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2014年10月25日 (土)

開東閣(岩崎彌之助高輪本邸)

とある会の、創立80周年記念の集まりがあったので、出席してきた。
会場は、開東閣、岩崎彌之助高輪本邸であったところで、ジョサイア・コンドルの設計による洋館は、現在は三菱グループの迎賓施設として使用され、一般には非公開である。
撮影は許されたが、内部は無論のこと、外観も遠慮願いたいとのことだったので、残念ながら公表できる画像はない。
なぜ会がこの開東閣で開催されたのか、関係者の祖先をたどると、岩崎彌太郎の名が出てくるのだそうな。
なので、何人もから、記念の会はどうしてもこの場所でやりたいとの声が多くて、幹事さんたちが奔走したらしい。
参加した方の中からも、「幼い頃にここで遊んだことがある」なんて言葉が出てくるのであった。

品川駅からタクシーに乗り、グランドプリンスホテル新高輪から南方向にすすむと左手にうっそうと茂る木々と石堤が見えてくる。
ここが開東閣で、石堤と木々に遮られ、外側からは中の様子は伺うことができない。
タクシーは門の中に入り、奥に進むとちょっと開けた砂利の前庭に出て、車寄せの前で止まる。
昔風の執事が出迎えてドアを開けてくれるわけではないが、タクシーを降りるとスタッフが中までエスコートしてくれるのである。

車寄せから石段をあがるとホールである。
ホール奥の部屋からベランダに出ることができ、芝生庭に出ることができる。
洋館に沿って庭を南側にまわると、洋館の1階2階ともベランダがあり石の柱が並んでおり、正面とは違った趣の館の姿を見せてくれる。
この洋館は、エリザベス王朝様式という様式らしい。
庭は石段を下りてさらに南に松柏壇が広がり、南東側にはバラ園が広がっている。
洋館北東側には日本庭園、そして大きな藤棚がある。

洋館内部は、1階2階とも、さまざまな広さのバンケットルームが並んでいる。
この日は我々の貸し切りであり、わりと自由に内部を探索できたのだが、後述するように内部は戦後の復旧によるものである。
壁にはコンドル氏の設計図などが架けられているが、これらはレプリカで、実物は三菱地所が保管しているとのこと。
立食パーティーであるが、ケータリングは芝パークホテル。
総勢80人、上は90代から下は1~2歳、4代に渡る人たちが100年を越える洋館に集まる姿は壮観であった。
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この岩崎彌之助高輪本邸は元は伊藤博文の邸宅地で、岩崎久彌(岩崎彌太郎の子、三菱三代目)が1889年(明治22年)に購入し、翌年岩崎彌之助(岩崎彌太郎の弟、三菱二代目)に譲られた。
1903年(明治36年)に駿河台本邸から和館が移築されるとともに、ジョサイア・コンドルの設計による洋館の建築がはじまり、1908年(明治41年)に完成した。
1945年(昭和20年)5月の空襲で外壁の一部を残して内部は粗油室、和館なども消失した。
戦後GHQに接収されたが接収解除後は三菱地所の所有となり、1963年(昭和38年)に復旧工事が始まり、翌年外観はそのままで内部は新たにされた。

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