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2014年10月 7日 (火)

サイゴン解放作戦秘録

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何年か前に入手できていたのだが、ずっと本棚に積んだままにしてあった。
8月に「Miss Saigon」を見に行ったことを機に、あらためて本書を手にした。

本書の内容は、1974年春のハノイにおける高級軍事会議に始まり、1975年4月30日に至る解放軍の戦績を記したもので、もともとはベトナム労働党機関紙「ニャンザン」に1976年4月1日にインタビュー記事として掲載され、その後「春の大勝利」として出版されたものの翻訳である。
当時、新聞紙上に掲載されたベトナムの地図に、日ごとにサイゴンに近づく解放軍の様子が描かれていたことを思い出す。
著者のバン・ティエン・ズン氏は、司令官としてサイゴン解放作戦(ホー・チ・ミン作戦、Chiến dịch Hồ Chí Minh)を指揮した将軍で、1953年11月から1978年5月までベトナム人民軍総参謀長、1980年にヴォー・グエン・ザップ将軍の後任として国防大臣に任命されたが、1987年失脚してしまった。
2002年3月 17日、83歳で死去。

本書に関して、「ベトナム共産党による戦史評価の変化-チャン・ヴァン・チャー著作再発行の意義-」(福田忠弘(早稲田大学大学院 社会科学研究科)/社学研論集 Vol. 8 2006年9月)とういう資料に、興味深い記述があった。
同資料の注記で、古田元夫氏は「ベトナム戦争読書案内」(1991年大月書店刊)において、本書について「1975年当時ベトナム人民軍総参謀長であった筆者の、1975年の春季大攻勢の回想。ただし、党中央の判断の「正しさ」のみを強調しているこの本の記述は一面的であるという批判が、その後ベトナム国内でも出ている」と記し、「自分一人で南部解放作戦を指揮したようにいっている」との批判が高まったことが紹介されている。

また、この資料はそもそも、ベトナム南部で解放戦線の軍事部門の司令官で、サイゴン解放作戦の副司令官を務めたチャン・ヴァン・チャー(Trần Văn Trà)の執筆によって1982年にベトナムで「鋼鉄のB2戦区の歩み・第5巻・30年戦争の終結」が出版されたが、その内容がベトナムの公式見解とは異なるということで、発禁・回収されたことをめぐる研究報告である。
資料によれば、チャン・ヴァン・チャの著作は発禁・回収されたものの、2005年に再刊されたが、その際、ベトナムの公式見解に沿って内容の一カ所が改ざんされていたり、いくつかの記述が削除されたりしたとのことである。
その公式見解は、抗米救国戦争はベトナム労働党と人民軍の勝利であるとし、南の解放戦線や臨時革命政府を評価しない立場であり、また、労働党内での意見の相違にかかわる部分や当時の南ベトナム政府の戦略分析の部分、さらに外国に対する評価の部分にかかわるものであって、チャン・ヴァン・チャの著作のなかでこの公式見解とは異なった見解に基づく記述については削除、あるいは修正が行われて再刊されたのであった。
その際、バン・ティエン・ズンの本書の記述を下敷きにしたのだろうと指摘されている。
このチャン・ヴァン・チャーの著作について、古田元夫氏は、前掲の「ベトナム戦争読書案内」で、「筆者は(※チャン・ヴァン・チャーのこと)、ベトナム労働党南中央局の軍事指導者で、B2戦区とは南中央局の管轄下にあたメコンデルタ地域をさす。この回想録は、ベトナム戦争の過程では、党中央が予測もしていなかったような困難な局面にしばしば遭遇したのであり、そのような時に難局を打開するイニシアティブは地方から生まれることが多かったことを指摘し、中央の「正しさ」のみを強調する総括は「官僚主義」であるとした問題作。発売当時は発禁になるが、ベトナム国内での戦争評価見直しの契機をつくった本で、今では国内でも評価は高い」としていることも紹介されている。
再刊に当たって改ざんあるいは削除されたとされる部分は、資料からたることができる。

こうした評価のある本書は、記述されたことをそのまま受け止めることはできないが、そうした問題点があることを押さえたうえで、ベトナム側から見たサイゴン解放作戦を語る当時の資料として、本書の価値はあるのだろう。

さて、「Miss Saigon」の舞台上で表現されたことについても、本書は触れている。
「Operation Babylift」については、「高飛びの脱出行にあたりアメリカは、地と涙にまみれた数知れない悲惨な出来事をひきおこしていった。かれらは数千の子どもをつかまえてはアメリカや他の外国に連れ出していった。それは目先のこととしては世論を動かしサイゴンかいらいへの援助増額を要請することを目的とし、長期的にはこの子らに将来祖国を忘れさせ、祖国に反抗するようにするためである。アメリカ=かいらいの茶番劇の被害者であるこれら年端のいかない幼い子どもたちは悲痛な叫びのなかで家庭と祖国を離れなければbならなかった。」(P.256)と記述している。
また、舞台にヘリコプターが登場する場面となった「Operation Frequent Wind」については、「アメリカの大統領フォードは、ただちにアメリカの歴史上最大の、ヘリコプターによる脱出作戦を開始するよう命令した。ヘリコプターは連続一八時間いれかわりたちかわり飛んで一〇〇〇人以上のアメリカ人と、五〇〇〇人をこえるアメリカの手先のベトナム人とその家族を南ベトナムから運び出した。」(P.297)とある。

バン・ティエン・ズン(Văn Tiến Dũng)/著
世界政治資料編集部/訳
新日本出版社

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