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2014年1月20日 (月)

二つの世界大戦―サラエボからヒロシマまで

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「忘れられた戦争」と「忘れ得ぬ戦争」は、それぞれ独立して論じられることが多いと思うが、本書は「忘れられた戦争」と「忘れ得ぬ戦争」を通史として描く。
あとがきに、旧著「第一次世界大戦」「第二次世界大戦」を加筆補正し併せたとある。
本書の刊行は1995年であり、東欧革命〜ソ連崩壊を経ており、いくつかの記述でそのことに触れている。
しかし、旧二著での著者の基本的なスタンスは、本書においても変更されてはいない。

第一次世界大戦の直接のきっかけはサラエボ事件であるとしても、その後の各国の対応は、己は正しいということを大前提として、己の期待感をベースとして他国情勢を分析し、そのうえでの行動の積み重ねであったと言えるだろう。
その結果、自らの行動が次の自らの行動を縛り、結果的に各国ともにっちもさっちも行かなくなったあげくの戦争と言うことができる。
そして、次の大戦を経た現在だから言えることであるが、敗戦国は受け入れるだけしかできなかったヴェルサイユの講和は、ファシズム、資本主義、共産主義の各国がそれぞれの思惑で動きつつ、次の大戦を準備することになった。
そうした各国のありようは、いまの日本と日本をとりまく各国のありようと重なっているように見えるのだが、私たちの努力はそれらが杞憂であったと言える時を迎えることができるのだろうか。

「戦後レジームからの脱却」を信条とする人が国のトップにいて、その矢継ぎ早の行為は「戦後レジーム」だけしか見ていないのではないかと思わざるを得ない。
本書において「天皇制という国体、これを変革しようという企てに対して、最高刑として死刑をも課するに至った「治安維持法」(一九二五年制定)が廃止されたのは、日本政府の自発的行為ではなく、戦後二カ月、占領軍の命令によるものであった。」との記述がある(392ページ)。

この非自発性は、治安維持法だけに限ったものではない。
戦争を招いた指導者たちへに対する責任追求も、政府はおろか臣民たち・人民たちが行うこともなかったし、獄中にあった政治犯たちの解放もまた、政府や臣民たち・人民たちの手によってではなく、占領軍によって行われたのであった。
「戦後レジーム」がこうした経緯を経てできあがったのはなぜなのか、「ヤルタ・ポツダム体制」がなぜ敷かれたのか、そのことを黙ったまま日本国憲法またそのもとにある体制が現実についていけなくなったとする愚は、「バスに乗り遅れるな」と突っ走った時代の愚の再来である。
おそらく、明治維新以後、日本はどのような国をめざしたのかについての総括なしには、日本の行く末を議論することはできないだろう。

旧著「第一次世界大戦 忘れられた戦争」において「一八九八年九月、皇妃エリザベートをイタリアで暗殺に失う」とされていた記述は、本書においては「一八九八年九月、皇妃エリザベートを暗殺に失う」となっており、「スイスにおけるイタリア人による皇妃エリザベート暗殺」をふまえた訂正が行われたのだろう。

社会思想社は、2002年に廃業。

目次
一部 第一次世界大戦―忘れられた戦争
 I 国益といい、自衛という論理
  その夏の暗い思い出
  ナショナリズムの復讐
  落葉の頃も、クリスマスの頃も
  いち早き美酒の味わい
 II 「勝利なき平和」における現実
  ひそかなる外交の果て
  合衆国、参戦に近づく
  「双頭の鷲」のための挽歌)
 III 古き良きヨーロッパのゆくえ
  一〇月への一筋の道
  春浅きブレスト=リトフスクにて
  皇帝、オランダに去る
 IV 可能なことと、不可能なことと
  パリやモスクワに集う人びと
  またも妥協に閉じる終幕
  大いなる挫折によせて
  さらに記憶すべき後日談
二部 第二次世界大戦―忘れ得ぬ戦争
 序章
  悲劇の発端
  大戦の様相
 I 「彼らの最も輝かしいとき」
  ついにダウニング街10番地
  フランス休戦の賦
  野望、海峡に散る
  静かな幕間
 II 大戦における一九四一年
  迫りくる独ソ戦
  スターリン、沈黙を破る
  宣戦の詔書
 III 雪原のかなた、砂漠の果て
  第二戦線を、いま
  偶然とみえるダルランの存在
  カサブランカの集いを経て
 IV 去りゆく者と、よみがえる者と
  最初の3首脳会談まで
  みずからを解放したパリ
  クリミアの短い蜜月
 V すべてが語り尽くされる頃
  死のさまざまな影
  米英ソ大同盟の最後の歩み
二〇世紀断章-エピローグとして
あとがき
参考文献
略年表
山上正太郎/著
社会思想社

旧著「第一次世界大戦 忘れられた戦争」評
旧著「第二次世界大戦 忘れ得ぬ戦争」評

2013年1月19日、沖縄県名護市長選では、宜野湾市の米軍普天間基地の名護市辺野古への移設に反対する候補者が勝利した。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 株の初心者 | 2014年6月14日 (土) 10時56分

株の初心者さん

お読みいただき、ありがとうございました。

投稿: 楠の末裔 | 2014年6月14日 (土) 22時18分

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