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2015年2月25日 (水)

原子力と科学者/武谷三男著作集2

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本書は、「原子力」は1950年11月、「科学者の心配」は1955年1月、「原子力と科学者」は1958年2月に、それぞれ刊行された書籍を一冊にまとめたものである。
黎明期において、原子力について武谷氏や他の科学者たちがどのようにとらえていたかを、70年近く後の現在から振り返ることができる。
原子力ばかりではなく、たとえば次のような一文を読むと、その後の日本の歴史について、どのような方向に向かってすすんできたのか、現在の状況、とくに「集団的自衛権」などの安保法制論議、「防衛省設置法第12条」改正などと照らしあわせると隔世の感がある。
「自衛隊の問題にしろ、はじめは憲法上の違反が明瞭のことのように考えられ、だから警察予備隊ということですら憲法違反と考えられたのが、少しずつ戦争への道に馴らされてきているというふうに、一歩々々間違った方向に馴らされるということに、恐ろしい危険が存在しているのである。」(P.297)
だからこそ、「いつも原則の問題にたちかえって、われわれの考え方にごまかされている面はありはしないかという点を、ふりかえりふりかえり進まなければならない」(P.297)のである。

この頃は、大気圏内における核実験がさかんに行われていた時期でもあり、とりわけビキニ環礁における水爆実験と、この実験による第五福竜丸の被曝が、「許容量」の考え方を生むことになる。
本書の「科学者の心配」中の「非科学の科学」に、「最大許容量という言葉が意味をもつのは、いつもなにかやむをえず、そういうものをうけなければならない場合だとか、またその損失ととりかえにほかに利益がある場合」とあり、これが後の1957年に「原水爆実験」(岩波新書)で「許容量とはそれ以下で無害な量というのでなくて、その個人の健康にとって、それを受けない場合もっと悪いことになるときに、止むをえず受けることを認める量であり、人権に基づく社会的概念である」と明確なかたちになる。

イギリスの物理学者パトリック・ブラケットの名前が本書にときおり出て来るが、この人の「恐怖・戦争・爆弾」(田中愼次郎訳・法政大学出版局)は、かつて読んだ記憶はある。

原子力
 I 原子爆弾
 II 原子力の物理
 III 米国の原子力
 IV その他の国々の原子力
 V 原子力の平和利用
 VI 原子力と社会
 あとがき
科学者の心配
 はしがき
 原・水爆問題の新たな段階に立って−序論的に−
 日本の原子力政策−空さわぎでなく、基礎的な準備を−
 原子力の平和利用と世界−アイゼンハウアー声明は日本につながっている−
 「死の灰」は何を教えたか−このままでは世界の終わりが来る−
 戦略上から見た自衛隊−前線要塞に住む人は安全だろうか−
 非科学の科学−放射能は人体に危険なのか、危険でないのか−
 水爆時代の日本−イデオロギー的ものの見かたの怖ろしさ−
 科学者としての発言
原子力と科学者(日本の科学者の動き)
 I 太平洋戦争のころ
 II 占領軍のもとで
 III 原子力のくさわけ
 IV 「死の灰」と原子炉
 V 転回点にきた原子力
 VI 活発化する原子炉問題
付 日本学術会議における原子力研究三原則の経過資料
解説

武谷三男/著
勁草書房

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