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2015年5月11日 (月)

大分と熊本 2 市内散策・その1

岡城を降り、市内を流れる竹田川沿いにあるお昼前に岡藩主おたまや公園に行くことになった。
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おたまや公園は、岡藩主の菩提寺であった碧雲寺の墓地内にあり、初代秀成、2代久盛、4代久恒、5代久通、6代久忠、9代久持、11代久教の御廟が龍吟池に面して並んでいる。
竹田市内の細い道を走って、11時50分に「さふらんごはん」に到着、ここでお昼、といってもメニューは竹田の名産や地産の食材を使ったミネストローネや小鉢が並び、お食後のコーヒーのついた「さふらんごはん」のみ。
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竹田は、国内生産量の8割以上を生産している日本一の産地とのこと。
12時50分、歴史資料館駐車場に車を置き、竹田の街歩きのはじまり。
本日は月曜で休館日なので、歴史資料館には入ることができなかった。

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殿町武家通りを歩く、土壁が反っている。
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路地を入ると、切支丹洞窟礼拝堂跡と、その横に司祭が住んだとされる洞窟がある。
戦国時代末期の岡城主志賀親次は、熱心な切支丹信者だったらしい。

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石段を上ると、広瀬神社の脇に出て、竹田の街を眺めることができる。
そして、境内には廣瀬武夫の関連地点を散策できる地図がある。
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戦艦「朝日」のカッターカッターが置かれているが、これは昭和12年に海軍から寄贈されたものなので、廣瀬武夫が乗艦していた頃のものかどうかはわからない。
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第2次旅順港閉塞作戦で廣瀬武夫が乗船した福井丸に積まれた石(茶色の石)が、戦没者名碑の礎石の一部に使われている。
横に、その謂れが説明板が立っている。
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広瀬神社本殿から神門を抜けて歩く。
石段を登りきった奥に、竹田市出身の陸軍大将阿南惟幾の岸信介の書による顕彰碑がある。
石段の下に鳥居と竹田の街を望むことができる。
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鳥居の前に廣瀬中佐の上半身像が立っている。
元は全身像だったが金属供出で提供されてしまい、密かに保存されていた石膏像から再現されたものらしい。

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