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2014年7月23日 (水)

われらが革命 1989年から90年―ライプチッヒ、ベルリン、そしてドイツの統一

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元タイトルは「Der vormundschaftliche Staat. Vom Versagen des real existierenden Sozialismus」
強固であると思われた東ドイツの体制は、あれよあれよという間に瓦解していった印象がある。
東ドイツ指導部による強固さの過信が、東ドイツ指導部自身のまわりを見る目を曇らせ、また、見る意思を失わたのだろう。
この東ドイツの「強固さ」は、我が国の対東アジアにおける排外主義的スタンスの「強固さ」と重なって見える。

後にCDUと合流した「民主主義の出発(Demokratischer Aufbruch、DA、アンゲラ・ドロテア・メルケル現ドイツ首相は、同党のスポークスマンだった)」副党首を努めた著者のスタンスからすれば、本書の記述は一定のバイアスがかかったものである(SPDの描き方などでよくわかる)との前提で読んだほうがいいだろうと思う。
また、著者がかかわった「旧東独社会主義統一党による独裁体制を検証するための連邦基金」は、日本においても展示を開催している。

そして、1989年のただ中にいた人のなかでも、その後の転回において「革命尚未成功」と思わざるを得ない人たちもいたのだろうと思う。

気付いた点としては、ロルフ・ヘンリッヒ(Rolf Henrich)の「党が指導する国家-現実に存在する社会主義の失敗について」(P.23)が別のところでは「党が後見する国家-現実に存在する社会主義の失敗」(P.90)となっている。
あるいは「文書の償却」(P.321)とあるが、文脈から「文書の焼却」だろう。

刊行にあたって
第一章 もろい寄木細工─建国四十年を迎えた東ドイツ
 一 東ドイツ的な社会主義
 二 社会主義と神経システム
 三 混乱する党の文化政策
 四 トロイの木馬の役割を果たす教会
 五 力を得た反対派活動家
 六 東ドイツから逃避していく人たち
 七 西ドイツが取ってきた対東ドイツ政策と東ドイツ神話
 八 社会主義体制を守るための党の決断
第二章 多くの住民の前で戦わされるようになった党と反対派との対決
 一 一九八九年九月―異様な雰囲気
 二 綻びの始まった党の包囲網
 三 新しい反対派集団の旗揚げ
 四 党の指導を拒否する住民
 五 ライプチッヒの街頭闘争―初めてのデモ
第三章 開かれた窓─一九八九年一〇月からベルリンの壁崩壊まで
 一 革命の序曲─十月二日から八日まで
 二 運命の日─十月九日(月曜日)、ライプチッヒ
 三 一歩退いた党と党との対話を拒否した市民
 四 コントロールを失った社会
 五 膨大な対外債務と東ドイツを捨てる人の波
 六 新しい政党と市民運動─制約下での活動
 七 混乱する社会主義統一党
 八 人権支援から介入政策へ転換した西ドイツ政府
 九 後手に回る党中央委員会会
第四章 多くの人たちの渇望─ベルリンの壁崩壊から一九九〇年一月まで
 一 ベルリンの壁崩壊
 二 我々は一つの国民である―権力闘争の激化
 三 モドロウ首相が指導する政府の成立
 四 国民保安局(旧国家保安省)を占拠した市民―燃え上がった怒り
 五 円卓会議の立ち上げ
 六 新しいアイデンテティーを求めて
 七 一九八九年秋─新しい社会の誕生
 八 東欧政策から両独間政策へと舵を切った西ドイツ
 九 社会主義統一党の復権を目指した動きとそれを打破した一九九〇年一月革命
第五章 苦悩を増す社会とそれからの解放を目指した選挙─九九〇年一月から五月まで
 一 狭い舞台の両独間政策論
 二 ドイツ問題で国際舞台に登場した西ドイツ
 三 市民を代表するのは誰か―様々な政党や組織の発展
 四 最初で最後の自由な人民議会選挙―三月十八日
 五 初めての自由な地方議会選挙―五月六日
第六章 東ドイツの終焉とドイツの統一
 一 経済・通貨・社会同盟条約の発効―七月一日
 二 凋落していく東ドイツの社会
 三 歴史に基づいた州の再編成
 四 変革を経た東ドイツの議会制度と政治
 五 統一されたドイツ
おわりに
訳者あとがき
参考文献一覧
人名索引

エールハルト・ノイベルト(Ehrhart Neubert)/著
山木一之/訳
彩流社

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