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2015年7月16日 (木)

民間防衛

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この「民間防衛」の原書は、冷戦当時の1969年、チェコ事件の翌年に、当時の冷戦構造を前提とし、「敵」を想定しつつ書かれ配布されたもので、現在においてはすでに過去のものとされているものである。
これについては、次の福井県危機対策・防災課の「先進事例国調査報告」を参照のこと。

本書では、原書がいつ出されたのか(スイス連邦法務警察長官の「まえがき」にも日付は入っていない)、現在どのような扱いなのかには何もふれていない。
ただし中扉裏の独語の協力者リストの最後に「Alle Rechte vorbehalten Ausgabe 1969」との表記がある。
「まえがき」はスイス連邦法務警察長官によるもののようだが、現在形で書かれており、また、「訳者あとがき」の記述も、あたかも今も使用されているかのような錯覚すら抱きかねないような書き方である。
この「訳者あとがき」が新装版(2003年)になってからのものか、それ以前の版(1970年及び1995年)のものなのかも、さだかではない。
そしてスイスにおいて、どのようなプロセスを経て本書の原典が生まれ国民に配布されたのか、本書だけではその背景を探ることはできない。
そうした巧妙な書かれ方が、なぜか日本では、武力による自衛を合理化するための聖典のごとくもてはやされている要因のひとつなのだろう。

とはいえ、時代の制約を考えたとしても、それぞれの項目の記述では、なるほどと思わせる内容は多い。
スイスのありようについて、「わが祖先は、近隣の土地を侵略し征服するためにも戦った。このらめ彼らは破滅しかかった。」(P.16)と率直に認めている部分。
そして「平和」の章での、一般論としての平時の準備の部分。
ここまででナルホドと思うと、以降の記述も信用に足る内容だと信じ込まされてしまうかもしれない。
しかし、「戦争の危機」以後のカタストロフィに向かうシミュレーションでは、大きな陥穽がある。
たとえば「味方」以外は「敵」であるかのように、国外ばかりではなく国内の政府に批判的な政党や新聞などに「裏切り」の目を向ける。
誰が誰をどのような理由で「裏切り」と断ずるのか、その考察は、ない。
そして「いわゆる“自由”と呼ばれるものが、いつ、国を裏切る端緒となるかを知る必要がある。」(P.231)という文章すらある。
本書の記述は「敵」に対して政府と国民と一致団結しているという大前提にたつが、もしその政府が国民を国民としてみない政府、さらに言えば国民を「裏切る」政府であったとしたら、国民はどうすればいいか。
その意味では、「戦争の危機」以後「レジスタンス(抵抗活動)」までの記述は、反面教師たりうるだろう。

スイスにはスイスの歴史があり、憲法と法制があり、そして国民の意識がある。
本書はその国民意識に沿ってつくられていると、当時の担当は考えているだろう。
しかし、少なくとも日本の憲法は、戦力の保持を認めていない。
その条件のなかで、私たちの自由や権利を、主権者として(これを「市民として」と言うこともできるだろう。)自分は、どのような時に、どのような形で、自由や権利を守るのか、少なくとも本書に沿ったものとは考えられない。

スイス連邦憲法
第61条 民間防衛
1 武力紛争の影響からの人及び財産の非軍事的な保護についての立法は、連邦の権限事項である。
2 連邦は、大災害及び緊急事態における民間防衛の出動について法令を制定する。
3 連邦は、男性について民間防衛役務が義務的である旨を宣言することができる。女性については、当該役務は、任意である。
4 連邦は、所得の損失に対する適正な補償について法令を制定する。
5 民間防衛役務への従事の際に健康被害を被った者又は生命を失った者は、自ら又は親族に対する連邦の適正な扶助を要求する権利を有する。

Bundesverfassung der Schweizerischen Eidgenossenschaft
Constitution fédérale de la Confédération Suisse
Costituzione federale della Confederazione Svizzera
Art. 61 Zivilschutz
1 Die Gesetzgebung über den zivilen Schutz von Personen und Gütern vor den Auswirkungen bewaffneter Konflikte ist Sache des Bundes.
2 Der Bund erlässt Vorschriften über den Einsatz des Zivilschutzes bei Katastrophen und in Notlagen.
3 Er kann den Schutzdienst für Männer obligatorisch erklären. Für Frauen ist dieser freiwillig.
4 Der Bund erlässt Vorschriften über den angemessenen Ersatz des Erwerbsausfalls.
5 Personen, die Schutzdienst leisten und dabei gesundheitlichen Schaden erleiden oder ihr Leben verlieren, haben für sich oder ihre Angehörigen Anspruch auf angemessene Unterstützung des Bundes.
憲法前文は、ここ。

すでに1971年刊行の「非武装国民抵抗の思想」(宮田光雄/著、岩波新書)で、「民間防衛」は批判的に紹介されている。
ちなみに「非武装国民抵抗の思想」では「市民的防衛」に関して考察しているのだが、この検討のなかで、「《市民的防衛》の基本的前提条件をなすものは《社会的》デモクラシーの体制である」として「政治過程にたいして監視と参加を怠らない《成人した市民》こそ、そのもっとも有用な責任主体といわねばならない」との説(引用元)を紹介している。(同書P.117)
そしてその過程について、「政府の公的措置として《市民的防衛》省の設置にはじまる、いわば《上から》の途」と「《下から》の途であり、市民の政治参加と、なかんずく非暴力的行動による内政改革につとめる方法である」のふたつの途について考察する。(P.118)
その上で、《上から》の途による場合、それは「《市民的防衛》は容易に《民間防衛》(郷土防衛隊や自主防衛論!)計画に改鋳され」、その例として、スイスの「民間防衛」をとりあげ、「スイスのような自由な伝統をもつ国家においてすら、《上からの》民間防衛の構想が、ナイーヴな愛国心の鼓吹による《編成社会》化に仕え、実際に抵抗力のある《参加するデモクラシー》の組織化に役立たぬことを示すものであろう」としている。(同書P.119)

なお、スイス政府の「民間防衛」のサイトである。

平和
戦争の危険
戦争
戦争のもう一つの様相
レジスタンス(抵抗活動)
知識のしおり
訳者あとがき
原書房

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