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2014年5月21日 (水)

旧古河庭園

旧古河庭園に行ってきました。
JR駒込駅から本郷通りを歩いて約10分、重圧な石垣と木々が見えると、そこが旧古河庭園です。
画像は振り返って撮影しているので右側に石垣がありますが、駒込から来ると石垣は左側に見えます。
ちょうど今、「春のバラフェスティバル」が開催中。
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あいにくの雨ですが、逆にこれが幸いして、団体客のキャンセルがあったようで、庭園内の人の姿はちらほら状態でした。
薔薇の季節ともなると、平日で1日4~5000人、週末にはその倍の人出があるそうです。
今回は、薔薇園を見ただけでしたが、次回は奥の日本庭園などもまわってみたいと思います。
六義園もあわせると、1日のんびりできるかもしれません。
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そして、庭園にある洋館の見学です。
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見学は事前予約が必要ですが、この日の雨のためキャンセルがあり、当日参加も可能でした。
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見学時間は約1時間、洋室の1階と和室の2階を見学できます。
ただし、屋内は撮影ができないのが残念なところです。
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この地は持ち主であった陸奥宗光の次男の潤吉が古河財閥創業者である古河市兵衛の養子となったため、古河家の所有となったそうです。
その後、古河虎之助(市兵衛の実子)によって西洋館と庭園が造営されて、現在の古河庭園となりました。
建物はお雇い外国人のジョサイア・コンドル(Josiah Conder)によって建てられ、1917年に竣工しました。
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部屋の装飾には、ユーゲント・シュティールっぽい模様が描かれているのは、コンドルがウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けていたのでしょうか。
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残念ながら、この洋館に関する書籍は出ていないそうですが、入口で売っている旧古河庭園のパンフレットに洋館の簡単な説明や平面図が載っています。
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古河虎之助一家3人(妻は不二子、西郷従道の娘、実子が無く不二子の兄である西郷従徳の息子を養子にした)がここに住んだのは、9年間だったそうです。
それは、天井までの高さが4mあり、1階の各部屋に暖炉があるもの暖房が効かず、冬があまりにも寒かったのがその理由だとか。
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ご家族の転居後は、古河財閥の迎賓館として利用されました。
ただ、建物構造として日常エリアと来客エリアとは別れていたものの、もともと迎賓館として造営された建物ではないため、来客用の浴室やトイレはありませんでした。
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1941年に帝国陸軍に接収され、さらに戦後は進駐軍に接収され、在日英国大使館駐在武官の宿舎として使用されました。
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米軍が使用するとペンキ塗りたくりになってしまうところでしたが、英軍将校はていねいに使用したそうです。
接収解除後、洋館は管理されることなく30年放置され、蔦で覆われるなど相当傷んでしまいましたが、6年をかけて修復工事が行われ復元されたそうです。
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2006年、国の名勝に指定されました。

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石造りのように見えますが、実は煉瓦造りで、外壁を真鶴産の安山岩で覆っています。
1階は、玄関ホール、ビリヤード室、サンルーム、書斎、応接室、小食堂、大食堂があり、2階には来客用和室、家族用和室、主寝室、仏間、浴室、トイレなどがあります。
洋間も和室も、天井の漆喰、カーテンボックス、ドアノブ、暖炉、和天井や欄間など、細かいところまでさまざまな細工が施され、当時の職人の技を感じることができます。

1階の応接室や食堂は、喫茶室となっており、館内見学にかかわらず利用できます。
また食堂などは、貸切でも利用することができるそうです。
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