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2014年5月31日 (土)

共産党宣言/共産主義の諸原理

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2010年に「初版とされるブルクハルト版全23頁のものを使用した」ことがある意味でウリとなった的場昭弘氏訳「新訳 共産党宣言」が刊行されたが、本書の刊行は1998年で、訳者の服部文男氏は巻末の「解説」で「あえて」23ページ本を底本としたと記している。
「宣言」は、岩波文庫版、河出書房「世界の大思想」版など、いくつかの訳者で読んでいる。
すでにどこかに散逸してしまった訳本もあるのだが。

的場訳「新訳 共産党宣言」では「Assoziation」について、本書と比較して考えてみた。
今回は、「宣言」の最後の部分を見てみよう。
本書の特色のひとつとして、英語版(1888年のSamuel Mooreによる英訳、Friedrich Engelsの校閲)との対比による訳注があるので、英訳も併記してみる。

・O:Die Kommunisten verschmähen es, ihre Ansichten und Absichten zu verheimlichen.
・H:共産主義者は,自分の見解および意図を秘密にすることを恥とする。
・M:共産主義者は自らの見解、自らの目的を隠すことはしない。
・The Communists disdain to conceal their views and aims.
「verschmähen」を使っているのだから、あざけりの意味合いがこもっているのだろう。
その意味では、的場訳はさっぱりしすぎているように思われる。
英語版では「disdain」を使用しているのも、その意味合いであろう。

・O:Sie erklären es offen, daß ihre Zwecke nur erreicht werden können durch den gewaltsamen Umsturz aller bisherigen Gesellschaftsordnung.
・H:共産主義者は、これまでのすべての社会秩序の強力的転覆によってのみ、自分の目的が達せられることを、公然と宣言する。
・M:共産主義者は、自らの目的に到達しえるのは、従来のすべての社会秩序を暴力的に崩壊させた時のみであることを公にする。
・They openly declare that their ends can be attained only by the forcible overthrow of all existing social conditions.
「gewaltsamen」をどう訳すか。
力づく、暴力的、強制的、強引な、いかようにも書けるが、要は相手方(つまりはブルジョアジー)の意向にかかわらず、ということになろう。
このとき、物理的手段をともなっての「gewaltsamen」であるかどうかは「宣言」では言及していないのだが、服部訳では「暴力」という語感によるネガティブ・イメージを嫌って「強力」を使っていると思われる。
英語版の「forcible」は、強制的ではあっても暴力的な語感は感じられない。

・O:Mögen die herrschenden Klassen vor einer kommunistischen Revolution zittern.
・H:支配階級は、共産主義的革命におそれおののくがよい。
・M:支配階級は共産主義者の革命に怯えるかもしれない。
・Let the ruling classes tremble at a Communistic revolution.
「Mögen」、確かに訳しにくいのかもしれない。
この文だけを見れば、服部訳でも的場訳でも通用するだろうが、支配階級へ突きつけた「宣言」という見方をすれば、服部訳がいいと思われる。
英語版で「Let」を使っていることでは、本書の訳注では「支配階級をして共産主義的革命におそれおののかせよ」とある。

・O:Die Proletarier haben nichts in ihr zu verlieren als ihre Ketten.
・H:プロレタリアは、共産主義的革命において、自分の鎖のほかに失うものはなにもない。
・M:プロレタリアが革命において失うものがあるとすれば、それは自らをつなぐ鎖だけである。
・The proletarians have nothing to lose but their chains.
「haben nichts〜verlieren」を的場訳のように「失うものがあるとすれば」とする必要性はどこになったのだろう?
逆転させて強調する意図なのか?

・O:Sie haben eine Welt zu gewinnen.
・H:彼らが得るべきものは一つの世界である。
・M:共産主義者は世界を獲得しなければならないのだ。
・They have a world to win.
「eine Welt」を服部訳であえて「一つの」と訳出したのは何故だろう。
もっとも的場訳も、「しなければならない」の意図もわからないが。

・O:Proletarier aller Länder, vereinigt euch!
・H:万国のプロレタリア、団結せよ!
・M:あらゆる地域のプロレタリアよ、団結せよ!
・Working Men of All Countries, Unite!
「Länder」、「Land」の複数形であるが、「国」のニュアンスをいれるのかいれないのか。

符号は、次のとおり。
・H:本書
・M:新訳 共産党宣言 初版ブルクハルト版(1848年)/的場昭弘訳

一見すると、服部訳はストレート、的場訳は意訳的、訳者自身の見解(とまでは言わないまでも、思い)がより強く表に出ている訳であると言えるだろう。
「共産党宣言」として読む時にどちらを読むか選択するならば、服部訳のほうとしたい。

ところで、上記で「eine Welt」のことを書いたが、「ein」(「Welt」は女性名詞なので不定冠詞は「eine」)は数詞なのか、それとも不定冠詞なのかということは、「宣言」の出だしのところでも気になる。
本書では「一つの妖怪がヨーロッパを歩き回っているーー共産主義という妖怪が。」となっているところは、原文では「Ein Gespenst geht um in Europa - das Gespenst des Kommunismus.」であり、英語版では「A spectre is haunting Europe — the spectre of communism.」である。
英語版は「One spectre」ではなく「A spectre」であることを鑑みれば、「一つの妖怪」とする必要はないのかもしれない。

序文〔1872年ドイツ語版への〕
序文〔1882年ロシア語第二版への〕
序文〔1883年ドイツ語版への〕
序文〔1888年英語版への〕
序文〔1890年ドイツ語版への〕
ポーランド語第二版〔1892年〕への序文
イタリアの読者へ〔1893年イタリア語版への序文〕
共産党宣言
 I ブルジョアとプロレタリア
 II プロレタリアと共産主義者
 III 社会主義的および共産主義的文献
  1 反動的社会主義
   a 封建的社会主義
   b 小ブルジョア的社会主義
   c ドイツ社会主義または真正社会主義
  2 保守的社会主義またはブルジョア社会主義
  3 批判的・空想家的な社会主義および共産主義
 IV 種々の反政府灯にたいする共産主義者の立場
共産主義の諸原理
付録
 共産主義的信条表明草案
 共産主義者同盟規約
 解説

マルクス/エンゲルス/著
服部文男/訳
新日本出版社

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