
ここにも小学生たちの姿がある。
160601_105  160601_106_2
こんなに人の姿のある佐助稲荷は、もしかしたら初めてかもしれない。
160601_107
佐助稲荷からは、長谷の大仏に抜けたり、源氏山、さらに北鎌倉に抜けたりするハイキングコースに上がることができる。
160601_108  160601_109
本殿の裏手に、紫陽花が見える。

160601_201  160601_202
寿福寺。

そして八幡様に抜けて、かつてのカマキンを見に行ってみることにした。
160601_301
川喜多旧宅でも、紫陽花が咲いている。

160601_401  160601_402
2016年3月31日に閉館したカマキンは、塀で囲まれているかなと思ったら、がらあんとした建物が残っていた。
が、作業をしている人の姿以外に、誰もいない。
160601_403  160601_404
正面入り口から八幡様に抜けることもできる。
160601_405  160601_406
旧館はこのまま保存される予定だが、新館は取り壊されることになっている。
160601_407  160601_408
4カ国語表記だったカマキンのプレートは外され、跡が痛々しい。
160601_409  160601_410_2
160601_412

160601_501
修復が終わった段葛。

今回のコース途上には、万里さんが暮らしていらっしゃった家があるので、そばまで寄ってみた。
160601_m1
螺旋階段が、そのままだった。
毛深い家族たちの姿も、もう見ることもない。

|

« 姉・米原万里 思い出は食欲と共に | トップページ | ドイツ・フランス共通歴史教科書【近現代史】 ウィーン会議から1945年までのヨーロッパと世界 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 佐助稲荷とカマキン:

« 姉・米原万里 思い出は食欲と共に | トップページ | ドイツ・フランス共通歴史教科書【近現代史】 ウィーン会議から1945年までのヨーロッパと世界 »